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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十五章 戦火の嵐

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最高司令官

王国と共和国で起こった二つの戦いの結果は、すぐ様連盟のトラッヒの元に送られた。

それぞれ報告する者の様子は、まさに対称と言った方がいいくらいにはっきりと分かれていた。

勝利し、すべてうまくいった共和国侵攻艦隊の報告をする者は、笑みを浮かべて自信たっぷりの態度であり、反対に敗北した王国侵攻艦隊の報告をする者は、おどおどとして自信なさげで真っ青で倒れそうな顔色をしている。

もちろん、報告する者が処罰されるわけではない。

ただ、報告するだけの役割しかないのだから当然だが、それでもトラッヒのヒステリックな癇癪と怒りに晒される方としてはたまったものではないだろう。

特に、機嫌がいい後の不機嫌さはかなりのもので、その落差は余りにも強烈であった。

そして、どうやら王国侵攻艦隊の報告をする者はそれがわかっているらしく、胃のあたりをグッと抑えている。

それでも逃げるわけにはいかず、耐えている様子であった。

もっとも、先に報告された共和国侵攻艦隊の報告を機嫌よく聞いているトラッヒは、そんな事は気が付いていないようだが、隣で報告を聞いている作戦立案のルキセンドルフ中将はどうしたものかと考えている様子であった。

彼には事前に先に報告が入って来ていたからである。

そして、共和国侵攻艦隊の報告が終わり、王国侵攻艦隊の報告が始まった。

最初こそ、機嫌よく微笑みさえ浮かべていたトラッヒだったが、すぐにその顔は激怒に染まっていく。

そしてついに我慢できなくなったのだろう。

報告途中ではあったが、怒りの言葉を発した。

「あの無能どもめっ。あれだけ戦力差があり、準備させておいて、この体たらくだと?!恥を知れ!馬鹿共がっ」

言葉は100%激怒の感情で出来ており、トラッヒ自身もその影響でますます怒りに染められていた。

こめかみには血管が浮かび上がり、強く握りしめた拳はデスクに叩き下ろされ、パンっという激しい音が響く。

それでも収まりきらない怒りが身体中を走っているのだろう。

ぶるぶると身体が震えている。

そして、続けざまに罵ろうと口を開きかけたが、その前にルキセンドルフ中将が涼し気に言葉を挟む。

「確かに負けましたが、最低限の仕事はしてくれたようですな」

その言葉に、出鼻を挫かれた形になったトラッヒが視線をルキセンドルフ中将に向ける。

その視線は、今や激怒を凝縮したもので、下手したら人が殺せるのではないかとさえ思えるものであった。

しかし、恐れを心の奥にしまい込み、ルキセンドルフ中将は平然した顔で受け止める。

「最低限の仕事だと?!」

「はい。最低限の仕事です」

バンッ。

さっきよりも激しくデスクが叩かれ、その音が部屋に響き渡る。

誰もが身体を震わせ、身を縮まこませるが、それでもルキセンドルフ中将は平然とした態度を続けていた。

勿論、心の中では恐怖で震えていたが、彼はそれでも今怯めばマイナスにしかならないと判っていた。

今後の事を考えれば耐えるしかない。

そう判断したのである。

そして、言葉を続ける。

「確かに私としては、両方がうまくいった場合がベストです。ですが、少なくとも片方が成功し、もう片方もある程度戦力が削れれば十分と思っていました。ですから、最低限の仕事はしたと言ったのです」

「それは、どういうことだね?」

まだ怒りが残ってはいるが、それでも興味がわいた方が強かったのだろう。

トラッヒがそう聞き返す。

その言葉の端々には怒りが感じられたが、それでも沸点を超えた怒りの炎は鎮火方向へと向かいつつあった。

それがわかり、ルキセンドルフ中将は心の中でほっとする。

ここで、トラッヒが怒りに任せて暴れまわり、王国侵攻艦隊の指揮官達や兵達を失う事は、今後の事を考えれば悪手であり、今回、彼らを庇う事で彼らに対して恩を売ることも出来ると考えたのである。

「確かに王国に侵攻は出来ませんでしたが、王国の残存戦力の多くにダメージを与え、連中の海上戦力はますます少なくなったという事です。それは制海権をこちらが握ったという事であり、また王国侵攻の上陸部隊は、ほとんど被害を受けずに共和国に上陸しました。これは考えようによっては、戦力を集中運用できるチャンスではあります。確かに王国侵攻は後回しとなりますが、その分、共和国侵攻がやり易くなります。さらに、海上戦力が失われた王国海軍では、航路を遮断し、妨害することもままならないでしょう。その上、我々は潜水艦部隊と洋上艦隊で、王国、共和国を孤立させることも出来ます」

その説明に、トラッヒの顔から怒りが消え去っていた。

「つまり……」

「ええ。補給路を潰し、相手を干からびさせつつ各個撃破していくという方法に切り替わったという事です。確かに時間はかかりますが、二方面作戦で行うよりもより確実に勝利するでしょうな」

その言葉に、トラッヒの顔が明るくなった。

「素晴らしいっ。そこまで考えていたとはっ」

その言葉に、ルキセンドルフ中将は頭を下げる。

「お褒めをいただき、恐縮です」

「いやいや、謙遜するな。実に素晴らしい」

トラッヒは機嫌よく微笑み頷く。

さっきまでの様子とは真逆であった。

報告者達も、その変化にほっとした表情をしている。

特に、王国侵攻艦隊の報告をする者は、安堵してふーと息を吐き出していた。

「それで、どうすればよい?」

トラッヒが機嫌よくそう聞いてくる。

それはルキセンドルフ中将がもっとも欲しかった言葉だ。

「はい。まずは王国侵攻艦隊ですが、彼らに対して厳しく当たるよりも、恩をきせて今後の奮起を促す方がよろしいかと」

「なるほどな」

トラッヒが感心したように顎に手をやって頷く。

「次に、共和国侵攻艦隊ですが、もちろん褒めていただき、共和国周辺の制海権をより確保する方向で指示を出せばよいかと」

「しかし、共和国や王国の連中の戦力は残り少ないはず。それ程の艦隊戦力は必要ないのではないかな」

その言葉に、ルキセンドルフ中将は首を振る。

「まだ、イムサの戦力が残っています。それにフソウ連合が動くかもしれません。その牽制と何かあったときの為を考えれば、共和国侵攻艦隊は、そのまま共和国に派遣という形でよいかと」

「ふむふむ。では、王国侵攻艦隊はどうする?」

「彼らは本国に帰還させ、修理、補充により艦隊を再編成させ動かしたいと思います。また、本国に残っていた戦力を幾つかの艦隊に編成し、本国防衛と航路の確保と掌握に動かしたいと思っております」

壁に張られている世界地図を指さしながらのルキセンドルフ中将の説明をうけ、トラッヒは頷いていたが、全てを聞き終わると口を開く。

「よろしい。貴官に今後の事を一任する」

そして、ニタリと笑みを浮かべた。

「それとだ。今のままでは指揮を執りにくいだろう」

そう言った後、デスクから紙を取り出すと何やら書き、そして総統の印を押す。

そしてその紙をルキセンドルフ中将に手渡した。

「階級は中将のままではあるが、貴官に『連盟国軍最高司令官』の肩書を与えよう。今後は、貴官が中心となり、我が連盟を勝利に導き給え」

その言葉に、ルキセンドルフ中将に震える声で答える。

「そ、総統閣下っ。私は、私は……」

「今後の活躍を期待するぞ、ルキセンドルフ最高司令官」

その言葉に、ルキセンドルフ中将は吹っ切れたのだろう。

身を正して敬礼する。

「はっ。祖国の為、閣下の為、誠心誠意尽くしていく所存であります」

「うむ。頼むぞ」

満足げに頷くとトラッヒは笑みを浮かべる。

これで我が野望がより現実味を増していくと。

それ故に、その笑みは深くどす黒い欲望に満ち満ちていたが、その部屋にいる誰もがそれに気が付くことはなかったのである。

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