第二次アルンカス王国攻防戦 その4
出遅れた機動部隊を除く、三つのサネホーン艦隊は大きくルートを分けていた。
その三つの内、直線的にアルンカス王国に向かっていたのは、超弩級戦艦ルイジアーナを中核とする重戦艦、戦艦で構成された主力艦隊で、その戦力は総隻四十隻を超える大艦隊であり、火力、防御力ともにサネホーン最強といってもいいものであった。
そして、それとは反対に機動力を重視して構成されたのが、第一遊撃艦隊、第二遊撃艦隊である。
戦艦が旗艦ではあるが、その主力は装甲巡洋艦や第二等巡洋艦であり、大きく迂回するルートをとっていた。
これは、各方面から攻撃を仕掛け、フソウ連合の駐屯艦隊に揺さぶりをかける為である。
実際、情報が洩れていなければ、アルンカス王国の駐屯していた戦力では、二つの艦隊に対応は出来ただろうが、三つはかなり厳しく、もし三つに分けた場合、各個撃破される恐れが高まっていただろう。
それ故に、第一、第二遊撃艦隊は、無傷の艦隊でアルンカス王国を突けると考えていたし、その通りになっていた確率は高かっだろう。
だが、計画は漏洩し、フソウ連合は、総戦力の大部分を展開して、罠をめぐらして待ち構えていたのである。
もちろん、違和感はあった。
あまりにも早い敵警戒機との遭遇がそれである。
確かに少しおかしいとは思ったものの、前回の教訓から索敵範囲を広げていたと思い込んでしまっていた。
また、第一遊撃艦隊は、マベラチタ島で敵影を発見した事で違和感があったものの、その数が5隻と少なかったために、練習か警戒に当たっていた艦隊が偶々近くにいたと考えてしまった。
その為、無線封鎖を優先しそのまま戦闘に突入してしまったのである。
「たった五隻で何が出来る。さっさと血祭りにあげてやるか」
そう呟くとザンドハッハ提督は、砲撃を命じた。
相手のフソウ連合の艦隊は、旗艦らしき艦艇が先頭に立ち突っ込んでくる。
お互いに正面からの向かい合っての接近のため撃てるのは前面にある主砲のみではあるが、相手が単縦陣に対してこちらは三縦陣である。
後方に位置する二等巡洋艦は撃てないものの、前方に装甲巡洋艦と戦艦を集中配置していたため、先頭しか撃てない相手に比べて、こちらはかなりの砲が撃てる。
そして、ある程度距離が近づいてきたら、位置をずらしすれ違いざまに集中砲火を喰らわせてやろうと考えていた。
フソウ連合の艦船は、左右に副砲を装備していないものがほとんどだ。
反対に、こちら側は距離9000m以内であれば左右に展開する副砲も撃てるため、火力は倍増する。
そして、その動きがこの艦隊の構成ならできる。
ザンドハッハ提督はそう考えていたし、実際、それで戦ってきたのである。
大口径の砲ほど移動しつつの照準合わせは難しく、命中率は高くない。
それならば、機動力を生かして一気に距離を詰め、多くの火力で敵を叩き潰す方がいいのではないかという考えであった。
だから、別に今の距離で当たらなくてもいい。そう思ってはいた。
しかし、段々と距離が狭まって近づいているというのに、命中弾どころか至近距離の着弾もない。
いくら今撃っているのが主砲のみとはいえ、ここまで当たらないのはおかしいのでないか。
相手との距離は近くなっているというのに。
それに相手はそれほど大きく回避しているようには見えないではないか。
なのになぜ当たらん。
そう考えて、思わず声が出る。
「いい加減一発ぐらいは当てんかっ」
「申し訳ありません。相手の動きも素早く、思った以上に当てにくいようです」
その声に、副官がそう報告する。
「くっ。まあいい。いいかっ。一万を切ったら少しずつ艦隊をずらすぞ。すれ違いざまに副砲で一気に相手を蜂の巣にしてやる。準備にかかれっ」
「は、はっ。了解しました」
慌てて副官が命令を伝える。
その命令が届いたのだろう。
左右に展開する副砲が動き始める。
だが、その命令は無駄になるのである。
「おもぉかぁぁぁぁじっ」
一番上の索敵所でそう叫んで命令するのは、第一水雷戦隊を指揮する佐々木竜太郎少佐である。
双眼鏡から目を離さず、相手の動きを見つつ送信管に次々と命令を下す様は、艦隊司令とはとても見えない。
そして、その指示を受け、第一水雷戦隊旗艦 軽巡洋艦球磨が動く。
その動きは実にスムーズで、その後ろに続く駆逐艦 吹雪、白雪、初雪、深雪の四隻がぴたりとズレることなく続く。
その回避運動は余りにもスムーズで大きく回避行動している様には見えない為、敵からはただうまく照準があっていないかのように見えるだろう。
そして、そんな錯覚さえ起こすほどの的確で正確な指示に、艦橋では球磨の付喪神が驚いた表情で副官である森金一少尉に聞く。
「噂には聞いていましたが、ここまですごいとは……」
「まぁ、誰でも最初は驚きますよ」
森少尉はそう言ってニタリと笑みを漏らす。
「もっとも、本人曰くあれは勘じゃねえって話らしいです」
「勘じゃない?」
「ええ。今までの経験と敵の動き、そして自分が敵ならばどうするかを考えての事らしいです。だから勘とか運とは違うって本人は言ってました」
そう言った後、森少尉は苦笑した。
「もっとも、普通の人間じゃ無理って思いますけどね」
「確かに……」
その相槌に頷くと森少尉は上にいるであろう佐々木少佐を見るかのように天井に視線を向ける。
そして、しばし見た後、視線を上から敵の方に向けると口を開く。
「多分、そろそろやるつもりだと思いますよ」
その言葉に、球磨は驚いた表情になる。
「少尉もわかるんですか?」
「ええ。もっとも、私の場合は、佐々木さんとの付き合いと経験からくる勘ですがね」
そう言って笑う。
それに釣られるように播磨も笑っていたが、その言葉が終わると一分もしないうちに送信管から新たな命令が届く。
「そろそろ仕掛けるぞ。各艦に通達だっ」
そらきた。そう言わんばかりの表情をして、森少尉が命令を下す。
「各艦に通達。これより第二段階に入る。各艦、雷撃戦用意ーーっ」
その命を受け、艦橋内に緊張が走る。
そう。戦いはこれからなのである。
「間もなく、距離は1万を切ります」
その報告を受け、ザンドハッハ提督はニタリと笑みを漏らす。
一万を切ったら素早く軸をずらしつつ接近し、左に反りつつ砲撃を喰らわせるためだ。
流石にこれだといくらなんでも当たるだろう。
そう思った瞬間であった。
「敵艦隊、反転します」
「どういうことだ?!」
ここまで接近しておきながら一発も撃たずに反転だと?!
いくら何でもそれはおかしい。
だが、その考えはすぐに次の報告でかき消された。
「敵、反転しつつ砲撃雷撃を行っております」
「雷撃だと?」
いくら何でも距離がありすぎる。
フソウ連合の魚雷の性能は優秀とはいえ、一万以上離れた距離で届くとは思えない。
ならば、なぜ?
一瞬、判断が遅れる。
だが、慌てて命令を出す。
届く届かないに関係なく、命令を出すべきだと思ったのだ。
「各艦、回避行動に移れっ」
その命を受け、三列縦陣であった艦隊の隊列が乱れる。
だが、航跡が見つかりにくい酸素魚雷であり、ましてや先頭に立つ艦艇ならともかく、後ろに続く艦艇に航跡を確認する術はなく、各自各自で判断し回避行動をするしかない。
そのため、さっきまできちんとした隊列があっという間に崩れ乱れる。
まるで無秩序であるかのように。
そんな艦隊に、播磨と駆逐艦4隻によって順次放たれた酸素魚雷計三十二本が襲い掛かる。
「回避ーーっ、回避ーーーっ」
警戒の鐘が鳴り響き、艦内は騒然とする。
「そんな馬鹿な……」
念のためと思って発した命令だったが、発してよかったとザンドハッハ提督は思った。
そして何本もの魚雷が横を過ぎていき、なんとか発見した魚雷攻撃全てを回避してほっとした瞬間であった。
旗艦の後ろ側で爆発音が響き渡る。
後続の艦に魚雷が命中したのである。
そして、それは一つではない。
次々と爆発が続く。
その音に引き寄せられるかのように視線を後ろに向ける。
彼の視界には、次々と水柱を上げて轟沈していく味方の艦船がいくつも目に入った。
それは、一つ二つではない。
「糞ったれっ」
ザンドハッハ提督は思わずそう吐き捨てると怒りに満ちた目で視線を前方に向ける。
その目に映るのは離れていくフソウ連合の艦隊であり、それを睨みつけると命令を発した。
「このまま逃げられたら、俺らは赤っ恥をかいただけだ。敵艦隊を追うぞっ。逃がすなっ」
その命令に副官が思わずと言った感じで口を開く。
「しかし、被弾した味方を見捨てては……」
「くっ。なら、後方に位置する無事な二等巡洋艦二隻を救助に回せ。他の無事な艦艇は、このまま追撃戦に移るぞ」
「は、はっ。了解しました」
その命令を受け、次々と無傷の艦艇が速力を上げていく。
それを被弾した艦艇に残っていた者や撃沈し海に投げ出された乗組員達が恨めしそうに見送っていた。
確かに、ここまで一方的に攻撃を受けて無傷で離脱されてはメンツが立たないのはわかるし、作戦も遂行しなければならないのもわかる。
だが、取り残される彼らにしてみれば、そんな事は関係ない。
見捨てられた。そんな思いが強く残るのである。
そんな気持ちがわかるのだろう。
救助を命じられた二等巡洋艦の艦長は、先に進む味方の艦艇をちらりと見た後、ため息を吐き出すと命令を下す。
「いいかっ。急いで一人でも多くの者を救助せよ。いいな?」
こうして、残った二隻の二等巡洋艦による救助は開始された。
〇現時点での第一遊撃艦隊被害〇
撃沈 六隻 (装甲巡洋艦二隻、二等巡洋艦四隻)
中破 一隻 (戦艦一隻)
*砲撃と違い、魚雷攻撃のみの為、命中した二等巡洋艦、装甲巡洋艦はほぼ撃沈してしまっている。




