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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四章 帝国の胎動と現状

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老人と魔女 その2

帝国宰相グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵はほんの数分前に出された報告書に目を通してため息をもらした。

あれほど釘を刺したというのに、帝国東方方面海軍司令長官アレクセイ・イワン・ロドルリス大将は敵を過小評価して中途半端な戦力で攻撃し、余計な被害を出してしまったという報告である。

被害は東方方面艦隊の実に三分の一に近いということだ。

ええいっ、無能の馬鹿軍人めぇ。

結果を出さないくせに、注文ばかり言いよって…。

なにが帝国海軍の誇りだっ、名誉だっ。

それがなんの役に立つというのか。

そんなものは、犬にでも食わせてしまえ。

そう言って更迭したい衝動に駆られる。

しかし、それを理由にすぐに更迭するわけにもいかない。

原因は現在の皇帝になる帝位継承のゴタゴタで有能な軍人がかなり粛清されてしまったためだ。

実際、本来ならば精鋭でなければならない皇帝の親衛隊である近衛の実力は、素人に毛が生えた程度で利権ばかり求める無能集団と化している。

だから、少しでも使えるやつは使い続けるしかない。

それが今の帝国軍の現状だ。

実に嘆かわしい限りだが、それでも有利な点もある。

先の海戦で圧倒的な力を見せ付けた巨大戦艦だ。

かなりの犠牲と時間を消費したが、その分の元は十分に取れる代物だ。

ビスマルクとテルピッツの二隻。

先の海戦では、この二艦がいたからこそ圧勝できた。

そして、今現在の技術で作られる艦船ではこの二艦を沈める事はほぼ不可能だろう。

この二艦によって、王国と帝国のパワーバランスは大きく帝国側に傾いたといっていい。

だが、懸念もある。

巨大戦艦ビスマルクとテルピッツがあるとは言え、数的にみればまだまだ王国海軍は強大だ。

それに先ほどの戦いで、この二隻の戦艦の装甲を貫通した砲弾はまったくなかったが、その代わり艦上に装備されている部分の被害が大きかった。

その為、現在はその部分の修理の真っ最中である。

また、修理といってみても、以前とまったく同じにできるわけではない。

現在の技術では同じ強度を持つ鉄板は製造できず、また破損した砲は複雑すぎて修理がまったく出来ないので今の既存の砲に取替えている。

だから、戦力としては以前より低下してしまうのが現状だ。

そこまで考えたが、そこで考えを改める。

主砲である三十八cm連装砲四基は全基健在だし、艦体の装甲はまだ貫通された事もなく、現在する重戦艦や戦艦ではまず沈める事は不可能に近い。

それゆえに帝国側が圧倒的に有利ではあるし、修理中とはいえ、この戦艦があるというだけでかなり有効な圧力になっているのは間違いないだろう。

そこまで考えて、ラチスールプ公爵は椅子に身体を預けた。

「んんっ…」

自然と口から息が漏れる。

魔術で肉体の劣化スピードを遅くしているとはいえ、肉体は確実に衰えているのがわかる。

帝国の実権を手に入れるのに五年かかった。

今こそ、帝国を作り変えなければならない。

我が望む国。

魔術と武力と知識が融合された理想国家に…。

そう思考を巡らせたときだった。

コンコンとノックする音が響く。

「入りなさい…」

短くそう言うと、ドアが開いて一人に女性が入ってきた。

弟子であり、孫でもあるアンネローゼ・アレクサンドロヴナ・ラチスールプである。

彼女は怪訝そうな顔をしてラチスールプ公爵の傍まで来ると口を開いた。

「どうされたのですか、おじい様。すごく深刻そうな顔…」

そう言って甘えるように身体を寄せてくる。

その仕草はまるで猫が人に甘えるかのように自然だった。

アンネローゼの身体を受け止めながら、ラチスールプ公爵は苦笑した。

他人に表情を読まれるほど顔に出てしまうとはなんと未熟なのだろうか。

そんな思いが自分の中からわきあがったからだ。

「まだまだじゃのう、わしも…」

「何がですの?」

不思議そうな顔をして聞いてくる孫娘に、ラチスールプ公爵は祖父の顔で答える。

「いやいや、表情に出てしまうとは我ながら未熟じゃなと思ったまでよ」

その言葉にアンネローゼは驚いた表情を見せた後、少し拗ねてみせる。

「どうしたのじゃ?」

「もう…なんでおじい様の愛する孫娘だからわかったとは思ってくださいませんの?」

そう言われてしばらくじっとアンネローゼの顔を見た後、ラチスールプ公爵は口を開く。

「そうじゃ…そうじゃな。さすがは我が愛する孫娘じゃ」

そう言って、実に楽しそうにからからと笑う。

笑うラチスールプ公爵の顔を見てアンネローゼは少し微笑むと、ディスクの上に置かれている報告書に手を伸ばす。

「それで、おじい様の頭痛の種は…これかしら?」

ラチスールプ公爵は報告書を読み始めたアンネローゼに少し困った顔をしたが止めなかった。

止めても無駄という事を経験からわかっているからだ。

そして報告書を読み終えたのだろう。

「はぁ…情けないわねぇ…」

口からそんな言葉が漏れる。

そして、視線をラチスールプ公爵に向けた。

そこにはもう孫娘の顔はなく、王国で男達を手玉に取った魔女としての顔があった。

さっきまで感じなかった女としての色香が一気に部屋の中に広がっていく感覚がラチスールプ公爵を襲う。

わしが教えたとはいえ、ここまでになるとはな…。

まさに能力と才能がうまく合致した、或いは融合したと言っていいだろう。

ラチスールプ公爵はうれしいとも悲しいとも取れる複雑な表情を浮かべて見上げる。

そんなラチスールプ公爵の顔に手を回すと、アンネローゼは微笑んで胸の谷間に押し付けるかのように身体を寄せて囁く。

「私を使ってくださいませ、おじい様…。私はおじい様の所有物ですから…」

「今度は王国のように簡単にはいかぬぞ…」

ラチスールプ公爵の言葉に魔女アンネローゼは楽しそうにくすくすと笑う。

「ええ。王国は簡単すぎました。まぁ、それもいいと言えばいいんですけど、やっぱり満足感はイマイチでした。ですから、少しくらい難しいくらいがもっと楽しめそうな気がします。だから…」

そう言いつつすーっと身体を離してラチスールプ公爵の顔を優しく両手に包み込むようにして自分の顔の方に向けさせる。

そして、蕩けるような艶美な微笑を浮かべて言葉を続けた。

「私にお命じくださいませ…」

ラチスールプ公爵は、アンネローゼの視線を受け止め、静かに告げる。

「では、フソウ連合の諜報、及び混乱をお前に命じよう、アンネローゼ」

その言葉に、アンネローゼは身体を離してその場に片膝を地面につけて返答した。

「そのご命令、必ずや遂行してみせますわ」

「うむ。気をつけるのだぞ」

ラチスールプ公爵のその言葉にアンネローゼは苦笑する。

「ええ、もちろんですとも。またおじい様にご褒美をもらわないといけませんからね」

そう言って立ち上がると執務室を退室した。

その後姿を、ラチスールプ公爵はただ黙って見送った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今までの異世界系では恐らくなさそうな世界観ですね。大戦物語モノではifや転生モノはあると思うが、ジオラマが舞台になるとは、ある種のモデラーの夢とも思えて、物語の着眼点が非常に面白いです。 …
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