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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十四章 大戦への序曲

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分岐点  その4

「どうやら何かあったらしいな」

国王や宰相、海軍大臣との秘密裏に行われた会議から自分の執務室に戻ってきたアッシュを執務室で待っていたミッキーは、ニヤリと笑みを浮かべてそう声を掛ける。

「すみません。いつ戻られるかわからないとお伝えしたのですがどうしても待っているといわれまして……」

申し訳なさそうにアッシュに頭を下げるのは、アッシュの秘書官であり、婚約者でもあるエリザベート・バトリア・リンカーホーク伯爵令嬢で、今やアッシュを公私ともに支えるパートナーとして周りからは認識されている人物だ。

「いや、いい。ミッキーなら問題ない。しかし……」

そう答えつつテーブルの上を見ると昼食代わりに軽く食べていたのだろう、空になった皿がいくつかと紅茶のカップがある。

どうやら気を利かせてエリザベートが出したものらしかった。

そう言えば、まだ昼食を済ませていなかったな。

時計を見ると一時に近い。

「済まないが同じものを用意してくれないか。ミッキー、悪いが食べながらになるぞ」

「こっちは構わんさ。こっちからも話があるからな」

「ほう。どういった話だ?」

アッシュがそう聞くと、ミッキーが「恐らくお前が呼ばれたことに関係する事なんだがね」といいつつ言葉を続ける。

「フソウ連合の派遣艦隊司令から伝言だ。『共和国へ行くなら一緒にどうですか?』だとよ」

その言葉に、アッシュは笑うしかない。

「確かに呼ばれたことに関しての事のようだ」

「やっぱりか。でも何があったんだ?」

ミッキーの問いに、アッシュがちらりとエリザベートの方を見る。

こくんとエリザベートは頷くとドアに鍵をかけ、何やら文字の書かれた木札をドアの取っ手に引っ掛けた。

そして、用意してあったワゴンから軽食のサンドイッチの皿とハムと野菜の皿をテーブルに並べると紅茶の準備を始める。

「あれは?」

ミッキーが思わずといった感じでドアの取っ手に下げられた木札を見て聞く。

「ああ、あれはエリザベートが用意してくれた魔道具でな、一種の結界を張るものだ」

ここ最近までそういった対策は行われていなかった。

それはアッシュ派が力がなく、少数派であったからだ。

だが、アッシュが王位継承権一位になり、勢力も増していく中で、今までと同じようでは機密保持が難しくなっていく。

より重要度の高い機密事項を扱うのなら、尚更だ。

そんな中、魔法という分野において、ほとんど対抗策を持っていなかったアッシュ派にとって、エリザベートの加入は、その弱点ともいえる部分を大きく補うものであった。

そして、彼女はかなりの知恵者であった。

そのおかげか、今まで漏れていた情報が減り、アッシュ派はより強固な地盤を手に入れようとしている。

アッシュは本当にいいパートナーに恵まれたな。

勿論、能力的なものが大きかったが、彼の中での彼女の評価はそれだけではなかった。

確かに少し地味ではあったが、お似合いだと思う。

そんな事を考えたものの、今考えることは別の事だと思考を切り替える。

大体、そこまでやるという事は、今回の事がかなり機密の高いものという事を示しているからだ。

「で、話とは何だったんだ?」

「どうやら共和国で潜水艦らしき艦艇を拿捕したらしい」

その言葉に、ミッキーは思考が一瞬止まった。

まさかという思いが強かったからだ。

それでも思考を動かし、その後を促す。

「それで…」

「ああ。共和国としては、対潜水艦戦闘で共闘する王国にも秘密裏にではあるが情報を共有しておきたいという事で連絡してきたんだろう。そこで、共和国に秘密裏にではあるが技術者、使者の派遣が決まった。恐らく、それを予想してフソウ連合はミッキーの言う申し込みをしてきたんだろう」

「なるほどそう言う事か……。で、どうなったんだ?」

「ああ。私が代表として向かう事になった。それと海軍省の方で口の堅い技術者や研究者などのリストアップが進んでいる」

確かに潜水艦の情報は、フソウ連合から提供されているとはいえそれはあくまでも限られたものであり、間接的なものだ。

だから、実物から直接得られる情報はとても貴重であったから当然といえる。

だが、ミッキーは聞き返す。

「いや、それもだが、俺が聞きたいのは……」

そう言われ、アッシュは苦笑した。

「わかっている。その件も話し合った。話し合いの結果、物的証拠を確保できたのであれば、強い抗議を発信してもかまわんと言われている。もっとも、その場合、共和国と共同でという条件付きだがね」

共同という条件は、要はもし何かあった時のリスクを減らす為だ。

実際、王国海軍上層部では、フソウ連合の協力の元、潜水艦による襲撃を連盟海軍が実施していると見当をつけていたが、物的証拠が無い為に、公で抗議が出来ないでいたのだ。

そんな中での今回の潜水艦拿捕という情報である。

それが本当ならば、それは物的証拠となり、強く国際的に連盟の軍事活動を晒し、圧力をかけることが出来る事になる。

今や、連盟は、航路閉鎖に始まり、行っている事の多くは、共和国、王国にとって敵国に近い。

すぐに戦争になるとは思えなかったが、それでも圧力をかけ、少しでも有利にしておきたいというのはあるだろう。

「そうなると俺は同行できないという訳か」

ミッキーが少し残念そうな声をあげる。

実際、抗議をしてすぐに戦争となる可能性は高くはない。

だが、念には念をという事であり、今や王国海軍最強の艦隊を率いるミッキーは非常事態に備えなければならないからだ。

「ああ、そうなるな」

アッシュも残念そうに言う。

アッシュにとってミッキーは親友であり、頼りになる彼の片腕と言ってもいい人物であった。

「やはり、数名、信頼できるものが同行した方がいいか。なら、すぐ動けるアッシュ派の連中を……」

考え込みながら発されたミッキーの言葉に、エリザベートが答える。

「恐らく緊急を要すると思われます。そうなるとすぐに動けるものは難しいかと……」

実際、初期の信頼できるアッシュ派の面々は、階級も上がり、今や各分野に分かれてそれぞれの任務を責任をもって遂行している。

それ故に、それを放置してすぐ対応することは難しかった。

「勢力が大きくなり、偉くなってしまうと身動きがとりにくくなるな」

思わず漏れる愚痴。

しかし、こればかりはどうしょうもない。

一気に勢力が膨れ上がったための障害ともいえた。

そんな二人の様子を見かねたのだろう。

エリザベートが恐る恐るといった感じで言う。

「殿下。よろしければリンカーホーク伯爵(おとうさま)の力を借りてはどうでしょう?」

そのエリザベートの言葉に、アッシュは頷く。

リンカーホーク伯爵の娘であるエリザべートと結婚すれば、将来的には義理の父になる人物だ。

その上、彼の派閥は王家側についており、現国王とも親密な関係を持っている。

ならば、それは良い判断かもしれない。

実際、初期のアッシュ派の者達ばかりを優遇して頼っているばかりでは国は動かない。

それにうまい汁が吸えないと判れば、将来裏切る者達もいるだろう。

ならば、ここはリンカーホーク伯爵の力を借りる事で、後から入ってきた者達にも利はあるという事を示すきっかけにもなるはずだ。

だが、一つだけ聞いておかねばならない事がある。

「今回の件、機密保持のレベルは高い。信頼できる者が必要だ」

その言葉に、エリザベートはスーッと頭を下げる。

「お任せください、殿下」

「わかった。そっちの方の手配を頼む」

アッシュはエリザベートにそう言うとミッキーの方に視線を向ける。

「何があるかわからないからな。警戒を頼む」

「仕方ねぇ。ああ、任せろ。しっかり留守番しておくからな」

「それとフソウ連合に申し込みを受けると伝えておいてくれ」

「了解した」

こうして、すぐに手配が行われ、翌日の朝、アッシュとエリザベートを含む王国関係者十二名、フソウ連合関係者十名の計二十二名は、二機の二式大艇に分乗して共和国に向かって飛び立ったのであった。

なお、王国の関係者で、パイロット育成に参加している者以外で飛行機に乗ったのはこの十二名が初めてであり、旅立った後に彼らが飛行機に搭乗した事を知って一部の王国関係者は自分がいけばよかったと後悔したという。

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