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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十四章 大戦への序曲

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分岐点  その6

「ようこそ、共和国へ」

アリシアが微笑みつつそう言って一行を向かい入れる。

王国の次期国王、その上、フソウ連合の艦隊司令官が来ているのだ。

本当なら歓迎式典でもあっておかしくないのだが、今この場にいるのは十数名の軍と政府の関係者、それに護衛のみだ。

まぁ、秘密裏にという事から仕方ないのかもしれない。

実際、今、この軍港、リヘッグ・ランチターゼはかなりの警戒態勢になっていた。

また、他に情報が漏れないようにするためか、軍港近くは立ち入り禁止、海上も掃海艇が警戒に当たっている。

「出迎え、ご苦労様」

気さくな感じでアッシュがそう言うと、アリシアは少し表情を崩して言う。

「いつも通りでOkって事ね」

「そういうことだよ」

非公式である以上、格式ばったものはいらない。

互いにそれを確認する。

なんせ、共和国は招待した側になるのだ。

気心の知れた相手とは言え、それぞれの立場があり、きちんとした対応を求められる恐れがある為だ。

「それと紹介しておこう。こちらはフソウ連合王国派遣艦隊の司令官である毛利少将だ」

紹介され、後ろに控えていた毛利少将が一歩前に出る。

「紹介を受けました、私が王国派遣艦隊の指揮を任されております毛利照正少将であります」

そう言って敬礼する。

「ようこそ、共和国へ、提督。フソウ連合の協力はとてもありがたいです」

「はっ。どこまで対応できるかわかりませんが、出来る限りの事はしたいと思っています」

そう言った後、毛利少将はちらりと視線を後ろに向けると、今回の派遣された技術者まとめ役でもある鳥島技術大尉がこくりと頷く。

それを確認し、毛利少将は視線をアリシアに戻すと言葉を続けた。

「まずはその鹵獲した艦艇の所によろしいでしょうか?」

「え、ええ。そうですね」

いきなり本題を振られ、今後の事もある以上、先に色々と話し合う必要があるかと思っていただけに少し驚くもすぐにアリシアは頷く。

アリシアとしても出来ればすぐに対応してもらいたかったから、渡りに船であった。

「こちらへ。ご案内します」

そう言うと、用意していた車に案内する。

そしてすぐに高い壁に仕切られたドックに案内された。

そこには、完全に水を抜かれた乾ドックに横たわるかのように鎮座する一隻の潜水艦があった。

外装は、所々傷や痛みが見られ、汚れが付着しており、まるで傷ついた鯨のようである。

「間違いなく、潜水艦ですな」

鳥島技術大尉がぼそりと毛利少将に告げる。

「ああ。それで大尉の見立てはどうだ?」

「そうですね。恐らく外傷から察するに、攻撃ではなく内部のトラブルだと思われます」

「そうなると……」

「ええ。開封には注意が必要ですね」

その言葉に、ぴくりと眉が動き毛利少将が聞き返す。

「対策は?」

「空気を送り込む装置とガスマスクは用意しています。まぁ、生存者はいないでしょうが……」

そう言いかけて眉を顰める鳥島技術大尉。

「どうした?」

「いや、中はとんでもない有様だと想像出来てしまって……」

それを聞き、思わず想像したのだろう。

毛利少将も眉を顰める。

「しばらく肉は食えなくなりそうですよ」

苦笑して鳥島技術大尉はそう答えた後、「打ち合わせ通りにお願いします」と言葉を続ける。

「ああ。わかった」

そう言うと、潜水艦を前にして見入っているアッシュとそんな様子を見ているアリシアに声を掛ける。

「すぐにでも作業を行いたいのですが、我々がこの場を仕切ってもよろしいでしょうか?」

「ああ。そうですね。そちらの仕切りでお願いします」

「ありがとうございます。なお、作業が終わるのにどれほど時間がかかるのか予想できませんので、我々は別室で待ちたいのですが……」

「ああ、そうですね。ご案内します」

アリシアの後に、毛利少将やアッシュ、それにエリザベートなど使節団の代表が続く。

そんな中、ちらりと毛利少将が鳥島技術大尉に頷く。

その視線を受けると鳥島技術大尉は頷き返し、作業の指示を始めるのであった。



まず、行われたのは、乗り降りに使われるハッチの解放である。

武装した二人の兵士が警戒する中、防毒用のマスクをした一人の作業員がハッチを開放する。

もわっと臭いが当たりに広がり、その匂いを嗅いだ三人の顔色が変わった。

余りにも強い腐敗臭に吐き気が抑えきれなくなったのだろう。

護衛の兵士が、その場で嘔吐する。

もう一人の兵士もなんとか嘔吐を抑えているものの、その場に座り込んでいた。

唯一、フソウ連合から来た作業員だけは、二・三歩後ろに下がり顔を歪めているものの踏みとどまっている。

「プランBでお願いします」

その声に、小型の四角い機械が二台潜水艦の甲板上に用意されて管が繋げられると、その管を空けたハッチ内に入れた。

そして、エンジンがかけられ、管から空気が艦内に送り込まれていく。

新鮮な空気が送り込まれていくのと同時に、艦内の腐敗臭が辺りに広がっていく。

「こりゃ、暫くは待機だな」

作業を見守っていた鳥島技術大尉は、自分の予想が当たっていた事に苦々しく顔を歪めるのであった。



「ふむ。予想が当たったか」

毛利少将がうんざりした顔でそう言うと、鳥島技術大尉もうんざりした表情で頷く。

「はい。唯一の救いは毒ガスが発生していなかった点ぐらいですかね。あと一時間は空気の入れ替えを行い、その後、艦内の調査に入ります」

「わかった。万全の態勢で当たってくれ」

そう言うと、毛利少将は、先ほどからじっと見ているアリシアやアッシュに視線を向ける。

「毒ガスの発生はしていないそうですが、腐敗臭が酷く、とても人が入れる有様ではないそうです」

その言葉に、アリシアとアッシュは眉を顰める。

思わず艦内を想像してしまったのだろう。

「ただ、艦内の破損はそれほどではないと思われますから、十分な証拠は手に入るのではないでしょう。よって、せっかくできた時間です。今後の事を少し話し合っておくのもいいかと思いますが、いかがなものでしょうか?」

そう切り出され、アリシア、アッシュともに頷く。

彼らにとって今回の件は、連盟に対して優位に立てるチャンスなのだ。

出来る限り自国に有利に進めたい。

そしてそれぞれの駆け引きが始まる。

場がピリピリとしたものに代わり、お互いの表情がより真剣なものになる。

二人は親友と言ってもいい間柄ではあったが立場がある以上、どうしようもないのだ。

二人の話し合いで、今後の両国の動きが決まるのだから、仕方ない事ではある。

ふう……。

こっちの立場は、あくまでも支援であり、その事は、先に両国に伝えてある。

だからいろいろ言わなくてはいいものの、立会人としての立場があり、席を外せない。

それ故に、表面上は無関心を装いつつ、毛利少将は心の中でげんなりとして紅茶をすするのであった。



ハッチの解放と艦内空気の入れ替えは順調に進み、先発隊の六人が明かりを手に艦内に入っていく。

それに合わせてコードが持ち込まれ、外の発電機から電気が送り込まれて設置されたライトが艦内を照らす。

「こりゃ……ひでぇ……」

一番先に入ったフソウ連合の技術者が思わずつぶやく。

「ああ、暑さと湿度でだな……」

次は言ってきた者がそれだけ呟くように言うと、その後に入って来た者は、誰もが艦内のあまりにも悲惨な様子に言葉もなく動きが止まった。

そして「うっ」という音を発したかと思うと護衛で降りてきた共和国の兵士二人が慌てて駆け出し、梯子を上り艦の外に向かう。

恐らく嘔吐だろう。

艦内は臭いが薄くなったとはいえ、全く消えた訳ではない。

なんせ、臭いの発生源がここにいくつもあるのだから。

その上、これを見れば吐き気に襲われても仕方ないといったところか。

そう、彼らの目の前には、余りにも悲惨な様子が繰り広げられていた。

喉をかきむしったような姿で息絶えている者。

拳銃で自殺した者。

血みどろでその場にうずくまった者。

それぞれがかなり苦しんで死んだのは、その身体の動きだけでわかる。

もっとも、表情はどれもわからない。

なぜなら、それらの死体は腐敗し、酷いものになると腐りきって溶けかけていたものさえあったのである。

まさに地獄絵図。

そう言っていいだろう。

そして、そんな死体の足元には、死体をかじっていたいくつものネズミの死体が転がっている。

艦内に入って来たフソウ連合の技術者や作業員たちは、互いに目配せをすると頷き合った。

まずは艦内の初回調査をさっさと終わらせようと。

そして、艦外にいるものに声を掛ける。

『これから艦内を簡単に調査する。本格的な調査はその後行うが、その前にまずは死体を運び出すから、その準備をしてくれ』と。

自分らは、調査の為にここに来たのだ。

技術者であり、調査が任務だ。

それ以外は、任務外だ。

せめて死体の後片付けぐらいは、共和国の兵士達にやってもらわねば……。

それはその場にいた者達の総意であった。

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