参戦 その2
王国との会合は直ぐに決まり、その海域に向けて一隻の輸送船が進んでいる。
その大きさはかなりのもので、大型に分類されるだろう。
形状もよく見かけるやつではなく、輸送船と分かるものの独自の形と言ってもいいほど癖がある。
その船の名は『雑草号』。
そしてその船の船橋にはアリシアの姿があった。
その表情は真剣だ。
なんで会合場所をあの海域に指定したのか……。
そんな疑問が頭を離れないのだ。
会合に指定された海域は、ここ最近、原因不明の沈没事件が多発している場所に近いのである。
また、当初は軍を動かす気でいたが、確認させると原因不明の沈没事件の為、艦艇の多くは船団の護衛や警戒に駆り出されている為に急な無理を通すのは難しく、軍とのパイプが細いアリシアとしては無茶は言えなかったのである。
そうなってくると残りの選択肢は多くない。
下手したら沈められる恐れすらあるのだ。
ならはもっとも信頼出来、腕のいい連中に頼むしかない。
その結果が、雑草号への緊急依頼という形であった。
そして、前方を見据えつつ考える。
絶対に何か魂胆があるって事よね、これは……。
でなきゃ、こんな条件は出さないだろうし。
嫌な予感しかしないわ、本当に……。
そんな事を考えつつ立っている姿は、動きがないためまるで人形のようである。
その横にはミランダの姿があるが、彼女はそんなアリシアの様子を見てため息を吐き出すと、不貞腐れた様子でジーっとアリシアを見る。
その視線に気が付いたのか、アリシアは苦笑してミランダの方に視線を移して口を開く。
「そんなに睨まないでよ。一応、私、あなたの会社のオーナーなんだから」
「確かにそうですけど、せっかく受けた依頼を強制キャンセルされた身にもなって欲しいですわ。せっかく頑張ってとって来たのに……」
今回の急な会合に駆り出され、その上依頼を強制キャンセルされたのにかなり立腹しているのだ。
「わかってるって。その分、依頼料は弾むから」
「でも、商売に信用や信頼関係は必要なんですよね。その邪魔されては……」
その言い分に、ますますアリシアは苦笑するしかない。
命令する事は簡単だし、彼女にはそれをできる力も権利もある。
だが、アリシアとしてはかって破滅の魔女と言われた彼女や雑草号という有能な駒を失いたくないという気持ちが強く、それ以上に迷惑をかけたという思いがあった。
それに、多分、思い悩んでいるとでも判断したのか、ミランダは敢えてそう言ってきたと思ったのである。
だから、苦笑するしかない。
そんな状況を見てミランダに船長がなだめるかのように言う。
「まぁまぁ、向こうも次回の依頼の時に優先的にしますって事と代理の船を用意したんだから大丈夫だって」
「でもさ、あの依頼大きかったんだよ。一ヶ月の長期依頼ですごくおいしいのに。いくら今回の仕事代弾んでくれたって一回こっきりとは稼ぎが比べ物にならないわよ」
「でも今回は軍を動かせなかったから仕方ないのよ」
そんなアリシアの言葉に、船長は怪訝そうな顔をした。
「どういうことです?」
「知っての通りだろうけど、謎の船舶の沈没のおかげでね。それで余裕がないのよ」
「それだけかしら?」
そう突っ込んだのはミランダの方だ。
その鋭い突っ込みにアリシアは益々苦笑する。
「それもあるけど、個人的に軍関係のパイプがうちは弱いのよ。それに今だに政治屋は軍務に口出しするなって思ってる連中が多くてね」
その言葉にミランダと船長は苦笑した。
そして呆れた表情を浮かべてミランダが言葉を続ける。
「あと、女の指示は受けないっていう連中かな」
その言葉に、アリシアは益々苦笑するしかない。
自由と平等を歌って共和国制になったものの、すでに革命から十年以上たっても今だに以前のシコリは根深く残っているのだ。
「私子飼いのもっと軍務に詳しい人材がいればいいんだけどね」
そう言った後、ニタリと笑って言葉を続ける。
「いい人材、知らない?」
その問いに、ミランダは呆れた顔で言い返す。
「人材も何も、私、軍人嫌いだし」
そして船長も言葉を続ける。
「まぁ、諜報部との繋がりはあったが、基本、海軍とは敵だったからな」
密輸船として活躍していたのだから、軍や警察は敵である事を考えれば仕方ないことかもしれない。
それに彼らの知り合いなら、帝国関係者だ。
内乱中であり、軍の関係者がそうそう共和国に来てくれるはずもない。
判り切っていた事なのだ。
だがそれでも口に出てしまう。
だから、自己嫌悪に落ちる。
何やってんだろうなと。
「まぁ、そうよね。そうなるわよね」
アリシアはそういうとため息を吐き出す。
「あー、人材欲しいわ。どこかその辺に落ちてないかしら」
その愚痴に二人は苦笑するしかない。
そして、思うのだ。
政治屋ってのも大変だと。
何事もなく進む雑草号。
しかし、それを監視する目がある。
海中から伸び、僅かに海上に出ている潜望鏡。
連盟の潜水艦である。
「知らない型の輸送船だ」
艦長の言葉に、脇に控えている副長が聞き返す。
「知らない型ですか?」
その問いに、潜望鏡から目を離さずに艦長は答える。
「ああ。恐らく、王国、共和国のものじゃねぇ」
「面白いですね。進行先は?」
「運がいい事に、狩場に向かっている」
「なら、知らせないと駄目ですね」
その副長の言葉に、艦長は驚き、潜望鏡から目を離して副長の方を見た。
「おいおい。こっちは参加しないのか?」
その驚きの表情の艦長に副長は飄々として答える。
「だって我らの任務は、この海域周辺の監視です。攻撃ではない。それに、今から全速力で追尾したとしても狩場に着く頃にはバッテリーがほとんど空になってますよ」
連盟の潜水艦は、その隠密性を徹底させている。
それ故に昼間は浮上しての航行を制限されてしまっているため、動くのなら海中での追尾となる。
そうなるとバッテリーに頼るしかなく、速力も大きく落ちる。
それに無駄な努力になる可能性は高い。
狩場では、五隻の潜水艦が網を張っているのだ。
恐らくすぐにあの輸送船は沈められることとなるだろう。
「確かにな。お前の言う通りだが、それだけじゃあるまい?」
そう言われ、副長は苦笑した。
かなわないなという表情で。
「まぁ、まだ余計なことをして死にたくないだけなんですよ」
そして、ニタリと見栄を浮かべると言葉を続けた。
「それに、死ぬのなら、妻や子の為だけに死にたいですね。絶対にあのとち狂った独裁者の為にとかは勘弁ですよ」
その言葉に、艦長は慌てて周りを見回してたしなめる様に言う。
「おいおいっ」
「大丈夫ですよ。ここにはあの独裁者はいませんし、あの糞ったれの親衛隊の連中もいません。我々だけです」
「しかしだ。もし紛れ込んでいたら……」
心配そうな顔でそういう艦長に副長は笑った。
「大丈夫です。それよりも指示を」
納得のいかない表情で艦長は指示を出す。
恐らく今の時間帯なら、狩場にいる連中は無線受信用のアンテナブイを上げているはずだ。
「よし。すぐに狩場の連中に無線を送れ。『羊一頭牧草地に入る。犬は見当たらない。』だ」
「了解しました」
「よし。通信ブイを上げるぞ。準備急げ」
艦内が慌ただしくなる。
そして、そんな中、三人の人物が睨みつけるかのような視線を一瞬副長に向けたのであった。
海上を進む4隻の艦隊。
その中でも一際でかい艦艇、水上機母艦瑞穂。
その艦橋にアッシュはいた。
「しかし、よろしいのですか?」
毛利少将は立って前方を見ているアッシュに声を掛けるとアッシュは苦笑する。
「何、現実を認識させたいからね、彼女に」
そう言うとニヤリと笑う。
その笑みは、悪戯っ子のような笑みだ。
「それに先行して警戒はしているんだろう?」
その問いに、毛利少将はため息を吐きつつ頷き答える。
「はい。すでに零式三座を展開させ上空から監視させています。また、後方の空母にも連絡はいっていますからいつでも攻撃可能です」
「敵の数は?」
「五隻報告に上がってますね」
「そうか。思ったよりいたな。しかし、連中もまさかこんなところまで我々が出てくるとは思うまいて」
アッシュは実に楽しげに笑う。
そして、思い出したかのように聞く。
「それはそうと、監視していた潜水艦は?」
「すでに後方の駆逐艦による処分を終わっています。無線ブイを上げる暇もなかったのでこっちの動きは伝わっていないかと。それと先行する機体から連絡が入っております。まもなく、お客様が海域に入るそうです」
その言葉に、アッシュは感心したように頷く。
「流石はフソウ連合海軍だな。実に素晴らしい。我々もこうなるべきだという見本だ」
その言葉に少しうんざりとした顔をして毛利少将は言い返す。
「褒めても何も出ませんよ、殿下」
だがその言葉に、アッシュはまたまた笑う。
「もうすでに十分すぎる援助は頂いているからな」
だが、それが本心とは毛利少佐は思っていない。
短い期間だが、付き合ってみてわかる。
この方は実にいい人だ。
それにこの方は確かに友情に厚い。
だが、それ以上に祖国愛が強い人物だと。
こういう人物は下手に深く巻き込まれると酷い目に合う。
そう判断した毛利少将は、突っ込むのを止めて話を切り替える。
「それで、手配は?」
「ああ。予定通りにやってくれ」
「了解しました」
そう答えると毛利少将は通信兵に伝える。
「大鷹に無線だ。『料理を始めろ。まずは外からだ』と」
「了解しました」
こうして、アリシアの予想通り、彼女は現実を知る為に巻き込まれるのである。
アッシュ脚本、フソウ連合演出の舞台に。




