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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十五章 戦火の嵐

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新たな体制

共和国軍本部の第三会議室。

そこでは激しい口論が繰り返されていた。

その激しさゆえか、アリシアとビルスキーアが入室しても、ドアの近くにいた者だけしか気が付かなかったほどである。

だが、その内容は酷すぎた。

上陸してきた敵をどうするかという議論ならばまだいい。

今やっているのは、艦隊決戦に負け、上陸を許してしまった責任問題についてだった。

ビルスキーアは苦笑し、アリシアは眉を顰めた。

二人の予想通りだったからだが、反応が違うのは、期待していた、期待していなかったの違いだ。

アリシアは、僅かながらも祖国の危機に立ち上がってくれたのではないかと期待していたのだ。

まぁ、それでもほんのわずかだけだが。

そんな罵詈雑言に近い激しい口論が繰り返される中、二人は席の後ろの方に座る。

どうやらアリシア派や中立派の面子の一部が気が付いた様子だったが、アリシアは黙っている様にジェスチャーすると空しい議論をしている連中を見る。

どうやら、作戦を実行しなかった連中が、他人に責任を擦りつけようとして、擦り付けられようとしてた人物が反論。

その口論が周りを巻き込み、結局は参加人数の三分の一近くが口論する大きなものへとなってしまっているようだった。

あー、馬鹿馬鹿しいわね。

そんな事を思いつつアリシアは少しの間様子を見ている。

だが、これは終わらないかと判断し、呆れ返りつつビルスキーアに囁く。

「どう?」

その問いに、ビルスキーアはため息を吐き出して呟くように言う。

「酷いですな」

「そうなるわよねぇ」

自国の人間でさえそう思うのだ。

他国の、それも最近まで内乱でビシバシやっていた人物から見たら、何をやっているのかと思ってしまうのか当たり前である。

最初こそ苦笑していたビルスキーアの表情は、すでに無表情になっていた。

生ぬるい。腐ってるな。

公国なら粛清されていてもおかしくない醜態であった。

だが、それは公国と違い、共和国が平和だったという証でもあると感じていた。

しかし、非常事態となる今からはこれでは駄目だ。

ビルスキーアの表情が一際険しいものになる。

「いらないな……」

ぼそりと吐き出されたその言葉に、アリシアはちらりとビルスキーアを見て聞く。

「何とかなりそう?」

その問いに、ビルスキーアの表情が少し崩れる。

苦笑したのだ。

「何とかなりそうではなく、何とかしろの間違いでは?」

その返ってきた言葉に、アリシアはクスクスと小さな声で笑った。

「あ、そうともいうわね」

その言葉に、ビルスキーアが益々苦笑する。

「何とかしますが、あれはいらないですね」

その言葉に、アリシアは表情を引き締めると頷いた。

「わかったわ」

そういった後、すーっと立ち上がるとパンパンと派手に手を叩いた。

その音に、口論していた者達の口が止まり、その場にいたすべての者達の視線がアリシアに向けられた。

その視線を受けつつ、アリシアは皮肉めいた笑みを浮かべて言う。

「祖国が侵略され、国民に犠牲が出ているというのに、責任の押し付け合いですか。いい御身分ですね、貴方たちは」

その言葉に、口論していた者達の視線に敵意が浮かぶ。

それは、正論だからこそ、余計に怒りを増幅させたのだ。

そして、その視線からは『女がこんなところに何の用だ』という感情が流れ出ているのがわかる。

だが、そんな敵意の強い視線を受けつつもアリシアは平然とし、微笑みを引っ込めると無表情で冷たい視線を敵対する視線を放つ者達に向ける。

ゾクリと背筋が凍るような冷たい視線であり、口論に参加していなかった者達は、背筋を震わせるほどであった。

だが、熱くなっている者達はそれが感じられなかった、或いは怒りや憎しみといった感情に流されていたためか感覚が麻痺していてわからないのだろう。

益々怒りに満ちた視線を向ける。

だが、そんな連中を見下し、アリシアは言葉を続ける。

「こんなくだらないことをやっている間も、敵は我の祖国を侵略し、国民は逃げまどい、そして前線の兵達は指示を待っているのですよ。それなのに何をやっているんですか!」

その言葉に、慌てて一人の軍人が横から口を挟む。

「いえ、指示は出しております。防御ラインを構築し、防御に徹せよと」

だが、その言葉をアリシアは鼻で笑う。

「それのどこが指示ですか!その程度の事なら、軍の指揮経験のない私だって言えます。ではお聞きしますが、どの部隊に、どこの場所で防御ラインを構築し守れと言ったんですか?事細かく指示をしたんですか?まさか、今の命令をそのまま前線に送ったんじゃないでしょうねぇ?」

その問いに、口を挟んだ軍人は黙り込む。

その様子に、アリシアは呆れた顔になる。

「すべて現場任せにして、上は責任の擦りあい。前線の兵達が可哀そうですわね。こんな無能で無責任な馬鹿で下劣な上の命令で死ぬような目に合うのは」

その言葉に、遂に堪忍袋の緒が切れたのだろう。

一人の勲章をたくさんぶら下げた軍人が立ち上がるとアリシアを指さしながら叫ぶ。

「女が口を挟むな。黙ってろ!!」

慌てて周りが止めたものの、怒りに任せてそう叫ぶ。

その言葉に、アリシアはニタリと笑みを浮かべた。

「ふむふむ。私は確かに女ですわ。でも、共和国の憲法には、男女平等という言葉があるのはご存じ?」

共和国は、二十年ほど前、革命によって人権宣言を行った。

それにより、憲法には男女平等が記載されたが、それがすぐに浸透するはずもない。

年配者になればなるほど、それを煙たがる思想の者は多く、納得できないでいた。

それが怒りで口から出てしまったのである。

その言葉に、その高官は我に返ったのかぐっと怒りを抑え込もうとして体を震わせる。

だが、そんな高官を見てアリシアはますます挑発的に微笑んだ。

「どうやら、ゼンダバトレ提督は共和国の基本中の基本をご存じないみたいね。それとも、貴方、実は共和国軍人じゃないのかしら?」

その言葉にも、何とかゼンダバトレ提督と言われた高官は耐えていた。

挑発だと判ってたからだ。

だが、アリシアの言葉はそれで終わらない。

「それに私は共和国代表なのよね。つまり、貴方たち軍部の上役なの。この意味、分かっているわよね」

共和国の軍の上位組織は議会であり、議会代表であるアリシアは軍の最高責任者でもあるのだ。

その言葉に、今まで敵意のある視線を向けていた者達の視線が弱くなっていく。

熱くなって止まっていた思考が動き出し、アリシアの立場を思い出したのである。

だが、もう遅い。

女性蔑視、上官への反抗。

アリシアは視線をゼンダバトレ提督から、中立派のセパデント提督に向けて嬉々として口を開く。

「では、この件はどうすべきかしら?」

その問いに、セパデント提督は淡々と言葉を口にする。

「不味いですな。更迭すべきかと」

その言葉に、慌ててゼンダバトレ提督が言い訳を口にしょうとしたが、その口は言葉を気発する事は出来なかった。

アリシアのより冷たい視線を受けたからだ。

さっきまでは何ともなかった、いや感じなかったが、今や熱は冷め、背中に冷水を浴びせられたかのような状況に、アリシアの冷めた視線は心を強張らせるのに十分すぎるものだった。

その視線はとてつもなく冷たく、底が見えない暗闇を連想させた。

「では、セパデント提督にお願いがあります」

「はい。何でしょうか?」

セパデント提督は心の中で恐怖しつつ聞く。

アリシアの母親の実家がどこだったかを思い出したのだ。

語尾が震える。

だが、そんな事はお構いなくアリシアは言う。

「腐りきった膿をすべて出す事をあなたにお願いするわ」

「しかし、ゼンダバトレ提督はともかく……」

そういうセパデント提督だったが、すーっと書類の束が手渡された。

かなりぶ厚い束だ。

「これは……」

そう言いつつセパデント提督はまさかと思う。

だが、それがわかっているのだろう。

アリシアは微笑みつつ言う。

「想像通りのものよ」

そして、ニコリと微笑む。

「もちろん、分け隔てなく記載してるわ。どうするかはあなたの判断に任せるわ」

要は、セパデント提督を含める中立派の不祥事も調べてあり、どうするかはあなたの心次第よと脅しているのである。

すーっとセパデント提督の背筋に冷たい汗が流れた。

それは、その場にいたもののほとんどが同じだった。

誰彼もアリシアの母方の実家がどういう家なのかを思い出したのだ。

会議室は静まり返る。

そんな中、セパデント提督は緊張した口調で返事をする。

「はっ。すぐにでも対応いたします」

「ええ。で……、彼はどうするの?」

ちらりとアリシアの視線がゼンダバトレ提督に向けられると、ぶるりとゼンダバトレ提督の身体が震えた。

「はっ。すぐに連行致します。衛兵を呼べ」

ずるずると引きずられるように連れ出されるゼンダバトレ元提督。

その瞳には光は消え去っていた。

そしてアリシアは中央に立つと全員を見回して宣言する。

「私は、今現在をもって、彼、ビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードルを臨時の共和国軍の最高司令官に任命する。異論はありませんね?」

その言葉に、異論はなかった。

アリシア派の軍人達は事前に知らされていたし、中立派や敵対勢力も弱みを握られていることで脅された後に文句を言うほど肝が据わった者はいなかった。

それに、一部のものには、艦隊の作戦を考案したのは彼だと知っており、彼ならば今の現状をひっくり返せるのではと思ったものも少数ながらいたし、臨時という言葉に何とか納得する者もいた。

それでも大半のものは不承不承といった感である。

だが、それでもいい。

ビルスキーアはそう思っていた。

別にずっと居座るつもりはないし、今からの苦しい戦いの中で命令を徹底する事は必須だったからだ。

アリシア様は、道を用意して下さった。

ならば、自分はその道を突き進むのみだ。

そう決心を新たにして。

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