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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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ランユーヤ会談  その1

アンベラナ地区の説得の為に南部攻略部隊の駐屯する地に自ら足を運んだアデリナではあったが、現地に到着して唖然とするしかなかった。

現場の意見が大きく二つに分かれてしまっており、収集がつかなくなっていたからである。

罵詈雑言が飛び交い、憎しみや怒りが支配する場。

そう言ってもいい雰囲気が漂っている。

そんな有様の場を困ったような苦虫を潰したような複雑な表情で司令官が眺めていた。

恐らく何度も諫めたがどうしょうもなくなったという疲れ切った感じがその様子から見て取れる。

確かに、これでは助けを求める訳だ。

秘密裏に送られた南部攻略部隊の司令官からの報告、それに諜報部からもたらされる情報からわかっていたとはいえ、到着時間をずらして連絡を入れて事前に別室から会議の様子を見たアデリナはため息を吐き出す。

それは彼女の幕僚も皆同じであった。

それぞれが困ったような、呆れたような表情をしている。

「やはり、ハンドベッタでは無理だったか……」

呟くようなアデリナの言葉に、副官のゴリツィン大佐が残念そうな顔で頷きつつ口を開く。

「人望はあるのですが、決断力や人をまとめる力は足りなかったようです」

「そのようだな」

南部は中央や東部ほど要衝は少なく、攻略は難しくないと考えて人望の厚い彼に委ねたのだが、余りにも周りの意見を聞き入れすぎて身動きが取れなくなってしまったようだ。

ふー……。

息を吐き出すとアデリナは短く言う。

「行くぞ」

「はっ」

幕僚達は短くそう返事を返すとアデリナの後に続く。

そして廊下に出て会議室に向かうと入り口で警備に当たっていた兵士が慌てて動こうとしたものの、それを制してアデリナはノックもなしに会議室のドアを派手に開けた。

派手な音に全員が音の出どころに視線を向け、そして言い争うような言葉が一瞬で止まった。

会議に出ていた誰もが開かれたドアの方を向き、驚愕の表情で固まっている。

「中々白熱した会議のようだな」

目を細めて皮肉交じりにそう言うと、会議室にいた誰もが慌てて椅子に座り下を向いた。

それはまるで見つかってはいけないものが見つかってしまった時の子供のような反応である。

その反応に、アデリナは心の中で苦笑する。

私はお前らの母親かと。

だが、気を取り直して口を開く。

「私はてっきりもっと建設的な会議かと思っていたのだがな。まさか、自分の意見を主張し、終いには罵詈雑言を言い合う有様だとは思わなかったよ」

そこまで言われ、南部攻略部隊の司令官であるリペインド・ハンドベッタ少将が慌てて立ち上がり頭を下げる。

「陛下、見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

「構わんさ。それだけ煮詰まっていたという事だろう?それで私を呼んだと……。でだ、私が来ることで何が変わるのかな。今の有様では私が来ても代り映えしないのではないか?」

厳しい言葉だが、事実である。

この会議にしても、アデリナが来てからどうするかという事が話し合われていたはずだ。

なのに、この有様であった。

「で、どうなったのかな?」

分かってはいたが敢えてアデリナは聞く。

「はっ。意見は大きく二つに分かれております。一つは、陛下が来られたことを知らせ、交渉に応じる様に説得するというもの」

「ふむ。私もそう命じていたな」

「はっ。ですが、今までの交渉を無視し、説得にも応じない相手に益々下出に出るのはどうかという意見が出まして……」

そこまで言われてアデリナは舌打ちした

「なるほど、力を示しておいたほうが良いと?」

「はっ。皇帝陛下の威光をよりはっきりとさせ、相手を従わせるためにはそれしかないと……」

恐らくかなり慎重に事を運び、交渉しようとしたという報告を受けている。

なのにそれを全て無視され、使者は門前払いをされるという屈辱的な対応をされたのだ。

現場でそれを見ていたものとしては怒りが湧き上がるのは仕方ないと言えた。

彼らにもプライドはある。

それに今までの帝国では、皇帝の言葉は全てであり、皇帝の力は唯一無比であった。

それほどまでに皇帝という権力は絶大であった。

そして、軍は皇帝の命で動いている以上、屈辱的な対応は皇帝を馬鹿にされたと認識する者がいてもおかしくはない。

いや、忠誠心高い者ほど怒り狂っただろう。

たかが市民が皇帝の命で動く我々を愚弄するのかと。

それほどまでに、帝国では階級差が大きく分かれていたのだ。

これはこれで厄介だな。

アデリナはそう思いつつ、会議室の前に進む。

そして前に立つと全員を見回して口を開いた。

「皆が私の事をそれほどまでに思ってくれることはうれしいが、よく考えよ。相手は外の国の者ではない。かっては同胞だったものだ。仲間だった者達だ。だから少しは抑えよ。我々は頼み込む側であり、また連中としてもこのままではどうしょうもないというのはわかっているはずだ。だからこそ、私は出来る限り穏便に進めたい。よいか?」

その言葉に誰もが黙っていた。

だが、抑えきれなかったのだろう。

「しかし、陛下。もし陛下の声掛けにも……」

だが、その言葉をアデリナは言わせなかった。

優しく微笑み言う。

「まずはやってみようではないか。やってみて駄目な時にまた考えればよい。確かに貴官が言うように失敗した時の事を考えておく必要がある場合もあるが、私は今はその必要はないと思っている。なぜなら、私はまだ彼らがどういった対応を取っているか直に接触していないからな」

そう言われ、何か言いかけた士官は黙り込んだ。

全員を見回した後、アデリナは口を開く。

「では、連中に私が交渉をしに来たと知らせよ。その際は相手の対応なども詳しく観察してな」

「はっ。了解しました」

「ふむ。でそのまま待つのも時間がもったいない。ハンドベッタ」

「はっ」

「部隊を案内せよ」

要は兵の士気を高めるために慰問を行うという事だ。

「はっ。ありがとうございます。兵達も益々陛下に忠誠を誓う事でしょう」

その言葉に、アデリナは曖昧な笑みを浮かべた。

こんな慰問一つでそこまで違うのか?と思いつつもちらりと横を見ると副官のゴリツィン大佐がこっくりと頷く。

この件はゴリツィン大佐の提案であった。

仕方ない。

どうせ返事が来るまでは時間があるのだ。

少しでも士気が上がるならやっておくか。

そんな気持であった。

しかし、部隊を回ってアデリナは考えを改めた。

彼女が姿を現すと兵達の歓声が沸き起こったのである。

まるでアイドルのコンサートのように。

その熱気に圧されつつもアデリナは微笑み、手を振る。

確かに今まで民衆の戦意高揚の為にパレードなんかには出た。

しかし、それとはまた違った雰囲気と熱気があった。

「驚いたな……」

思わず出た言葉だが、兵達の歓声でそれはかき消される。

戸惑った感じのあるアデリナを後ろから見つつゴリツィン大佐は苦笑する。

陛下、自分の人気に自覚をお持ちください。

ただでさえひときわ美しく戦いの女神と称され人気が高いのだ。

そして、今回の公国との海戦も被害は大きかったが、それでもあのビスマルクを撃退したという報は益々彼女の武勇を引き上げるものとなっていたのである。

勝利の女神の元、我々は勝てると。

そんな熱い熱気に包まれるかのような慰問が終わり、アデリナは用意された部屋でソファにだらしなく座り込んだ。

「つ、疲れた……」

そんな普段とは違う彼女の様子にゴリツィン大佐は苦笑し、冷えた飲み物を用意させる。

「お疲れさまでした、陛下」

そんな言葉を掛けられ、アデリナはゴリツィン大佐を恨めしそうに見た。

「貴公が提案したからやったが、あれはなんだ?」

「あれが陛下の人気です」

「しかしだな、あれは度が超えていないか?」

「良い事ではないですか」

「それはそうだか……。しかし、あれではこっちの身が持たん」

愚痴を吐き捨てるアデリナ。

その様子に我慢できなくなったのかゴリツィン大佐は笑いだす。

その様子を見て、アデリナは益々ふくれっ面をするものの結局は共に笑ってしまうのであった。

そしてそんな笑いが収まるころ、使者が返ってきた。

予想外の結果をもって……。



「話し合いに応じるだと?」

「はい。アンベラナ地区の代表は、話し合いに応じると。それも出来る限り早めの話し合いをお願いしたいとまで……」

その言葉に、幕僚達の表情が曇る。

今まで頑なになって拒否していた連中がなぜ?という疑問がどうしても浮かんでしまうのだ。

「陛下、これは罠では?」

その言葉に、何人かのものが賛同する。

実際、アデリナが暗殺されれば、帝国は間違いなく大混乱を引き起こすだろう。

それ故に出た言葉であった。

アデリナは黙って何か考え込んでいる様子だ。

その間にも意見がいくつか出たが、どれも相手を疑うようなものばかりだ。

だが、そんな中、ゴリツィン大佐が口を開く。

「確かに罠の恐れが全くないとは限りません。しかし、今までにない変化であることは事実。これはチャンスではないでしょうか?」

そう言うと、今まで疑う意見を言っていた者達は黙り込む。

確かにその通りなのだ。

ここで突っぱねてしまっても意味がない。

それはわかってはいるのだ。

しかし、どうしても不安が強くなってしまう。

それを払拭するかのようにゴリツィン大佐は言葉を続ける。

「それに、こんな急変では罠を用意できないと思います。それよりも何か事情がある為、どうしても急がねばならない理由がある可能性が高いと思われます」

しばしの沈黙の後、ぽつりと幕僚の一人が口を開いた。

「確かに……」

それが呼び水となったのだろう。

「そうだな。疑ってばかりではどうしょうもない。彼らも同じ国民だ。意見は違えども……」

「ふむ。その通りだ。それに会談会場はこちら側の指定する場所で行うという事にすれば、罠を用意していたとしても対応できるのではないか?」

「なるほど。しかし、その提案に相手は乗るか?」

「もし、向こうが切羽詰まった事態で会談をしたいかどうかわかるではないか」

「なるほど。うまくいかなくても向こうの動きを確認する事で妥協案を提示して対応できるという訳だな」

「その通りだ」

「ふむ。そうなるとやって損はないという事か」

そこまで話が進み、話し合っていた幕僚の一人が、アデリナに提言する。

「こちらの指定する場所での会談なら対応すると伝えましょう。うまくいけばそのまま会談を行い、うまくいかなくても連中の思考を知るきっかけにはなります」

その提言を受け、アデリナは頷く。

「その意見を採用しょう。すぐに相手にその旨を伝えてくれ」

「はっ」

使者を送って二時間後、アンベラナ地区側は提案を受け入れる。

その返信は、どうしても急がねばならない状況があることを強く匂わせるものであった。

そして、翌日の昼、アデリナはアンベラナ地区代表者と会談を行う。

のちに『ランユーヤ会談』と呼ばれる話し合いであり、これを境にアデリナの評判は大きく塗り替えられることとなる。

今までの美しくも荒々しい勇ましき戦の女神から、慈愛を持つ帝国の女神へと。

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