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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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リミットハータ海運商会会議室にて

「まさかこんなところで貴方と会う事になるとは思いもしませんでしたわ」

リミットハータ海運商会の会議室で挨拶が済んで双方が席に着いた後、ミランダは皮肉交じりにそう言った。

その言葉に、アリシアは苦笑するしかない。

実際、大きな商談を権力を使って横やりで潰したのだ。

恨まれていても仕方ないと思っている。

だが、会う度にそれを言われるのも心外だな。

そんな事を思いつつ「そう言わないで。あれは貴方たちにしか頼めない依頼だったの」と言っておく。

実際、他の選択肢はないと言ってもいいだろう。

熟練した軍並みに、いやそれ以上に腕がたち、使う艦船も軍のものよりも数段上の性能を持つ。

まさにアリシアにとって彼らは特別な存在なのだ。

それをもっとわかって欲しいと思うものの、彼らは彼らの理由で従っているのだ。

恩を売って飼いならすしかない。

今回の件でうまく彼女らに恩を売れればと思っている。

そして、反発される可能性があるという事も考慮し、彼女自身が今回動いたのである。

「そう身構えないで欲しいわ」

まずそう言うとアリシアは出された紅茶に口を付ける。

「あら、これ……」

「ええ。フソウ連合の紅茶です。リットミン商会が扱っている」

少し苦笑交じりの表情でミランダは言う。

彼女にとっては、フソウ連合というのは、もっとも煮え湯を飲ませられた相手であり、今の旦那と出会えた機会を与えてくれた相手である。

そして、その複雑な気持ちになる国の紅茶を愛飲しているという状況。

我ながらおかしなものよね。

そんな感情が見え隠れする表情で、報告書から共和国に亡命する彼女の大まかな動きはわかっていたから、その表情の示す感情をアリシアは薄々感じていた。

しばしの沈黙。

その雰囲気に空気を換えようと思ったのか同席しているミランダの夫、雑草号の船長であるトールが口を開いた。

「それで、アリシア様が直接こちらに来られたのです。また何かあったのでしょうか?」

この男は、亡命や新しい共和国の戸籍、それに最新式の雑草号譲渡や会社の件などアリシアに大変な恩義を感じていた。

彼はどちらかと言うと荒々しい印象を与える豪快な見た目に反して律儀で紳士だった。

その気遣いにアリシアは内心感謝しつつ微笑んで口を開く。

「ええ。今回は貴方たちに依頼をお願いしにきました」

その依頼という言葉に、ミランダの眉がピクリと動く。

その反応に内心クスリと笑ってからアリシアは言葉を続ける。

「今回の依頼内容は、あるものを輸送してほしいの。それも大至急ね」

「大至急となるといくらか割り増しは頂くことになりますが……」

トールがそう言うと、それを待っていたとばかりにアリシアが即答する。

「依頼料は、相場の四倍出すわ」

その言葉に、ミランダもトールも驚きの表情になった。

四倍という言葉には、その運ぶものがとてつもないヤバいもの、或いは行き先がやばいという事を十分匂わせるものであった。

「四倍ですか……」

ミランダがそう呟くとアリシアは頷く。

じっとアリシアを睨むように見た後、ミランダはため息を吐き出すと仕方ないという表情になった。

「それで、何を考えているんです?」

「いや、私としてはこっちを優先するという条件だったとはいえ貴方たちの商談を潰したんだもの。少しは美味しい話を……」

アリシアが申し訳なさそうにそう言う言葉をミランダは否定する。

「嘘ですよね」

「嘘だなんて……」

「まぁ、そう言う気持ちが全くないとは言いませんよ。でもただ急いで運ぶだけでそんな報酬は異常です。それに、アリシア、貴方はそんな人ではないでしょう?」

その言葉に、アリシアは思う。

以前に比べて実に頼もしい。

亡命してきた当初に比べはるかに。

これならば、帝国で何かあっても問題ない。

そう判断したアリシアは悪戯がバレた子供の様に笑った。

「いい反応です、ミランダ」

「そういう引っ掛けは嫌いです」

「だけど、以前の貴方にはできなかった事よね」

そう言われてミランダは不貞腐れるような表情になった。

実に人間的だ。

全てが思い通りに出来る自信満々の表情だった魔女はもういない。

そう、より実感して。

「試されたと?」

「まぁ、それもあるけど……」

「では遊ばれたと?」

その返答にアリシアはますます笑った。

ますます人間味が増したなぁと思って。

そんなアリシアに、ミランダは益々不貞腐れた表情になったがため息を吐き出すと口を開いた。

「で、内容は?」

「ある荷物を持って帝国に行って欲しいの」

だが、そのアリシアの言葉にミランダが答える前にトールが即答する。

「却下だ!!」

その強い意志を感じさせる言葉にアリシアもミランダも驚く。

そんな二人を尻目に、トールは言葉を続ける。

「どんな魅惑的な報酬を約束されようが、どんな権利を酷使されようが、圧力をかけられようがそれは出来ない」

その言葉はまるで何もかもかなぐり捨てるかのような必死さがあった。

最初はなぜと思ったものの、二人はその理由に気が付いた。

彼は自分の妻であるミランダの事を思って言い切ったのだ。

それは、彼のミランダへの愛がどれほど大きいかを示しているかのようであった。

そんな態度を示すトールを見てアリシアは少しうらやましいとさえ感じた。

ここまで自分の事を考えて動いてくれる異性は自分にはいないと。

確かに忠誠心厚い部下はいるし、組織もある。

協力的な議員や軍人もいる。

だが、ここまで愛してくれる男性はいないだろう。

羨ましい事ね。

そんな思考を頭の奥に押し込めるとアリシアは真剣な表情になった。

「それでもやって欲しいと言ったら?」

その言葉に、トールの表情が益々硬くなった。

そんな夫を頼もしげに見ていたミランダたったが、視線をトールからアリシアに移して口を開く。

「貴方が真剣で、かなり重要な依頼なのはわかったわ。でも最初に約束したわよね?私達にも選択する権利があるって」

「ええ。言ったわ。でも今回はそれを撤回してほしい」

その言葉とアリシアの態度に、ミランダは聞き返す。

「なんで私たちなの?」

「最速でより確実に帝国に行けるのは貴方たちだけだからね」

そう言われ、ミランダとトールは確かにと納得する。

帝国に向かう航路には潜水艦が出現するのだ。

何も知らない鈍足な輸送船では、いい餌食になるのは目に見えていた。

「なら、軍を動かせば……」

トールがそう言いかけたが、それが出来ない理由を思い出す。

アリシアは共和国の政権を握っているが、軍部を完全に掌握しているわけではない。

彼女の軍への発言力は、それほど強くないのだ。

そして、彼女の息のかかった部隊は輸送船団の護衛に駆り出されている。

確かに他に選択はねぇな。

トールは仕方ねぇという表情になったものの、だからと言って受ける気になったわけではないのは表情から見て取れた。

「なんでそこまで……」

思わずといった感じで、そんな中、ミランダがそう聞く。

彼女にしてみれば、今の共和国は連盟の航路封鎖にあって起こった混乱をやっと何とか落ち着かせて持ち直しかけている状況なのである。

そんな中、帝国にわざわざちょっかいを出す余裕はないはずだ。

なのに、ここまで頑なにやろうとしている。

その理由が知りたい。

そう思ったのである。

その言葉に、アリシアは他言無用よと前置きを言うと言葉を続けた。

「帝国南部でラゼンカ風邪が発生したわ」

その言葉に二人は息をのむ。

だが、二人はそれに直接関わったわけではないし、かかったわけでもない。

しかし、ラゼンカ風邪の話は二人ともよく聞いているし、亡命した際にワクチン接種もした。

間接的にかかわり、共和国の人々がこの病をどれだけ恐れ、そして実際に広がったらどれだけ恐ろしいかを知っていたのである。

だからこそ黙り込む。

そんな二人を追い込むかのようにアリシアは言う。

「まだ一部の地域のみらしくて拡大を押さえている状況だが、それも長く持たない。間違いなく、このままだと帝国はかっての共和国の二の舞になるだろうな。だから、そうならない為に帝国にワクチンと薬を送って欲しいのよ」

その言葉はまるで振り落とされるのを持つギロチンの刃のように二人の心に決断を迫る。

そんな中、ミランダが聞く。

「依頼主はだれ?」

いくらラゼンカ風邪とは言え、まさかアリシア自ら動いてという事はありえない。

なら誰が言ったのか。

その言葉にアリシアは答える。

「帝国のアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチ皇帝陛下よ」

「ふーん。あの女か……」

ミランダの表情が険しいものになる。

そのまま、まるで時間が止まったようにその場に動きはなくなった。

まるで数時間のそんな時があったかのような錯覚さえ感じるが、実際は数分もない時間。

重々しく誰もが発言を躊躇する雰囲気。

だが、そんな雰囲気を否定するかのようにミランダがぼそりと聞く。

「で、見返りは?帝国はどんな条件を出して、共和国はどんな見返りを得るというの?」

これにより、帝国がこの件に関しての本気度がわかる。

そう思ったのだろう。

だが、その言葉にアリシアはニタリと笑った。

「帝国の出す予定だった条件なんて知らないわ。だって、聞かなかったもの」

その予想外の言葉に、ミランダもトールも唖然とする。

「それってどういう意味です?」

トールが唖然とした表情まま聞くその言葉に、アリシアは実に楽しくて仕方ないといった表情で言い切った。

「条件を言う前に無償で提供するって返事しちゃったからね」

沈黙が辺りを支配し、そしてミランダもトールも笑いだした。

余りにも予想外過ぎる答えに笑うしかなかったのである。

そしてそんな二人にアリシアは少しまじめそうな顔で言う。

「まぁ、敢えて言うなら、帝国に大きな借りをさせたといったところかしら。後は国際的な立場の強化とか。そんな感じ?」

それがアリシアの狙いだったとしても、二人は笑った。

二人にとって亡命したとはいえ、帝国は祖国だった。

だからこそ、余計なのかもしれない。

ほっとした瞬間、思わず笑ってしまう事はよくある事なのだ。

そして一頻り笑った後、ミランダは言う。

「いいわ。その依頼を受けるわ」

血で濡れたこの手で人が救えるなら。

そんな思いもあったのだろう。

笑い終えると少し寂し気な表情をしつつミランダはそう決断したのであった。




アリシアの決断はすぐに帝国に伝えられた。

「陛下、朗報でごさいます。共和国がワクチンと薬の提供を承認し、すぐにでもこちらに送るとのことです」

その報告にアデリナは満足そうに頷き聞き返す。

「それでどんな条件を出された?」

そう聞かれ、報告者は困ったような表情になる。

その表情から、とんでもない条件かと身構えたアデリナだったが、すぐにそれは杞憂だと知る。

「そ、それが……無償でよいと……」

「無償だと?」

「はい。使用期限が迫っているものが中心になるが、全て無償で提供すると」

その報告に黙り込むアデリナに何を思ったのか部下の一人が口を開く。

「使用期限が迫っているものだと?連中は、我々を何だと思っているのだっ」

だが、その言葉を副官のゴリツィン大佐がたしなめる。

「使用期限が迫っているとはいえ、使えることに変わりはないと思うのだが……」

その言葉にアデリナはクスクスと笑った。

「副官の言う通りだ。無償で提供してくれるのだ。ありがたくいただこうではないか」

そう言った後、荷物が届き次第対応できるような準備を進める様に命令を下す。

だが、そう言った指示を出しつつアデリナは心の中で舌打ちをした。

まさかこう来るとは……。

代価を払うつもりであったし、その準備もしていた。

しかし、それを見透かし、最大限に利用された。

そう感じたのである。

共和国のアリシアとかいったか。

どうも中々の女狐らしいわね。

これはとてつもなく大きな借りになったわ。

そう思考をまとめると心の中でため息を吐き出す。

この世界でも言うのだ。

無料(タダ)より怖いものはない』と。

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