反逆者達…… その4
ドゥイングル・ラッセル。
彼はかなりの変わり者で有名であった。
熱心なドクトルト教信者ではあったが、その教えの解釈は多くの者たちのものと違っていた。
もっとも、他の色んな宗教を飲み込んできたドクトルト教では、各地域によって解釈の違いはあったから彼の解釈の違いもその為だろうと誰もが思っていた。
だが、それでも進んで彼と関わろうとする者は多くはない。
あくまでも仕事や公的な関わりだけであり、プライベートまで関わるものはほんの一握りであった。
そんな一握りの中にミハエル・ラクバラがいた。
お互いに性格は正反対と言っていいほど違ったが、なぜかウマが合った。
そして気が付くと互いに親友と呼べる間柄となっていたのである。
その日も相談会に行くというミハエルを捕まえて、ドゥイングルは愚痴の言い合いにしかならない相談会に意味があるのかという話をした。
互いに意見を言い合い、白熱した会話になったものの、結局決着はつかないまま解散となってしまった。
「不味ったなぁ……」
思わず言葉が漏れる。
ただ、そんな愚痴の言い合いに何か意味があるのか。
何か動くべきではないのか。
そう訴え、少しでも現状を変えるべきだといいたかっただけなのだ。
ミハエルはドクトルト教の教えというより、上のいう事に忠実すぎる。
それはこの地域に住むドクトルト教信者にいえる事であった。
だが、それはこの地域を統括するスカラントル・ヘルバンナ・リベンダーラ司祭の手腕と豊かな土地柄仕方ないのかもしれないな。
ドゥイングルは実際に住み、生活してみてそう実感していた。
幸せそうな連中だ。
羨ましい限りだよ。
そんな心の奥にしまい込んだ負の感情が頭を擡げてくる。
だが、それを抑え込む。
ドゥイングルが以前いたところは酷い場所であった。
統括する司祭は私利私欲にまみれ、自分の財と名声を伸ばす事しか考えない上に、実りの少ない貧しい土地であった。
そこでは、愚痴だけでは何も変わらない。
それを散々教え込まれてきた。
それ故に、彼は動いた。
その結果、悪徳司祭は追放され、彼はその度胸と勇気を買われて今の仕事につき、そしてこの地に派遣されたのであった。
あー、こんな日はさっさと寝るな限るな。
そう思考をまとめるとドゥイングルは寝具に身を包んだ。
そして、深夜、眠りに入っていた彼はドアを叩く音に起こされた。
ドンドンドンっ。
必死な思いが伝わる音に、ドゥイングルは眠気眼で寝具からドアに向かう。
「誰だ、こんな夜中に……」
ブツブツとそんな事を口にしつつドアを開けると、そこにはまるで魂を抜かれたかのようなミハエルが立っていたのである。
文句を言おうと開きかけた口は止まり、別の言葉が口から洩れる。
「お、おいっ、どうしたんだっ」
その問いに、ミハエルはドゥイングルの衣服を引きちぎらんばかりに握り締めガタガタと震えていた。
それだけでとんでもないことがあったと判った。
だから、ドゥイングルは落ち着かせるためにミハエルの肩をトントンと叩き、そして家に向かい入れたのであった。
温めたお茶を差し出し、椅子に座らせるとドゥイングルは黙ってミハエルから話始める事を辛抱強く待った。
こちらから話を強要しては駄目だと判断したのである。
落ち着く香りの温かいお茶と信頼できる人間に見守られているという安堵感からかミハエルは少しずつ落ち着き始め、少しずつではあるが自分が体験したことを話し始めた。
相談会に遅れた事。
その結果、ハンドバレル聖騎士団と自称する連中に相談所が襲われ、その場に集まっていた人々が殺された事。
そして、証拠隠滅をしているところを目撃してしまった事。
最初こそ信じられないという表情だったドゥイングルだったが、すぐに真剣な表情になってミハエルの言葉をメモに取り始める。
そこには、彼の話を嘘とは思っていないという態度が見て取れた。
それがますますミハエルを安心させたのだろう。
彼は見た事全てをドゥイングルに話した。
ざっと二時間近く時間は経っていた。
途中、何度か飲み物を用意した時間を含めているとはいえ、ミハエルはずっと話続け、全てを話し切った後は疲れ切ったように椅子に身を身を預けていた。
ドゥイングルはそんなミカエルをちらりと見た後、書いていたメモに再度目を通す。
その余りにも恐ろしい内容とそれを体験した親友の心境を察し、只々同情するしかなかった。
そして、ドゥイングルはふーと深く息を吐き出すとミハエルを見る。
全てを話し終えて、力尽きかけていた親友に向けて口を開く。
「このことは誰かに言ったか?」
「言えるわけないだろう……。お前だからこそ、言えたんだ」
その口調と態度にその言葉が真実であるとわかる。
こいつは余りにも馬鹿正直すぎる。
だからこそ、こんな体験の重みを隠していつものように生活できないだろう。
そして不審な態度は、この騎士団の連中の耳にも入るはずだ。
連中にしてみれば、実力行使したという事は、この辺りの地区に目を見張らせているという事に他ならない。
ならばどうするか。
少し思考した後、意を決したドゥイングルは真剣な表情でミハエルに言う。
「ここから逃げた方がいいぞ」
その言葉に、ミハエルはビクンと反応する。
どうやら彼もそう思っていたのだろう。
だが、そう言い出して逃げ出す算段を頼む勇気がわかなかったのだろう。
或いは、迷惑背かけたくないという気持ちもあったのかもしれない。
本当に馬鹿なやつだな。
こんな話をしておいて見捨てる訳ないだろうが。
ましてや、親友なんだからさ。
心の中で苦笑しつつそう言うと、ドゥイングルは今まで親友に話してなかった事を話すことにした。
「ヨドムって知ってるよな?」
いきなりの質問に、ミハエルは戸惑ったものの、すぐに答える。
「何を聞いてくるんだか。おまえ、ヨドムっていったら、聖人の一人じゃないか」
「ああ。それであってる」
聖人ヨドム。
ドクトルト教に出てくる人物の一人で、異常と言っていいほど余りにも公平で潔癖すぎるが故に、多くの人々から嫌われ、貶められて命を落とした人物である。
後に、その行いは正当に評価され聖人として認められたが、ドクトルト教信者は、彼のあまりにも情のない潔癖すぎる行動に嫌悪感さえ持っている。
人は感情の生き物である以上、ある程度の情は必要だと考えているものが多かったからである。
「いきなりそれがどうしたんだ?」
そう聞き返すミハエルに、ドゥイングルは苦笑して答える。
「いや、お前に話してない事があってな」
改まった言い方に、ミハエルは困ったような表情をした。
逃げた方がいいという助言とどう繋がるのが想像出来ないでいたからだ。
そんなミハエルの反応に、ドゥイングルは益々苦笑する。
「実はな、俺は『ヨドムの使者』に属しているんだ」
『ヨドムの使者』
それは、ドクトルト教の中でも異端な連中であり、そしてドクトルト教が暴走する度に裏で動いて粛清していた組織の名称であった。
何か不正があれば裏で動く組織であり、有名な前法王の失脚にも関わっているという噂の組織である。
「おい……。それって……」
「ああ、想像通りの組織と思ったらいい」
まさか親友がそんな組織の一員とは思っていなかったミカエルは言葉にならず、ただ口を開けたまま固まっていた。
「今まで黙っていたのは悪かったと思っている。だが、公平さを信条とする以上、言えなかったんだ」
ドゥイングルは淡々と言葉を続ける。
「そしてお前が体験したことは、今ドクトルト教が大きくゆがみ始めている証となる。だから、我々がお前を保護する。いいな?」
そこまで言われ、ミハエルは我に返った。
「お、おいっ……それは……」
だが、ミハエルか何か言う前にドゥイングルは言葉を続けた。
「済まないと思っている。ここでの生活を捨てることになるのは間違いない。だが、お前の証言は今の教国の歪みを正すのに必要なんだ」
神妙な表情でそう言われ、ミハエルは黙り込む。
だが、意を決したのだろう。
真剣な表情で、聞き返した。
「それは『ヨドムの使者』の使命だからか?」
『ヨドムの使者』の使命。
ドクトルト教の歪みを粛清し、公平で正常に保つこと。
それが彼らの掲げる使命であった。
その為、その証拠として自分を使おうというつもりなのははっきりと感じられたからである。
だからこそ、聞き返したのだ。
「それもある……」
そう言った後、少し間を開けてドゥイングルは頭を掻きつつ言葉を続けた。
その表情は困ったような、他の込むような感情が滲み出ていた
「だが、親友であるお前を保護したいという気持ちもあるんだ。悪いようにはしないし、上司にもきちんと便宜は図る。だから……」
その言葉に、ミハエルはやっと笑った。
もっとも、苦笑の類ではあったが。
どうやら、噂で聞いていたよりも人情味があると思ってしまったのだ。
そして親友である彼がそう言う組織ならば頼ってもいい。
そう思ってしまったのだ。
「わかったよ」
ミハエルはそう言うと、ドゥイングルの手を両手で握る。
「親友のお前がそこまで言ってくれるんだし、頼むのはこちらの方だ」
そして、じっと親友の顔を見て言う。
「それに、組織ではなく、そこまで心配してくれる親友のお前の言葉を信頼するよ」
「ありがとう」
ドゥイングルはそういうと手を握り返す。
「だが、当面はここで隠れておいてくれ。街の状況を調べたり、組織の人間と連絡を取ら成れりばならないからな」
「わかった。お前に任せるよ」
ミハエルはふーと深く息を吐き出すと手を離した。
緊張が解け、疲れか一気に襲い掛かってくる。
その様子を見て、ドゥイングルは苦笑しつつ奥の空き部屋に行くように言う。
「当面はそこにいてくれよ?」
「ああ。わかった」
ミハエルはそう言うと案内されるまま奥の部屋に向かう。
こうして、ミハエルは生まれてずっと過ごしていたこの地を一週間後、ドゥイングルと共に去る。
それは今までの安定した生活を捨てることに他ならない。
だが、それは彼にとって新しい生活の始まりになるのである。




