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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十四章 大戦への序曲

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疑惑


薄暗いろうそくの光。

ゆらゆらと揺れる光が支配する空間。

その部屋には、中央に細長いテーブルがあり、それを取り囲むようにソファが配置されている。

その中の一つの長ソファに一人の人物、白髭を蓄えた老人が座ってワインを楽しんでいる。

いや楽しんでいるように見えるだけで、その場の雰囲気は最悪だった。

口元は髭に覆われ、温和な顔の作りだけに余計にその目に宿る狂気と怒りが見え隠れしているのが際立って感じられた。

そして、老人と向かい合う形で部屋の入口の方には、六人の男が直立して立っていた。

もちろん、ただ立っているだけではない。

左から順に任されている計画(プロジェクト)を行っているのだ。

だが、その内容は、決していい報告ではない。

失敗、或いは大した結果を得られなかったといったものばかりであり、それをなんとか穏便に済ます為にオブラートに何重にも包んで報告しているといった感じだ。

彼らはわかってはいなかった。

オブラートは、所詮オブラート。

その上、何十にも包まれれば、より口の中でまとわりつき飲む者を不快にさせると。

段々と目だけであった怒りと狂気は、穏やかだった表情にも広がり始める。

眉が吊り上がり、身体がわなわなと震えている。

それは爆発寸前の火山のようであった。

だが、報告する順番は決まっている。

誰もが自分の時に爆発しないでくれ。

そう願って報告している有様だ。

確かに今までも似たようなことはあった。

しかし、以前はここまで不安ではなかった。

老師より信頼のあつい卿と呼ばれる男が取りなす為の報告を用意していたからだ。

だが、その男も、合衆国クーデータ事件、サネホーンのアルンカス王国侵攻作戦と立て続けに失敗し、それ以降、運に見放されたかのように進める作戦の進行状況はよくなかった。

だから、取り成しはない。

それ故に、余計に緊張し、不安になっているのだ。

それでもどうにか二人目の不快な報告は終わった。

そして三人目に入った時である。

それ自体は些細な報告の言い間違いであったが、そんな些細な事が決定打となった。

「ええいっ、どいつもこいつもっ」

持っていたワイングラスが投げられ、今報告している者の横を通り抜けて壁にぶつかった。

硝子の甲高い音が響き、その音がヒステリックな叫びの様にその場にいた者達には聞こえただろう。

勿論、この老人が癇癪を起すのは初めてではない。

どちらかと言うとこの老人は、癇癪持ちであり、温和そうな顔つきからは真逆と言っていい感情の持ち主と言ってよかった。

だが、それでも今までは何とかなった。

何とかしてきたといっていいだろう。

しかし、その望みは今回はない。

だから、誰もが黙り込む。

俯き、嵐が過ぎ去るのを待つ。

それしか手がなかった。

それは卿と呼ばれた男でさえもだ。

それに今彼が報告すべき内容は、余りにも老人の機嫌を損なう可能性が高いものだ。

それ故に、当たりは静まり返り、沈黙の身が支配する。

ただ一人、怒りの感情を叫ぶ老人以外は……。

なんとかやり過ごす。

そして、誰もがそのはずだった。

しかし、そんな中、最後に報告する男が、顔を上げた。

その表情に浮かぶのは、ニヤついた笑みだ。

そして、そんな男の動きに怒りで我を忘れている老人も気が付いた。

「貴様っ、何が可笑しいかっ」

ワインの瓶が投げられ、ニヤついた笑みを浮かべた男の横を通り抜けると壁に当たって派手な音をして割れた。

しかし、それでも男は笑みを浮かべたままだ。

そして、ゆっくりと口を開く。

「老師の怒りはごもっともでございます。ですが、この報告を聞いていただければ、少しは心が安らぐかと……」

その言葉に、老人はピクリと反応した。

次に投げようと手に持っていた皿をテーブルに置くと怪訝そうに聞き返す。

「何?今なんと言ったか?」

「報告を聞いていただければ、少しは心安らぐかと」

「ほほう。自信があるというのだな?」

「その通りでございます」

そのやり取りを他の報告者達は黙って聞いている。

全員が無表情だが、そのほとんどの者達は、余計なことはするなと思っていた。

なぜなら、この報告者の中で、彼は一番新参者であり、それでいて人を見下す為に全員から軽視されていた男だからだ。

それ故に余計なことをして怒りを増幅させるとしか思わなかったからである。

だが、そんな思いを知るはずもない笑みを浮かべた男は、自信満々に言う。

「このマローン・リジベルト、ついに完成させました」

そして、横に並ぶ報告者達を見下した視線で一蹴したあと、マローンは言葉を続ける。

「新たなる力を召喚する術式を」

その言葉に、老人は一瞬驚いた後、震える声で聞き返す。

「本当か?」

「はい。以前、召喚したものよりもより高い戦力を召喚出来ます。ですが、まだ完璧(パーフェクト)ではありません」

ぴくりと老人の眉が動いた。

「今、完成したといったな」

「はい。理論上は。ですが実際にやってみて不具合が出る恐れもまたあります。それは魔術に限らずどんなことでもあり得る事です。そう思われませんか?」

その言葉に、老人は黙ったまま目をつぶる。

そしてしばしの沈黙の後、口を開く。

「確かにな。そのとおりじゃ」

そして、目を開いて聞き返す。

「ならば、完璧(パーフェクト)にするにはどうすればよい?」

「簡単です。実際にやってみればいいのです」

その言葉に、その場にいた報告者達が慌てた。

前回の召喚の際、どれだけの物資とどれだけの人々の命を贄としたのか知っているからである。

そんな中、卿と呼ばれた男が慌てて口を開く。

「しかしっ、実験で行うには、余りにも代償が……」

その言葉を聞き老人は口を開く。

「ふむ。どれほどのものだ?」

「完成した術式全てを行うのならば、前回の五倍から十倍は必要かと……」

報告者達はその言葉に老人の前だというのに我を忘れて口々に反対意見を言う。

あまりにも失うには大きすぎる代償と判断したのだ。

だが、そんな反対意見もマローンはニタニタと笑みを浮かべたままだ。

そして言い切った。

「今や世界中で戦いや争いが起こり、虐殺が続いています。そんなもので失われるものに比べれば、大したものではありません。それに今度は老師に忠誠を尽くす術式を組み込みました。うまくいった暁には、その協力無比な戦力が、老師の力となるのです。その為ならば、ささやかな犠牲と言ってもいいのではないでしょうか」

「しかし、それはうまくいった場合だ。もし失敗すれば、とんでもないことになる。第二の神敵になりえる力なのだぞ」

卿と呼ばれた男が叫ぶように言う。

「私の術式は完成しています」

しかし、今度は別の報告者が言う。

「しかし、今、完璧ではないといったばかりではないか」

「ええ。ですが、あくまでも念のためですよ」

マローン対他の報告者という図式が出来上がり、互いに相手を非難する。

そんな喧嘩に近い言い争いを老人はただ黙って聞いているのみで止めはしない。

つまり、老人はどちらでもいいと思っている。

老人にとって、人の命などその程度の価値しかないものだからだ。

だが、他の者達は違う。

人も資材も彼らが必死になって用意してきたものだ。

それを老師のためとはいえ、軽蔑する男に湯水のように使われてはたまったものではない。

だが、そんな者達を鼻で笑いつつマローンは余裕のある態度で口を開く。

「ですが、皆さまのいう事も一理あります。そこで、実験では召喚するのは一隻のみというのはどうでしょう?」

まるで見下して従わせるかのような物言いで言われたものの、最初に比べれば遥かにマシな提案である。

それに、老人はただ黙っているだけという事は、反対ではないという事だ。

ならば、妥協すべきか。

悔しいが……。

そう判断したのか、渋々といった感じで反対意見を言っていた者達は承知する。

「という形にまとまりました」

マローンが得意満面の笑みでそう言うと、老人は苦笑した。

「いいだろう」

そして視線をマローンから卿と呼ばれる男に向ける。

「卿、済まぬが、補佐してやれ」

予想外の言葉に、思わず聞き返す。

「自分がですか?」

「そうよ。どうせ、資材以外にもまた多くの人が必要となろう。卿の担当するサネホーンならば、都合よく集められるのではないかな?」

「いや、ですが……」

「それにだ。どうせ、サネホーンと言ってはみても、所詮は海賊の末裔と権力争いで負けた敗北者たちだ。死んで当然の連中ではないか」

「その通りではございますが……」

「なにより、神の試練でその命を捧げるのだ。屑の命にしては実に有意義ではないか」

その言葉に、卿と呼ばれた男は反論せず短く答える。

「老師がそうお望みならば……」

「うむ。頼むぞ。二人とも期待しているぞ」

そう言った後、機嫌よく言葉を続ける。

「では、残りの報告を続けよ……」

その後の報告は、さっきまでの報告はなんだのかという位穏やかなものであった。

それがどんなに不機嫌なものになりそうな報告でも……。

だが、そんな状況に卿と呼ばれた男は考え込んでいた。

これでいいのか?と……。

確かに世界をより神の望むものとなる為に動いてきた。

老師の望むように。

だが、思うのだ。あまりにも代償が大きすぎないか?と。

しかし、すぐにその思考を片隅に追いやる。

今更何を考えているのか。

自分の命は、老師に救われていたからこそ、今ここに生きているのだと。

そして、命を救われた以上、そのご恩はお返しせねば……。

そこで思考を切り替える。

無駄な思考をする暇はないのだ。

だが、この出来事は彼の鉄壁な忠誠心に棘として刺さった。

それは本当に小さく些細なものだ。

だが、その些細な棘が、今後、より大きくなっていくのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] はてさて、今回の強制拉致魔術の被害者はどこの国のどの艦になるのやら・・・ 更新楽しみにしてます
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