天の鉄槌(ナテロ デ カルス)作戦 その4
共和国海軍が連盟海軍の艦隊に苦汁を舐めさせられていた頃、王国海軍も連盟艦隊の侵攻に対応するため艦隊を動かしていた。
王国海軍が対応するため動いている。
その報は、スパイによって王国侵攻艦隊の総指揮をしているパメレラン提督にも届いていた。
「ふむ。やはり動いたか」
だが、その顔には焦りはない。
報告のあった艦艇数は、予想通りというところだろう。
共和国よりも若干多いかもしれないが、それでも指揮下にある王国侵攻艦隊の二割程度と言ったところか。
確かに、共和国と違いネルソン級とか言う大型戦艦やドレッドノート級戦艦などがあるものの、情報ではネルソン級二隻、ドレッドノート級八~九隻程度だ。
それを考えたとしても、先行する二つの先行艦隊の戦力だけでも十分対処出来るだろう。
なんせ数が違うからな。
それに先行艦隊がしくじったとしても、我々主力艦隊が後に控えている。
負ける要素などない。
パメレラン提督はそう思っていた。
そして、王国侵攻艦隊の艦隊司令官に抜擢してくれた洋上艦隊司令のマクダ・ヤン・モーラ提督に感謝する。
世界最大の海軍国家。
それを踏みにじって潰せる機会を与えられたのだから。
そんなパメレラン提督に報告が入る。
「ランゼハット大佐の艦隊が敵艦隊を発見。戦闘に入ったとのことです」
その報告に、パメレラン提督は目を細める。
さぁ、私の名誉ある戦いは今から始まるのだ。
彼は酔っていた。
圧倒的有利な戦力に。
そして、王国を始めて侵攻し、攻略する名誉に。
だが、五時間後、それは間違いであったことに彼は打ちのめされる事となる。
「フソウ連合の長距離偵察隊より通信です。『敵の先行艦隊二つ、予定通り侵攻中』だそうです」
その報告を受け、ミッキーはテーブルに広げられた海図に視線を落とす。
予定通りと言うか、数の差がある為だろう。
こざかしい真似は考えていないようだ。
ならば、こちらも予定通りに動くだけだ。
そう思考し、通信兵に確認させる。
「第二艦隊の方にも情報はいっているか?」
「はい。お待ちください」
そして、二三回のやり取りの後、通信兵は報告する。
「はい。第二艦隊にも情報は届いています。作戦通りに対応するとの返事をいただきました」
「そうか。わかった」
ミッキーはそう言うと、副官に命じる。
「よし。敵の進行方向はわかった。すぐに戦艦を前面に展開開始だ」
「了解しました」
命を受け、副官が命令を伝えていく。
その指示を受けると、第一艦隊の主力である戦艦ネルソン、ロドニー、そしてドレッドノート級戦艦三隻の計五隻は、単横陣を形成する。
そして、少し間を空けて、その後ろを同じように二つの横陣を形成しつつ、旧型戦艦や重戦艦八隻が並ぶ。
そんな艦隊行動を見つつ副官が言う。
「しかし、敵の位置が把握できるというのは、素晴らしいですな」
「ああ、敵より先手を打てるからな」
実際、今までは、出港するのは軍港を監視すればわかったとしても、その後の動きを把握することは難しかった。
それ故に、普段はいくつもの小型艦艇を先行させ、索敵させたりして敵の動きを把握したりしている。
だが、飛行機という存在は、そんな戦力を分散する必要もなく、敏速に敵を発見し、把握できてしまうのだ。
副官が感嘆の息を漏らしつつ言う気持ちになるのもわかる。
特に、今回は圧倒的に艦船の数が少なく、戦力を分散するわけにはいかないのだからなおさらだ。
「やはり、我々も早く航空戦力を手に入れなければなりませんな」
「ああ。すでに、王国航空隊発足の為に、パイロットの育成や空港の整備等もかなり進められている。もう少しの我慢だ」
ミッキーの言葉に副官はうなづく。
「この戦い、勝たねばなりませんな」
「ああ、何としても本土を死守しなければならん」
ミッキーの言葉に、副官だけでなく、艦橋にいたスタッフ全員が気を引き締める。
やってやろうじゃないか。
自棄ではない。
自分らはそれが出来る。
皆、そう思っていた。
それは、艦橋にいた者達だけではない。
この戦いに参加する王国海軍艦隊の兵士誰もが心に秘めているものであった。
北側の先行艦隊の指揮を任されていたのは、ランゼハット・リスペクターナ大佐だ。
装甲巡洋艦の艦長上がりの人物で、速力を生かした戦いを得意とする為、商船改造の特務巡洋艦や装甲巡洋艦を中心とした先行艦隊の指揮を任されている。
その為、先行艦隊の指揮は自信があり、また圧倒的な数の差もあって、彼はすっかり勝った気でいた。
だから、見張りから敵艦隊を発見したという報が来ても慌てなかった。
どんな陣形を取ろうと、数と機動力で揺さぶりをかければ勝てると思っていたのだ。
そして、敵が三層に分かれた横陣をしていると聞き、益々勝利を確信した。
「よし、我々は五層の横陣を取れ。戦艦、重戦艦を中央に集めよ」
特務巡洋艦や装甲巡洋艦が中心だが、戦艦や重戦艦が全くないわけではない。
火力よりも速力を重視した型が配備されているのだ。
その命令を受け、副官がニタリと笑みを漏らす。
彼はランゼハット大佐がどうしたいのか判ったのだ。
「正面で敵の攻撃を受け止め、左右から包み込み、叩き潰すのですね」
「応よ」
ランゼハット大佐もニタリと笑みを浮かべる。
艦隊がランゼハット大佐の命を受け、隊列を変更していく。
中央に戦艦や重戦艦が集まり、左右を比較的小型の艦艇が構成している為だろうか。
横陣と言いつつも、少し左右が先行しがちで、分厚い三日月のように見える。
実際、古代の海戦では、似たような攻撃重視の陣形があった。
それを三日月陣という。
だが、それを狙って命じられてはいない。
あくまでも速力の差が作り出した偶然であった。
だが、その方が相手を包み込むのなら丁度良い。
ランゼハット大佐はそう判断して修正をかけない。
そんな動きに対して、王国艦隊は三層の横陣のまま突き進む。
「間もなく戦艦の射程距離です」
測定を行っていた兵から報告が入る。
「よし。速力を落として射撃開始だ。まずは、王国自慢の大型戦艦を血祭りにあげる。最前列に火力を集中。相手の足を止めろ」
砲撃戦になれば相手は速力を下げる。
その間に左右の艦艇が包み込んで取り囲み、袋叩きにする。
そう目論んでの命令であった。
そして、中央部の戦艦から砲撃が始まる。
次々と放たれる砲弾。
だが、距離があり、走行しつつの砲撃は命中率がとてつもなく低い。
実際、ほとんどが大きく離れた場所に水柱が立っている。
しかし、それでも一方的に砲撃している事から、押していると判断したのだろう。
兵士達の熱気はうなぎ上りに高くなっていく。
だが、ランゼハット大佐は見落としていた。
味方の戦艦が撃てるという事は、それよりも大口径の主砲を持つはずの王国の戦艦が撃ってきてもおかしくない事に。
それどころか、反撃せず、速力も落とさず進んでくる。
まさかぶつかってくるつもりか?!
そう思う様な動きにランゼハット大佐はやっと気が付き焦り出す。
そんな余りにも早すぎる速力で接近してくる王国艦隊の最前列の横陣に比べ、少し距離を置いて続いている旧戦艦や重戦艦の二列の横陣。
それは、かなり縦長になっており、その為、左右に展開していた小型艦艇はまだ王国艦隊全てを包みむことが出来ない。
そして、王国艦隊の中陣と後陣の戦艦や重戦艦は、左右に展開する連盟の仮装巡洋艦や装甲巡洋艦に砲撃を開始した。
それに合わせるかのように前列のネルソンやロドニー、ドレッドノート級戦艦も火ぶたを切った。
もちろん、流石にそうそう簡単に当たりはしない。
しかし、連盟の砲撃よりも正確だ。
そして、相手は速力を落としている。
次々と王国艦隊の作り出す水柱が連盟の艦艇に近づいていく。
「くそっ。こっちも撃て、撃てっ」
ランゼハット大佐が叫ぶように命令を下すが、相手は速力が早い為に旧式の砲塔では旋回スビートが追い付かない。
そして、四射目だった。
ロドニーの40.6cm45口径MkI3連装主砲の一発が連盟の重戦艦に命中した。
その砲弾は、重戦艦の装甲をまるで紙でも破るかのように易々と引き裂き、弾薬庫にまで届く。
まるで周りを音で押しつぶすかのような大音量の爆発の後、連盟の重戦艦スタリカーナは轟沈した。
そして、それが合図だったかのように、王国の砲撃が当たり始める。
それは距離が近づいたのも大きかったが、兵士の練度の高さと測距儀と砲塔の旋回能力などの兵器の性能の差と言っていいだろう。
次々と沈められていく連盟の艦艇群。
中央のネルソンを中心に、くの字型になって一番厚いはずの中央部を、わずか五隻の戦艦が突き破る。
その後に続く、二列横陣の旧戦艦と重戦艦は、砲撃して左右に攻撃をかけつつ、陣形を二列縦陣へと変化させていく。
それはまるで矢印のような陣形であり、矢印の先が刃の様に相手の陣形を切り刻んでいくかのようだ。
「そんな馬鹿な……」
ランゼハット大佐は唖然とするしかない。
圧倒的な数の差があったにもかかわらず、完全に圧倒された。
確かにまだ無傷の艦艇も多い。
戦える戦力はある。
だが、中央突破され蹂躙されたという事実とさっきまで浮かれ切っていた故に、連盟の先行艦隊の士気はどん底に叩き落されていた。
それはランゼハット大佐も同じである。
「か、艦隊をまとめる為、後方に下がるぞ、急げ。主力艦隊と合流するのだ」
彼は恐怖に身体を震わせてそう命令した。
だが、それは適わなかった。
なんとか離脱しかけていた艦隊に、駆逐艦を中心とした艦隊が島影から姿を現し、雷撃を開始する。
峯風型や野風型をベースにして王国海軍仕様として設計された駆逐艦で、王国の正式名称はFR型駆逐艦という。
その能力は、フソウ連合の主力である特型駆逐艦や夕雲型駆逐艦に比べれば総合的な性能は低いものの、その速力と機敏さ、そして圧倒的な雷撃能力は、従来の規格の装甲巡洋艦や雷撃艇のものより遥かに高性能であり、敵の艦隊に容赦ない被害を与えていく。
こうして、圧倒的に不利であった戦いは、連盟先行艦隊の敗北という形になった。
そして同じ頃、南に向かって進行していたもう一つの連盟の先行艦隊は、ドレッドノート級戦艦六隻を中心とする王国艦隊の第二艦隊の奇襲を受け、後退する。
だが、戦いは終わってはいない。
敵には、上陸部隊を満載した輸送船団と無傷の主力艦隊が残っているからだ。
こうして、王国対連盟の戦いは第二ラウンドに突入する事となる。




