魔術の探求
「そろそろ艦隊が戦闘海域に入るようです」
その報を聞き、マーロン・リジベルトはニタリと笑みを浮かべた。
あの艦艇の性能は、すでにいくつかの演習でわかってはいる。
そして、その性能は間違いなく今の世界の、そうフソウ連合のものよりもはるかに高いという事を。
だが、実戦と演習は違う。
それ故に今回の戦いは重要なのだ。
今後の事を考えれば尚更に。
「さぁ、新たなる劇の幕開けです」
リジベルトはそう呟き悦にいたる。
彼にとって、今回の戦いは、彼の野望をかなえるための一歩でしかない。
しかし、とてつもなく大きな一歩であり、今後の方向性を決定する事になるだろう。
故に、楽しみと期待にそんな言葉が漏れたのだ。
しかし、そんな気持ちのいい時間もすぐに現実に引き戻された。
弟子の一人が声をかけてきたのである。
「よろしいのですか?いくら高性能とはいえ、周りの艦艇の性能はそれほど高くない上に、数も少ないですが……」
不機嫌そうにじろりと弟子を見てリジベルトは「構わん」と短く答える。
しかし納得いかなかったのか、弟子は口を開いた。
「しかし、それでは確かにフソウ連合に被害を与えるかもしれませんが、下手したら沈められてしまうのでは?」
その問いに、何を聞いてくるのかという表情になってリジベルトは言う。
「構わん。それも織り込み済みだ。限界まで戦ってどこまでの戦果を得られるか。それを推し量る為の戦いだからな」
その言葉に、弟子は驚いた。
まさかという表情で、呟くように言う。
「まさか……、彼らを見殺しにするのですか?」
その弟子の言葉を嘲笑いリジベルトは弟子を見下して言う。
「それがどうした?連中はこの世界の者ではない。ましてや、ドクトルト教の信者でもない。召喚においての術式で老師に従う様に洗脳された木偶人形みたいなものだ。人としての価値などない。貴様も魔術師ならば理解していよう。人の命の価値が限りなく低いことを」
そう言われ、弟子は黙り込む。
それは彼もわかっていた。
帝国で学んだ魔術では、人は、実に都合が良い触媒であり、特に他人の命の価値を軽視する傾向があった。
自分さえよければいい。
その傾向がとても強かったのだ。
実際、魔塔にいた者達は、そんな思考の持ち主ばかりで、身内や下手したら自分の命でさえも触媒としか考えていない者が多かった。
だから、そんな特異な世界だけで生活していたため、それが当たり前と思っていたのだ。
だが、師匠や他の弟子と共にサネホーンに拾われ、その考えは大きく変わった。
より多彩な思考に接触し、そして彼は実際に艦艇と共に召喚された人々との連絡を取ったりと接触があった為、余計にそう思ったのである。
悩んだような表情の弟子を見てリジベルトは考える。
優秀ではあるが、これでは使いにくいか。
そう判断するとリジベルトはこの実験が終わったら次のプロジェクトからは、こいつは離した方がいいと思考する。
しかし、ただ遊ばせておくのは勿体なさすぎる。
そして、浮かんだ思考に、ニタリと笑った。
「よし。お前は、この実験が終わり次第、帝国に潜入し、残った魔術の技術や秘術の回収を行え」
その命令に、弟子は慌てて言う。
「それは……どういう……」
彼とて魔術師であり、魔術の探求者である。
そして、今帝国の魔術師は、ほぼ全滅に近い有様であった。
つまり、それは魔術の探求から外されるという事にしか他ならない。
だが、そんな弟子をなだめるようにリジベルトは言う。
「すでに老師の手の者が魔術の技術や秘術の回収を行っているものの、連中には魔術の知識が足りずうまくいってないらしい。そこで貴様の知識と経験を生かしてほしいのだ」
決して魔術の探求から外すわけではないというリジベルトの言葉に、弟子は頷くしかない。
そして聞き返す。
「しかし、私らはすでに帝国から国外追放された者です。うまく潜り込めれるのでしょうか?」
「何、準備はそれほどかからん。もちろん、別人として入国する事にはなるがな。確か身内はいなかったな?」
「はい。孤児の時に才能を見込まれ、魔塔に拾われましたから」
「なら大丈夫だ。すでに魔塔にいた魔術師はほとんどいなくなってしまったからな。身分がバレる事もなかろう」
その言葉に、少し動揺する弟子。
確かに自分の事しか考えない連中の集まりであった魔塔ではあったが、それでも親身になって世話を焼き、指導してくれたものは多かった。
その者達がもういないという事は知ってはいたものの、再度認識させられたからである。
だが、リジベルトはそんな弟子に笑って言う。
「今、帝国にいる者達にとって、あの知識と技術はガラクタでしかない。それを再び我らの手で本来の姿に取り戻すのだ」
「はい。わかりました。リジベルト様」
「うむ。よい返事だ。この実験が終わり次第、すぐに動いてもらう事になるだろうから、今から準備にかかっていいぞ」
「ありがとうございます」
弟子は深々と頭を下げる。
しかし、それ故にその表情は見えなかった。
「うむ。期待しておるぞ、我が一番弟子、ペギタント・リスペラード」
そして、リスペラードは顔を上げると退室していく。
だが、その時、リジベルトはデスクにおいてある資料に視線を落としており、結局弟子の表情を見る機会を失ったのであった。
「くそっ。くそっ」
呪詛のようにブツブツとそう呟き、リスペラードは退室後、自室に戻る廊下を速足で歩いていた。
まさか、現場から外されるとは思っても見なかったからだ。
確かに、帝国に残された知識と技術の回収は魅力的であったが、今後のより大規模な召喚に関わる機会を失った事は、彼の自尊心を深く傷つけていた。
確かに、彼は情に脆いところがありはするが、魔術を探求する気持ちも人一倍強かった。
それなのに、最前線から外され、古い知識と技術の回収に向かわされる。
彼にとって、古い技術や知識はどうでも良かった。
彼にとって、新しい魔術を切り開きたかったのだ。
そう、師匠であるリジベルトが、召喚によって新たな領域に踏み込んだように。
自分も魔術史に残るような事をやって、後世に名を残したいと。
だが、それと同時に、怒りもあった。
召喚された艦の乗組員達との接触で思ったのだ。
異世界から召喚されたとしても彼らも人だと。
そして彼らを洗脳していい様に扱う事に嫌悪感を感じたのだ。
それは、今までの自分を否定する事でもあったが、彼はそれを受け入れた。
世界は広いのだと。
それ故に彼は今までの自分や師匠のやり方に怒りを感じたのである。
そして、自室に着くと怒りを抑え、落ち着かせようとする。
確かに、今までの自分は何と罪深いことを当たり前のようにしてきたが、変わればいいのだと自分に言い聞かせる。
人を触媒にしない魔術体系を作ればいいのだと。
ならば、どうすべきか。
帝国の魔術、魔塔の魔術は、人を触媒にしてという事が当たり前であり、それを前提とした体系である。
ならば、他国の魔術はどうだろうか?
共和国や連盟といった国々は期待できない。
王国や合衆国も期待は薄いだろう。
そして、教国は今や老師の傀儡となっている以上、関わればその動きは師匠に筒抜けとなってしまう。
ならばどうすべきか……。
そう言えば、少し聞いたことがある。
サネホーンの魔術は、元々はフソウ連合の流れを汲んでいるという噂だ。
それは公に言われているものではなかったが、ルイジアーナやグラーフといった今のサネホーンの中枢を牛耳る付喪神達は、今までにない魔術の体形であった。
そして、彼は決心した。
ならば、行くべき先は帝国ではないと。
それは師匠の命令とは大きく異なるものだ。
しかし、彼は気にも留めなかった。
なぜなら、彼も魔塔の自分さえよければ他人はどうなっても構わないという異常な世界で長い間、浸かり生活してきた人間だからである。
こうして、ペギタント・リスペラードは、帝国に向かわずアルンカス王国へと向かう。
もちろん、最初は帝国に向かう為にまずは最寄りのアルンカス王国にという形をとってだが、アルンカス王国に到着し、その日の内に彼はガイドとして付いてきたサネホーンの偽装商人を撒いて行方をくらませたのであった。




