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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四章 帝国の胎動と現状

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それぞれの入国…  とある女性の場合

「しかし、本当に行くのか?」

心配そうな顔で聞いてくる密売船の船長に女は微笑んだ。

相手が心底心配していると思ったからだ。

「ええ。少しやる事があるの…。心配してくれてありがとうね」

「いいや、それはいいんだ。俺が勝手に心配しているだけなんだからな」

少し照れながらそういう船長に、女はかわいいなと思う。

今までに会った事のないタイプの男だ。

ごつい身体に傷だらけのいかつい顔。

しかし、意外なほどにシャイで優しい。

まぁ、自分が女だということもあるだろうが、会話や態度の端々から感じられるものにこの男は普段も優しいのではないかと思う。

「それを言うなら、あなただってこんな危険な仕事してるじゃないの」

女にそう言われ、船長は苦笑する。

「なあに、俺は仕事だし、おれががっぽり稼がないと家族が路頭に迷うからな」

そう言ってがはははと笑う。

その笑いに他の船員達も気持ちよく笑っている。

連絡員に最初にこの船を薦められた時に感じた不満はもうない。

それどころか、この船を薦めてくれた連絡員に感謝してもいいかと思っている。

人っていうのは実に現金だと思うが、こればかりは仕方ない。

それが今の素直な感想なのだから…。

「ふふっ。大変ね。ご家族って?」

「あ、ああ、おっかさんに、じい様に、ばあ様。後は妹に妹の子が三人だな」

「えっと、お父様や、妹さんの旦那さんは?」

「あ、ああ、親父は皇帝の後継者争いの戦いに狩り出されて死んじまった。妹の旦那は、仕事もなくて貧乏が嫌で逃げちまったよ」

苦笑して話すものの、悲壮感はない。

それが気になってついつい聞いてしまう。

「大変じゃないの?」

「大変じゃない仕事ってねぇだろう?それによ、今じゃまともな仕事っていったら金持ってるやつらがやって、俺らみたいな貧乏人はまともな仕事にゃありつけないからな。だから、大変だって思った事はねぇよ。それによ、俺には仲間もいるしな…」

そう言って船員皆を見てがははははと笑う。

それに釣られるように船員達も笑っている。

それを見て少し考え込む素振りを見せた後、女はぼそりという。

「そう…がんばってね」

「ああ、ありがとうよ」

そう言った後、笑っていた船長の顔がすぐに厳しい表情になった。

船長の視線が女から後ろの窓から見える景色に移っている。

「そろそろ嵐の結界だ。結界を抜けたら小型の木造船に乗り換えるから荷物とかの準備をしておきな」

「この船で行かないの?」

「いやなぁ、今は警戒が厳しいみたいでな、こんな大きな船だとすぐに見つかっちまう。だから、この船は結界ギリギリに待たせておいて、小型の木造船で取引するんだ。海上取引だけどな」

「相手は…大丈夫なの?」

「ああ、信用できる連中だ。もちろん、金さえ払えばだが…」

船長はそう言って女の心配を少しでも無くそうと笑う。

本当に人がいいわね。この男は…。

「ならしばらくは安心かな…」

「なら心配しなくてもいいぜ。さっさと下に降りて準備してきな」

「ええ。そうするわ」

女はそう言うと船室に下りていった。

その後姿を見送った後、船長は呟く。

「あんなべっぴんさんが、こんな国に何の用事があるのかねぇ」

「それこそ、秘密の諜報員とかじゃねぇんですかい?」

船長の呟きを聞いた船員の一人が言うと、船長が呆れ返った顔で言い返した。

「あんな美人の諜報員とかだとかえって目立ってしかたねぇだろうが…。それくらい、学のない俺だってわからぁな」

「確かに、その通りですな、船長」

別の船員がそう言って笑う。

「でもよぉ…」

言い出した船員がそれでもなんとか言い張ろうとしたが、きちんとした反論が浮かばなかったようだ。

「ちっ、今回はおいらの負けだっ」

悔しそうにいったその言葉に、その場にいたもの全員が笑ったのだった。


ぎぃっ、ぎぃっ…。

木の擦れるような音と波の音が辺りを満たしている。

木製の小船に乗せてあるのは、船員を除けはなにやら重そうな木箱がいくつかと女一人。

しばらく進むと向こうの方からも木製の小型船がやってきた。

船の舳先にいた船員が黄色の旗を上げたり下げたりしている。

どうやら合図のようだ。

すると向こうの船の舳先にいた男も似たような事を始める。

「ありゃ、相手が本物かどうかの合図ってわけさ」

女に船長が囁くように説明する。

「へぇ。しっかりしてるのね」

「当たり前さ。そうでなかったら、今頃俺達は海の藻屑になってるだろうよ」

少し得意顔でそう言って船長はすーっと女を隠すように前に出る。

そして、船が互いに近づき、すぐにお互いの姿がはっきりとわかるほどになった。

「よう、今日はいい獲物はあったかい?」

「ああ、いつもいい獲物ばかりさね」

「そりゃよかった。物はそろってんのかい?」

「ああ。そろってるが、今回はちょっと訳ありがあってよ…」

そう言って船長はすーっと女の姿が見える様に身体の位置をずらした。

「おいっ、そりゃ、女じゃねぇかっ」

「ああ。女だ。いい女だ。だがな、お客だ」

船長の言葉に、女がいると知って盛り上がっていた相手方の船の男達が一気に肩を落とす。

どうやら、公私は分ける程度にきちんとしていて、お客に手を出すといった事はしないらしい。

「でよ、どうすりゃいいんだ?」

「そっちに行きたいそうだ。いろいろ世話を焼いてくれねぇか?」

しばらく相手側の船のリーダーらしき男が腕を組んで考え込む。

そこに船長がぼそりと言った。

「金払いはいいぜ」

その言葉が聞こえた瞬間、リーダーらしき男が叫ぶように言う。

「わかった。俺に任せとけ」

その様子を見つつ、船長が苦笑して女に囁くように言った。

「言ったとおりだろう?」

女はくすくすと笑うと頷いた。

船が接触し、板が渡されると荷物の受け渡しが始まる。

不安定な船の上ながら、船員達はまるで陸と代わらないかのように作業をしていく。

そしてあっという間に取引は終わった。

「じゃあな、お嬢さん。元気でいてくれよ」

「ええ。ありがとう。世話になったわね」

女はそう言って微笑む。

船長は照れた様に頬を指でかき、ニタリと笑う。

所々抜けた歯が口元から見えるが、女は船長の笑顔が少し羨ましいと思った。

心からの笑顔だと思ったからだ。

自分があんな風に笑ったのはいつだっただろうか…。

そんな事を思っていると船長が手を差し出す。

「なあにいいってことよ。しかしよ、また会えたらいいな」

「そうね。また会えるといいわね」

女はそう言うと、手を握ってすーっとまるでそうする事が当たり前のように自然に身体を寄せて爪先立ちで立つと船長の頬にキスをした。

そして微笑んだ後、手を離して女は相手の船に移る。

それでやっと我に返る船長と船員達。

一気に真っ赤になる船長。

ブーイングをする船員達。

「う、うるせぇっ。船に…か、帰るぞっ」

慌ててそう叫ぶ船長と文句を言いつつ従う船員達を見て女は微笑む。

本当に気のいい人たちだわ。

出来れば帰るときもお世話になりたいわね。

そう思いつつ離れていく彼らを見送っていると、船のリーダーらしき男が少し羨ましそうな顔で聞いてくる。

「で、どこに行きたいんで?」

「そうね。まずは近くの本島。ここだとイタオウ地区になるのかしら…」

「よくご存知で…」

「まあね、それぐらいは知ってるわよ」

「では、ご案内しますぜ、お客様」

リーダーらしき男はそう言って頭を下げた後、部下たちに戻るように命令を下す。

ふう…。

さっきの船長とまではいかないまでも、この男も金を払う間はある程度は信用してもいいみたいね。

心の中でそう思いつつ、念のために自分の荷物の近くに座る。

さて、どうやってこの国の中枢まで入り込んでやろうかしら…。

そんな事を思いつつ、女はすーっと笑みを浮かべた。

こうして、この女…アンネローゼ・アレクサンドロヴナ・ラチスールプはフソウ連合の中に入り込む事に成功する。

そして彼女は始める。

楽しい楽しいやりがいのあるゲームを…。

もっとも、本人以外は、決して幸福にはならないゲームを…。


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