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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十六章 第二次アルンカス王国攻防戦

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囮  その1

フソウ連合の攻撃で、味方に被害が増えていく。

魚雷だけではない。砲撃でも命中が出始めている。

砲撃は、魚雷よりも高さの概念が加わる分命中させるのは難しい。

しかも、今は夜間である。

昼間に比べ距離が近いとはいえ、サーチライトも使わず当ててきているのだ。

もし、我々だったら、幸運に恵まれたラッキーヒット以外はもっと接近しなくては当てることは難しいだろう。

しかし、それを連中は当ててきている。

とんでもない奴らだ。

「くそっ。連中、化け物かっ。こんな距離で当ててきやがる」

艦長が吐き捨てるように言う。

艦長もこの状況の異常さに気付いたようだった。

自分達の艦船よりも小型で、僅か三隻にここまでいいようにされっぱなしであるという事を。

「空母の方はどうなっている?」

艦長の声に通信手から受けた状況を報告する。

「はっ。二艦はすでにこの海域を離脱。ただ……」

「ホーネットかっ」

吐き捨てるように言う艦長。

艦長は、ホーネットにいい印象は持っていない。

今回の作戦の遅延を生み出した元凶。

確かに戦力としては実に頼もしい。

しかし、それだけだ。

乗組員達は味方が乗り込んでいるとはいえ、艦自体に味方という思いもなかったし、今回が初めて同じ作戦で戦うのだから仕方ないのかもしれない。

或いは、自分が指揮する艦よりも巨大であり、主力として守られていると言った僻みもあるのかもしれない。

もっとも、本人に聞かなければはっきりとわからないが、全くそう言った側面がないとは言わないだろう。

「はっ。只今離艦作業中で、もう少し時間がかかります」

そう言うと艦長は怒鳴り散らかすかのように言う。

「さっさと急がせろっ」

「わかっております。しかし、離艦後に囮として使う為、舵の固定と一定時間の機関の動きを維持するための処置に時間がかかっているようで……」

その副官の言葉に、艦長はますますイライラして言う。

「この状況で、そんな余裕があると思うか?」

そう言われても困ってしまう。

余裕がないと思っているのは、自分もだからだ。

本当なら、さっさと離脱したい。

ここで時間をかければかけるほど、敵の増援の来る可能性は高くなっていくのだから。

今の三隻でもかなり押され気味なのに、その上、増援……。

とんでもない事になるぞ。

想像してぶるりと背筋が震えた。

艦橋の窓から見える風景は、暗闇の中でいくつもの光が弾け、そして、こちら側に水柱がいくつも立つというものだ。

いや、水柱だけならまだいい。

どんっ……。

今、真横にいた味方の艦艇に命中し、爆発が起こっていた。

幾つものサーチライトがはるか向こうを照らし出すが、はっきりと敵の姿を捉える事は出来ていない。

距離がありすぎるのだ。

昼間なら、こっちも十分対応できる距離だが、夜間は違う。

ましてや、今日は月が隠れてしまっている。

おかげで、こっちは相手の位置を正確に把握できていない。

なのに敵はどんどん正確に攻撃してきており、よって一方的に叩かれまくっている有様だ。

そんな現状に、焦りとイライラ、そして不安と恐怖が心の中を増していく。

別に戦いの経験がないわけではない。

サネホーンの中核である機動部隊に配備されているのだから、サネホーンの中でも我々は選りすぐりのはずであり、ある意味エリートといってよかった。

なのに、なぜこうも焦り、不安になるのだ?

副官は、ごくりと唾を飲み込む。

そんな中、艦長が聞いてくる。

「すでにホーネット以外の空母は離脱したのだったな……」

「は、はっ。その通りであります」

しばしの沈黙。

そして艦長は意を決したように口を開く。

「ホーネットに指示を出せ。離艦を優先させろと」

「しかし……」

そう言いかけたものの、その言葉を飲み込むと言い返す。

「了解しました。すぐに命令を伝えます。遅れたものは、艦に置き去りにするぞと」

その言葉に艦長は、一瞬、真顔になって、ニタリと笑った。

この作戦が始まって初めての笑いであった。

「それでいい。そう付け加えておけ」

「はっ。すぐに」

そう言って無線手に伝えに行こうとして、艦長の呟きが耳に入る。

「くそっ。まるで狼だっ」

そう言われ、確かにと思う。

夜の森でじわじわと追い詰めてくる狼の群れを想像し、それがフソウ連合の艦隊に重なっていく。

その通りだ。

副官は艦長の言葉に心の中で同意しつつ、言われた命令を通信手に伝えるのであった。

そして、15分後、報告が入る。

それを受け取り、二回目を通して艦長に報告する。

「ホーネット、離艦終わりました」

「そうかっ。僚艦に伝えろ。ゆっくり離脱するぞと」

艦長の言葉に、副長は口を開く。

「やはり……、よろしいのでしょうか?」

上からの命令は、逆方向に移動させて連中の目を引き付ける囮とせよである。

しかし、今のホーネットはただ、海に浮かぶ鉄の塊だ。

だが、その言葉に艦長は言い返す。

「その作業の為に、あとどれくらい味方に被害が出ると思うかっ」

そう言われ、副長は黙ってしまう。

そして、口を開いた。

「艦長、自分の思い違いをしておりました。今、僅かずつですがホーネットは動いております」

その言葉の意味を一瞬理解できず、艦長はきょとんとしたがすぐに頷く。

「うむ。その通りだ。動いている。あれなら十分囮として通用するだろう」

要は、波に揺られているのを動いていると言っているのだ。

つまり、そう動いている以上、命令は遂行したと言い切りたいのだ。

どう考えても屁理屈の部類だが、そうは言ってられない。

自分らの命がかかっているのだから。

だから、再度艦長は言う。

「ホーネットは囮として動き始めた。我々は急いで離脱するぞ」

「はっ。了解しました」

そして、副官に追加の命令を伝える。

「ホーネットは囮として動いたという事を、全員に知らしめておけ」

要は口裏を合わせておけという事だ。

その言葉に副官は頷く。

「勿論です」

こうして、波に乗って僅かに動くホーネットを残して、サネホーン機動部隊は海域を離脱していくのであった。



「敵艦隊、離脱し始めています」

その報告に、夕雲は直ぐに命令を下す。

「各艦伝達っ。深追いさせるな。それとすぐに魚雷の再装填を急がせろ」

要は、敵が引くと見せかけて襲い掛かってくる、或いは陣形を立て直して再度攻撃を仕掛けてくる可能性も考えだろう。

「了解です」

副官がすぐに通信兵に命令を伝える様に指示を出している。

しかし、すぐに新しい報告が見張りの兵から入る。

「敵大型艦艇が踏みとどまっているようです」

「艦種は?」

その問いに、見張りの兵が言い返す。

「形状から空母かと……」

恐らく僅かな星明りの中で見えたシルエットからそう判断したのだろう。

確かに、空母のシルエットは独特だ。

多くの砲で固められた艦艇はヤマアラシのようなシルエットになるのに対して、空母はただの箱のようなシルエットとなってしまう。

だから、こんなや闇夜でも見間違う事はないだろう。

「どうなさいますか?」

副官の言葉に、夕雲は少し考えこんだ後、聞き返す。

「動いているのか?」

「いえ、動いているようには見えません。それに光らしきものも見当たりません。ただ、浮かんでいるだけという感じです」

その報告に、夕雲は考え込む。

罠か?

そう考えたのだ。

しかし、罠にしてはおかしすぎる。

空母がいくら大型艦で武装されているとしても、その武装のほとんどは上を向いていて、対艦用ではない。

もちろん、皆無ではないだろう。

実際、初期の赤城、加賀は20㎝主砲を搭載していたのだから。

だが、なら砲撃してこないのだ?

接近されればされるほど不利になるというのに。

「罠ではないでしょうか?」

副官も似たようなことを思ったのだろう。

そう呟くように言う。

だが、その言葉には自信がなかったのか、疑問形であった。

「ふむ。私もそう思ったのが……」

夕雲の言葉も歯切れが悪い。

だが、意を決したのだろう。

「国際基準の警告を探照灯を使って伝えよ。『降服せよ』とな」

夕雲は、敵艦が機関トラブルで動けなくなったのかもと思い始めていたのだ。

それならばある程度、敵の動きや現状に納得できる。

「しかし、そうではない可能性もあります」

副官もそれは考えたのだろう。

しかし、それでも確定ではない以上、意見を言わなければならないと思ったのだ。

「しかし、にらめっこを続けるわけにはいかんかにな」

夕雲は苦笑すると決断をした。

「よし。まずは勧告だ。それでも反応がない場合、後続の艦は周囲を警戒。艦内の乗組員で探索隊を編成して艦内に乗り込むぞ」

しかし、副官は提案する。

「いっそ、魚雷攻撃で沈めた方が……」

「その方が手っ取り早いのは認めるし、危険はないだろうな。しかし、敵の情報は必要だ。それにだ……」

夕雲はニタリと笑みを浮かべた。

「もし、鹵獲できるならやってみないか?こんなデカ物を……」

その言葉に、副官は苦笑する。

「確かに魅力的な提案ですな」

「だろう?」

そういう夕雲に副官は思う。

ただ戦って敵を倒して勝てばいいと思う付喪神が多い中、この人は変わっていると。

そして、そんな夕雲を副官は益々気に入ってしまったのであった。

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