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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十五章 戦火の嵐

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立て直し  その4


帝国首都のサンディアナ宮殿のアフロディトナと呼ばれる謁見の間では、今や帝国のほとんどを支配するアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチ皇帝が複雑そうな表情をしていた。

「そうか。帰国するか……」

そう呟くように言うアデリナの前で跪いて謁見しているのは、川見大佐と三島特務大尉である。

「はい。帝国駐在大使も到着いたしましたし、ある程度の準備も終わりました。それに……」

川見大佐の言葉の先をアデリナは言うる

「サネホーンだな?」

「はい。その通りでございます、陛下。それに長官から至急戻ってくるように言われておりますし」

その言葉に、アデリナは苦笑する。

彼女にしてみれば、川見大佐は喉から手が出るほど欲しい人材であった。

もちろん、今の帝国にも諜報部はあるし、人材もいる。

しかし、数はあっても質は驚くほど低下していた。

元々、皇室には直属の(テェイン)とよばれる諜報機関があったが、その組織は内乱で多くの者が死に、生き残った者も皇室に愛想をつかして離反してしまっている。

もちろん、それ以外にもいくつかの諜報機関はあるが、その多くは瓦解していた。

今の帝国の諜報機関『螺旋の(シュライメスマフ)』はなんとか最低限機能している程度だし、旧連邦の諜報機関は、報復を恐れほとんどが海外に逃げ出すか、地下に潜伏してしまった。

そして、旧公国の諜報機関は、反アデリナが凝り固まっていたため、粛清されてしまっている。

つまり、下っ端はいるものの、統括する優秀な人材がいないのである。

その上、公国が帝国に譲渡され、帝国が盤石の基盤を作り出す間、川見大佐は、多くの事を成し遂げていた。

それは途轍もなく大きな貢献であった。

諜報機関の再編成の協力と皇帝暗殺事件を未然に防いだのである。

つまり、下手して皇帝暗殺がうまくいってしまったら、帝国はまた大混乱に陥ってしまっていた恐れが高かったのである。

それを防いだことにより、今や川見大佐は帝国では尊敬され、ますます一目置かれる人物になっていたのである。

「残念だ。貴官にはまだ帝国に残って私を手伝って欲しいと思っていたのだがね」

「光栄ですが……」

その即答で返されたはっきりとした否定に、アデリナは苦笑する。

予想通りの答えであった。

だから、安心した。

この男はブレないなと。

そして、益々この男が、いやこの男の能力が欲しくなっていた。

「もし、貴官が残らねばフソウ連合との約束は実施できないと言ってもか?」

そのアデリナの言葉に、側に仕えていた副官のゴリツィン大佐が慌てた様子を見せる。

「へ、陛下っ」

その様子にアデリナは楽し気に笑うと言い返した。

「冗談だ」

「陛下、冗談でも言っていい冗談と、言ってはまずい冗談が……」

その小言に、アデリナは苦笑して川見大佐の方を見る。

「貴官も冗談だと判っていただろう?」

「はい」

「では聞こう。なぜ冗談だと判ったのかな?」

その問いに、川見大佐は苦笑する。

ただ、別れの挨拶をしに来ただけなのにと。

その川見大佐の横で、三島特務大尉がくすくすと笑っていた。

「んんっ。では」

そう前置きして、そう思った点をいくつも上げていく。

それを楽し気に聞くアデリナ。

彼女の側に控えている副官であるゴリツィン大佐や脇を固めている幕僚達も同じく静かに聞いていた。

それは、今の川見大佐にはそいう態度をとるしかないというそれだけの実績があるという事でもあった。

「といったところでしょうか……」

そう話を締めくくると、アデリナは満足気にいう。

「ふむ。ますます貴官が欲しくなったぞ」

だが、すぐに諦めの表情になる。

「だが、貴官の言う通りだからな。今回は諦めようと思う」

その言葉にゴリツィン大佐は少しほっとした表情になった。

だが、それを確認して、アデリナは笑いつつ言う。

「しかし、私は完全に諦めた訳ではないからな」

その言葉に、川見大佐と三島特務大尉は苦笑ともとれる笑みを浮かべた。

「そうだ。次はプライベートな旅行で来るといい。歓迎するぞ」

「はっ。その際には、帝国がどれだけ発展し、安定しているか見させていただきたいと思います」

川見大佐がそう言うとアデリナは楽しげに笑った。

要は、もう自分が必要無くなった時に来ると言い返したのである。

その意味にアデリナは気が付いたが笑った。

そうかね、ならばそうしてやろうと決心をして。

こうして、川見大佐と三島特務大尉は帝国から離れる。

駆逐艦島風と共に。

サネホーンとの戦いが迫る祖国に戻る為に。



謁見の後、執務室に戻ったアデリナだったが、椅子に座って発した第一声にゴリツィン大佐は呆れ返っていた。

その第一声は、「あー、なんかいい手ないかな」である。

要は、まだ諦めきれていないのであった。

「陛下……」

呆れ返った声に、アデリナは慌てて言う。

「今の帝国では彼ほどの人材はもういないわ。それを欲して何が悪いのよ」

「確かにそれは悪くはありませんが、国同士の関係を悪化させるのは今の帝国にとっては悪手でしかありません」

そう言い聞かせるかのようなゴリツィン大佐の言葉に、アデリナは拗ねたような表情になった。

「わかっているわよ」

その二人の漫才とも取れそうな掛け合いに、警備の兵が苦笑している。

そこには自分の思い通りにならなかったら癇癪を起していたかっての姿はなかった。

だが、いつまでもふざけている時間はない。

「で、彼はどう?」

真剣な表情になって発せられたアデリナの言葉に、ゴリツィン大佐も表情を引き締めて言う。

「自白しました。川見大佐の予想通り、やはり裏で教国関係者が動いているようですな」

その言葉に、アデリナは眉を顰める。

「本当に、宗教が絡むとうざいわね」

「ですな。ですが、以前の様に強く禁止されるので?」

そう聞き返されて、アデリナは苦笑する。

「強く禁止はしないわ。人の頭の中は見れないもの」

そう言った後、表情が引き締められた。

「しかし、周りに悪影響を与えるなら、それも考えないとね」

アデリナにとって、宗教は否定すべきものではないが、周りを引きずり込むような存在ならば必要ではないと思っていた。

何を思おうが、崇拝しようがどうでもいい。

それは個人の自由だし、否定するつもりはない。

だが、周りを巻き込み、国を揺るがすものならば徹底的に潰さねばならない。

それは、不幸を踏み出す連鎖でしかないし、宗教は一種の脳内麻薬の生み出した幻想でしかないと思っているからだ。

それ故にアデリナは、神を信じない。

しかし、何も信じないわけではない。

彼女は魂を精霊を信じている。

自然信仰に近いと思っていいだろう。

それ故に惹かれるのだ。

人々の思いの塊である付喪神という存在に。

「確かに。それは検討しなければならないかもしれませんね。そうなって欲しくはないですが……」

ゴリツィン大佐の言葉に、アデリナは頷く。

そして、ゴリツィン大佐はちらりとデスクの方に視線を向けた。

「それはそうと、陛下」

確認するかのような口調。

じっと見つめる視線。

それをアデリナは視線をずらして答える。

「何かしら?」

「書類が溜まっていませんか?」

「気のせいでしょう」

すっとぼけているのが丸わかりである。

ため息を吐き出すとゴリツィン大佐は強めの口調で言う。

「そんな事なら、フソウ連合の協力に派遣する艦艇のリストを調整しなければなりませんな」

その言葉に、アデリナは慌てる。

「ちょっと、まさか……」

そんなアデリナをスルーしてゴリツィン大佐は言葉を続ける。

「やはり、帝国が共和国に協力しているという姿勢を強く見せる為にもビスマルクを旗艦にするべきですかねぇ」

「ちょっと、それ横暴だわ。ゴリツィン大佐っ」

「ですが、派遣の艦艇の編成は、自分に任せると……」

そう言われてアデリナは悔しそうな顔をする。

実際、面倒になって丸投げしたのはアデリナであった。

もちろん、ビスマルク以外の()が嫌いなわけではない。

ビスマルクに思い入れがありすぎるのだ。

かっての旗艦であり、ノンナと過ごした時間、そしてノンナが命を落とした場所。

それらが強くアデリナの心に沁みついていた。

「わかったわよ。仕事をします。仕事をすればいいんでしょう」

ブツブツ言いつつ立ち上がるとアデリナはデスクに向かう。

だが、途中で足を止めると聞き返す。

「後、大佐の代わりになるような人の人選を急いでね」

その言葉にねゴリツィン大佐は苦笑する。

「変わりは無理でも、出来る限りの人選をしたいと思います」

その正直すぎる言葉に、アデリナも苦笑する。

「ええ。それでいいわ。仕方ないけどね」

そういってデスクの椅子に座ると、積み上げられた書類の一番上に手を伸ばす。

今日は、事務処理で終わるわねと心の中で愚痴りながら……。

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