密書 その3
アッシュが手に入れた密書の内容は、すぐ様、アッシュの信頼出来る者の手によって共和国のアリシアの元に届けられた。
その際、共和国内部にはかなりのドクトルト教信者がいる為、徹底的に注意されて行われたため、アリシア以外はその内容を知ることはなかった。
だが、その内容をみたアリシアは頭を抱える。
「どうすればいいのよ」と……。
実際、今、共和国は連盟の侵攻を受けている。
海上は、海上戦力の多くを失ってイムサのおかげで何とか細々と一部の航路を維持するのが精一杯で、それ以外の航路のほとんどを連盟に抑えられ、陸上では上陸した連盟軍に国土の三分の一近くを侵攻されて危機に瀕している。
フソウ連合、帝国、合衆国からの援助物資や兵器の譲渡や借用、戦力の協力等行われているが、ともかく今準備している作戦で敵の侵攻を押さえ、反撃に移らなければならないのだ。
その準備や他国の援助の受け入れで、今共和国上層部内はてんやわんやの有様なのである。
そんな中、ドクトルト教徒の決起とかいわれても、ドクトルト教徒の多い共和国にとってはお手上げといえる。
ましてや、誰かに相談しょうにも、ドクトルト教徒がどこにいるかわからない有様では、どうしようもない。
まさに四面楚歌といったところだろうか。
そんな中、作戦準備の途中報告をする為、ビルスキーア臨時最高司令官が来室する。
「アリシア様、報告が……」
しかし、室内を見て、ビルスキーアは思わず言葉を失う。
まぁ、上司が頭を抱えてデスクに座っていたら、誰だって言葉を失うだろう。
ゆらりと声を聞いて、アリシアが視線を上げる。
生気のなかった瞳が、ビルスキーアを捉えた瞬間、アリシアが叫ぶように言葉を発した。
「いたっ。あなたがいたわっ」
その叫び声に、ビルスキーアはビクンとして思わず一歩後ろに引く。
しかし、報告に来た以上、さすがに逃げ出すわけにはいかずふーと息を吐き出した。
「アリシア様、私は、最終防衛ラインの準備状況の報告に来たのですが、それ以外に何かありましたでしょうか?」
落ち着いて、ゆっくりとそう言うビルスキーアに、アリシアはニコニコと生気の戻った瞳でビルスキーアを見つつ微笑んで言う。
ビルスキーアは思わず逃げたいと再度思ったが、グッと我慢した。
「まずは報告を聞くわ。それと相談に乗って欲しいことがあるのよ」
アリシアはそう言うと、まずは報告を聞くことにした。
「はっ。最終防衛ラインの準備は予定通り終わることが出来そうです。それと王国で上陸作戦を行うための訓練をしている陸戦部隊からもまもなく帰還できるという報告も入ってきています」
その報告に、アリシアはニコニコと微笑んだ。
「いい報告だわ。本当に……」
だが、その後にアリシアの表情が曇った。
そして、ビルスキーアにアッシュからの情報が書かれた密書を見せる。
その密書を読み、ビルスキーアはアリシアの態度の原因がわかった。
確かに頭を抱えたくなるだろう。
「これは確かに、不味いですな」
「でしょう……。もうどうすればいいのよって感じよ」
アリシアが遠い目をして呟くように言う。
「しかし、私に見せていいのですか?」
ビルスキーアの言葉に、アリシアは笑った。
「だって、あなた、元帝国軍人じゃない」
そうなのだ。
アリシアがビルスキーアに見せたのは、彼が元帝国軍人だからである。
帝国ではドクトルト教は大きく制限されていた。
ましてや、王室に仕える軍関係者や政治関係者は徹底的にドクトルト教を排除していたのである。
その為、ビルスキーアがドクトルト教と繋がりはないとアリシアは判断したのである。
「まぁ、そうなんですが……。こっちに来てドクトルト教信者になっていたらとか思わなかったんですか?」
「思わなかったわ。だって、あなた、元は生粋の軍人さんだし、奥さんもどちらかと言うと宗教に頼りそうな人じゃなさそうだしね」
その言葉に、ビルスキーアは苦笑した。
その通りであったからだ。
「さすがというか、なんというか……」
その言葉にアリシアも苦笑して、しかし表情を真剣そうなものに変えて言う。
「なんとか知恵を借りれないかしら」
そう言われ、ビルスキーアは少し考えた後、口を開いた。
「まぁ、この情報が正しいなら、若干厄介ですが対策さえとっておけば何とかなるかと思います」
「対策?」
思わずといった感じでアリシアが聞き返す。
その問いに、ビルスキーアは答える。
「今が戦時中という事もある為、使える手ですが……」
そう前置きした後、ビルスキーアは言葉を続けた。
「確か、教国は、連盟を支持しているという事でしたよね」
「ええ。まだ表立ってには公になってないけど、間違いないと思っているわ」
「なら、この手が有効でしょう」
そう言って、ビルスキーアは対策を言っていく。
「まずは、国内の意思を対連盟にまとめておくことです。実際、その為に、後退する際に出来る限り物資を引き上げ、敵に残さないように対策しています。その結果、連盟の占領地域が拡大するにつれ、連盟は補給に支障が出始めているという報告もあります。もっとも各地の港が使えればそうでもないんでしょうが、連中、我々の海軍戦力を封印するため、機雷をばらまいて港を使えなくしていますからね。そうなると連中は、物資を現地調達するしかないが、占領地域では現地調達する余裕はない。そうなると穏便な現地調達というは夢のまた夢だ。その結果、占領地域の共和国国民と連盟軍の間でトラブルが発生する。現にいくつかトラブルが起こっており、暴動に近い動きがあると報告も来ております」
「ええ。それは当初の計画通りだし、戦いに勝つための算段として容認したわ。それをどううまく使うのよ?」
アリシアの問いに、ビルスキーアは笑う。
「つまり、より徹底的に共和国国民に、連盟は皆さんの生活を苦しめている存在だと認識させることです。そして、教国が、決起を呼びかけた際に大きく知らせればいいのですよ。今の教国は、連盟の侵攻を支持していると。そして、かって教国は過ちを犯したとね」
そう言われ、アリシアは感心したように頷く。
「なるほどね。ドクトルト教を攻めるのではなく、自分達を苦しめる連中の片棒を担ぐ、今の教国の本部に対して不信感を持たせる訳ね」
「そう言う事です。それと、もう一つ」
そう言うとビルスキーアは密書に挟まっていた紙をトントンと叩く。
その紙には、捕縛や取り締まりの際に、除外してほしい人物のリストであった。
「これって、要は今の教国の本部に対して内心異を唱えたいと思っている連中ですよね。なら、こいつらを味方にしましょう。決起があった時に、異を唱える事をやってくれたら罪に問わないとね」
「なるほどね。政府だけでなく、ドクトルト教内部からも意見を言わせる訳か」
「ええ。そうすれば、ドクトルト教徒はどちらを選んでいいのかわからなくなる。で、その間に決起派の教団関係者を捕縛し、ドクトルト教徒決起を抑え込むという感じでしょうか」
しばらく考え込んだ後、アリシアは頷いた。
「いいわ。それでいきましょう。この件に関して今打てる最大の対策ね」
そう言うと、アリシアは執事を呼んだ。
呼び鈴を鳴らすと執事が入室してくる。
そして、頭を下げて言う。
「はっ。いかがなさいましたか、お嬢様」
「やって欲しいことがあるわ」
そう言った後、ビルスキーアが話したことをアリシアは指示していく。
そして、指示が終わって執事が退室した後、その様子を見ていたビルスキーアに視線を向けた。
「どうかしら?」
「ええ。よろしいかと」
ビルスキーアはニタリと笑みを浮かべていた。
こうして、王国から知らされた情報は、共和国内で外部に漏れることなく活用された。
その下準備として、少ない物資を無理やり調達したり、占領地域の共和国国民に対して連盟軍が無理難題を押し付けたりといった情報は、共和国内で瞬く間に広がっていく。
それは、共和国国民が、連盟に対してより強い怒りと憎しみを持つことになり、その結果、共和国は反連盟という形にまとまっていく事となるのである。




