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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四章 帝国の胎動と現状

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王国首都ローデンにて… その3

「ああっ、くそったれがっ」

アッシュは怒りを露にしながらあてがわれた事務用の部屋に戻ってきた。

その部屋には、俗に言うアッシュ派の仲間達が何人か座り込んで話しこんでいる。

そして、アッシュの入室と同時に発した言葉に苦虫を潰したような顔をそれぞれした。

「また却下されたんですか?」

仲間の一人、後方補給部に所属するカッシュ・アルキムス中尉がそう声をかける。

もうあの宣言から、実に五日が過ぎようとしていた。

「ああ。よく知らない、それも敵国になぜそこまで譲渡して友好を結ばねばならないのかって散々言われたよ」

「資料は出されたんですよね?」

「ああ。出したさ。王は結構乗り気みたいに見えたんだが、貴族院のやつらがな…」

アッシュはそこまで言った後、舌打ちをして言葉を続ける。

「負けたことで過大評価されているのではないですかな?とか皮肉たっぷりに言いやがった」

「うわー…。それは…」

「確かに、負けたさ。だがな、負けたことで見えるものがあるんだよ。それにな、本当の負けは、諦めたときに初めて負けたって言うんだよ。以前の私みたいにな…」

そう吠えるように言うと、アッシュは自分の紅茶カップに紅茶を用意する。

サダミチが贈ってくれたやつだ。

紅茶の香りが部屋の中に広がる。

「相変わらずの紅茶好きですね」

「本当なら、もっと気持ちよく味わいたいんだがな…」

そう言って苦笑しつつも、怒りに満ちていた表情が柔らかなものに変わっていく。

カッシュ中尉はその様子をじっと見たあと、気になって聞いてみることにした。

「それって向こうの友人に贈られた物ですよね?」

「カップもだが、茶葉もだぞ。シンプルだが実に飲みやすくてな。どうだ少し飲んでみるか?」

興味があったのだろう。

カッシュ中尉がカップを用意し始めると、興味心身で見ていた連中も「俺も、俺も」と声を上げる。

結局、その部屋にいた六人全員が紅茶を飲む事になった。

「思ったよりあっさりですね…」

「うむ。そうだな…。だがなんというか…」

「そうだな…。自己主張はそれほど強くないような感じを受けるが、それでも口の中に広がるこの味と香りは紅茶だと主張しているという感じか…」

「しかし、すーっと飲めるな…。まるで水のように…」

「確かに。これなら紅茶が苦手な人もいけるんじゃないか?」

「ああ。すごく上品な味わいだな。これを飲んだ後は、その辺の高級茶葉はなんかは自己主張が強すぎるように感じるだろうな…」

それぞれの意見を楽しそうに聞いていたアッシュはさっきと違い笑いつつ紅茶を口に運ぶ。

そうそう。この香りと自己主張しすぎない控えめだがきちんと紅茶だと訴える味わい。

これがいいんだよ。

こっちに戻ってきてから、もうすっかりこの茶葉の魅力に取り付かれてしまっている。

そういえば、茶葉もだいぶ少なくなってきたな。

ぜひとも交渉を実施し、またサダミチに会わなくては…。

そういう考えが浮かんで、思わずアッシュは一人苦笑する。

がんばる理由が一つ増えたぞと…。

そうやって、即席のお茶会を楽しんでいた時、ドアが激しくノックされる。

「な、何だ?」

皆が慌てる中、アッシュはドアに向って言う。

「開いてるよ。入ってきたまえ…」

その言葉と同時にドアが荒々しく開けられると、その先にいたのは汗をかいて荒々しい息をしているミッキーだった。

「どうしたんだ?ミッキー」

アッシュがそう声をかけると、ミッキーは息を整える事もせずに部屋に入るとドアを閉めた。

そして、一枚の報告書をアッシュに渡しつつ怒鳴るような言う。

「帝国の東方艦隊がフソウ連合に破れたぞ!!」

その言葉の意味がすぐにわからなかったのだろう。

カッシュ中尉を始め、部屋にいるものは呆然とした表情のままだ。

だが、一人だけニタリと笑う人物がいた。

アッシュである。

彼は当たり前だという口調で言葉を返す。

「あの国なら、当たり前の結果だろうな…」

そして、その場にいる全員を見渡して言い切る。

「だからこそ、三割の戦力を失い、帝国に対して圧倒的な不利な状況の今こそ同盟を結ばなければならないんだ」

そしてその言葉に、その場にいた全員が頷いたのだった。


お茶会が終わると再度アッシュはフソウ連合との同盟交渉を王に提案した。

貴族院の連中にはまたかという顔をされたが、さっき来たときのような見下すような視線も文句もない。

それはそうだろう。

彼らにもフソウ連合が、帝国東方艦隊と戦い、勝利したという情報は聞いているはずだ。

その事実が、一気に形勢を逆転させていた。

「ふむ。そのフソウ連合と言う国、貴公が言うような力を持っていると思ってもよいようだのう…」

やっと王がアッシュの提案を認めるような発言をする。

それは大きな前進だった。

今まで王は好意的な態度は示していたが、発言に関しては言葉を濁し続けていたのだ。

しかし、その言葉を遮るように発言するものがいた。

宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵である。

年は七十をすでに越えて白髪ではあるが、背筋はピーンとしており、その鋭い目と鷲鼻から『鷹の目エド』と言われ、その知識量の多さと政治手腕で今の王国の土台を支えているといってもいい人物の一人だ。

「確かに、提案を再度議論する必要性はありますな。しかし、この提案をそのままいきなり認可は出来ませぬ」

もしかしたらもう少しで許可が下りたかもしれないと感じていただけに、少しムッとした顔でアッシュは聞き返す。

「ではどうしろと?」

「まずは、使節を派遣しましょう。それで実際にきちんとした情報を手に入れるべきです」

その言葉に、今まで黙っていた貴族院の貴族達が無責任に騒ぎ出した。

「そうだ、そうだっ」

「宰相殿の言うとおりだ」

好き勝手な事を言い始めて会議場はあっという間に騒がしくなる。

しかし、そのざわつきも「静かにせんかっ!」という大声で一気に沈黙した。

声を発した相手のほうに全員の視線が集まる。

海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿。

軍のトップであり、全海軍を掌握する最高責任者である。

年は今年で五十八になる筋力隆々の偉丈夫で、左目を失い眼帯をしており、ぼさぼさに伸びた黒髪と髭から『海賊メイソン』と恐れられている。

その武勇伝は数知れず、若い頃は小型艦とはいえ敵艦に乗り込み、数名で占拠したという話もあるほどだ。

「無責任にものを言うな、馬鹿どもがっ」

メイソン卿はそう言ってぎろりと周りを見回すと貴族院の野次を飛ばしていたほとんどのものが肩をすくめている。

貴族の爵位とか関係なく、それほどにおっかない相手なのだ、彼は…。

そして、完全に静かになったところでメイソン卿はアッシュの方に視線を向けた。

その視線は鋭い。

まるで猛獣に狙われているような錯覚を感じさせる。

「王子よ、わしは今までずっと黙ってみていた。なぜだと思うかね?」

「いや、わかりません…」

「いやな、以前はここまでしつこく提案する事もなく、死んだ魚のような目をしていた王子が、何ゆえ人が変わったかのように何度も提案するのか興味が沸いたからだ。そして、先ほどの報告だ…」

メイソン卿はぐっと身体を乗り出して、殺すのではないかと思えるほどに鋭い視線をアッシュに向け続けた。

それを受け止めるだけで背筋が振るえ、背中に冷たい汗が流れる。

しかし、逃げるわけにはいかない。

アッシュは自分自身に活を入れ睨み返す。

しばらくの沈黙が辺りを包み、そして唐突にメイソン卿は笑い出した。

「いいぞ、いいぞ。実にいい面構えになっておる」

そう呟くように言うと、視線を王に向けた。

「王よ、ここは彼の提案を受け入れてもいいのではないかと思うがな…」

そう言って、今度は宰相に視線を向ける。

「エドよ、ここはある程度の譲歩は必要だと思うぞ、わしは…」

それらの言葉に、王は少し苦笑いをし、宰相は渋い顔をした。

「どうだ、エドよ。サミーもこういっていることだし…」

「王よ、今は大事な会議であり、国の命運がかかっているのです。昔とは違いますぞ」

するとメイソン卿ががはははと豪快に笑う。

「なあに、昔も今も変わらないさ。確かに抱えているものは大きく、重くなったがそれで潰れてしまうような柄じゃなかろうが」

「お前は本当に能天気すぎる。大体だ、お前が軍部の手綱をしっかり握っていれば問題なかったのだぞ」

「うるせぇな。言ったはずだろうがっ。視察の為に本国を離れる間、軍は任せたと…」

「いきなりそんな事を言われても、こっちは忙しいんだ」

「わしだって忙しいんだよ。自分ばかり急がしいとか自己主張するなっ」

そこには、もう宰相とか、軍務大臣とかの肩書きは関係ない。

もう完全に仲のいい友人達が些細な事で口喧嘩をしている。

まさにそんな風になりつつあった。

最初こそは懐かしそうに目を細めてみていた国王だったが、どうも終わりそうにないと判断したのだろう。

「おいおい。そろそろやめないか」と声をかける。

決して大きな声ではなかったが、王の言葉に我に返ったのか二人は慌てて口を閉じる。

そして、その様子を満足そうに見た後、王は宣言した。

「内容の一部変更はあるが、我、ウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークの名によって命ずる。アーリッシュ・サウス・ゴバークよ、海軍大臣や宰相と細かな部分の打ち合わせを行い、フソウ連合との同盟締結を推し進めよ。いいな、これは勅命である」

その言葉が部屋に響き渡り、その場にいた全員が国王に最敬礼をする。

今、方針は決まった。

そう、決定されたのだ。

そしてそんな中、アッシュは大きな達成感に満たされていたが、ぐっと自分を抑える。

まだだ、まだ始まったばかりなのだと自分に言い聞かせて…。

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