悪夢 その5
「間もなく敵艦隊をレーダー範囲内に捕捉可能となるでしょう」
副官が今までの攻撃とヘリによってもたらされていた位置情報からそう判断し、口を開く。
「そう言えば、敵の大型艦艇は二隻残っていたな」
艦長がそう言うと副長は頷く。
「恐らく、空母かと……」
「ふむ。ならばそれらも沈めねばな」
対艦ミサイルは、まだ八発残っており、二隻を沈めるには十分すぎる火力だ。
そう思考し、艦長は笑った。
「どうされましたか?」
艦長が笑った事が気になったのか副長が聞いてくると、その言葉に艦長は益々楽しげに笑う。
「いや、なに、以前ではその力を出すこともなく終わるだろうと言われていた本艦が、まさかこっちにきてその本領を発揮する事になるとはなと思ってな」
その言葉に、副長も笑みを浮かべる。
「そうですな。この艦を設計した者も満足できる結果を出したのですから、嬉しいでしょうな」
「おいおい。まだ終わりではないぞ。出したではなく、出しているとすべきだな。まだあと二隻も空母が残っているのだから」
その機嫌のいい艦長の言葉に副長は頷いた。
「それはそうと、対艦ミサイルの準備は終わっているか?」
「はっ。勿論です。いつでも対応できます」
「よしっ。一気に蹴散らすぞ」
そう言ってちらりと外を見ると艦長の視線は一隻の戦艦に向けられた。
その戦艦は、白煙を上げ、ゆっくりと沈みつつ艦隊から遅れている。
先ほどの攻撃の際に、身を挺して魚雷攻撃を受けた艦艇である。
そのおかげで、本艦は無傷であった。
感謝はするし任務ご苦労だったとは思うが、感謝の気持ちも何も湧き上がってこない。
だから、艦隊から遅れつつ沈みゆくその戦艦を見ているだけだ。
そして、視線を戦艦から外す。
今は残った空母を狩ることが大事だと。
何も指示を出さずに先に進む旗艦を見て、装甲巡洋艦ハイリスクドの艦長は苦々しい言葉を吐き出す。
「あいつら、救助もしないで放置だと?!」
味方の艦艇が沈みそうなのに、指示も出さずにスルーとは……。
その対応に憤慨したのだ。
確かに、今は作戦中である。
しかし、艦隊行動自体で救助は無理でも、一部の味方の艦に救助を命じたり出来るはずだ。
なにより、身代わりになって被弾した相手に対してのこの冷遇はあまりにも酷いと感じてしまっていた。
「ちっ。糞野郎がっ」
舌打ちすると意を決したのか命令を下す。
「これより本艦は、戦艦アベンダの乗組員の救助の為、ここに残る。その旨を旗艦に伝えろ」
その言葉に、副長が聞き返す。
「いいのですか?」
命令が出ていない以上、それは独断専行となる。
その場合、その責任は艦長にあるからだ。
「構うもんか。後で軍事裁判になったとしても、俺は味方を見捨てたくないね。それも勇猛果敢で献身的な仲間をな」
その艦長の言葉に、副長は苦笑した。
「相変わらず貧乏くじを引くのがお好きですな」
「うるせえ。これは俺の性分だからな。今更変えれねぇよ」
艦長がそう言うと副長は楽し気にいう。
「いえいえ。今のままでいてください。そんな艦長をみんな慕ってるんですからね。我々は艦長についていきます」
その副長の言葉に、艦橋内のスタッフも頷いている。
そんな様子に、艦長は苦笑する。
「本当に、みんなどうしょうもない奴らだな」
そう呟くように言った後、艦長は副長に救助活動を開始するように指示を出した。
その命を受け、艦が停船し、カッターとボートが降ろされる。
そして、救助作業中という証の旗を掲げ、沈んでいく味方の戦艦から脱出してくる兵士達を向かい入れる準備を進めていくのであった。
超低空で第二次攻撃隊各機が進む。
高度が高ければ敵の新兵器によって一方的に攻撃されるのがH-221から知らされているからである。
その為、彗星も急降下爆撃ではなく、低空からの水平爆撃を行う。
そして、上空援護が必要ない戦いという事もあり、紫電改も攻撃に加わり銃撃を行う手はずとなっていた。
今や残された戦力は限られており、皆必死であった。
だが、後がない状況であったが、彼らの士気は高い。
彼らパイロットは自分達の技量に自信があったし、味方の敵討ち、それにこの困難を何とかしてやろうという意気込みがあった。
それに、彼らが何とかしなくては、残った飛龍、蒼龍が危険に晒されるという危機感もあった。
それらが彼らの士気をより高め、維持するのに役立っていたのである。
そんな第二次攻撃隊と入れ違いにH-221が戦線から離脱する。
もう燃料が残り少ないのだ。
『貴官らの活躍を目に出来ないのは残念だ』
H-221はそう無線で攻撃隊に知らせ、海域を離れていく。
だが、その無線を聞いていた第二攻撃隊の多くのパイロットは、ニタリと笑みを漏らした。
彼らは誰もが思っていたのだ。
なに、母艦に戻った際にたっぷりと話してやると。
そして、そんな中、遂に第二攻撃隊は敵艦隊を捉える。
どういう訳か、白煙を上げている艦艇はない。
だが、恐らく消火したのだろう。
そう考え、第二攻撃隊はより高度を落とし、海面すれすれで敵艦に一気に肉薄すべく速力を上げた。
「敵機、接近っ」
艦橋内に報告が入る。
「ちっ。かなり低空で飛んできやがるな」
艦長はそう呟くとすぐさま対空戦闘に入る様に命令を下す。
「浮足立つな。一機一機確実に落としていけば問題ない。対空戦闘を急がせろ」
そして、それと同時に、敵の対応力に驚いていた。
恐らく、さっきの攻撃の際に高度を上げれば一方的に落とされると判断したのだろう。
そして、ここまでかなりの低空で接近してきた腕前を考えれば、かなりの腕利きという事だ。
だが、それでもどうしょうもないという事を教えてやる。
艦対空ミサイルのSA-N-4が次々と発射され、第二次攻撃隊に襲い掛かる。
しかし、海面すれすれを飛んでいる為か、撃ち落とし漏れが多い。
そして、そのミサイルの雨を潜り抜けた機体が次々と肉薄してくる。
するとCIWSシステムであるAK-630の砲身が火を噴く。
6基の6連ガトリング砲が30ミリの弾をばらまく。
だが、そのうちの二基の動きが止まる。
「どうしたっ」
「どうやらトラブルですっ」
「くそっ。残りで凌ぐぞ」
そんな中、ついに望んでいた報告が入った。
「敵艦隊をレーダーに捉えました」
その報告を聞き、艦長は命令を下す。
「九番から十二番、対艦ミサイル発射だ」
副長が復唱する。
「S-300、9番から12番、発射用意ーっ」
「発射準備完了」
そして、ついに対艦ミサイルが発射される。
その時であった。
次々と撃墜されていく第二攻撃隊の中、被弾しつつ肉薄するかのように接近する紫電改の一機が最後の力を振り絞る様に20mm機関砲を放ったのだ。
爆弾でもなく、魚雷でもない。
それは20mmとはいえただの弾丸であり、いくら装甲が薄い現代艦においても致命傷とはなりえない攻撃だった。
だが、それは艦体に対してである。
そう、放たれた銃弾の一発が、ミサイル発射管から撃ちだされかけていた一発のS-300の弾頭に命中したのだ。
その弾は炸裂弾であった。
閃光弾でも、徹甲弾でもなく……。
そして、当たったS-300は爆発する。
その火花は、周りのミサイルに飛び火して引火していく。
次々と爆発が起こり、沸き上がった火炎の嵐と爆発は、ミサイル発射管の側にあった艦橋を蹂躙していく。
火と衝撃波で艦橋は呆気なくひしゃげ、潰れ、瓦礫と化し崩れ落ちる。
そして、その火は次々と艦体に飛び、また爆発によって歪んた艦体は悲鳴を上げる。
飛んだ火は他の兵装にも引火していったのだろう。
次々と爆発が起こり、艦上の物を吹き飛ばしていく。
そして遂に、艦体の側面にも大きな穴と亀裂が生まれ、ついに力尽きたのか艦体がひっくり返ると沈み始めた。
こうして、フソウ連合第一機動艦隊の戦力の半分以上を撃破し、大きな損害を与えた一隻の軍艦は海中に沈んでいく。
多くの乗組員を乗せたまま。
そして、後の調査で、その艦名がフソウ連合の鍋島長官の元に届く。
その艦は、ロシア海軍黒海艦隊所属 スラヴァ級ミサイル巡洋艦モスクワと……。
だが、鍋島長官がその報告を手にするのは、第二次アルンカス王国攻防戦が終了し、しばらく経った後であった。




