日誌 第四十一日目 その2
「なるほど。艦船だけでなく飛行機や潜水艦などを使うという手もあるんですね」
感心したように新見准将が頷く。
「ああ、施設艦だけじゃ間に合わないからね。一晩で一気にやってしまう」
僕がそう言うと、その後を続けるように山本中将がニヤリと笑った。
「それで今度は艦隊を出撃させて何も知らない敵をおびき出すと…」
「まぁね。そういうことだね」
「しかし、この作戦に使用する航空機はある程度の大きさがないと難しいのでは?」
新見准将が考え込むように聞いてくる。
「確かに艦載機では不可能ですね。双発、四発の爆撃機が理想です」
「しかし、現在、我が軍で保有するのは、双発機は一機種もなく、四発では九十七式と二式の二機種の飛行艇のみですが…」
「パイロットの育成の方はどうですか?」
「ええ順調です。以前から訓練をしていた予備役の者も含めるとパイロット候補生は四百名近くになります。もっともすぐにパイロットを任せられるのは予備役の百二十名くらいですね」
その報告に僕は考え込む。
まだ空母を中心とした機動艦隊を編成するにはパイロットが足りなさ過ぎる。
すでに翔鶴、瑞鶴の模型はちょっとずつ製作していたおかげでかなり完成に近いが、いかんせん艦載機の製作が追いついていない。
やっと警戒、偵察、監視、連絡に使う飛行艇や水上偵察機がある程度確保できて少し余裕が出来たとはいえ、まだまだ製作しなければならない機体は多い。
一応、本島の空港には、零式艦上戦闘機21型26機、九十九式艦上爆撃機14機、九十七式艦上攻撃機14機があるとはいえ、どちらかと言うと訓練や防空用といった感じだ。
翔鶴型の大型航空母艦二隻だと百四十から百八十名近いパイロットとそれに相当する数の艦載機が必要になるだろう。
それに今すぐにパイロットを任せられる百二十名の内の何割かは爆撃機に回さなければならない。
「まだまだ足りませんね…」
僕の言葉に、山本中将は聞き返している。
「長官としては、あと何人くらい必要とお考えですか?」
その問いに僕は考え込む。
現在、買っている模型の空母は翔鶴、瑞鶴、飛龍、蒼龍、大鳳、飛鷹、大鷹、雲鷹の八隻。
その航空母艦の運用可能艦載機は五百機近い。
さらに基地の空港がきちんと機能しだしたら、基地運用の機体も必要になる。
「そうだな…。パイロットだけで少なく見積もってもあと千人近くは必要かな…」
僕の言葉に、新見准将と山本中佐が驚いた顔をした。
それはそうだろう。
彼らはまだ航空機の本当の有効性を知らない。
偵察や警戒、敏速な輸送や移動といった有効性は実際に体験し理解しているだろう。
だが、戦艦や重巡洋艦に取って代わる攻撃戦力とは思っていないようだ。
それは航空機が余り発達していないこの世界の人々全員に言えることだろう。
だからこそ、今のうちにパイロットを大量に育成し、有利に運べる下準備をしたいと思う。
「一応、学校街の建設予定プランの中に、民間パイロット育成の部門も作る予定だから、地区間の連絡、移動、輸送に必要なパイロットは将来的には軍パイロットではなく、民間パイロットにシフトしていく予定だ。だから、軍は軍でより多くのパイロットを育成して欲しい」
「「はっ。了解しました」」
二人が表情を引き締め敬礼する。
「おっと…話が別の方に行っちゃいましたね。どこまで話しましたっけ…」
「飛行機が足りないと言うところですか…」
「ああ、そうでした。実は近々、四発爆撃機連山と双発爆撃機一式陸上攻撃機を配備したいと思っています」
「もしかして、この作戦の為にですか?」
「ええ。航続距離的には、この二機種が最適ですけど、それでも万全を期したいので、北部基地に大型空港の準備を急がせています」
「配備機体数としては?」
「連山が予備機を入れて十六機、一式陸攻は二十機といった予定です」
「ふむ。パイロットの機種転換訓練などを考えれば一ヶ月は必要ですな」
山本中将が腕を組み呟くように言う。
その言葉に、新見准将が言葉を続ける。
「まぁ、それくらいだったら、北部基地の空港も何とか使用出来る程度には整備されているでしような」
「今が十月の二十八日ですから、作戦実行は早くて十一月の下旬か十二月の上旬といったところですね。では、大体二週間後の十一月の十日過ぎぐらいに進行状況を確認しつつ、再度話し合うということでよろしいでしようか?」
僕の言葉に二人とも頷く。
どうやら問題なさそうだな。
さて、打ち合わせもそろそろ終わろうかと言う頃になって、思い出したかのように山本中将がニヤリと笑って口を開く。
「それで作戦名ですが…今のままだと仮名称もなく作戦番号のままとなりますから二十三号作戦になってしまいますな…」
「確かにわかりにくいですな。もっとこうわかりやすい作戦名が必要ですな」
新見准将もそう思ったのだろう。
すぐに相槌を打ってくる。
なかなかの連係プレイと言っていいだろう。
「そうだなぁ…。作戦名か…」
いきなり言われてもなぁ。
何も思いつかないよ。
さて、どうしょう…。
そう思ったときだった。
デスクのインターホンが鳴り、東郷大尉の声が響く。
「長官、緊急事態です」
僕は慌ててボタンを押して答える。
「どうした?」
「南部方面艦隊指令の南雲少佐より緊急通信。『ワレ、王国ノ艦ト接触ス。休戦モシクハ講和ノ使節ト思ワレル。対応ノ指示ヲ願ウ』以上です」
「わかった。すぐに二式大艇の準備と第一特務隊の香取を向わせてくれ。それと返信を頼む。『了解シタ。丁寧二対応セヨ。スグニソチラニ向ウ』だ。」
「了解しました」
ボタンを離して僕は後ろを振り向くと、そこには期待している顔でこっちを見る二人の姿があった。
「そんなに期待されるとプレッシャーだなぁ…」
苦笑してそう言う僕に、山本中将は笑いつつ言った。
「そう言っても、他人に任せて逃げないのでしょう?」
「まぁね。きっかけを作ったのは僕だしね」
「なら、期待しておいていいですかね」
そう言いつつ新見准将がニタリと笑う。
「まぁ、なるようにしかならないから、期待しすぎてがっかりしないでくれよ?それと不在の時の対応はよろしく頼む」
「「了解しました」」
「あと、作戦名だけど、今度でいいかな?」
僕の問いに二人は苦笑して頷くと、立ちあがって敬礼して長官室を退出していった。
その二人の後姿を見送った後、僕も動き出す。
さてと、出張の準備するか…。
まずは鞄と着替えだな。
あと必要なのは…。
そんな事を思って立ち上がったら、ドアが開けられ東郷大尉が中型のがっしりした旅行鞄と二箇所の鍵付きの書類用アタッシュケースを持って来た。
「長官、出張の準備ですが、一応三日分の着替えをご用意しております。また必要となると思われる書類はこっちのアタッシュケースに入ってますから移動中に目を通しておいて下さい。それと式典用の軍服ですが、二十分もしないうちにアイロンかけが終わってこっちに持ってくる予定です」
テキパキと話す東郷大尉に、僕は圧倒されながらも何とか口を開く
「えっと…僕は何を準備すればいいかな?」
僕の言葉に東郷大尉は少し考え込んだ後、ニコリと笑って言った。
「そうですね。準備が終わるまでは、のんびりコーヒーでも飲んでてください」
「あ、ありがとう…。そうするよ…」
そう答えつつ、なんかこれでいいのかと言う気になる。
なんか、このままだと東郷大尉がいないと何も出来ない駄目亭主みたいになりそうだ。
僕はそう思いつつも、東郷大尉がすぐに用意してくれたコーヒーに口をつけるのであった。




