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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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装甲巡洋艦ハーレン・リベンジルド  その5

倒したと思っていた相手が生きており、その上、攻撃されたという事実にヤルザナは一瞬驚くものの、まだ運は自分にあると判断してニンマリと笑みを浮かべた。

今、甲板に食い込んだ弾丸は、彼が身体を偶々動かさなければ間違いなく当たったろう。

それも頭部に……。

つまり、死んでいた、或いは重傷を負わされていた可能性が高いのである。

だが、現実はどうだ。

弾はヤルザナの身体をかすめることなく甲板に当たっているではないか。

やはり、俺は運がいい。

そして、そんな俺と戦う羽目になったあいつは運がねぇ。

ますます楽し気に口角を吊り上げた。

なんせ、俺を倒せるはずの千載一遇のチャンスを逃したのだから。

本当に運がねぇな。

今までの不快な気分が一気に洗い流されるかのように清々しい気持ちになっていく。

だが、そんな余韻に浸っている時間はない。

さて、そろそろ終わらせるか。

海に逃げた野郎の始末もしなきゃならねぇからな。

ヤルザナはそう思考すると姿を現した川見大佐にニタリと笑いつつ言い放つ。

「残念だったな、今のは。当たってれば貴様の勝ちだったんだがな」

言葉とは裏腹にヤルザナのその表情には、残念な色はまったくない。

それどころか、心底楽しんでいるといった感じだ。

そして、だらりと力が抜けた体に、再度、魔力と力を籠める。

ゆっくりと身体に幾何学模様のような光の線が浮かび、そしてヤルザナの身体がはじけた様に動く。

物体が風を切る音が微かに響き、ヤルザナは一気に距離を詰めようと跳躍する。

もちろん、手刀による攻撃を混ぜつつ。

その攻撃を何とかかわす川見大佐。

だが、見えない攻撃は完全にかわすことは難しいのだろう。

身体のいろんな場所に当たり、服が破れ、かすり傷を作っていく。

「ほれ、ほれ、ほれーーっ」

攻撃は激しさを増し、遂にさばききれなかった一撃が川見大佐の身体を捉えた。

その攻撃を何とか左手の手甲ではじき返す。

キィィィィィィィンッ。

甲高い金属音が響き、その勢いを相殺出来ず川見大佐は後ろに圧された。

「くっ……」

川見大佐の口から声が漏れる。

特殊な合金と魔術によって強化された手甲でなければ、間違いなく川見大佐は真っ二つになっていただろう。

だが、それほどの強度を誇る手甲ではあったが、ナイフの時の様に無傷とはいかなかった。

くっきりと攻撃を受けた部分に深い溝が刻まれていた。

そう何度もは無理だな。

川見大佐はそう判断すると距離をおくため、後退しつつ銃を放つ。

銃撃の音が響き、しかし、その銃撃で稼げたのはわずかな時間のみだ。

「ははっ。どうした、どうしたっ」

笑いつつ距離を詰めていくヤルザナ。

追い詰められていく川見大佐。

その構図は間違いない。

しかし、川見大佐は落ち着いていた。

傷だらけになりつつも、まるで何かを待っているかのようだ。

「くそっ。なかなかやるじゃねぇか」

荒い息をしつつヤルザナは移動スピードを落とす。

高速回避をしつつ接近し、手刀で連続攻撃という動きはかなり体に負担を強いている様子だ。

その上、今だに致命傷を与え切れていない。

しかし、それも時間の問題だとヤルザナは見ていた。

すでに頼りの手甲はボロボロになっている。

あと数回、ラッシュを行えば勝てる。

そう判断したのだ。

それは川見大佐もわかっているのだろう。

先ほどから余程の事がない限り手甲を使わないようになっている動きが垣間見れる。

ひひひひっ。

やっとか。

確かに今までの中で最強に厄介な相手だったが、これまでだ。

すでにヤルザナは勝利を確信し、一歩一歩追い詰める様に歩く。

さぁ、泣き叫べ。

絶望とダンスを踊れ。

だが、川見大佐は無表情だ。

その無表情にヤルザナの心の隅に違和感が沸く。

何かおかしいと……。

だが、それを打ち消す。

そんなはずはねぇ。

現に奴は追い詰められているじゃねぇか。

もう数分で決着がつく。

そう言う未来しか見えない。

そのはずだった。

だが、川見大佐には別の未来が見えていた。



かなり疲労しているな。

相手の様子から川見大佐はそう判断する。

『魔術は無制限に使えるものではありません。有限なんです。そして無理な活用は反動を生みます』

三島特務大尉の言葉だ。

実際、手甲の魔術は消えかかっておりボロボロだ。

こりゃ、また頼んで製作してもらわなきゃならんな。

彼女はどういった顔をするだろうか。

ふとそんな事が頭に浮かび、川見大佐は心の中で苦笑した。

戦いの最中に何を考えているのかと。

そして、相手がゆっくりと近づいてくる。

いいぞ。

さぁ、来い。

もう少しだ。

そして、目的の場所に立った瞬間、持っていた銃の弾を全弾放った。

響く銃撃音。

だが、その攻撃は呆気ないほど簡単に避けられる。

しかし、川見大佐はわかった。

相手の動きが鈍りつつあると。

そして目的は達成できたと。



「この距離からなら当たるとでも思ったのか?」

バカにしたような口調でヤルザナはそう言った後、ニヤリと笑って言葉を続ける。

「ほれ、結果はこの通り」

だがその言葉に、川見大佐は動じず、ただ持っていた空の銃を手放す。

それでヤルザナは確信した。

やった。これで心が折れたと。

だが、そんな思考をある音がかき乱した。

シューーーーッ。

何かが噴き出すような音。

そして、辺りを白い靄のようなものが覆い始める。

「な、なんだと?」

ヤルザナは慌てて音の発生源に目を向けた。

その目の先にあるのは、逃走時に使用する発煙装置であった。

さっきの銃撃で誤動作してしまったのである。

あの野郎。こいつを狙っていたのかっ。

ぎりりっと歯を食いしばって川見大佐を睨みつけるも、覆いつくす靄がその姿をかき消そうとしていた。

「くそっ、くそっ、くそっ」

手刀を振るい、真空刃が川見大佐を襲う。

しかし、見えないはずの攻撃は、靄によって完全に視覚でとらえられる。

そして気がついた。

煙草に火をつけたのも、囮という事だけでなく、煙草の煙で攻撃を感知するためだったのではないかと。

ぞくっとヤルザナの背筋に冷たいものが流れた。

それは久しく忘れていた感覚。

恐怖だった。

彼にとって、恐怖を感じたのは、魔術師によって実験動物のごとく扱われていた時が最後であった。

相手によって蹂躙され、好きなように身体をいじられる日々。

壊されていく身体と精神。

そして、その中で再構築されていき、今の彼が出来上がった。

それ以降、彼は恐怖したことはない。

なぜなら、それ以降は彼が絶対的強者であり、恐怖を与えるものだったからだ。

だが、今は違う。

立場が変わった。

彼は恐怖に震える立場になったのだ。

「ちいいっ。くそっ、くそっ、くそっ」

川見大佐が居そうな場所に向かって出鱈目に手刀を振るうも手ごたえがあるはずもない。

白い靄は、ヤルザナのそんな焦りと恐怖を嘲笑うかのように辺りを包み込んでいく。

この靄を何とかしないと駄目だ。

そう判断したヤルザナは今だに靄を吐き続ける発煙装置に近づくと手刀で固定されている部分を切り離して装置を蹴った。

発煙装置は小型ではあったが普通の人間ならそれで動くはずもない。

だが、肉体強化されていたヤルザナの蹴りは普通の人間とは違う。

発煙装置は煙を吐き出しつつ甲板を転がり、海に落ちた。

これでこれ以上視界を失う事はない。

その上、海風が少しずつではあるが、靄を薄めていく。

よし、いいぞ。後は時間を稼ぐだけだ。

警戒しつつ、出鱈目に攻撃をしていく。

だが、手ごたえはなく、川見大佐の動きもわからない。

焦りと苛立ちが増す中、圧縮された空気圧がヤルザナの耳に入り、彼めがけて一本の線が靄の中を走る。

そしてその線はヤルザナの頬をかすめた。

すーっと頬に赤い線が生まれ、そこから血が滲み出る。

川見大佐の温存していた消音器付き拳銃の銃弾である。

「舐めた真似しゃがってぇ」

弾の発射位置の方に手刀を振るうも川見大佐は素早く移動したのか反応はなかった。

まだだ。

まだ耐えろ。

今は時間を稼ぐんだ。

ヤルザナは辺りに次々と手刀を振るう。

だが、真空刃によってもたらされるものは、金属音や木の破壊音だけだ。

肉の切断される手ごたえも、肉の塊が倒れ込む音も響かない。

だが、それでも時間は稼げる。

段々と靄が薄くなっていくのがわかる。

それが焦りや苛立ち、そして恐怖を緩和させていく。

そしてチャンスは訪れた。

薄くなる靄の中、動く影が見えたのだ。

「へへっ。そこかっ」

ここぞとばかりに手刀が振るわれ、いくつもの真空刃が影を襲う。

「ぐあっ」

悲鳴とも断末の叫びとも取れる音が響き、いくつかの肉片が散らばる音が響いた。

勝ったっ。

その思いがヤルザナの心にあった全ての負の感情や思いを吹き飛ばす。

「ハ、ハ、ハハハハハ……」

ヤルザナの口から自然と笑いが漏れ、彼は歩を進める。

彼をここまで苦しめた相手の無残な姿を見る為に。

だが、そこで彼は予想外の物を見る事になるのであった。

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