臨時報告会にて……
フソウ連合海軍本部第三会議室。
ここでは本日、報告会が行われている。
もっとも、今回は定例に行われているものではなく、臨時で行われたものだ。
だから集まった者も、各部門の責任者だけであった。
帝国領とサネホーン、それに新技術について変化があった為、臨時で行われていたのである。
まず最初に議題になったのは旧帝国領の件であった。
帝国艦隊と公国艦隊のほぼ総力戦となった艦隊決戦後、両者の動きは極端に真逆である。
活発的な帝国に対して、動きを見せない公国。
あまりにも違いすぎる動きに川見大佐が自ら動いている事からも重要度が高いのがわかる。
それはそうだ。
隣国が不穏であればあるほどフソウ連合にとばっちりが来る可能性が高くなる。
実際、難民問題は、日に日に大きくなっているのが現状なのだ。
だからこそ、統一され落ち着きを取り戻してほしい。
それも自国に友好的な相手程ありがたいという事である。
もっとも、今の流れでは、帝国、公国どちらになったとしても敵対的な対応にはならないと思われている。
だが、どうなるかはわからないのが未来である。
奇麗ごとだけで政治は出来ないのだ。
だからこそ、どちらかに早期統一してもらい、たっぷりと貸しを作って少しでもフソウ連合に不利が働かないようにして、憂いを無くしておこうという考えであった。
「旧帝国領の件ですが、川見大佐の報告では、今の所、帝国で統一という流れが大きいそうですね」
報告書を読み終えて新見中将がそう意見を述べる。
「確かに。そうなると……」
鍋島長官がそう言いつつ、フソウ連合海軍のドッグ区画の責任者であり、イタオウ地区も含めた造船部門の責任者でもある藤堂少佐に視線を向ける。
それを受け、藤堂少佐は用意してあった内容を報告する。
「はい。現在、王国、共和国に展開する艦艇の建造とは別に特務水上機母艦秋津洲改と誘導海防艦、水上機管理輸送艦の建造にも着手しております。」
特務水上機母艦秋津洲改とは、水上機母艦秋津洲に航空機の管制能力を追加した艦船で、この一隻で、周辺の航空機の管制と水上機の整備修理が可能となる。
また、誘導海防艦は、海防艦に探照灯などを多く取り付け、夜間の水上機の誘導も出来るように改良された海防艦で、秋津洲改一隻に対して誘導海防艦四隻がセットで運用する計画となっている。
そして、最後の水上機管理輸送艦は水上機の輸送やそれに関する部品などメンテナンスに関する機材を管理する専用の輸送艦である。
この三種類の艦船が揃えば、ちょっとした湾や港でも到着次第、水上機基地として運用が可能となる。
これは、緊急の航空戦力展開や一定期間の使用、基地施設が完成するまでの繋ぎとして十分活躍するだろうという考えで立案されたのである。
「本島ドックで秋津洲改が四隻、誘導海防艦十六隻、水上機管理輸送船八隻が順調に建造中です。また、諸外国に引き渡す為の艦船の建造は今本島で行われている分を終わりとし、今後イタオウ地区に全て回す予定となっております。それと先のサネホーンとの戦いで被害を受けた艦艇も順次修理が終わり、現在九割程度が復帰しております。」
「わかった。いつも無理を言って済まないな」
満足できる答えに頷きつつも、鍋島長官の顔には苦笑が浮かぶ。
その苦笑を見て、藤堂少佐も苦笑を漏らした。
「まぁ、事前に計画に余裕がありましたからね。何とかなりそうです」
そう言った後、笑って言葉を続ける。
「それに大将の頼みはいつも急ですから、ある程度余裕を作りつつ覚悟してましたから」
その言葉に、会議に集まった責任者達からも苦笑が漏れた。
それは二人のやり取りが定番化している証拠でもあった。
「んんっ」
咳払いをして鍋島長官が困ったような顔で口を開く。
「では、旧帝国領の件は、川見大佐の報告により現状維持でよろしいですかな」
誰もが頷く。
川見大佐ならば下手は打たないだろう。
誰もがそう思っている様子だった。
「次に、サネホーンの動きですが……」
新見中将が報告書を読み上げていく。
「現在、かなり動きが活発化しています。訓練と思われる艦隊の活動や修理の終わった艦艇の引き渡し、それに頻繁に行われている会議がそれを如実に表しています」
「会議?」
鍋島長官がそう聞き返すと新見中将が捕捉をいれる。
「はい。リンダ・エンターブラ嬢の協力でサネホーンの一部と接触でき、内部情報も入手しやすくなりましたので」
「それはありがたいな。情報があるのとないのでは雲泥の差が出るからな」
鍋島長官の言葉に、会議に出ていた先任者たちが同意を示す。
「ただ、サネホーンの中核である戦艦ルイジアーナの修理は遅れており、敵空母の艦載機の訓練もうまくいっていないようです。後、潜水艦部隊の航空隊によるゲリラ的な襲撃もかなり効果があるようで、サネホーン側の一部隊には疲弊の色が濃いという報告もきております」
「ならば、侵攻は……」
「はい。戦力が揃わないうちに始めるほど相手もバカではありますまい。それを考えれば、もう少し時間がかかりそうですな。それに警戒網もほぼ完成しましたし、いざという時の対応もある程度準備は整っています」
「わかった。それと王国、共和国に派遣する艦隊だが……」
「サネホーンという相手が控えているのです。主力の派遣は難しいかと」
そう言った後、新見中将は一呼吸置き言葉を続ける。
「そこで、新造された海防艦を中心とした艦隊を派遣しようと思っております」
「大丈夫なのか?その話だと新兵を中心とした編成のようだが……」
鍋島長官が慌てて聞き返す。
「全員が正規過程を終了した者達ばかりとはいえ全く心配がないわけではないですが、現状ではそれが精一杯かと。勿論、ベテランをある程度つける事にしますが……」
要は、王国派遣を利用し、新兵を鍛えようというのである。
だが、一気に艦艇が増えた結果、人材不足は深刻で、背に腹は代えられないという現状がわかっている為、鍋島長官は渋々という感じで承認するしかなかったのである。
こうして、旧帝国領とサネホーンの問題が話し合われた後、議題になったのは新技術であった。
技術部門を統括する上杉藤一郎技術少将が笑顔で立ち上がる。
やっと発言できる。
まさにワクワクしている様子がその表情と態度からわかる。
普段はどちらかと言うと寡黙で表情のない人だから、余計に違和感しかない。
だが、そんな彼がこんな表情をするのだ。
余程の事なのだろう。
誰もがそう思った。
「我々、技術部門は、今回完全な遠隔操作による飛行機の運用に成功いたしました」
今まで、艦船の簡単な自動運用と遠隔操作の運用はかなり進んでおり、攻撃は出来ないものの、艦艇を動かすだけなら問題ないレベルであった。
実際、それを使って実弾砲撃訓練が何回も行われ、評価も得ていたのである。
だが、艦艇と違い、飛行機に関してはかなりうまくいっていなかった。
離陸は可能でも、着陸がかなりの難易度になってしまうからである。
また、電波の幅の為、同時に仕える機数も制限がかかっていた。
「今回、我々は、使用できる電波の幅を広げ、また陸上機ではなく水上機を使う事で、問題を克服したのです」
そう言った後、全員に資料を配る。
「この資料は、実際にどれだけ使えるか運用を行った結果をまとめてあります」
その資料によれば、最大八機の同時運用が可能であり、着陸時の破損率は、八割近かったものが一割を切る様になっていた。
また、有視界ではあるがかなり複雑な動きも可能であり、訓練の為の標的や敵の動きを混乱させるためのデコイとして使う分には問題ないといえた。
「ほほう。これならば、防空能力の確認に使えますな」
山本大将がニタリと笑みを漏らしそう呟くように言う。
実際、防空能力は机上の推論の部分が多い為、実際の戦闘或いは、実戦に近い訓練が必要とされていたのである。
「勿論です。それに標的機として使うのなら、水上機である必要はありませんからより数も用意できると思います」
そう言いつつ上杉技術少将が鍋島長官の方に視線を送る。
その視線を受け、鍋島長官は苦笑しつつ口を開いた。
「わかった。対潜水警戒機として改造されて王国に送られる九七式艦攻は無理だが、退役した九九艦爆や初期の零戦をまわすよ。それと一部の水上機もだね」
すでに艦隊艦載機の主力が、零戦の後期型や紫電改の艦載機型、彗星や天山になっており、退役した機体はスクラップになるか、九七艦攻の様に他の目的で使われるように改造されているかのどちらかであった。
だから、スクラップにするよりもまだいいだろうという判断である。
「はい。それでお願いします」
その会話を聞き、山本大将が聞き返す。
「でだ。どれくらいなら準備が出来る?」
「そうですね。引き渡しが済んで一週間ほど頂ければ十機程度は……」
「おお。なるほど」
そして山本大将が期待する視線を鍋島長官に向ける。
それを受け、鍋島長官は苦笑する。
「わかった。急がせるよ。それで実弾による防空訓練だね?」
「はい。サネホーン側にも航空戦力がある以上、それに対しての対策はしっかりとっておかねばなりませんし」
「まずは、実弾訓練計画書を出してくれよ?」
「勿論です」
そう返事をして山本大将は新見中将に視線を向けるとその視線を受けて新見中将も仕方ないといった感じで頷く。
まぁ、これで防空網の実際の運用の確認が出来るようになるのだから、少々ドタバタするのは仕方ないか……。
鍋島長官がそう思いつつ、ちらりと東郷大尉に視線を向ける。
東郷大尉が首を横に振る。
つまり議題は以上という事だ。
ならば終了してもいい。
そう判断し、鍋島長官が東郷大尉に頷き返し、報告会終了を宣言しようとした時だった。
速報が届けられたのだ。
その内容は、帝国と公国が正式に話し合いを設けるという内容である。
すでに川見大佐から、公国を帝国に譲渡する動きがあると聞いていた鍋島長官はただ黙っていたが、それらの情報を知っているのは鍋島長官以外数名しかいない為、会議場がざわつく。
今まで表立った動きがなかった公国が動いたのである。
何をするのだ?
誰もがそう考えたのであった。
もっとも、その情報を持っているとしても、鍋島長官は公表する気も何か言うつもりもなかった。
今更ここで何か言っても混乱を招くだけと思考したからである。
なんかもどかしいな。
そうは思うものの、どうしょうもない。
ただ、川見大佐達がうまくやってくれることを。
そして、無事に帰って来ることを信じるしか……。




