密書 その4
「王国は、我々を何だと思っているのだっ」
鼻息荒くそう言ってテーブルを叩くのは、まだ入院中の山本大将の代わりに会議に出席している赤神少将だ。
普段なら誰か止めたり嗜めたりするものがいるのだが、誰もそれをする者はいない。
ここにいる全員がそんな思いが少なからずあるという事だ。
まぁ、仕方ないか。
鍋島長官は内心苦笑する。
王国からもたらされた情報。
それは、ドクトルト教の決起に関しての情報である。
フソウ連合に関しては、ドクトルト教は国内に入り込んでいない為にそれほど気にしなくてもいいと思っている。
勿論、注意しておく必要があるのは間違いないが。
また、同盟国であるアルンカス王国も、植民地になった期間が短い上にブラッダ教というどちらかと言うと調和と多神による宗教がある上に、国民に慕われた王族を蔑ろにしてそのほとんどを処刑してしまった共和国関係者が信仰するドクトルト教を毛嫌いしていたため、こちらも注意こそすれ、大きな問題にはならないと思われる。
問題は、ルル・イファン人民共和国だ。
あの国は、元々は植民地であり、信者がいる。
だから、派遣された艦隊経由で、ルル・イファン人民共和国の政府関係者に伝える必要はあるだろう。
まぁ、上層部の関係者は元帝国の者だというし、独立後は、元々のルル・イファン人民共和国で信仰されていた現地の宗教にほとんどが改信したという話だったから、心底ドクトルト教に浸透している者は少ないのかもしれない。
つまり、これら二ヵ国に知らせるのは、問題ないのだ。
フソウ連合の関係国であり、パートナーと言うべき国なのだから。
だが、情報と共に最後に付けくわえられた、帝国と合衆国にこの情報の提供を御願いしたいというのが問題であった。
「これでは、我々は王国の使いっ走りではないかっ」
赤神少将が続けて言う。
まさにその通りなのだが、まぁ、理由はわからないでもない。
そう思った鍋島長官は、苦笑しつつ口を開く。
「そう言うな。情報が情報だけに、向こうも苦労しているんだろう」
その言葉に、赤神少将が「しかし……」と言いかける。
だが、鍋島長官は、それを言わせなかった。
「帝国に関しては、先の王国と帝国の開戦以降、我が国の働きかけで停戦をしているがまだ講和までは至っていない。それ故にきちんとした外交チャンネルはないと思った方がいい。それに情報が情報だからな。より機密性を重視したんだろう」
その鍋島長官の言葉に、赤神少将が不満気味ではあるが納得したのか頷く。
「確かに帝国はわかります。しかし、合衆国はどう考えても当てはまりません」
「まぁ、確かにな。だが、こう考えてみてはどうかな。合衆国の多く者がドクトルト教を信仰している。つまり、今の王国では機密性を維持して知らせることが出来ないという事じゃないかな。だから、こっちに頼った」
その言葉に、赤神少将は黙り込む。
それを確認し、鍋島長官は諜報部の川見大佐に視線を送る。
その視線を受け、川見大佐は口を開いた。
「まだ、合衆国の調査の方は完全ではありませんが、合衆国副大統領のデービット・ハートマンと元フソウ連合駐在大使であったアーサー・E・アンブレラのお二人は間違いなく白ですな。このお二人に伝えるのが一番無難ではないですかな」
「なるほどな。アンブレラ元駐在大使とは何回か会ったことがあるが、悪くない人選だね」
鍋島長官の言葉に、川見大佐はニタリと笑う。
「では、合衆国の方は、駐在大使からお二人に伝えましょう。ただし、こちらからの情報という事はしっかりと口止めしてですが……」
「しかし、それでもし漏洩したら……」
赤神少将がそう言う。
どうも、赤神少将は、さっきの川見大佐の笑みを自分を馬鹿にしてとでもとったのかもしれない。
或いは、二人は余り相性が良くないのかもしれない。
だから、どうしてもそう言ってしまったようだった。
「それで、向こうの手違いで漏洩しても我々は困りません。向こうの責任ですよ」
川見大佐はきっぱりとそう言い切る。
確かに相手の事まで考えてやる必要はない。
要は、出所がこっちであると判らなければいいだけだ。
しかし、赤神少将は言葉を続ける。
「もしもですよ、我々からもたらされたという情報が洩れたら……」
「別に我々が否定すればいいだけです。ドクトルト教とは全く関係のない我々がそんな情報を手に入れられるとは連中思いもしないでしょうね」
その通りなのだ。
だから、王国からではなく、フソウ連合からという遠回しを選んだのだろう。
「これは、アッシュの考えじゃないな」
鍋島長官がぼそりと言う。
アッシュとは親交が深いだけにそう思ったのだろう。
「やはり、ブレインとなる人物が付いたとみるべきでしょうか」
川見大佐はそう言う。
「ああ。可能性はあるね。諜報部の方でも色々動いて調べておいてくれ。かなり手強そうだ」
鍋島長官がそう命じると「はっ。了解しました」と川見大佐は敬礼した。
一人面白くなさそうな顔をしているのは赤神少将だ。
そんな赤神少将を、参謀部の新見中将が諫める。
「なんて顔をしている。ここは争いの場ではない。それに貴官は、諜報部の人間か?」
そう言われて、赤神少将が悔しそうに言う。
「いえ。違います」
「意見を言うのはいいが、そこに私怨を入れるのは止めよ。川見大佐は別に貴官を笑った訳ではない。そうだな、川見大佐」
「はっ。勿論であります。ただ、鍋島長官が自分と同じ考えであったことがうれしくてつい出てしまっただけであります。もし、勘違いさせてしまったのなら、申し訳ない」
そう言われ、赤神少将も頭を下げる。
「こちらこそ、申し訳なかった」
「よし。なら、この件に関しては、諜報部を中心に動いてくれ」
「はっ。了解しました」
その言葉を聞き、鍋島長官は満足げに頷くと脇に立っている秘書官である東郷大尉に視線を送るとその視線を受けて東郷大尉は苦笑して頷く。
「よし。これで今回の議題は終わったな」
鍋島長官は、そう言うと立ち上がる。
それを合図に、会議室に集まっていた者達が立ち上がった。
そんな皆を見回して鍋島長官は、川見大佐と赤神少将に声をかける。
「それでだ。二人は明日の夜は予定は開いているかな?」
「はぁ、空いていますが……」
最初にそう言ったのは赤神少将だ。
何のことかわからず怪訝そうな顔をしている。
反対に、苦笑したのは川見大佐だ。
こっちがやろうという事が判ったのだろう。
「長官、いつもの奴ですな」
「ああ。そう言う事だ」
二人の会話に、赤神少将が益々困惑した表情になった。
「なぁに、これからのこともあるし、わだかまりがあってはいかんからな。飲みに行くぞ」
その言葉に、赤神少将はきょとんとした顔になった。
「なんだ?山本大将とはよく飲みに行っていると聞いているぞ」
鍋島長官の言葉に、赤神少将が「はぁ。確かにその通りではありますが……」と歯切れが悪い返事をする。
「貴官は、身内では飲みに行くことが多いと聞く。しかし、これからはいろんな人と関わり合う事が多くなるからな。せっかくの酒の席だ。お互い腹を割って話をしたらいい」
「は、はぁ……。わかりました」
赤神少将がそう返事をすると、その会話を聞いていた後方支援本部長の鏡大佐も横から口を出す。
「私もお付き合いしてよろしいでしょうか?」
「ああ。構わんよ。うまい酒を用意しておこう」
鍋島長官の声に、参謀本部長の新見中将も参加を表明する。
そして、我も我もと参加表明が続き、会議に出たほとんどか参加する事となった。
鍋島長官が苦笑していると脇に控えていた東郷大尉が苦笑して言う。
「やっぱりこうなりましたね。いつもの所を予約しておきます」
「ああ、頼むよ」
鍋島長官は東郷大尉にそう言った後、参加を表明した全員の方に視線を向けて言う。
「では、明日の十九時にいつもの所で」
その言葉に、誰もが快く同意の返事を返す。
それを聞きながら鍋島長官は思う。
やはり、こういう腹を割って話す機会は必要だなと思いつつ。
或いは、ただ単にうまい酒が飲みたいのかもしれんがとも。




