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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十五章 戦火の嵐

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天の鉄槌(ナテロ デ カルス)作戦  その3

作戦第一段階のほぼ成功を受け、連盟海軍は第二段階に作戦を進めた。

第二作戦。

それは第一作戦に比べ、難しいものではない。

今や王国、共和国の本国艦隊を圧倒する海軍力で両国艦隊戦力を正面から叩き潰し、陸上部隊を上陸させるだけだ。

これにより王国、共和国の周辺の制海権を完全に把握し、植民地からの物資を遮断、上陸した兵力で首都を一気に制圧する。

それがこの作戦。

『天の鉄槌(ナテロ デ カルス)』作戦の全貌であった。

この作戦の是非が決まるのが、第一段階の潜水艦による敵艦隊戦力の封印である。

そして、それはほぼ成功した。

そこで当初の予定通り、連盟艦隊は戦力を二つに分けた。

王国、共和国それぞれに戦力を振ったのである。

本当ならば、戦力を振り分けるのは愚の骨頂と言わざる得ない。

しかし、それを行ったとしても今の現状では十二分すぎるほどの戦力差があったのである。

そして、派遣された戦力は、四つの艦隊に振り分けられた。

二つの速力の早い特務巡洋艦(商船改造艦船)と装甲巡洋艦を中心とした先行艦隊と戦艦、重戦艦を中心とした主力艦隊、それに、上陸部隊を満載した輸送艦隊である。

連盟海軍は、その戦力差により、勝利を確信していた。

間違いなく勝てる。

圧倒的な戦力での勝利だ。

それを確信していたのであった。

しかし、戦いは相手があって初めておこる。

そう、相手がいるのだ。

そして、相手がいる以上、自分の思うがままの結果になるのはなかなか難しいのである。



「ふははは。共和国艦隊の主力とはいえ、これだけの戦力差があってはな」

目の前で次々と被弾し、沈められていく共和国の戦艦や重戦艦を見て、共和国側の攻撃艦隊の主力艦隊を任されたリヘラソン・リベンドラ少将はご満悦であった。

「ええ。しかし、馬鹿ではないですかね、共和国海軍は。これだけの戦力差で真正面からぶつかってくるなど……」

副官のその言葉に、リベンドラ少将は笑いつつ言う。

「無能な上官を持ったゆえの悲しさよ。まぁ、助けられそうな奴は助けてやれ」

「はっ。勿論ですとも」

副官は笑いつつ言うがその笑みには邪なものが混じっている。

今まで連盟海軍は、商人の下僕扱いであり、他の国の海軍よりも遥かに格下と言われ続けたのだ。

その時の恨みを持つ者は多い。

彼もそんなコンプレックを持っている一人だったのである。

「ほどほどにしておけよ」

リベンドラ少将は止めなかった。

止める必要はないと思っていたし、下手に止めると士気が下がってしまう恐れがある。

ならば、少々の事は目をつぶるか。

そう判断したのである。

それが判ったのだろう

「はっ。勿論ですとも」

副官の笑いが益々禍々しさを増していく。

『ふむ。少しは釘を刺しておくか……』

そう思った時だった。

「ミラトム大佐の先行艦隊が、敵の待ち伏せを受け、かなりの被害を出しているようです」

通信兵が、声をあげて報告する。

「バカな。いくら先行艦隊と言えど、その戦力を覆す戦力を共和国が待っているはずもなかろうが。間違いじゃないのか?」

副官が聞き返す。

しかし、通信兵は口を開いた。

「間違いありません。ツラーベリク諸島で待ち伏せ奇襲を受けて旗艦のリクヘンベイナが大破し、ミラトム大佐は戦死。指揮系統を失い、艦隊は混乱状態にあるそうです」

その報告に、リベンドラ少将は表情を引き締める。

どうやら敵の方にも出来る奴はいるようだな。

ならば……。

「タシラル大佐の先行艦隊はどうだ?」

リベンドラ少将がそう聞くと、別の通信兵が報告する。

「はっ。港周りの海上制圧は間もなく終わります。あと一時間もすれば、上陸部隊は上陸するでしょう」

「そうか。ならばミラトム大佐の……」と言いかけて、すでにミラトム大佐は戦死していたのだから、どう言えばいいか迷う。

「今は、誰が指揮を執っている?」

「はっ。ニカケラ少佐ですね」

「なら、ニラケラ少佐に命じて艦隊を一旦引き上げらせて体制を整わせよ。そして、その後は、こっちの侵攻が落ち着くまで、敵艦隊を足止めしておくように伝えよ」

「はっ。時間としては、どれくらいでしょうか?」

「最低四時間は持たせよと伝えろ」

「はっ」

そう答えると、通信兵は自分の前にある通信機でニカケラ少佐の乗り組む装甲巡洋艦セオドーラに命令を伝えるのであった。

そして、ニカケラ少佐はその任務を全うした。

いや、全うしたというより、離脱していく連盟の先行艦隊に共和国海軍の艦隊が追撃を行わなかった為に戦いが起こらなかったのである。

その結果、足止めの戦いをする必要はなかっただけなのだが。

だが、結果は結果である。

こうして、四時間後、主力艦隊がいる海域に、今やニカケラ少佐が率いる先行艦隊は、三割近い被害を受けたまま大した戦果を上げる事もなく引き上げていったのであった。



「やはりやられましたか……」

報告を聞き、ビルスキーア・タラーソヴッチ・フョードルは少し困ったような表情をした。

うまくいくとは思っていなかったが、ここまで酷いとは思ってもいなかったのだ。

特に、共和国の主力艦隊が、真正面に敵主力艦隊と砲撃戦をして、壊滅したという報告には眩暈さえ覚えたほどだ。

あれだけ丁寧に作戦趣旨と作戦内容を記載したのにと。

実際、連盟の動きは、予想通りであった。

要は、第一段階に比べて、第二段階はあまりにもオーソドックスな作戦だったのである。

そして、それを圧倒的に少ない戦力でひっくり返すには、待ち伏せや奇襲しかない。

それも相手の指揮系統を混乱させるために、敵の中核を叩き潰すしか手はなかった。

それに何より上陸させないようにするのが最優先であった。

しかし、ビルスキーアが提案した作戦を実施したのは、アリシアの息のかかる連中が率いる艦隊のみで、他の連中は作戦を無視。

その結果、ほぼ戦力を数で磨り潰されて壊滅に近い損害となっている。

「やはりって……」

思わずといった感じで、アリシアが聞き返す。

「まぁ、素直に従ってくれればまだやりようがあるんですが、恐らく無理じゃないかと思ったんですよ」

「なんでそう思ったのよ?」

その問いに、ビルスキーアは苦笑した。

判り切っているじゃありませんか。

その苦笑には、そんな思いが滲み出ている。

「ほんと、軍人のプライドと軍の派閥なんてものは無くなればいいのに。まさに祖国の危機という時でさえこの有様ですからね」

そう言ってアリシアはむくれた。

「まぁ、他国の人間が立てた作戦でも実施してくれた方々がいたというだけでもありがたいですよ」

慰めるようにそう言うビルスキーアだったが、それでも心の中ではうまくいって欲しいと思っていたはずだ。

言わなくても、それは何となく言葉の端々から感じ取れる。

だから、アリシアは謝った。

「ごめんなさい。無理を言って用意させたのに」

「いやいや。常に思うようにならないのが人生ですから」

ビルスキーアは悟りきったような表情でそういう。

「ですが、予想以上にひどいですね」

そう言うとビルスキーアの表情が冷たいものになった。

そして言葉を続ける。

「その代償が高くつくのは覚悟してください」

その表情の変化に、アリシアの背筋にゾクリとした寒気が走った。

彼女とて、暗殺や謀略に関わってきたのだ。

人の死に対してそれほど感傷にならないし、ショックも恐怖も感じないはずだった。

だが、今のビルスキーアには恐怖を感じた。

それは、戦争という集団殺人を計画し、実行してきた者が待つ凄みであった。

ごくりと口の中にたまった唾を飲み込み、アリシアは口を開く。

「これで上陸を阻止するのは失敗となったけど、どうするの?」

「まぁ、完全に戦力を失ったわけではありませんから。まだやりようはあります。ですが、陸上での戦いはかなり防衛ラインを下げる必要はありますね」

その言葉で、先ほどビルスキーアの言った代償が想像出来た。

血みどろの戦いをするしかないという事だ。

それは兵士だけでなく、国民をも巻き込む。

そして、共和国の土地を荒し、資産を奪い、蝕んでいく。

それどころか、下手をすると国そのものが無くなってしまう恐れがあるのだ。

その予想できる未来が、ゆらりと怒りがアリシアの心を蝕んでいく。

平和な時ならまだいい。

しかし、祖国の危機の時でさえ、彼らは何の得にもならないプライドやら誇りの為に拘ったのだ。

報いは受けてもらわねばならない。

だが、今はその時ではない。

そう自分に言い聞かせると心の中で見え広がる怒りの炎をなんとか抑え込む。

「水際では止められないの?」

「敵はもう上陸していますし、民間の港のいくつかを手に入れてます。それに対して、こちらは上陸阻止の防衛戦も準備しているわけだはありません。抵抗したとしても被害が増えてしまうでしょう。ですから……」

そう言いつつ、ビルスキーアは壁の共和国地図に近づくと三つの都市をトントントンと無指で叩いた。

「この三つの都市を繋ぐラインで防衛ラインを作ります」

その言葉に、アリシア派唖然としたが、すぐに我に返ると言い返す。

「そこは余りにも……」

そう、その三つの都市を繋ぐ防衛ラインは、余りにも奥過ぎたのだ。

そのラインを防衛ラインとした場合、共和国は三分の一を失う事になる。

だが、その問いはわかっていたのだろう。

ビルスキーアは、淡々と答える。

「残った海上戦力では、敵の補給路にちょっかいを出すのが精一杯でしょう。それに味方の士気は低く、浮足立っていますから立て直すにしても時間は必要です。それに、このラインの地形は山岳地帯で上下のうねりが厳しく、防衛にはうってつけの地形ですから、短時間で防衛ラインの構築が可能です。また、奥地に引きずり込んでしまえば、海路では無理でも陸地での補給路潰しはかなり有効に作用するでしょう」

そう説明するビルスキーアだったが、彼自身は海軍一筋で、陸戦の経験は少ない。

だが、彼は公国の軍最高司令官として、全軍の動きを把握し、前線に視察さえも行い、血みどろの戦いを経験しているのだ。

それ故に、どこで戦うべきかということを見極める力を持っていると言えた。

「それにここのラインを突破されれば、平野が首都まで続きます。そうなると押し返しも難しいし、反転攻勢を仕掛けた場合、この防衛ラインが敵の防衛ラインとなり味方の損害も酷くなります」

その説明をアリシアは黙って聞いていたが、納得したのだろう。

頷くと聞き返す。

「わかったわ。それでいきましょう。で、何が必要?」

「そうですね。長期戦になると思われますから、援助と海上航路をある程度維持できる艦船といったところでしょうか」

そのビルスキーアの言葉に、アリシアは頷く。

「援助は、他国にもいろいろ声をかけましょう」

「ですが、フソウ連合も、王国も自前で手一杯なのでは?」

アリシアはニタリと笑った。

「その二ヵ国だけが国ではないわよ」

感情を殺して淡々としていたビルスキーアの顔が驚きに変った。

「勿論、フソウ連合、王国にも話はするわ。でも帝国と合衆国にも条件を付けて手を貸してもらうわよ」

「ですが、その二ヵ国はまだ混乱しているのでは?」

「ええ。混乱はしているでしょうね。だけど……」

ニタリとアリシアは笑みを漏らす。

それは計算高い政治家の顔だった。

「連盟の航路封鎖と内乱や内紛でこの二ヵ国も経済的なダメージは大きいでしょう。そんな時にもうけ話があったら、少々無理しても飛びつくんじゃないかしら。もちろん、たっぷりと旨味を用意はするけどね」

その言葉に、ビルスキーアは一瞬きょとんとしたものの、笑い出す。

どうやら、以前の主人であるノンナがどちらかと言うと静とするならば、アリシアは動と言ったところだろうか。

性格は反対だが、意外と気が合うのではないかとさえ思った。

この二人が手を結び、話し合うところを見たかった。

そんな事さえ思ったものの、それはもうかなわない未来である。

今の自分は、アリシア様に仕えているのだという現実を引っ張り出して、慌ててその思考を押しやった。

「良い手だと思います」

ビルスキーアがそう言うと、アリシアは直ぐに執事を呼び出すと指示を出していく。

その指示は、おおざっぱなものであったが、納得できるものであった。

そして、指示が終わるとアリシアは立ち上がると扉に向かって歩き出す。

そのいきなりの行動に、ビルスキーアが思わず立ち上がり聞き返す。

「どこに行かれるのですか?」

その言葉を聞き、アリシアはニタリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「決まっているじゃない。軍本部よ」

「あ?!」

何を言っているのか意味が判らないという感じの表情のビルスキーアに、アリシアは楽しくて仕方ないといった表情で言う。

「今のままでは恐らくその作戦は遂行できずに瓦解するわ。だから、貴方を最高司令官に任命しに行くのよ」

「しかし、軍上層部は納得しないでしょう」

アリシアの楽し気な表情が怒りの色に染まっていく。

「納得も何も、好き勝手にやった結果がこれよね。責任は取ってもらうわよ。それに私の派閥の人間には以前から提案してたのよ、貴方の司令官就任を。もっとも、強引にしたとしても反発しか生まないからね。だから時機を見てたんだけど、いい加減我慢できないわ。祖国が荒らされ、国民が殺されていくのならなおさらだわ。連中のプライドと誇りなんて糞くらえってやつよ」

最後の言葉に、ビルスキーアは爆笑した。

若い女性、それも議員が使う言葉ではないと思ったが今の心境を如実に表しているとわかって。

「わかりました。私にどれだけのことが出来るかわかりませんが、精一杯やらせていただきます」

そう返事をしてビルスキーアは、アリシアの後に続く。

後ろからついて来ているビルスキーアをちらりと見た後、アリシアはぼそりと言う。

「こんなことに巻き込むなんて、ごめんなさい」

「いえ。私を必要としていただける。それはうれしいものだと再認識しましたよ」

そして、ビルスキーアは誓うのだ。

この第二の祖国を、この主に私は尽くそうと……。



こうして、ジリ貧な状況になりつつも共和国は反撃の準備を始めた。

それは、身を削り、血反吐にまみれる戦いの始まりでもあった。

外敵の攻撃によって本国の地の侵攻を許す。

それは、内乱以外では、植民地での領土の取り合いや海戦がメインであった今までの戦いとは大きく違うものであり、本国が他国に侵略されるという事は共和国建国以来初めての事であった。

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