反逆者達…… その2
ドクトルト教。
この世界でいくつもある宗教の中で、一番の勢力を持つ宗教である。
強引なまでの布教によりその教えは全世界に広まったが、それ故にその教えと派閥はいくつもの解釈と歴史的転機によっていくつかに分かれている。
そして、その記憶に新しいのが、前法王が起こした混乱だろう。
世界中の信者に発したのだ。
世界全ての宗教をドクトルト教に統一し、人々を導こうと。
だが、それは大きな反発を生んだ。
人は誰でも同じではない。
人には個性があり、選択の自由がある。
そして、それを否定され強要された時、反発は生まれる。
その結果、王国のドクトルト教は教国に異を唱えて教国から異教とされ、帝国はドクトルト教を否定する道を歩んだ。
だが、それだけではない。
ドクトルト教の長い歴史において色んな派閥や教えに別の解釈が生まれ、また地域ごとの独特の習慣を取り込み大きく変わった場合もあった。
その為、たった一つの宗教を柱としながらも他の国と同じように権力争いが見えないところで行われていたのである。
「今の教国の動きをどう思うかね?」
「うーん、まるで以前に戻りつつあるようだ」
以前、そう前法王が力を持ち、世界中を混乱させていた頃と言いたいのであろう。
答えた老人の顔は険しかった。
勿論、討論しているのはこの二人だけではない。
すぐにその発言に同意する者達が続く。
ここは、ドクトルト教の教会の一室。
そこには、三十人近くの者が集まっており、議論を交わしていた。
彼らはドクトルト教の熱心な信者たちだ。
彼らにとって宗教は生活の中心であり、心の支えであった。
それ故にここ最近の上層部の方向転換と方針、やり方に疑問を持つようになった者達である。
なんせ、彼らにとって生きる為の柱である宗教がブレれば、他の者達よりも余計に影響が出るといえた。
それに、本来のドクトルト教の教えに反してるいるのではないかという思いさえ持っている者も多かった。
彼らは今の生活を守れればいい。
それ以上は求めない。
そんな保守的な思考の者達であったのだ。
それに不満はそれだけではない。
穏健で、混乱を巻き起こし狂った法皇と言われた前任者を追放した今の法皇様が表に姿を現さなくなってしまったのも大きかった。
病に伏せられているとは言われていたが、どんな病気か発表されず、容体も明かされないままである。
その上、方向転換ともいえる方針。
それは信者に大きな負担を押し付けるようなものばかりだ。
過大な寄付の強要、徴兵、そして教団関係者の横暴なふるまい。
そんな有様では、熱心な信者でも、いや熱心過ぎるが故に余計に迷いを生むことになってしまうだろう。
「そう言えば聞いたか?」
一人の信者がそう前置きをした後、今裏で広がっている噂を口にする。
現法王様はすでに死亡し、別の人間が裏でこの国を牛耳っているという噂だ。
「まさか……」
そう反応するものがほとんどだが、強い否定をする者はいない。
それはつまり、誰もが似たような考えに至っているという証であり、不安を口にしたくないという意思でそう言った反応をしているのである。
普段なら笑い飛ばす噂でも笑い飛ばせない。
それほどまでに信者たちの不安は大きくなっていたのであった。
「本当にどうなっちまうんだ……」
不安そうな言葉が漏れる。
だが、その言葉に引っ張られる形で別の信者が言った。
「そう言えば、今の上層部のやり方に大きく反発している連中がいるらしいぞ」
「ほう。そう言った連中がいるのか……。わからないでもないけどなぁ」
「ああ。俺らだって、このままだったら……」
誰もがその言葉に黙り込む。
今は何とかなっている。
だが、このままエスカレートしていくとしたら……。
幾人かの口からため息が漏れる。
その時であった。ドアが荒々しく蹴破られた。
沈黙する中だったため、余計に派手な音が響き、その場にいた人々の視線がドアに向けられた。
そして開かれたドアからは、白い布地に金色の縁取りをされた法服に近いデザインの軍服に身を包んだ者達がなだれ込んでくる。
彼らの手には銃が握られ、襟元には教国軍の証である赤地に×のようなデザインの紋章が付けられていた。
信者の代表者らしき男が入って来た集団に向かって言う。
「き、君たちは何者だ?ここは、ドクトルト教東方支部の支部長を務められているスカラントル司祭の教会であり、今は信者による相談会の真っ最中だぞ。いくら教団の騎士団とはいえ、無礼ではないか」
その声には怒りに震えており、怒鳴りつけるような勢いがあった。
だが、入って来た兵士達はその言葉に驚いた素振りも見せず銃を構える。
その動作に、信者たちが怯える。
「ひいいぃぃっ」
悲鳴にならない声が漏れる者もいた。
いくらどうこう言おうと、力の前では言葉は無力であると痛感しているのかもしれない。
そんな中、兵士達の間から、一人の男が前に出る。
他の兵士よりもより派手な金の刺繡に彩られた軍服に身をまとった男であり、軍に詳しいものが見たらその階級章から大尉だという事がわかるだろう。
彼は信者たちの前に立つと嘲るようにニヤリと笑みを浮かべた。
「我々は、教団直属のハンドバレル聖騎士団の者である。本日、スカラントル・ヘルバンナ・リベンダーラ元司祭は教団の教えに反した罪で投獄され、官位を剥奪された」
その言葉に、信者たちから驚きの声が漏れる。
「そ、そんな……」
「嘘だろう?!」
ざわめく中、信者の一人が言う。
「ば、馬鹿なことがあるものかっ。スカラントル様は、教団の事をいつも考えおられていた。自我を切り捨てても。そんな方が教団に反することなど……」
しかし、大尉はニタニタした表情を変える事もなくその言葉を遮る様に言い切った。
「よって、彼らの使徒である諸君らも異端者として疑惑がある。よってここにいる全員を逮捕する」
その言葉に、信者たちは益々怯え、それと同時に横暴とも言いがかりとも取れる物言いに怒りを表す者もいた。
そんな中の一人が叫ぶように言う。
「そんな馬鹿なことがあるかっ」
だが、その言葉に大尉は笑って言う。
「バカな事ってのは得てして実際にあったりするんだぜ。よく覚えておくといい」
その言葉と同時に、笑いは残酷なものに変った。
「それと今のは反逆罪となる。よって今から我々は実力行使をさせてもらおう。逆らう者には死を」
そして、大尉は指を鳴らす。
その言葉と鳴らされた指の音が合図となり、今まで無表情だった兵士達の顔に笑みか浮かぶ。
狂気に彩られた笑みが。
彼らには、今、神の名の元、人を殺してもいい権利が与えられたのだ。
「神の命の元、我らは正義を貫かん」
その言葉を呪詛の様に何度もつぶやき、彼らは引き金を引いた。
いくつもの銃声と信者たちの悲鳴と叫びが続く。
今の彼らにとって、信者はもう人ではない。
ただの生物であり、動物と変らない。
そう、彼らにとって異教徒は、人ではないのだ。
次々と崩れ落ち倒れる信者。
うめき声が辺りを充満し、血が部屋を紅く染め上げていく。
そして、頭や内臓を吹き飛ばされたのか、時折白いものやピンク色のものなど色とりどりの肉片が当たりに飛び散った。
「あはははははははははははっ」
大尉の笑い声が響く。
そして数分もしないうちに、部屋に響くのは大尉の笑い声だけとなった。
「おっと、終わってしまいましたか……」
笑いを止めて、大尉はそう言ったあと、部屋を見回す。
そこにはもう生きている信者はいない。
かって人だった肉片が飛び散っているだけだ。
その光景に、大尉は益々興奮したのだろう。
実に楽し気にいう。
「ああ、なんて美しい光景だ。実に素晴らしい」
だが、すぐに残念そうに顔になった。
「しかし、残念でしたね。素直に従えば、生かしておいたかもしれないものを……」
だが、その声色は興奮に震え、目は血走っている。
そして、抑えきれないのか、下がっていた口角が自然とつり上がり、口が三日月のような形になった。
そして、それは、大尉だけではない。
兵士達もだ。
彼らは十分満たされた表情に残酷な笑みを浮かべていた。
その狂った光景を何も知らないものが見たら感じただろう。
彼らの中にある狂気と残虐性を。
そして、彼らの事をこう呼ぶだろう。
『狂信者』と……。
そして、これはこの日に限った事ではない。
今や教国では当たり前になりつつある光景であった。
一部の上層部とその子飼いの狂信者が幅を利かせ、多くのまともで分別のある信者が虐げられる構図は……。
だが、それはより大きな反発を生む。
ゆっくりとだが、確実に。
今や、狂国と化した教国を何とかしょうと動き出すのである。
そして、そんな中に穏健派として名前の知られているリーンダート司祭の弟子であるターントク司祭の姿もあった。




