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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十三章 統一

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それぞれの動き

お互いの情報交換が終わり、川見大佐はソファに腰を下ろす。

それに合わせる様に三島特務大尉は立ち上がるとお茶の準備を始めた。

それをちらりと見て口角をほんの少し、それこそほとんど動いていないように見えるが、釣り上げた後、川見大佐はテーブルの方に視線を移す。

そこにはリットミン商会の用意した新聞や雑誌が山のように積み上げられている。

時折、赤鉛筆でチェックされていたり、ページが折り曲げられていたりといった事がされているのは、全て彼女が目を通した証だった。

そして再び、三島特務大尉の方をちらりと見る。

最初配属された時は面倒なだけだったんだがな。

そんな事を思って心の中で苦笑する。

そしてぐるりと部屋を見渡して気が付いた。

ベッドの脇にあるトランクのあたりにいくつもの紙の束が置かれていたのを。

あれは確か……。

立ち上がり確認しょうと動く。

その動きに気がつき、そして動く先に何があるのかわかって三島特務大尉は慌ててお茶の準備を止めて先に進もうと動いたが、さすがに川見大佐の方が早かった。

「これは?」

川見大佐が少し意地悪のような表情で聞いてくる。

恐らくわかってはいるのだ。

だが、確認というつもりか、あるいはからかうためか。

恐らく両方ね。

三島特務大尉は、心の中で意地悪なんだからとため息を吐き出して口を開く。

「念のための準備よ」

そう、その紙の束は呪符であった。

フソウ連合の巫女が主に使う魔術の術式の札である。

それも何やら複雑なものが書かれており、かなり高度な呪符なのだろう。

そしてこの枚数。

恐らく日頃からコツコツ準備してきていたという事だろう。

不機嫌そうな表情の三島特務大尉を見て、川見大佐は苦笑する。

どうやら色々とやっているのを知られたくないらしい。

だが、そんな態度に川見大佐はますます楽しくなった。

川見大佐自身も努力は人に見せるものではないという考えだからだ。

似た者同士という事か。

恐らく、以前戦った魔女との戦いで、彼女は自分の力不足を痛感したのだろう。

本人は隠れてやっているつもりだったろうが、それを補う努力を怠らなかった。

正面から魔術師として戦っても勝ち目は薄いと考えたのだろう。

魔術だけではなく、体術、知識、射撃などなど。

少しでも有利になる為に彼女はあらゆる努力を惜しまなかった

そのレベルは、秘密裏に報告を受けた川見大佐が驚くほどだ。

短期間で更にここまで上達したというのは中々ない事だと思う。

それは血のにじむような努力が形になったという事であった。

そんな彼女を誇りに思い、少し微笑むと三島特務大尉の側に近寄って安心させるように肩をポンポンと叩く。

それは赤子をなだめるような優しい行為だった。

それを受け入れつつ、三島特務大尉は苦笑した。

「バレないようにやってたんだけど、みんな知ってたんですか?」

「まぁな。でも見えないところで努力するのは俺好みだ」

そう言って川見大佐は笑う。

その言葉と態度に、三島特務大尉は益々ふくれっ面になった。

「もう、だから黙ってたのに……」

だが、それでもまんざらでもないと言った感じだ。

「そういうな。だが、常に緊張していては本番の前に疲れちまう。少しはリラックスしろよ」

「ええ。勿論です」

「それにだ……」

そう言って川見大佐は、言葉を止めると咳をして少し落ち着かない様子で言葉を続ける。

「お前の隣には、俺がいる。だから、いざとなったらまた二人で対応すればいい」

その言葉と態度に、三島特務大尉は一瞬きょとんとした表情になる。

だが、すぐに今までのふくれっ面が嘘のように微笑んだ。

「はい。そうですね。そうでした。貴方がいますもんね」

その微笑みは心底相手を信頼している証でもあった。

この人となら、次も負けない。

あの魔女と再び戦う事になっても……。

それは自信へとつながる絆だ。

以前の時よりも、強固でとても強い絆。

それは今の二人にとって心の支えでもあった。



「その二人、間違いなくフソウ連合の人間だと言ったんだな?」

深くフードをかぶった男がきつめの口調で聞き返す。

「は、はい。間違いありません」

その口調に怯えつつもそう答えたのは、港で臨検した部隊を率いている大尉だった。

「ふむ。わかった。連中の動きは、こっちで把握するからいい。あくまでも今は港の動きに注意しておけ」

「はっ。それで……」

恐る恐るといった感じで大尉が言葉を続けようとしたが、フードの男は面倒くさそうに言い返す。

「わかっている。上にはきちんと報告してやる」

「では……」

「ああ、うまくいった時は、貴様はこの地の司祭として推薦してやる」

「は、はいっ。ありがとうございます」

そう返事を返しつつ、大尉の目の色に欲が宿る。

その表情に浮かぶは、歓喜だ。

そう言えばこの男は、女癖が悪かったと聞いている。

恐らく、司祭になり、大きな権力を手にして女を好き勝手に楽しんでいる所でも想像しているのだろう。

下種がっ。

フードの男は頭の中で毒気づいたが、それを顔に出さずに口を開く。

「わかったなら、さっさと戻れ」

「はいっ。失礼します」

大尉が慌てて退室し、それと入れ替わる様に別の男が入って来た。

どこにでもいそうな特徴のない男だが、目に宿るは狂気じみた光だ。

「それで首尾はどうだった?」

その問いに、入って来た男は申し訳なさそうな表情になった。

「残念ながら……」

「尾行も、ホテルもか?」

「はい……」

その返事にフードの男は唸る様に考え込む。

尾行はともかく、ホテルの方は、かなり手の込んだものであり、簡単にどうにかなるレベルのものではない。

なのに……。

それはつまり、相手はただものではないという事だ。

「やはり手を借りなければならんか」

そう呟くとため息を吐き出して口を開く。

「確か連中がまだ帝国に入っていたな」

「はい。皇帝暗殺の為の準備で動いているかと」

そう答えた男だったが、すぐにフードの男の考えが判ったのだろう。

驚愕の表情になる。

「あの者達の力をお借りするのですか?」

「仕方あるまい。それ程の手練れという事だ。今まで迫害を受け続けた我々では手に負えん。すぐに連絡をいれよ」

「は、はい。了解しました」

男は慌ててそう言うと退室していく。

その慌てぶりに、フードの男はため息を吐く。

俺だって頼みたくない。

あんな連中に貸しを作るのは、まっぴらごめんだ。

しかし、仕方ないじゃないか。

それは自分自身に言い訳しているかのようであった。

だが、それが現状だ。

受け入れるしかあるまい。

あの残忍で、死を楽しみ、歓喜する連中の手を借りるという悪手しかないと。



「なんだ?手伝えってか?」

報告を受け、男はテーブルに広げていた地図から視線を上げた。

残忍なまでに歪み切った感情が傷跡のある顔と相まって滲み出ていた。

「たくよ、皇帝暗殺を依頼してきたかと思えば、今度はこっちを手伝えだと?」

まるで場末のチンピラが啖呵を切るかのような口調である。

その口調に、報告して来たものは震えあがった。

この男は気分次第でどんな残忍な事でも平気でやる。

それが部下であってもだ。

その怯えっぷりに、男はニタリと笑みを浮かべた。

「心配しなくていい、今はなにもしねぇよ」

その言葉に、報告者は少し安堵した表情になる。

「で、どうしろと?」

「はい。フソウ連合の関係者と思しき者を拉致し、情報を聞き出してほしいと」

その言葉、正確に言うととある単語に男の眉がビクンと動いた。

「フソウ連合……。間違いないのか?」

「ええ。間違いありません。リットミン商会の連れてきた人物が商人を装ってますが、かなりの凄腕の工作員の可能性が高いとのことです。例のホテルの呪術を無効にしただけでなく、尾行していたものを潰されたとか」

「ふんっ。面白いじゃねぇか」

男はそう言うと、ニタリと笑みを浮かべた。

「皇帝の暗殺より、そっちの方が余程楽しそうだ」

「いいのですか?」

恐る恐るといった感じだが、報告者がそう聞く。

「何、皇帝なんてのはいつでも殺せる。それよりもだ」

笑みが益々残忍で狂気に包まれる。

「こっちの方がぜってぇ面白いだろうがっ」

その言葉に、報告者は無言だ。

どう反応していいのか困っているという感じなのだろう。

「なんだつまらねぇやつだな」

男は面白くなさそうにそう毒づくもすぐに歓喜の表情に戻る。

「まぁいい。すぐに人手を呼び戻せ。すぐに公国に向かうぞ」

「了解しました」

報告者が退出すると男はケタケタと笑った。

久々の楽しい任務だと。

あのホーネットの乗組員達を惨殺して以降、つまりない任務ばかりだった。

そしてやっと皇帝暗殺という面白そうな任務が来たと思ったら、それ以上に楽しい任務が舞い込んできやがった。

うまいものから喰う。

なんせ、腹が減って一番最初に食うから最高にうまいのだ。

我慢して取っておくなんてのは愚の骨頂だ。

それが男の、ヤルザナ・ランドマカ・ゲブランドの信条だった。

さて、今回はたっぷりと満腹感を楽しめそうだ。

そう思いつつ、ヤルザナは立ち上がる。

公国に向かう準備をする為に。

そして、残酷で楽しい狩りをする為に。

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