戦力対比
『サネホーン、動く』
その報にフソウ連合内部は色めき立ったが別に驚いたわけではなかった。
あまりにも情報通りという事以外は。
そして、その後に伝えられるサネホーンの動きに対しての続報も事前に得られた情報通りであった。
つまり、サネホーンの対フソウ連合侵攻作戦である『ガンパルリッチ作戦』の全貌は、すでにフソウ連合の知る所となっており、情報戦ではフソウ連合に惨敗という有様であった。
確かに最初は全く情報が得られずに謎のベールに包まれていたはずのサネホーンではあったが、今や彼の国の情報は一部を除いてフソウ連合に筒抜けとなっている。
もっとも、それを確認するために探りは入れられているが、その結果、得られる情報は限りなく正確だという事がわかっていた。
そして、それだけの情報漏洩が行われている原因が二つある。
一つは、亡命してきた元サネホーン交渉官であるリンダ・エンターブラの存在だ。
彼女は、開戦派の裏切りによって切り捨てられたのに怒り、彼らに復讐するため、全面的にフソウ連合に協力を申し出たのである。
その結果、元々彼女のツテがあるサネホーンの外交筋と旧フッテンの部下達を中心とした派閥の協力が得られることとなり、軍務以外の情報が手に入る形となっている。
そして、もう一つはサルホーン国内の講和派が接触を図ってきた事だろう。
彼らは、フソウ連合との戦いは、サネホーンの根本を揺るがす問題だと考えていた。
だが、開戦派の暗躍と根回しによって、彼らの主張は押し切られ、今やサネホーンは開戦派が勢力を占める様になってしまったのである。
そんな中で、講和派が講和や休戦を叫ぼうが結果が出る訳もない。
そこで彼らは、ある程度の損切を考えたのである。
開戦派が推し進めるフソウ連合侵攻作戦『ガンパルリッチ作戦』が大敗する事で、彼らの責任問題を追及し、勢力を取り返そうとしたのである。
その結果、リンダから得られにくい軍事関係の情報がこちらから手に入る様になっていたのであった。
もっとも、この二つの情報提供には条件があった。
出来る限りでいいので、サネホーンの主柱とも言うべき三人のできる限りの助命である。
その三人とは、サネホーンの中心である付喪神の三人。
ルイジアーナ、グラーフ・ツェッペリン、ペーター・シュトラッサーの三人であった。
だが、これら三人は、サネホーンの戦闘部隊の主力であり、中核と言うべき存在だ。
だからこそ、絶対に約束は守れるとは言えない。
普通でさえも絶対とは言い切れないのに、ましてや不確定要素の高い戦場では無理な話だし、相手はそれを知らないから攻撃してくるのである。
だからこそ、出来る限りでいいのでという言葉が付いてくる。
それは仕方ない事であった。
だが、この条件は、サネホーンが暴走することを良しとしないフソウ連合にとっても悪いものではなく、出来る限り考慮するという事を伝え、了承を得られている。
その結果、サネホーンの情報はザルのよう漏洩し、この計画もすっかり掌握されてしまっていたのであった。
もっとも、この情報をフソウ連合側もそのまま鵜呑みにしたわけではない。
秘密裏に別の方面から確認作業が行われた。
その結果、信憑性が高いと判断されるとすぐに対抗策が計画された。
『ヤマタノオロチ討伐作戦』
それが作戦名であり、サネホーンが戦艦、装甲巡洋艦を中心とした三つの遊撃艦隊、ルイジアーナを中心とした第一主力艦隊、重戦艦を中心とした第二主力艦隊、グラーフ・ツェッペリン、ペーター・シュトラッサー、それに鹵獲修理されたホーネットの三隻を中心とした機動艦隊という六つの艦隊と二つの支援艦隊によって構成されているのに対抗して行うために鍋島長官が命名した作戦である。
勿論、サネホーンの八つの艦隊をヤマタノオロチの首の数に例えて命名されたのだが、残念ながらこの世界にはヤマタノオロチという存在はなく、フソウ連合の神話にも存在しないので、ヤマタノオロチの事ををわざわざ説明しなければならなくなってしまったのだが。
ともかく、サネホーンの八つの艦隊に対して、フソウ連合は保有する艦隊戦力の多くを用意した。
実際、フソウ連合本国には、補給修理中の大型艦を除けば、軽巡洋艦以上の大きさの戦闘艦はほとんどないという状況になっている。
その作戦参加戦力だが、まずは、敵遊撃艦隊に対抗するための軽巡洋艦を旗艦とする五つの水雷戦隊。
それに、大和改、紀伊を中心とした超弩級戦艦六隻を中心とした打撃力を重視した第一主力艦隊と金剛型を中心とした機動力を重視した第二主力艦隊。
それに航空戦力としては、飛龍、蒼龍の第二航空戦隊と第三航空戦隊の赤城、加賀によって構成された第一機動艦隊。
これら八つの艦隊が作戦の中心となる。
しかし、それで終わりではない
それらの艦隊の支援とトラブルのあったときの為に、後方にカタパルトを装備し最新の艦載機を搭載した翔鶴と瑞鶴の第一航空戦隊を中心とした第二機動艦隊。
また、新しく構成されたばかりであったが、大鳳、信濃の第四航空戦隊と隼鷹、天城、葛城の第五航空戦隊が、それぞれ第三、第四機動艦隊として準備されている。
また、アルンカス王国駐在の新しく編成された戦艦ヴァンガードとデューク・オブ・ヨークを中心とした第三外洋艦隊も支援に回る。
つまり、参加艦艇数では圧倒的にサネホーンが有利ではあったが、艦艇の質や練度では完全にフソウ連合が上であり、ましてや航空戦力は、各島に展開する水上機部隊の機体を含め、800機以上が用意されているフソウ連合に比べ、サネホーンが用意できたのは、艦載機120機前後、水上機をいれたとしても200機に満たない状態であった。
また機種も、フソウ連合側が大戦末期の紫電改や天山、彗星が主力に対して、サネホーン側は鹵獲したホーネットに残っていたアメリカ海軍の初期主力機のワイルドキャット、デヴァステイターをコピー量産したものが中心であり、それぞれの機体の性能も大きく差がある有様である。
もし、この双方の戦力を知っていて、航空戦力の重要さがわかっていたものがサネホーンにいたら、全力で作戦を止めるだろう。
勝ち目は限りなく薄いと。
それどころか一方的にやられてしまう可能性もあると言い切ったかもしれない。
しかし、実際は、双方の戦力を把握しているものはサネホーンにはおらず、また航空戦力の重要性をわかっている者達は、空母の付喪神であるグラーフやピーター、それに一部の者達だけであった。
本当なら、それがわかっていなければならないルイジアーナさえも、砲撃戦重視の航空戦力を軽視する傾向にあったのである。
また、サネホーン側に予備の戦力がほとんどないのも問題となるだろう。
確かに数は有利ではあるが、絶対的とはいえず、本来ならもっと圧倒的な数の力で押さねばならないはずだったが、今回の作戦は開戦派が用意したものという事で、講和派は理由を付けて非協力的であり、また王国や共和国の植民地に駐在する各国の派遣艦隊牽制の為の戦力を残しておく必要性があった為であった。
もっとも、開戦派はフソウ連合の戦力を軽視し、この戦力でフソウ連合などは十分駆逐できると考えているのも大きかった。
こうして、サネホーンは、十分に準備された罠の中に踏み込むことになるのだが、そこにもう一つの勢力が入り込む。
それは老師の息のかかった勢力であり、伊-13を沈めた謎の艦船が中心となって構成された艦隊である。
その艦船数は、僅か八隻。
謎の軍艦以外は、戦艦と装甲巡洋艦によって構成された艦隊。
だが、この戦力が、全てを知っているものならば一方的な戦いになると言い切れるこの戦いを大きくかき乱す要因となるのであった。




