三者それぞれの動き その1
ハロエ・アイローワ号の一室。
一行が着いたのはついさっきである。
そして、保護対象者は別室で休んでもらっており、ここには川見大佐と三島特務大尉の二人だけだ。
さっきまで気が張っていたのだろう。
「ここまでくれば一安心ですね」
三島特務大尉がほっとした表情を見せる。
実際、この後は後数時間で終わる荷物の積み込み終了で、船は出港する。
そして、沖合で待機する島風へと移る予定だ。
島風に移った後は、保護対象者をフソウ連合の補給施設へ送ればまず安心である。
だから、まずは第一段階が終わって少しではあるが肩の荷が下りたという感じなのだろう。
だが、すぐに表情を引き締める。
そんな三島特務大尉の様子を見つつ川見大佐は短く返事を返した。
「ああ」
そして、少し考えこむ素振りを見せて川見大佐は聞き返す。
「お客さんの様子はどうだ?」
その言葉に「ええ、問題ない」と言いかけて視線を彼に向けると三島特務大尉は彼が聞きたいことに気が付いた。
多分、ほとんどの者が気が付かないであろう。
微妙な違いと言ったらいいだろうか。
彼女はわかったのだ。
だから問いの答えに言い換える。
「彼女として、彼と一緒に暮らしたいという事だったわ」
「だろうな」
彼女の態度からそれを薄々感じていたのだろう。
川見大佐は短くそう言うと黙り込んだ。
何やら考え込んでいる様子だ。
そして、口を開く。
「君はどうした方がいいと思う?」
まさかの質問に、三島特務大尉は驚いた顔になった。
まさかそう聞かれるとは思っていなかったのだ。
基本、彼は人にあまり意見を求めない。
だから、からかわれているのか?と一瞬思ったが、彼はそう言った事でからかってくることは絶対にない。
ならば真剣に悩んでいるのだろう。
恐らく、彼一人ならば間違いなく全てを一人で決め、一人で責任を負うだろう。
しかし、今は私がいる。
一人ではない以上、上司である彼は私の責任も肩代わりしなければならない。
そして、事によっては責任は私にも及ぶ。
だから慎重なのだ。
それに、私の存在を認めているという事の証でもあった。
嬉しい反面、彼の信頼を裏切る行為をしてはならない。
そう心に誓う。
だからこそ思った事を口にした。
「どうせやるなら徹底的にしませんか?」
私はさらっと言い切った。
その言葉に、川見大佐は少し困ったような顔をする。
まさかそう言われるとは思ってみなかったのだ。
だから、三島特務大尉はにこやかに微笑みつつ言葉を続けた。
「だって、その方が悔いが残らないでしょう?」
要はすでに余計なことをやってるのだから、徹底的に貴方がやりたいようにやればいい。
そう後押ししているのだ。
その言葉に、川見大佐は困ったなという表情をして頭を掻く。
だが、その言葉で吹っ切れたのだろう。
すぐにいつもの表情に戻ると三島特務大尉を真正面に見ながら口を開く。
「実は、こういう事を考えているのだが……」
そう言って話した内容に、三島特務大尉は呆れ返っていた。
「まさか、そんな事やるの?」
「ああ。恐らくフソウ連合への亡命は彼は認めないと思っている。それに彼の性格なら、帝国に鞍替えする事もないと考えているんだ」
その言葉に、三島特務大尉も納得する。
彼女もそう感じていのだ。
しかし、それとこれとは話は別だ。
だから、思わず聞き返す。
「それ本当に私がするの?」
「ああ、やって欲しい。君ならできると思っている」
その言葉に、三島特務大尉はため息を吐き出した。
だが、そこまで信頼してくれているのだという事だ。
無下に断れない。
それに、私としてもあの二人には幸せになって欲しい。
そんな思いも強かった。
だから、頷く。
「わかったわ。でもうまくいくとは限らないわよ」
「ああ。その時は仕方ないさ。だが、君も言ったろう?」
そしてニタリと笑って言葉を続ける。
「『どうせなら徹底的にやろう』ってさ」
その言葉に、三島特務大尉は苦笑する。
そう来たかと。
そして、さっきよりも大きく頷く。
「いいわ。やってやろうじゃないの。皇帝なんて怖くないんだから」
その言葉に、今度は川見大佐が苦笑する。
「別に戦いに行くわけではないんだから……」
「似たようなものでしょ?だから心構えはしっかりしないとね」
その言葉に、益々川見大佐は苦笑する。
だが、そんな彼女を嬉しそうに見る目はまるで笑っているかのように細められていたのであった。
「なぜあのような提案を受けられたのですか!!」
そう言ってビルスキーア長官に詰め寄ったのは、主港近海の海域警備を任せられている第三警備隊のリベッハ・ナカミ中佐である。
外部の人間、それも別国の人間に入られるのが心底嫌だという感じだ。
元々こういう外部に干渉されるのを嫌うという感じの気質ではあったが、まさかここまでとはな。
そんな事を思いつつ、隣で同じようにフソウ連合の関係者が警護に参加という話を聞いていた長官の警護を担当するハチランム・リベクド少佐は心の中でため息を吐き出した。
恐らくここまで言われるとは思ってもみなかったのだろう。
ビルスキーア長官も驚いている感じだ。
下手な上官なら更迭されてもおかしくない。
しかし、ビルスキーア長官はそういう事はなさらないから余計になのかもしれないな。
だからといって、勝手にあいつが沈んでいくのはいいが、巻き込まれるのはごめんだ。
それに長官も困っておられる。
そう判断し、横から口を挟む。
「もうそこまででいいのではありませんか?」
その言葉に、ナカミ中佐は視線をビルスキーア長官からリベクド少佐に向ける。
その目は血走っており、鬼気迫るものがあった。
おいおい。なんでそこまで……。
だが、そう思ったものの、それを突っ込む前にナカミ中佐が口を開く。
「貴官も外部の人間に茶々をいれられるのだぞ。面白くはないだろうが。それも敵国の人間にだぞ」
その言葉に、リベクド少佐は直ぐに修正をいれる。
「中佐、敵国ではありません。今のフソウ連合は公国の支援国です。中佐もわかっておいででしょう。今や軍の使用する弾薬関係の六割以上がフソウ連合からのものだと」
もちろん、弾薬だけではない。医薬品なども含め、多くのものがフソウ連合からの支援で何とか賄われているという現状を。
勿論、対価は払っている。
しかし、それでも敵国呼ばわりはさすがに不味いと思ったのだ。
こういった事は態度にすぐ出るし、フソウ連合の関係者が知れば即トラブルとなるだろう。
だからこそ指摘したのである。
だが、頭に血が上っていたのか、ナカミ中佐は言い切った。
「今はフソウ連合ではない。リットミン商会がやってくれているではないか。なのにフソウ連合の顔色を窺えと言うのかっ」
心底嫌そうな顔をするナカミ中佐。
だが、それでも言っておかなければならない。
そう感じたのだろう。
ビルスキーア長官が口を開く。
「中佐は勘違いをしているな。リットミン商会は、あくまでもフソウ連合の代理として動いているのだ。この意味がわかるな?」
その言葉に、ナカミ中佐は押し黙る。
悔しそうに。
そしてリベクド少佐が慰める様に言う。
「確かに歯がゆい事だが、すでに暗殺未遂が二件も実行されている。恐らく発覚していない、或いは実行されていない分を考えればかなり危険な状態だと言える。だからその事を考えれば、今回の件は、マイナスではなくプラスになるのではないか?」
「それはどういう事でしょうか?」
「要は、フソウ連合の警護、警備技術を知るチャンスではないか。それに我々では気が付かない事も第三者からだとわかるかもしれんという事だ」
その言葉には説得力があったのだろう。
ナカミ中佐は渋々と言った感じで敬礼する。
「了解しました」
そう言うと早々と退室していった。
その様子から、不満があり、納得していないという事がわかる。
退室していった後、ビルスキーア長官はため息を吐き出す。
何としてもノンナ様の希望をかなえるためだとは言え、また問題が増えたかという事で……。
「なんだと?!フソウ連合のやつらが公国の警護に参加するだと?」
片方の眉を吊り上げつつヤルザナ・ランドマカ・ゲブランドは聞き返す。
その問いに、報告者は慌てて答える。
「はい。それもターゲットの警護だそうです」
その言葉に、益々片眉が吊り上がり、顔が不機嫌なのか、機嫌がいいのかますますわからなくなる。
そのあまりの様子に報告者は怯えるが、そんな事は関係ないとばかりにヤルザナは口を開いた。
「ほほう。あのなんとかっていう長官のか?」
「はい」
「間違いないんだな?」
「ええ。間違いありません。内通者からの報告です。残念ながら覆せなかったと」
その返事に、遂にヤルザナの感情が爆発した。
声高らかに笑い出したのだ。
それはまさに溜まっていたものが爆発したかのようだった。
「そうか、そうかっ。そうなったかっ」
その笑い声に圧倒され、報告者は言葉を失ったが、すぐに慌てて言う。
「しかし、内通者もかなり力を尽くしたとのことです。それでも無理だったと……。それに今までかなりの情報を送ってきた貴重な駒です。ここで殺すのは……」
どうやら失敗したことで内通者が消されると思ったらしい。
だが、その言葉に、益々ヤルザナは楽しげに笑った。
「なんだ、そいつを潰すとでも思ったのか?」
そう聞かれて報告者は驚く。
てっきりそうだと思ってしまったのだ。
「では、警護にフソウ連合の関係者が関わるというのは……」
「ああ、そりゃ構わん。いや、そっちの方がありがたいといったところだぞ。まさか警護に参加する事を妨害できなくてとか思ったのか?」
笑いが止まり、そう聞いてくるヤルザナ。
さっきまでの雰囲気が一気に冷たいものに変った。
まるで氷の中に閉じ込められたかのように。
思わずぶるりと身体を震わせて報告者が言う。
「は、はい」
「そうか。そうか。それでまだそいつは諦めてないのか?」
「はい。まだ出来る事はあるはずだから、何とか手を打つと……」
そう言い終わらないうちに報告者は言葉が止まる。
一瞬の間にヤルザナが距離を詰めて報告者の胸倉をつかんでいたからだ。
「なんだと?邪魔するってか?」
「は、はいっ。少しでも仕事をしやすくするためにと……」
締め付けられる為か、息も絶え絶えそういう報告者。
彼は今、死の淵に立たされていると感じていた。
冷たい汗があふれ出し、身体が震える。
それは巨大な肉食獣の前で怯える小動物のようだ。
「仕事をしやすくするためだと?何様だそいつは。仕事がしにくいか、しやすいかは俺が確認する事だ。それを偉そうに言いやがって」
ギリギリと首が閉め連れられていく。
このままでは死ぬ。
報告者は必死になって言葉を発する。
「い、いえっ。あ、あくまでも……ヤルザナ様の事を思って……。仕事の……手助けを……」
その言葉をヤルザナは鼻で笑う。
「おいおい、そいつは俺様を馬鹿にしてるのか?情報を手にしながら暗殺に何回も失敗する間抜けと同レベルとな」
吐き捨てるようにそう言うと報告者の胸倉から手を放す。
報告者が何度もせき込み、その場に膝をつく。
そんな報告者の様子をつまらなそうに見た後、ヤルザナはニタリと笑った。
残酷な笑みを。
そして呟く。
「そんな馬鹿野郎は罰を与えないとな」
そして報告者に告げる。
「これ以上余計なことはするなと伝えな」
「は、はいっ……」
慌てて立ち上がると報告者はそう返事を返す。
「行っていいぞ」
そう言われて報告者は「はっ」と返事を返して退室しようと方向を変えた。
そしてドアに手を伸ばした時、ヤルザナの独り言が耳に入る。
「まぁ、殺しちまえばいいか……」
報告者はその独り言を聞かなかった事にして退室した。
誰がと聞く必要はない。
そして、ドアを閉めるとため息を吐き出した。
生き延びたという安堵と、殺されるであろう人物の命運が尽きたという事を思いつつ。
残念だ。優秀な駒だったのに。
しかし、そうなると新しい駒を探さねばならないか。
だが、あの人物のように使える駒はいるだろうか。
勿体ない。
そんな思いが込み上げてくる。
だが、自分の命を懸けてまで言うつもりはない。
そこまで肩入れしていないし、死にたくないからだ。
残念だ、ここまでの付き合いだ、中佐。
報告者はそう思考しつつ歩き出す。
別に悲しい事ではない。
彼らの組織ではよくある事だ。
それに彼も死ねて本望かもしれない。
なぜなら、我々は神に身を捧げたのだから。
報告者はそう結論を出す。
自分が殺されそうになって死を恐れたという事を頭の隅に押しやって。




