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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十六章 第二次アルンカス王国攻防戦

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囮  その2

警戒に当たる雷以外の駆逐艦、夕雲、高波の二隻から出た四隻のカッターがホーネットに向けて突き進む。

各カッターには、七名の乗組員が乗り込んでおり、四チームによるホーネット鹵獲作戦が開始されたのである。

夜間であり、余りにも少ない作戦人数。

要はかなり危険度の高い作戦ということだ。

また、各艦に常時純粋な陸戦隊のような余剰人員はいないので、ここでホーネットに乗り込むのは各部署から選抜された者達だ。

もっとも、彼らはただの乗組員ではない。

全員が陸戦隊の訓練課程を終えた者達であった。

陸戦隊の余剰乗組員がいない以上、艦内で戦闘が始まった場合、全て乗組員で対応しなければならない。

その為、ある一定数、陸戦隊の訓練課程を経験した者が乗り込んでいるのである。

「久々ですね」

岸川喜一郎一等兵曹が隊を率いる畔見将門兵曹長にそう呟く。

「ああ。皆でやるのは半年前の訓練以来だな」

二人の兵科色が違うのは、普段働く兵科が違う事を示している。

それだけではない。

今回の作戦に参加する者の多くは違う色であった。

「久々で腕が鈍っていないだろうな」

少し微笑みを浮かべつつ畔見兵曹長はそう言うと、同じカッターに乗り込んだ仲間はそれぞれやれるというところをジェスチャーで示す。

普段は、陸戦訓練以外はあまり会うことのない者達ばかりだが、苦楽を共にした陸戦訓練で生まれた絆は、早々揺らぐものではなかった。

それを確認し満足そうな表情を浮かべると目の前の目標を見上げる。

暗闇に漂うホーネットは、まるで黒い塊のようだ。

カッターに比べればそそり立つ巨大な壁である。

「さて、そろそろ始めるか」

そう言って畔見兵曹長が命令を下すと、岸部一等兵曹が懐中電灯を使って他のカッターに合図をする。

それを受け、他の三隻のカッターも行動を開始した。

まずは、ホーネットに取り付く必要がある。

重しを付けたロープが投げ込まれ、手すりなどに引っ掛けられる。

そして、一人ずつ登っていく。

敵が待ち構えていたら、間違いなく蜂の巣だ。

その上、暗闇での行動である。

敵がいないとしても危険なことに変わりはなかった。

だが、彼らはゆっくりと確実に登っていき、最初の一人が艦上に辿り着く。

チカチカと小型の懐中電灯で周囲に問題ない事が合図され、四隻のカッターはそれぞれ別の場所から乗り込み始めたのであった。

一人は、連絡と離脱の際の為にカッターに残っており、また侵入地点確保の為、一人この場に残る。

その為、作戦実行は五人で行う。

彼らは甲板に辿り着くと、予定通りに行動を開始した。

目標は、機関部、艦橋、格納庫、そして、弾薬庫だ。

真っ暗の艦内に入り、まずは艦内に電気が通っているのかを確認する。

完全に機関が停止している為、電気は通っていない可能性が高いが念のためである。

「電気、通ってませんね。完全に機関が止まってしまっているようです」

岸辺一等兵曹がそう言うと畔見兵曹長は命令を下す。

「そうか。各自、警戒を密にしろ」

つまり、これからは懐中電灯を使っての探索になる。

そうなると、こっちの位置が相手から丸見えとなってしまうからだ。

それこそ暗視装置とかがあれば使う必要はないだろうが、暗視装置はあるものの、まだ一部で使われているだけで末端にまで浸透していない。

その上、性能はあまり高くなく、ゴーグルとして使うには本体が重すぎるしその上バッテリーの重量が10kg近いのである。

そうなると、真っ暗闇の艦内では携帯の懐中電灯に頼るしかなかった。

それぞれが警戒しつつ、目標に向かって進んでいく。

目標は決まっているが、艦内は広く、それに警戒しつつ物音を立てないようにということで進むスピートは速くはない。

それでも、各チームは確実に進んでいき、最初に目的地に到着したのは、格納庫のチームだった。

がらんとした格納庫。そして、放置された機体が時折並んでいる。

足元には、工具が散らばり、爆弾や魚雷まであった。

「こりゃ、本格的な曳航前に可燃物のチェックしないといかんな」

そう呟くと格納庫の担当チームは、格納庫内の可燃物のチェックと隠れている者がいないかの確認を開始するのと同時に、携帯の無線で格納庫の確保と現状を報告するのであった。

次に弾薬庫、機関部のチームがそれぞれ辿り着く。

機関部のチームからは、完全に機関が停止している事。そして、機関に被害を受けていることが報告された。

弾薬庫のチームからも到着の報告があり、ブービートラップや自爆といった処置がされていない事が知らされる。

そして、最後に到着した畔見兵曹長率いる艦橋担当のチームは、艦橋だけでなく、途中寄った兵員の部屋などから、この艦が無人である可能性が高いこと。舵は故障していないことが報告されたのであった。

それらの報告を聞き、夕雲は第一機動部隊に現状を報告する。

その報告を聞いた第一機動部隊の司令官である戸部中佐は、すぐに第二機動部隊に連絡し、増援を頼む。

第二機動部隊から、駆逐艦二隻が増援に向かう。

その二隻には、空母赤城、加賀から離艦した乗組員が乗り込んでいた。

艦内の調査や細かい現状の把握に空母経験者の乗組員が必要だと判断したのである。

恐らく、駆逐艦三隻によってある程度曳航されて安全圏内に入り次第、艦内のチェックと本格的な曳航が行われる事だろう。

こうして、ホーネットは、再び鹵獲された。

だが、当初の目的としての役割、囮としてサネホーン機動艦隊を離脱させる時間稼ぎは十分すぎるほど全うしたのであった。



「敵艦隊の追撃ありません」

その報告に、時間稼ぎを命じられていた艦長はほっとした表情になった。

どうやら、うまくいってホーネットは十分に役割を全うしたらしい。

思えば不運な艦であったな。

そんな事を思考する余裕さえある。

だが、すぐにその思考を打ち消し、旗艦グラーフ・ツェッペリンに報告を入れ、今後の指示を受ける。

「ラペンソーナですか?」

その指示を受け、行く先を告げた際、副官が思わずと言った感じで聞き返してくる。

ラペンソーナは、サネホーンが保有する4つの大規模軍港の中の一つで、艦船の修理や補強などを行う施設やその際に必要になってくる資材等の関連工業が集中している場所だ。

軍港としての規模は、首都のすぐ側にある軍港の方が大きいものの、施設や資材関係を考えればその選択は間違ってはいない。

「恐らくだが、暫くはそこで過ごすことになりそうだな」

その言葉に、副長はため息を吐き出した。

そこに行く意味が副長もわかったのだ。

要は、それだけ艦隊に対しての今回の戦いの被害が大きいという事なのだ。

こりゃ、立て直しに時間がかかるぞ。

まだ戦力的には余裕があるだろう。

だが、それは数の点だけだ。

今回の戦いでよくわかった。

フソウ連合との兵器と練度の質の差を。

それと同時に今後の事を考えるとまたため息が漏れた。

今回の負け戦、まだ詳しくは全体の被害は知らないものの、大敗らしいというのは伝わってきている。

実際、集結しつつある味方の艦艇を見ればそれはわかる。

たた、それはそれでいい。

生き残れたのだから。

だが、それとは別の問題が浮き上がってくる。

この敗北を知った国内は間違いなく荒れるぞという事だ。

今まで敗戦続きであり、国内の不満は高まっている。

それを打破するために行われた戦いでも負けた。

そうなってくると、今までは黙認されていた人以外の存在によるサネホーンの統治という問題に対しても、今まで押さえつけられて黙認させられていた分、激しく不満が噴出するだろう。

だが、今は身内同士で争っている場合ではない。

亡国の危機ではないかと思うのだが、上の方はそう思っておらず、相変わらず権力闘争に夢中だ。

元々、この国の人間はこの地を根城にしていた海賊も多いが、それ以上に各国の権力闘争などで負けて流れ着いた者が多い。

その結果、より権力に固執する傾向が強いのだろう。

いい加減にして欲しい。

このままでは、サネホーン内で間違いなく派閥でいくつもに分かれての戦いになるだろう。

なぜなら、いくら考えても彼らが派閥を超えてまとまる予想が出来ないのだ。

それこそ、グラーフといった付喪神的な彼らを束ねる柱がなければならないのである。

だからこそ、今は不満があったとしても協力していくべきだというのに……。

「艦長、どうされましたか?」

副長が心配そうに聞き返してくる。

そう言えば、聞いていなかったなと思い出し、艦長は聞く。

「君はどの派閥を支持しているのかね?」

その問いに、副長はそんな質問を吹き飛ばすかのような勢いで笑った。

「派閥がどうのこうの思うほど私利私欲が強くはないので、なるようになるんじゃないかと思います」

その明確に言葉に、艦長は苦笑した。

恐らく多くの兵は彼と同じであろう。

上の私利私欲の為に巻き込まれたという形でここに来てしまったのだと。

「そうか。そうだな」

艦長はそう言うと苦笑した。

一武官でしかない自分がどうこう考えてもどうしょうもないか。

艦長自身が巻き込まれてサネホーンに流れ着いた口なので今更感もあった。

結局、なる様にしかならないものだと……。

ともかく、命令は無事遂行して生きている。

それだけで今は十分だと思うことにしたのであった。

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