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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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装甲巡洋艦ハーレン・リベンジルド  その6

あの無表情で手ごわかった男の最後ぐらいは見てやろう。

もし、まだ息があったら、息絶えるまで見届けるのも一興だ。

あの男の最後か……。

実に楽しみだ。

そんな事を思いつつ、ヤルザナは影の動いていた場所に向かう。

その動きは散漫で警戒の色もなく、また疲労の為か足を引きずるような動きさえ見えた。

もっとも、本人は、やっと倒せたという興奮と達成感でそんな事を感じることはなかっただろう。

興奮は、人の認識を狂わせる。

後から考えれば、なぜと思う事も多い。

だが、それは仕方ない事なのかもしれない。

人は感情の生き物と言われるのだから。

だが、その興奮した感情は、すぐ様冷水をぶっかけられたかのように冷め切った。

確かにその場には肉片がいくつも散らばり、血が辺りを染め上げている。

だが、それを見てヤルザナは唖然とした。

確かにその肉片は間違いなく人のものだ。

だが、一つだけ思っていたのと違っていた点がある。

それは、ヤルザナが思い込んでいた人物とは別人だったのだ。

肉片と化していた者、いや者達と言っていいだろう。

彼らは艦内の殲滅に向かった部下達であった。

そして思い出す。

そう言えば、影は複数あったような……。

普段なら気が付いただろう。

だが、焦りと恐怖がヤルザナの思考と判断を狂わせたのだ。

殺される前に殺せ。

その思いがあまりにも強かったのである。

「なぜ、お前たちが……」

そんな言葉がヤルザナの口から洩れるが、理由は直ぐに想像できた。

殲滅したと思われていた甲板であれだけ派手に銃撃の音が響いたのである。

艦内深くに侵入していたとしても耳には入る。

なんせ、敵以外は消音装置を付けていたのだから。

そして、援護するため、或いは殲滅を急いで終わらせて戻ってきたに違いなかった。

くそっ。

奴はそこまで考えて消音装置を外したというのかっ。

ただ、威力を上げる為、取り回しをよくするためだけかと思っていた。

くそっ、くそっ、くそっ。

いい様に振り回されていただけとわかり、冷め切った興奮は怒りへと変わった。

絶対にぶっ殺す。

じわじわと嬲り殺してやる。

だが、思考が回り始めるとはっとした。

奴は生きている。

なら、やつはどこに……。

「くそっ。奴はどこだ?!」

思わず声が出た。

そして、自分があまりにも無防備だという事に気が付く。

やばいっ。

慌てて周りを警戒するかのように振り向こうとした。

しかし、それと同時に期待していなかった返事が返ってくる。

勿論、振り向こうとした背中から。

「ここだ」

短く、そして淡々とした声。

だが、ヤルザナにとっては死神の囁きのように感じた。

そして、その言葉と同時にヤルザナの腹部に川見大佐の蹴りが入った。

「ぐえっ」

腹部に突き刺さる様に放たれた蹴りは余りにも強烈で、ヤルザナの口から声が、いや音が漏れる。

そして、その蹴りの勢いをもろに受けてヤルザナの身体は直ぐ近くの第一煙突の壁に叩きつけられた。

壁が大きく凹み、腹部の臓器にダメージがあるのだろう、ヤルザナの口から大量の血液が嘔吐される。

だが、それで終わりではない。

壁に叩きつけられたのと同時に躊躇くなく川見大佐は銃を放つ。

パスパスパスっ。

圧縮空気の頼りない音が響き、それに気が付いたヤルザナはとっさに動いて避けようとした。

しかし、疲労と痛みによって身体の反応は鈍い。

その為、頭部の直撃は避けたものの、腹部に左足、右腕に銃撃を受けた。

血が飛び散り、肉をそぎ落とし、骨を叩き潰す痛みがヤルザナを襲う。

「ぐわっ」

蹴られた腹部と同等かそれ以上の痛みが銃撃を受けた場所に生まれ、なすすべもなくその場にうずくまる。

死にたくねぇ。

その思いが身体を動かそうとするも、思うように体は動かない。

魔術も回路が遮断されたのだろうか。

魔力が身体中をめぐり力を発揮する事はなかった。

つまり、今やヤルザナは完全に詰んでいた。

もう逆転は無理だ。

そう判断したのだ。

いや判断するしかなかった。

痛みが身体を蹂躙し、寒気に襲われていく。

それらが、敗北と死は絶対だと実感させられていた。

なぜだ。なぜこうなった?!

視線が動き、目の前の男を捉える。

この男と関わったためか?

屈辱的な敗北と死。

それをもたらした男は無表情のままだ。

淡々と弾倉を変え銃をこっちに構えようとしていた。

勝てねぇ。

俺は死ぬのか。

だが、そう思考した瞬間、出血のために朦朧となりつつあるヤルザナはどうしてもやりたいことが頭に浮かんだ。

この無表情の男の表情を崩してやりたいと。

せめて一矢報いてやる。

だが、どうすればいい……。

この無表情の男の表情が崩れ歪みさせるには……。

そして妙案が浮かんだ。

そして、それをすぐに実施したのである。

まだ何とか動く左手で腰に取り付けてあったボックスから小型のボールのようなものを取り出すと上に投げたのだ。

その動きに気が付いた川見大佐は慌てて左手を打つものの、遅かった。

投げられた球体は、ある程度の高さまでいくとボンという音共に青白い光を放つ。

ただそれだけだ。

「何をしたっ」

川見大佐のその問いに、ヤルザナは地に濡れた口角を吊り上げた。。

「なぁに、味方の艦艇にこの艦を沈める様に合図しただけだ。遺憾だが作戦失敗だとな」

そう言いつつも、ヤルザナは楽しくて仕方ないといった感じの笑みを浮かべていた。

その言葉に、川見大佐の表情に一瞬ではあるが焦りが見え、そして周りの海を警戒するように見まわした。

やった。

だが、本当の恐怖はこれからだぞ。

海に逃がした者は殺され、お前は任務に失敗し、なすすべもなく死ぬのだ。

「ざまぁみろ。お前は任務に失敗し、ここで死ぬんだよ」

そして、その言葉を待っていたかのようなタイミングで前方の島影から艦影が現れる。

その艦影を見てヤルザナは我慢できなくなったのだろう。

笑みを浮かべるだけでなく、声を出して笑った。

もちろん、血反吐を吐きながらだったが、それでも達成感と満足感で楽しくて仕方なかった。

やっとだ。やっとこの男に一矢報いたぞ。

だが、そんな一人盛り上がるヤルザナとは別に、艦影を見た川見大佐は焦りが消えため息を吐き出した。

そして、笑い続けるヤルザナを哀れむように見る。

「楽しんでいる所に悪いが、よく見た方がいいぞ」

そう言われて、ヤルザナは笑いを止めた。

どうせ強がりだと思いつつも嫌な予感がして目を細める。

血液が徐々に失われ、霞むもののそれでも必死で見た。

そしてすーっと血の気が引いた。

別に出血の為ではない。

自分の最後の手が無駄だったことを知ったからだ。

「どうやらお前の切り札を叩き潰したようだな」

川見大佐はそう呟くように言うが、ヤルザナの耳には入らなかった。

ただ、ただ信じられなかった。

艦影は、味方のものではなかった。

見た事もない艦影。

それは、三島特務大尉の命を受け、引き返して警戒に当たっていたフソウ連合海軍所属駆逐艦島風のものであった。

「ば、馬鹿な……」

ヤルザナの口から、言葉が漏れる。

「そういう事だ。残念だったな」

淡々とした川見大佐の言葉。

だが、その言葉にヤルザナは反応しなかった。

ただ茫然と近づいてくる島風を見ているだけだ。

そして、川見大佐は右手に持っていた銃口をヤルザナに向けて引き金を引いた。

パスっ。

空気圧の頼りない音と共にヤルザナだったものはその場で崩れ落ちた。

頭部を打ち抜かれたのだ。

死亡を確認し、川見大佐は近づいてくる島風に視線を向けて、戦闘に入って無表情だった表情をはじめて大きく崩した。

そこに浮かぶのは苦笑。

「今回は、彼女の機転に感謝しかないな」

そう呟くと、腰のベルトに取り付けていたポケットから一発の弾丸を取り出す。

紅く塗られたその弾丸をセットし直すと、川見大佐はそれを頭上に打つ。

ひゅーーーっ。

そんな音を立てつつ弾丸はある程度の高さまで上がった後、パンと白くはじけた。

それは生存の合図である。

「さて、後は海に叩き落したビルスキーア長官を拾わないとな」

そう呟くと今後の事に思考を動かす。

こうして、装甲巡洋艦ハーレン・リベンジルドでの死闘は終わりを告げたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大佐がヤルザナの手をことごとく潰してくれてスッキリしました。あと島風の増援も。
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