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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四章 帝国の胎動と現状

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黄金の姫騎士

アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチはイラついていた。

きらきらとした金色のウェーブのかかった髪が肩まで流れ、その間からのぞく肌は雪のような白い、そしてエメラルドのような透き通った翠色の瞳を持つ美女。

まさに帝国美人の見本といっていい外見に、豪華な軍服を身につけた様は、まさにお人形のようだが、その顔に浮かぶ表情は最悪だった。

海軍中央艦隊司令長官にして、本国守備隊の総責任者であり、皇帝の従兄弟に当たる彼女は、どちらかと言うと待つという事が出来ない人間の類であった。

「いつまでかかるのよっ」

ダンっと叩かれるテーブル。

勢いよく立ち上がった拍子にひっくり返る椅子の音。

それらの音が響いてもきつめの口調に甲高い声は掻き消える事はなかった。

それはヒステリー女の叫びのようだ。

いや、多分、それは間違っていない。

ここにいる彼女の部下は慣れたものかもしれないが、初めて聞いた人は間違いなくそう思うだろう。

慌てて吹き出て止まらない汗をぬぐいつつ工事の責任者が口を開く。

「先ほども申しましたとおり、あの艦はあまりにも高度な技術の塊です。さらにあの大きさ…。ですから、修理補修するにも他の艦に比べて時間がかかるのです」

「ちっ…」

アデリナは部下が慌ててきちんと直した椅子にどんっと座り込んで足を組む。

もし、きわどいスカートでもはいていたら、その仕草に引き寄せられるように男達の視線が集まっただろうが、この雰囲気な上にスカートではなくズボン着用では魅力も半減してしまう。

それでも何人かの男の視線がちらちらと見ている辺り、ズボンに隠されつつも彼女の美脚の魅力には逆らえないといったところかもしれない。

どんっ。

テーブルの叩かれる音が再度響き、気をとられていた男達の体がびくんと震える。

今、見ていた事がばれたのだろうか。

そう思っていたが、彼女にとって男に見られるという事は日常茶飯事なので気にもならないのだろう。

口にした事は別の事だった。

「それでっ、いつ終わるのよっ」

「は、はっ…そ、そうですね…あと三ヶ月は…」

だんっ。

またテーブルが叩かれ、工事の責任者の身体がびくりと震えた。

「遅すぎるっ。二ヶ月よっ。二ヶ月っ。それ以上は待てないわ」

まるで駄々っ子のように言うが、それは彼女なりの考えがあったからだ。

しかし、その説明がなければ、それはただのわがまま女のわがままとしてしか周りには受け取られないだろう。

「先ほども申し上げたように…」

工事責任者がまた同じ事を言うのかといううんざりした表情で、そう言いかけたときに、彼女の副官らしき女性が横から口を挟んだ。

主人である金髪に対して副官は、銀色の髪を短く切りそろえ、ピンで留めており、赤みを帯びた瞳と白い肌が実に魅力的で、アデリナを太陽とするなら月の輝きを連想させるそんな感じのクールビューティな女性だ。

「すみません、お嬢様。お怒りはごもっともでございます。ですが、何も言わずにただただ遅い早くしろと言われてもどちらも納得できないどころか、まったく解決いたしません」

ぎろりと副官の女性を睨みつけてアデリアは口を開く。

「なら、どうしろって言うのよ?」

「ですから、急ぐ理由を述べ、お互い妥協しあう必要性があるのですよ」

諭すように言う副官の言葉に、しばらく口をへの字口に曲げていたアデリアだったが、ため息を吐き出す。

「そうね。ノンナの言うとおりね。わかったわ」

副官…ノンナにそう言ったあと、工事責任者にも頭を下げる。

「こちらに非があった。謝罪する」

その言葉と態度に、慌てて工事責任者も頭を下げる。

「いえ、こちらの方こそ失礼をいたしました。もしよろしければ、理由を教えていただけませんでしょうか。理由によっては、こちらも工事の重要度を上げる等の対応が出来ますので…」

工事責任者のその言葉にアデリナの不機嫌な顔が一気に笑顔になる。

「本当か?」

「あ、いや、ですから、理由によってです。絶対ではありませんっ」

「なんだ…そうか…。まぁいいわ」

そう言った後、少し声のトーンを落として言葉を続ける。

「急がせる理由はな、今こそ王国海軍の息の根を止めるチャンスだからよ」

アデリナが豊満な胸を張ってそう言い切る。

なかなかに見とれてしまいそうな光景だが、誰もがすぐに見なかった風を装う。

アデリナの隣にいるノンナの下種な者を見下すような鋭い視線を感じたからだ。

「えっと…それはどういった…」

「先の戦いで主力三個艦隊を失い、今や王国本国にいる艦隊主力は、二個艦隊のみ。しかも、その二個艦隊であったとしてもビスマルク、テルピッツの二艦は倒せまい。せいぜい先の戦いのように一方的に叩き伏せられるのみだ。そうなるとどうなると思う?」

アデリナの問いかけに、工事責任者はごくりと唾を飲み込む。

「帝国が優勢という事でしょうか?」

「そう。優勢も優勢よ。制海権を帝国が握り、王国を閉じ込める事が出来るわ。それに、各植民地に派遣されている艦隊では、我々に太刀打ちできないし、植民地を守らなければならない。だから打つ手がない。そうなると植民地からの物資も止まり、あの国は一気に衰えていくでしょうね。くふふふ」

話しながら、王国の行く末を想像したのだろう。

楽しそうに笑う。

工事責任者にも今の話で何で急がせるのか理解できた。

敵に回復する暇を与えずに一気に押し切ってしまうつもりなのだと。

しかし、重要度を引き上げたとしても修理期間がそれほど短くなるとは思えない。

それどころか、他の艦船の修理や新規艦船の製造に悪影響を及ぼす可能性が高くなるだけだろう。

作業できる技術者の数は限られており、また一つの箇所に集中させすぎても結局は効率が落ちるだけだ。

ならばどうすればいい…。

工事責任者はしばし考え、そして妥協案を提案する。

「なら、こういうのはどうでしょうか?」

「なんだ?言ってみよ」

「二艦を二ヶ月で修復はどんな事をしてもまず間違いなく無理です。それに他の作業にも大きな支障が間違いなく出ます」

「ふむ…。そうか…」

がくりと肩を落とすアデリナ。

しかし、工事責任者の言葉はそれで終わりではない。

「ですが、我々も帝国の民です。帝国の事を考えておられる貴方の為に奮起いたしましょう。比較的軽傷のテルピッツを二ヵ月後、ビスマルクを三ヵ月後というのはどうでしょうか?」

「いいのか?」

心配そうな表情で覗き込むように聞いてくるアデリナに、工事責任者は苦笑して答える。

「一部障害はでるでしょう。ですが、それはこっちで何とかします。ですから…」

工事責任者は立ち上がると深々と頭を下げた。

「帝国の未来の為、よろしくお願いいたします」

それに合わせて、その場にいた工事関係者も頭を下げる。

黙ってそれを見ていたアデリナだったが、ゆっくりと立ち上がると、「皆の協力に感謝する。では、我が愛しい艦達をよろしく頼む」と言って敬礼した。

そして、部屋の入口に向かって歩き出し、入口で一度立ち止まるとその場にいた工事関係者全員を見て微笑む。

「無理を言ってすまなかった。皆の思い、しっかりと伝わったぞ」

そう言うと、そのまま部屋を出て行った。

彼女の部下もアデリナの後を追うように退出していく。

それを見送りつつ、工事責任者は苦笑した。

「あれが帝国が誇る最強の本国艦隊を率いる猛将『黄金の姫騎士』か…」と。

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