夕食会
帝国側からその日の夕食会の招待が三島特務大尉の元に届く。
その内容を確認し、三島特務大尉は、保護対象のダーリア・ユーリエヴッチ・ドロウ、そして護衛の二名と共に帝国の地に降り立った。
そして、島風には川見大佐の護衛を遂行すべく戻るように指示を出す。
しかし、その指示に島風は難色を示したのである。
それはそうだ。
川見大佐からは、三島特務大尉と保護対象を守るように言われたからである。
しかし、現場で何かあったら三島特務大尉の指示に従うようにとも言われており、つまり矛盾する指示に迷ったのだ。
だが、三島特務大尉の説得で、島風は結局川見大佐の元に戻る事となる。
「いいですか、無理しないでくださいよ。どやされるのは自分なんですから」
そう恨みの籠った島風の言葉を残して。
そして主港から出港する島風を見送った後、一行は宿を決める。
ある程度帝国についての情報も入手していて、もし帝国にいった場合の時の為の宿もすでに選定してあり、そこに滞在する事とした。
「部屋の方は大丈夫みたいね」
ざっとホテルの周りとホテルの内部構造そして部屋の安全と情報を確認し、三島特務大尉はダーリアに視線を向ける。
ダーリアは緊張した面持ちであったが、三島特務大尉の視線に気が付くと微笑んだ。
「わ、私は大丈夫です」
「そう。ならいいわ。何かあったら護衛を二人残していますから彼らに言ってください。また何かあった時は彼らの指示に従ってください」
「ええ。わかりました」
そう返事を返した後、ダーリアは黙って三島特務大尉を見ている。
その視線を受け止めつつ、三島特務大尉は苦笑して口を開いた。
「出来る限りの事はしてくる。だから待ってて」
その言葉に、ダーリアは頷く。
「はい。お待ちしております」
そこには決心した感情が表れており、三島特務大尉はより身を引き締めるのだった。
夕食会と聞いて何人もの人物が参加するとばかりに思っていたものの、実際の夕食会はアデリナと三島特務大尉、それに秘書官と思われる男性の三人だけであった。
もっとも、秘書官は話し合いの内容を記録するためにいるらしく食事に参加する様子はない。
つまり、帝国皇帝とサシで食事をする羽目となってしまったのである。
確かに人は少ない方がいい。
そう思っていた三島特務大尉だったが、ここまでとは思ってもみなかった。
思わず緊張し、口の中にたまった唾を飲み込む。
その様子に気が付いたのだろう。
アデリナがくすりと笑って口を開く。
「私は多人数での食事は食べた気がしなくてね。基本、少人数で食事をする事が多いんだ。だから、マナーとか気にせずまずは食事を楽しんでいったくれたらいい」
そうは言うものの、今の三島特務大尉は非公式とはいえフソウ連合の使者として会っているのだ。
ハイそうですかと言えるはずもなく、またマナーを無視して楽しむのは流石に不味い。
それにその口調から、本題は食事の終わった後にという事だろう。
そう判断し、三島特務大尉は微笑んだ。
「ありがとうございます。楽しませていただきます」
その発言を受けてアデリナが指を鳴らす。
こうして二人の夕食会が始まったのである。
食事は、帝国料理の定番と言われるものばかりであったが、その材料も味付けもさすがは皇帝が口にするものとあって美味であった。
時折会話があるものの、それはそれぞれの故郷の話や個人的な話ばかりで、まるで友人との食事のようであった。
だが、その言葉の端々には相手を探ろうとする趣旨が見え隠れしている。
実際、些細な会話でさえも相手の性格や思考は読み取れる。
まずは本題に入る前に相手の事を少しでも知っておこうという思考であった。
そんな相手を探るような食事が終わり、デザートも済んで食後の紅茶が出される。
するとアデリナの雰囲気ががらりと変わった。
さっきまでの和気あいあいとした雰囲気が一気に緊張を帯びたものへと変わる。
その急変ぶりとそのピリピリとした雰囲気に、三島特務大尉は一瞬圧倒されたものの、すぐに軽く息を整えると微笑んだ。
飲み込まれるな。飲み込まれるなと自分に言い聞かせて。
その態度に、アデリナは楽し気に口角を上げた。
どうやら肝は座っているようね。
ただ、さっきまでの会話から交渉を生業にしているものではないという事はわかっている。
交渉術が拙い事、それにあまりにも彼女は愚直なまでに真っすぐな性格をしているのがわかったからである。
交渉を行う者には、狡猾さが求められる。
それが彼女からは感じられなかったからだ。
だが、それが油断を誘う罠かもしれない。
そう思って警戒しつつ口を開く。
「それで、私に直に会って話したいこととは何でしょう?」
一刀両断といった感じで本題を切り出すアデリナ。
三島特務大尉の性格から考えれば、そう切り出した方が良いと判断したからだ。
その問いかけに、三島特務大尉はグッと体に力を入れて口を開く。
「はい。陛下にお知らせしたいこと。それは公国の事です」
その言葉に、記録をしていた秘書官の手が一瞬止まってアデリナの方を見るが、その視線をちらりと一瞥した後、アデリナは微笑みつつ聞き返す。
「なるほど。それは帝国にとっても実にありがたい事です。ですが、フソウ連合は公国にも支援を行っていますよね。それも帝国が支援を受ける前から……。なのにその支援国の情報を支援しているとはいえ敵国に流す。それは余りにも信頼を損なうものではないかしら?」
正論である。
だが、そんな正論が全てではない事もアデリナはわかっている。
だが、それでも今までフソウ連合が築き上げてきた信頼を損なう可能性はあると指摘したのである。
「ええ。そうかもしれません。実際、陛下との面談は、本国の指示を受けずに現場の判断で実行しております」
「なるほど。だから非公式にという事ですか」
「はい。その通りです。しかし、何事も正論や正当法だけが全てではないと陛下もご存じのはず。それに本国には、それを行ってもよいという許可は受けております」
そこまで言ったのは、要は今約束したことは反故にはしないよという意思表示であった。
ただし、あくまでも口約束という事は変わらないが……。
それでもはっきりとさせておく。
そういう意思が感じられ、アデリナは満足げに微笑む。
そして、記録を取っている秘書官風の男に視線を送った。
その視線を受け、秘書官風を装った副官のゴリツィン大佐は小さく頷く。
それを確認し、アデリナは口を開いた。
「いいでしょう。それで情報提供の見返りは何でしょうか?」
その言葉に、三島特務大尉は小さく息を吐き出していう。
「とある人物の保護と第三国への亡命です」
「その人物の名前は?」
その問いに三島特務大尉はゆっくりと名前をいう。
「公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィッチ・フョードル上級大将とその関係者です」
あまりにも予想外の名前に、目を見開いたままアデリナの動きが止まり、ゴリツィン大佐は思わず立ち上がりかける。
沈黙が辺りを支配する。
だが、我に返ったのかゴリツィン大佐は慌てて座って記録を取り始め、アデリナもなんとか平静を装う。
だが、それでも動揺は隠せないでいた。
実質、敵国である公国のナンバー2の保護と亡命を手助けしろと言われれば、動揺するなという事の方がおかしいといえた。
だが、そんな中、二人は思考をフルに働かせる。
三島特務大尉の様子から、戯言とは思えない。
ならば、それが真実ならば、なぜそんな事態になっいるのか。
そう思考したのである。
そしてアデリナが絞り出すように言う。
「ノンナに何かあったのね」
実際、ビルスキーア長官のノンナに対しての忠誠心の高さは帝国も知っており、そんな人物が保護と亡命を求めるという事態は普通ならあり得ないと判ったからである。
「はい。それが提供したい情報です」
三島特務大尉の口調は淡々としたものだ。
そこに感情は入っていない冷静な口調であった。
それが益々真実味を醸し出す。
「いいわ。約束しましょう。だから……」
そこでアデリナの言葉が一瞬途切れる。
躊躇われる。
そんな感じだ
個人的な感情を押しとどめようとしているかのようだったが、だが、それでも言うしかない。
「全てを話してちょうだい」
そして三島特務大尉は全てを話した。
ノンナが死亡した事。
そしてその遺言の為にビルスキーア長官が動いている事。
そして、公国を帝国へ譲渡しようとしている事。
全てが予想外の出来事であり、アデリナにとっては信じられない事ばかりであった。
だが、この話を聞き、納得してしまう。
今の動きのない公国の状態の理由に。
沈黙と言う戸張が降り立つ。
すでに食後の紅茶は冷めきっていた。
そんな中、ゴリツィン大佐が口を開く。
「なるほど……。全てつじつまが合う」
それはアデリナも同じであった。
だが、それでも信じたくない気持ちが強いのだろう。
「だが、にわかには信じられない」
アデリナの口から出てきたのはそんな言葉だった。
「しかし、事実です」
きっぱりとそう言い切る三島特務大尉。
そして言葉を続ける。
「恐らく一週間もしないうちに公国が会談を申し込んでくるでしょう。それがこの話し合いの為のものです」
その言葉に動揺するアデリナ。
そこには今までのような揺ぎ無く凛とした帝国皇帝の姿はない。
ただ。信じられない事実を知り、動揺し、混乱したただの女性がいるだけであった。
資料で知ってはいた。
二人の関係を。
だが、目の前の様子はそれ以上なのだと判断させるのに十分であった。
それほどまでにアデリナとノンナの関係は深かったのか。
そう思いつつ、三島特務大尉は黙ってその様子を見ている。
今何を言ってもロクな結果にならない。
そう判断して。
どれほど時間が経ったのだろうか。
やっと落ち着いたのだろう。
アデリナは何度か深呼吸をして微笑む。
その微笑みは、皇帝としての微笑みではなく、友人を失った喪失感に震える女性の微笑みだった。
確かに敵対してはいたが、アデリナにとってノンナは友であり、越えなければならない壁であった。
だが、それを乗り越える前に壁は崩れ落ちた。
そのショックはかなりのものだっただろう。
だが、それでもアデリナは何とか立ち直ろうとしていた。
「わかった。ただ急なことで少し時間をいただきたい。よろしいか?」
その言葉に、三島特務大尉は頷く。
「わかりました」
「また明日夕食会で会おう。勿論、反故にするつもりはないが、その時にはっきりと返事をする」
「はい。ではまた明日に」
そう言葉を返しつつ三島特務大尉は思う。
アデリナという人物は精神的に強い人物であり、指導者の素質があると。
そして、そんな人物が率いているのだ。
帝国は間もなく復活するだろうと。
こうして、非公式の帝国とフソウ連合の夕食会は終了する。
そして翌日の夕食会で、三島特務大尉は予想しない相手と再会する事となるのである。




