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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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エンガハンモル会談  その1

襲撃のあった翌日の夕方遅く、ビルスキーア長官を乗せた島風は会談場所であるエンガハンモル島の沖に到着した。

確かに事前に連絡のあった明日の昼からという会談時間を守ってはいるが、連絡もなく、何より帝国にも支援をしているとはいえ他国の軍艦一隻で来たのである。

その余りにも非常識ぶりに帝国側は憤慨する者も出たが、それをアデリナは苦笑して諫めた。

「何か向こうでもあったのだろう。そう言ってやるな」

その言葉に、憤慨していた帝国の幕僚達は矛先を収めるしかなかった。

それは主の言葉だからという事もあったが、彼らにも身に染みる言葉であったからだ。

実は、会談の数日前に、まるで会談を予想していたかのように帝国側でも妨害工作があったのである。

一つは南部に運ぶワクチンや治療薬を運ぶ部隊が襲撃された。

そしてもう一つは、皇帝であるアデリナの暗殺未遂事件であった。

前者は、もし以前の帝国なら荷を失ったかもしれない。

士気が低く、襲撃され戦わずに逃げ出していた可能性さえあった。

或いは、襲撃と偽って荷を売りさばく者がいたかもしれない。

だが、今の帝国の兵、それもアデリナの子飼いの兵と士官は愚直なまでに任務に忠実であった。

決して優秀ではないものの、忠誠心は間違いなく最高であった。

その結果、襲撃者は荷を奪う、或いは荷を壊すことも出来ずに撃退されたのである。

そして後者のアデリナの暗殺未遂だが、今の彼女の側には、以前より力を失ったとはいえかって帝国最悪で最高の破滅の魔女と呼ばれた女とフソウ連合の諜報部に属する魔術師がいるのである。

彼女らの協力によって暗殺事件は未遂に終わった。

そして、その暗殺の首謀者が帝国では禁止されているドクトルト教の指導者たちであることが判明すると、アデリナは直ぐにその事実を公表した。

『疫病で苦しむ南部を助けるための物資を、本来なら人々を救済すべき者達が襲っていいのか』と。

その反響はすさまじかった。

人々はドクトルト教を禁止する国の立場を理解し、協力し始めたのである。

確かに以前も国はドクトルト教を禁止していた。

しかし、それは表面的なものだけであり、人々の生活に根付いていたのである。

だが、今回の出来事で見直す者達が一気に増えたのだ。

もし今までの搾取されるだけの生活だったらそんな事はなかっただろうが、アデリナは今までの搾取されるだけの政策を転換した。

富国強兵。

それを目指したのである。

勿論、アデリナ自身がそれを言い出したのではない。

だが、アデリナは自分に政治の才がない事を自覚していた。

それ故に柔軟に部下の意見を取り入れ、話し合いによって政治を変えていったのである。

その結果が少しずつ出始めていたと言っていいだろう。

そして、それは南部でも変化を起こした。

今まで疑心暗鬼だった南部の人々の心を大きく動かしたという事だ。

その結果、南部はこの出来事の後は大きな問題もなく帝国に帰順する。

こうしたことがあった為、アデリナの言葉に誰もが口をつぐんだのであった。

「それでは、晩餐や歓迎の式はどういたしましょう?」

そんな中、副官のゴリツィン大佐はあえてそう聞く。

いや結果はわかっている。

だが、意思表示しなければわからない者も多い。

だからあえてその役割を彼は演じていた。

その事がわかっているのか、アデリナは苦笑を浮かべる。

その表情に浮かぶのは、ご苦労なことだといった感情だ。

だが、すぐに表情を引き締めると告げた。

「先方も疲れ切っているだろうからな。そういった類のは会談がうまくいってからでよいのではないかな」

「了解いたしました。では先方には明日の会談の時間と場所についてのみ知らせておきます」

「ああ、頼むぞ」

こうして翌日の昼過ぎ、昼食が終わった後に話し合いが儲けられることとなったのである。

帝国に公国を譲渡させるというあまりにもあり得ない話し合いが……。



翌日の昼食後に始まった会談で最初にビルスキーア長官が口にしたのは、自分達の指導者であり、上司のノンナ・エザヴェータ・ショウメリアの死である。

その事実をすでに知っていたものの、アデリナとしては誤報であって欲しいという気持ちがあった。

だが、ノンナの最も忠実な部下であり、公国ナンバー2のビルスキーア長官の言葉に、受け入れるしかなかった。

その表情は無表情であったが、それでもどこかしら寂しく、残念な感情が滲み出ている。

その様子に、ビルスキーア長官は、自分の上司と皇帝が敵対していたとはいえどこかしらで繋がっていたと感じていた。

そして、皇帝に後を託したのは皇帝がしっかりノンナの作り上げたものを受け入れ、育てていけると感じていたからだとより実感した。

だからこそ、この会談を成功させねばと決心を強め、初めて知らされたと思われる騒めく帝国関係者を無視してアデリナをしっかりと見据えた。

その表情と決心を感じたのだろう。

アデリナは騒めく部下達を制し、ビルスキーア長官の視線を受け止める。

「そして、ノンナ様の最後の命は、自分に何かあれば帝国に公国を移譲せよという事でした」

「だから、今回それを実施するために会談を申請したと?」

「はい。陛下、その通りでございます」

その言葉を聞き、帝国の幕僚の一人が口を開く。

「しかしだ。譲渡とは言っても簡単に出来る訳がなかろう。帝国と公国は戦っていたのだ。恨みつらみのある者も多いし、利権が絡むこともあるのではないか?」

その問いに、ビルスキーア長官は頷く。

「ええ。その可能性が全くないとは言えません。ですが、出来る限りその芽を摘み取れたと思っております」

そう言いつつ脱出の際に唯一持ち出した黒のアタッシュケースから資料を取り出すと、それを提出した。

それは結構な厚さがあったが、すぐにアデリナの手に渡り、彼女はそれをざっと見ていく。

その間、部屋は静まり返り、重々しい雰囲気になっていた。

だが、そんな中、見届け人として参加していた川見大佐は、出された紅茶をいつもの無表情ですすっている。

心の中ではさっさと決めればいいと思いつつ。

だが、慎重になる気持ちもわかる。

余りにも話がおいしすぎるのだ。

それ故に疑うのである。

まぁ、仕方ない事だな。

それに見届けるのも任務の内だしな。

そう割り切ると、静まり返る部屋の重々しい雰囲気を川見大佐は楽しむことにしたのであった。



「もう、あんなに傷だらけになって。おまけに手甲もボロボロじゃないの。きっと無茶したんだわ」

ブツブツ言う三島特務大尉に、島風がまぁまぁと宥めている。

だが、その表情は必死で笑いを押さえているといったところだろう。

到着した川見大佐と出会った三島特務大尉の様子を知っているからだ。

唖然として立ち尽くす三島特務大尉。

そして、治療を受けて包帯やらでぐるぐる巻きにされた川見大佐が困ったような表情で手を上げて言う。

「やぁ」

その言葉が引き金となって我に返った三島特務大尉は、普段の強気はどこに行ったのかという感じで、抱きついて泣き始めたのである。

その意外な行動に、川見大佐は慌てておろおろしていたので、島風がジェスチャーでアドバイスをする。

『抱きしめてやればいい』

そしてそれを実施し、優しく三島特務大尉の頭をなでる川見大佐に、島風や他のクルーたちは視線を逸らした。

本当なら驚愕の行動としてじっくりと見たい衝動にも駆られたが、誰一人として命の方を取ったのである。

なんせ、周りのクルーにちらりと向けられた川見大佐の視線は殺気を帯びていたからだ。

昨日のその様子から、二人はお互いに思いあっているのがよくわかったし、今の三島特務大尉の愚痴が照れ隠しみたいなものであると判っていたからである。

「まぁ、でも自分も現場は見ましたけど、あれはすごかったですよ」

島風はそう言って現場を思い出す。

普通の銃撃戦とは思えない肉片と化した死体。

切り刻まれた艦上物。

あれは相手が魔法を使ったという事を示しており、普通の人間なら決して勝てない相手だと本能が理解させるような状況であった。

だが、そんな相手に川見大佐は単身勝利を収めたのだ。

そして、それだけではなく、他の襲撃者も全滅させていた。

本当に恐ろしい人だ。

元々、フソウ連合では最強の人物と言われていたが、三島特務大尉のサポートによってますますその地位は揺るがないものになったな。

そう実感させられた。

「わかっているわよ。私も報告聞いたもの」

三島特務大尉はそう言いつつ頬を膨らませる。

もちろん、報告したのは川見大佐本人だ。

どんな感じで報告したんだろうか。

そんな事を想像しかけて、じーっと見る三島特務大尉の視線に気が付いて表情を引き締める。

「なんか、変な想像してない?」

「してませんよ」

「ならいいわ。しかし、これ、完全に破棄するしかないわねぇ……」

手に持っていた手甲を見つつため息を吐き出す。

「結構自信作だったんだけどなぁ……」

「なら、より良いものを作って差し上げればいいのでは?」

その島風の言葉に、三島特務大尉は気分が良くなったのだろう。

微笑んで頷いた。

「そうね。もっとすごいの作って驚かせなきゃ」

楽し気な三島特務大尉の様子に、島風はふと思った事を口にした。

「気にはならないのですか?」

「何が?」

「会談の事が……」

その問いに、三島特務大尉は苦笑して答える。

「私達に出来ることはやったからね。後は結果を受け入れるしかないわ」

そう言った後、何かを思い出したかのような表情をして、言葉を続けた。

「きっとうまくいくわ」

「どうしてそう思ったんです?」

その島風の問いに、三島特務大尉はニコリと笑みを浮かべて答える。

「女の勘よ」

その言葉に、島風は苦笑したのであった。

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