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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十六章 第二次アルンカス王国攻防戦

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第二次アルンカス王国攻防戦  その8

すれ違う第二遊撃艦隊と第三、第四水雷戦隊。

だが、後方に主砲が多い艦艇の多いフソウ側に比べ、サネホーン側の艦艇は後方に主砲を持たないものが半数である。

その結果、すれ違った後の砲撃の差は大きい。

次々と砲弾が放たれ、第二遊撃艦隊を襲う。

「くっ。ともかく今は離脱を考えろっ」

思った以上の火力と射撃精度の高さに旗艦のすぐ側にもいくつも水柱が立つ。

艦体が大きく揺れ、誰もが何かにしがみ付かねば立ってられないほどだ。

そして、後方に位置する艦の何隻かは命中弾を喰らったのだろう。

爆炎を噴き上げ、黒煙を辺りに吐き出している。

あれでは助かるまい……。

ファンエン提督はちらりとみてそう判断したものの、同情はしなかった。

運がなかった。

ただそう思っただけだ。

それに取り分が増えるなと考えもする。

それは、そうでも考えないとやってられないという事なのかもしれないなとつい考えてしまうが、今はどうでもいいと頭の奥に押しやった。

「何隻付いて来ている?」

「はっ。戦艦一、装甲巡洋艦六、二等巡洋艦五であります」

先ほどの魚雷と砲撃で半数近くがやられたという事か……。

だが、付いてこられない艦艇全てが沈められたわけではない。

恐らく半数近くは大破か中破というところだろうか。

なら、連中が追撃の障害となるな。

そうなれば、益々離脱しやすくなる。

そう思考してほくそ笑む。

彼は今まで経験から、どんなことがあったとしても大丈夫だと確信していた。

だからこそ、他の者達が今までにない出来事、至近距離に立つ水柱とそれによって大きく揺れる事で恐怖に震える中、堂々とした態度で命令を下す。

その様子は自信に満ち満ちており、艦橋の乗組員達は、彼が何と呼ばれているのかを思い出す。

この人の元でなら、俺らは生き残れる。

その上、おいしい思いも出来ると。

「よしっ、敵がそろそろこっちが離脱を狙っているのがわかるはずだ。各艦に連絡、各艦全速離脱だ。反撃よりも離脱を優先せよ」

その命令を受け、第二遊撃艦隊は速力を一気に上げる。

それは反転してくることを警戒していたフソウ連合側からもはっきりと確認できたのであった。



「敵艦隊、反転せず一気に速力を上げました。離脱する模様です」

その報告を聞き、千葉少佐が面白くなさそうに舌打ちする。

「ちっ。そうきゃがったか」

彼としては、敵は反転して戦ってくると踏んでいた。

第一に、最初の攻撃で魚雷を使い切ったと判断した可能性が高い。

第二に、ここまで一方的に叩かれ、怒りに震えているはずだ。

第三に、戦いつつここに踏みとどまり、或いは休戦し仲間を救出するのではないか。

この三つの理由からそう判断したのだが、予想が外れてしまって、舌打ちしてそう呟いてしまったのだ。

「どうされますか?」

そう聞かれ、千葉少佐は苦笑する。

「敵が来ないなら、こっちの反転の際に攻撃受ける可能性はない。一気に反転し追撃戦に入るぞ」

「了解です」

追撃戦に入る為、第三、第四水雷戦隊が舵を切り反転に入る。

その動きは機敏で、練度の高さを見せつけるかのようだ。

そして、一気に艦隊は反転すると速力を上げていく。

その様子は、獲物を追い詰める狼を連想させた。

「よし。一気に距離を詰め、連中の左側につく。そして、速力を合わせつつ並走して攻撃だ。ただし、距離には気をつけろ。一万を切ったら敵の副砲が火を噴く。早々当たるとは思わんがあの数は馬鹿に出来ないからな」

「『数をこなせばそのうち相手にしてくれる相手に巡り合う』と言ったところですか」

「そりゃ、見合いが失敗した時に言われる奴じゃねぇか」

副官の言葉に、千葉少佐が思わず突っ込む。

艦橋内で笑いが起こる。

「似たようなものでしょ?」

「なんか違うんだよな……」

そう言った後、思い出したのかポンと手を叩いて言う。

「そういや、長官が言ってたな。『下手な鉄砲も数うちゃ当たる』って」

「あ、いいですね。それ」

「そうだろう」

感心したような雰囲気が艦橋内で広がる。

だが、今は戦闘中である。

気を引き締める為に場を切り替える様に千葉少佐は声を張り上げて言う。

「ともかくだ。各艦に連絡。連中は徹底的に潰すぞ。各艦気を引き締めてかかれ」

「はっ」

そして、第三・第四水雷戦隊は大きく開いた差を詰める為、速力を上げていく。

それは一気に縮まることはないものの、間違いなく差は縮まっており、それがじわじわと追い詰めている感を醸し出して第二遊撃艦隊にプレッシャーとして圧し掛かっていくのであった。



「敵艦隊、引き離せません」

その報告に、ファンエン提督は驚く。

「そ、そんな馬鹿なことがあるか。間違いではないのか?」

「ま、間違いありません。それどころか、差が縮まっています」

その言葉に、ファンエン提督は舵を握っている兵に視線を向ける。

「速力はっ」

「最大戦速であります」

最大戦速で引き離せないという事は……。

不味い。

「機関部に伝えろ。まだ出せないかと」

その言葉に、艦長が慌てて言う。

「む、無理です。それに今のままの速力を続けたら、機関が……」

「くっ……」

つまり、最大戦速は向こうの方がはるかに高いという事だ。

そして、今のままだと追いつかれるのは間違いない。

ならば、反転して戦うべきだろう。

後方に主砲のない艦が多いこの艦隊では、このままだと火力で圧倒的に不利だ。

確かに反転時の速力を落とした際に攻撃を集中して受ける可能性はあるが、それでも艦数も正面火力も負けていない。

戦うならば、すぐに選択すべき選択肢だ。

だが、彼は迷っていた。

今までがなんとか幸運に恵まれて何とかなったのだという事で、今回もうまくいくのではないだろうかというわずかな希望が迷いを生んだのである。

しかし、じわじわと距離はつまっていく。

焦りが心を押しつぶそうとしている中、副官の言葉が脳裏に浮かぶ。

『今の雷撃で敵は魚雷を使い切ったはずです。ならば反撃すれば勝機はまだ我々にあります』

まさにその通りだ。

反撃すべきだ。

そうしなければ、どうしようもない。

そう決断したのである。

そう意思を固めるとファンエン提督は命令を下す。

「よし。艦隊を左に向けろ。敵の頭を抑え込む。そして、そのまま敵の旗艦らしき先頭の艦に火力集中。敵を叩き潰すぞ」

それは、間違いなく彼が運任せにせず一軍人として判断し、命じた初めての言葉であった。

その命を受けて、第二遊撃艦隊は左に向きを変える。

それは側面を晒すことで、最大火力を先頭に集中させる俗にいう『T字戦法』もしくは『丁字作戦』という海戦術である。

日露戦争において、日本海軍がバルチック艦隊に仕掛けた戦法で有名だ。

だが、この戦法を行うには、第二遊撃艦隊は速力が足らず、先導艦である旗艦は戦艦ではあるが装甲はそれほど厚くなかった。

また、指揮をするファンエン提督の経験があまりにも浅く、距離の取り方がうまくいかなかった。

要は、艦隊と艦隊の距離が離れすぎていたのである。

その結果、副砲は届かずに主砲だけで対応する羽目となり、予想通りに火力集中とならなかった。

つまり、それらマイナス点が一気に重なりどう考えてもうまくいくはずもない状態となってしまったのである。

その結果、まずは先導艦であるファンエン提督の乗る旗艦が集中砲火を浴びて轟沈。

その後は、旗艦を失った第二遊撃艦隊の士気は一気に落ち、後は呆気なく瓦解して各個撃破されていった。

こうして、第二遊撃艦隊と第三・第四水雷戦隊の戦いは呆気なく幕を下ろす。

結局、『幸運(ラッキー)(マン)』と呼ばれた男は、幸運という名の妨害にあい、経験を積むこともなく、あっけないほど簡単に死亡してしまったのであった。

そして、彼の戦死を知った多くの者は、ただこう思ったのである。

やっと奴も『運』に見放さたのかと……。

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