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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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ランユーヤ会談  その2

今までの対応は何だったかと思うほどにアンベラナ地区代表者との会談は簡単に決まった。

多くの者は、皇帝であるアデリナが現れた事で、会うだけ会おうかという形になったのではと推測していた。

或いは罠があるのではと思っているものさえまだいたのである。

しかし、アデリナ本人はそうは思っていなかった。

少なくとも一度や二度は拒否されると思っていたのである。

何故なら、前皇帝の傍若無人ぶりに対して反発していたのだ。

それなのに、当人ではないとはいえ、皇帝が来たからとすぐに話し合いに応じるほど恨みが浅いわけがない。

ならば何か切迫した理由があると考えるべきだろうな。

その上、時間も場所もこちらの指定に従うという内容がそれを後押ししていた。

そんなアデリナの心境とは別に、会談のスケジュールや会談場所が決められていく。

アンベラナ地区の隣の地区の一番近いランユーヤの古城で行われる事から、この会談はランユーヤ会談と記録されることとなる。

そして、翌日の昼過ぎ、古城の一室でアデリナはアンベラナ地区の代表者ペロルード・ゴーデンハと顔を合わせる事となった。

年は四十後半といったところで、少し肥満気味の体形に薄い髪の毛、そして度が強いであろう眼鏡を付けた人物。

まぁ、有体に言えばパッとしない印象であり、精悍な軍人を犬と表現するなら、間違いなく豚と言った方がいいだろうか。

汗を拭きつつ入室してくるこの男に、その場にいたアデリナの部下のほとんどは内心なんでこんな男がと思っただろう。

中には、実はどうせ話し合いをするつもりはなくて、殺されてもいい男を代表者と偽り送って来たのかと思う者さえいた。

だが、アデリナはそうは思わなかった。

眼鏡の奥に隠れている目つきがあまりにも鋭かったからだ。

勿論、そんな風に見えたのは一瞬であったが、間違いなく食わせ者だという印象が強く残った。

それは副官のゴリツィン大佐も思ったのだろう。

アデリナに小声で囁く。

「陛下、あの者、気を付けるべきかと」

その言葉に、アデリナは微笑みを返す。

それはわかっているという合図だ。

その微笑みを見て、ゴリツィン大佐はただ黙って一歩後ろに下がる。

そしてアデリナは立ち上がるとゴーデンハを歓迎する素振りを見せた。

「ようこそ、アンベラナ地区代表者よ」

その声かけに、ゴーデンハは立ち止まると浅く頭を下げた。

「私がアンベラナ地区代表をしておりますペロルード・ゴーデンハでございます、陛下。陛下の御高名はよく伺っております。まさに戦乙女に相応しい美しさと戦歴をお持ちですな」

その仕草と落ち着いた口調は洗礼されたものであり、非の打ちどころはない。

それは相手に突っ込む隙を見せないようだった。

その言葉を笑顔で受け取りつつアデリナも口を開く。

「ありがとう。何、私とて負け戦もある。ただ、皆にそう思われるのはうれしいものだな。おっと、失礼した。私がシルーア帝国皇帝アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチだ。今回はこちらの申し出を受けていただき感謝する」

微笑みつつ言うその口調は対等な相手に話をするかのようであり、もっと見下ろした物言いをされると思っていたのだろう。

ゴーデンハの表情に必死に隠そうとはするものの、驚きの色が出ていた。

そんな様子に、アデリナはクスクスと笑い言葉を続ける。

「そう驚くことはない。君達は今はまだ帝国の者ではないからな。あくまでも独立勢力の代表者だ。それに合わせた対応はするぞ」

その口調は親しさと軽さがあったが、ゴーデンハはそうとらなかったようだ。

驚きの表情が厳しいものへと変化した。

今のを軽く笑って受け流す余裕もないという事かな。

アデリナは心の中でそう分析する。

そうなると何がそうさせるのか。

それが問題という事か。

アデリナはそう思いつつ、微笑みを崩さずに椅子を薦め、二人はテーブルを挟んで向かい合う。

そしてまず口を開いたのは、アデリナであった。

「同じことを言うようだが、今回、話し合いに応じてくれたことは感謝する」

そこまでいった後、微笑みを引っ込めて鋭い目つきで相手の少しの変化も見逃さないと言った感じでゴーデンハを見つつ言葉を続けた。

「しかし、それは私が来たから、直接会談するからという事ではあるまい?」

その問いに、ゴーデンハの額にすーっと汗が浮かぶ。

いきなり突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。

予想外の問いに戸惑っているかのようだ。

恐らく事前に知っていた情報から考えられるアデリナの印象とは大きく違うと感じたのだろう。

もっとも、その気持ちもわからなくはないか。

アデリナは心の中で苦笑する。

まぁ、以前だったらこんな言い方はしなかっただろう。

ノンナにおんぶにだっこでただ我儘を言うだけでよかった。

苦労は全てノンナが引き受けていたから。

ただうまくいかなかった時は癇癪を起すだけでいい。

そのはずだった。

しかし、今のアデリナの側にノンナはいない。

だが、彼女の周りにはノンナのような並外れた才能を持つ者はいないが、誰もがアデリナを信じ、盛り上げていこうとする気骨のある者達がいた。

彼らは少しでもアデリナの為にと必死になって動いてくれる。

そんな彼らと接触しているうちに、彼女は大きく変わっていったのだ。

それは本来開花すべき王としての才能。

そして今まで過保護に封印されたものであった。

しかし、今は違う。

彼らの忠誠と意思を受け、苦労と挫折を知り、それを糧として才能は開花しつつあった。

そして、そんなアデリナの言動と様子に決心したのだろうか。

ゴーデンハは数回深呼吸をすると表情を引き締める。

彼とてこういった相手は嫌いではない。

腹の探り合いは疲れるし、グタグタと遠回りで話を進める相手よりもこういった相手の方が好みだし、信頼出来る。

そう判断したのである。

だからだろうか。

少しほっとした表情でゴーデンハは微笑むと口を開く。

「流石ですな。どうやら陛下を見誤っていたようです」

その言葉に、アデリナはゴーデンハの中にある自分の印象をぶっ壊すことに成功したと確信した。

だから、微笑みつつ軽く言い返す。

「まぁ、癇癪持ちの我儘な皇帝とでも思っていたのかね?」

「ええ。それに近い認識でしたな。前皇帝よりは少しぐらいマシな程度の」

苦笑して敢えてそう言うゴーデンハに幕僚達は殺気だったが、アデリナは苦笑してそれを制す。

「それでどうかな、私は。話し合う相手としては十分かね?」

「はい。十二分な方と判断いたしました」

そう言ってゴーデンハは今度は深々と頭を下げる。

「誠に申し訳ありませんでした、陛下」

「いや構わないさ。君の双肩にはアンベラナ地区住民の命がかかっている。慎重になるのは仕方ない事だ」

アデリナはそう言うと楽しげに笑った。

彼女の中で、ゴーデンハの評価は大きく上がった。

そして、自分と似ていると感じたのである。

そして、それはゴーデンハも同じだったのだろう。

苦笑しつつもその表情は、より真剣なものに変化していく。

それは焦りや緊張から解放されたかのようだ。

だが、それでもまだ一線を引いている。

そんな印象が強いが、それでいいとアデリナは思った。

だからこそ、信頼できるとも。

そして、ゴーデンハは意を決して口を開く。

「陛下は、ラゼンカ風邪というのをご存じですか?」

交渉が始まると思っていた矢先、病気の話が出てきてアデリナは肩透かしを喰らったかのように印象を受ける。

それは周りもそうなのだろう。

皆、怪訝そうな顔をしていた。

そんな中、副官のゴリツィン大佐が声をあげる。

「数年前、共和国で流行った伝染病という事でよろしいかな?」

「はい。その通りでございます」

ゴーデンハは頷き、そう言った後、アデリナを真剣な表情で見つめた。

そしてその表情から察したのだろう。

アデリナはごくりと唾を飲み込み口を開いた。

「まさか……」

「はい。そのまさかでございます」

その会話で怪訝そうな顔つきだった周りも意味が判ったのだろう。

驚愕の表情を浮かべただけでなくさーっと血の気が引いた者さえもいた。

ラゼンカ風邪。

共和国のラゼンカという地区から広まった病気で、その感染力の高さと死亡率の高さで一時期は各国が感染を防ぐために共和国からの人や物資の移動を禁止したこともある危険度の高い伝染病である。

その為、王国に次いで勢力のあった共和国は、この病気の感染で一気に多くの国民を失い、国力を大きく落とし、その復興に多くの資金や物資、それに時間をかける羽目となってしまったのである。

その被害は余りにも大きく、その結果、軍師アランといった本来政治家でもない連中が勢力を増して共和国の国政は大きく混乱する結果となった。

その為、政治に携わる者達は裏でこの病気を『傾国病』とさえ呼んでいるほどである。

その病気が、まさか帝国に……。

「それは間違いないのか?」

「はい。今の所は感染者の隔離を行い何とか拡大に歯止めをかけてはいますが、今のままではどこまでできるかは……」

その言葉は歯切れが悪く、額に浮かぶ汗が全てを物語っている。

そうか。これが原因だったのか。

アデリナはここに来てアンベラナ地区が会談に応じた意味を理解した。

そして決断する。

「わかった。今はどうこう言う時間も惜しい」

そう言うと幕僚隊の方に視線を向ける。

「共和国ではどう対処したかわかるものはいるか?」

その問いに、医療関係者の代表が口を開いた。

「確か、ワクチンの開発と既存の治療薬で効果があるものか発見され、それを使う事で一年未満の内に何とか沈静化したと聞きます。そして、現時点でもワクチンは国民全員が受ける義務を継続しているとか……」

「わかった。ならばすぐに共和国に使者を送れ。最優先でだ」

その言葉に、ゴリツィン大佐が答える。

「了解いたしました。以前の取引でのツテがあります。そちらを使い、共和国政府に働きかけましょう。しかし、代価はどうされますか?」

現時点で、外貨はほとんど底をついているし、貿易もほとんど行われていない現状では代価を準備できない。

だが、アデリナの決断は早かった。

「今は出し渋っている場合ではない。出来る限りの代価を用意すると伝えなさい。必要なら、ナルカヘント島の管理権を譲ってもいいと」

ナルカヘント島とは、旧帝国が管理する数少ない植民地の一つで、その地にある鉱山は、埋蔵量が多いと言われており、帝国で消費される鉄の実に10%程度を賄っている帝国にとって極めて重要な地の一つであった。

鉄は、産業の要であり、軍の要でもある。

それをポンと代価として差し出すと言っているのである。

誰もが驚くしかなかったが、その中でも一際驚いていたのは、ゴーデンハだった。

まさかここまでの事が起こるとは思っていなかったのである。

少しでも現状を何とか出来るなら……。

そういう思いで意を決して口にしたのだ。

だから余計であった。

「陛下、しかしそれではあまりにも失うものが……。それにアンベラナ地区は……」

たまりかねたのか、幕僚の人のがそう口を挟む。

だが、その言葉をアデリナは切り捨てる様に言う。

「何を言うかっ。確かに今はまだ帝国ではないかもしれん。しかし、以前は間違いなく同胞であり、仲間であったのだぞ。それを見捨てられるはずがないだろうが」

しかし、今度はゴーデンハが恐る恐る言う。

「陛下、そこまでしていただけるのは大変うれしいのですが……」

だが、そんな言いかけた言葉をアデリナは一方的に切り捨てた。

「奥歯にものが挟まったような言い方はよせ。それと私を見くびるな。私は帝国の皇帝だ。帝国の民の為に動くのは当たり前だ。それにこんな一大事に姑息な手など使わん」

そう言い切ると、アデリナはゴーデンハに命じる。

「軍の医療部隊を派遣する。すぐに隔離している所に案内し、より隔離を徹底さるのに協力せよ。それと物資、医療品の搬入を行う。その手続きを至急行うように」

「は、はいっ。すぐに」

「よし。ではすぐに行動に移せ」

そう言い切ると、アデリナは自分の後ろに控えている者達に命令を下す。

「医療責任者は直ぐに医療部隊の派遣を指示せよ。それと共和国に依頼する医療品関係の詳しいデータと必要予想数量をすぐにでも副官に知らせよ」

「はっ。直ちに」

「次に輸送責任者、物資のより潤沢な補給を行えるように輸送網の構築を急がせろ。それと途中の警備もだ。徹底させよ」

「はっ」

そして最後に副官のゴリツィン大佐に視線を向ける。

「恐らく、貴官なら何とかしてくれよう。すぐに共和国に向かい交渉に入れ」

「はっ。陛下」

こうして、ランユーヤ会談は当初の予定とは大きく外れ終了した。

しかし、この会談が後の流れを作り出すこととなったのである。

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