秘密会談 その1
「以上が現在の進行状況です」
ジョージ・リアンナ・モンパダニア中将の説明を聞きつつ報告書に目を通していた公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィッチ・フョードル上級大将は、ゆっくりと報告書から顔を上げた。
「ふむ。この調子なら何とかなるか……」
「はい。問題ないかと。ですが……」
モンパダニア中将の歯切れの悪い言葉に、ビルスキーア長官は苦笑を漏らす。
大体何が言いたいのかわかってはいた。
だがそれでも聞き返す。
「何かあるのかな?」
そう言われ、モンパダニア中将はふうと息を吐き出すと怒り気味の口調で言う。
「性急すぎる。その為か、本当なら敵に回らない者達まで疑心暗鬼になって混乱している。混乱しているだけならまだいい。敵に回るものも出始めている始末だぞ」
表向きは、モンパダニア中将とビルスキーア長官は犬猿の仲だという事を風潮し、実際多くの者達の前で言い争い喧嘩して見ていた。
それ故にビルスキーア長官に敵対する者は、モンパダニア中将にすり寄るのだ。
まさか、それが裏で繋がっている上に、親友同士であろうとはほとんどの者は知らないだろう。
実際ここも、秘密裏に貸し切っている家で行われている密会であった。
こうする事で公国内の内部に救う反対勢力や敵対者を洗い出していたのだ。
そんな事はよほどの信頼できる人物でしか無理である。
つまり、モンパダニア中将とビルスキーア長官は盟友と言ってもおかしくない間柄であった。
その盟友とも呼べる友人が怒りつつ話した言葉に、ビルスキーア長官は苦笑を深める。
「わかっているさ。でもな、時間がないんだ」
「それはわかっている。だがな、それらの悪意はお前さんに向くって言ってんだ。もしノンナ様の意思を、願いを達成したとしても、お前さんは……」
「わかってる。それもな。でもな、ノンナ様の最後の願い、叶えたいじゃないか」
その言葉に同じくノンナに目をかけてもらい恩を感じているモンパダニア中将は言葉に詰まる。
分かってはいる。
分かってはいるのだか、納得できない点があった。
だから、それを口にする。
「それでお前さんが自分の命を捨てるつもりなのはわかった。だが、もし、お前さん以外にもその悪意が向けられたらどうするんだ?」
それはビルスキーア長官も考えた事なのだろう。
ただ、黙っているだけだ。
だが、その何気ない表情の中に、焦りと迷いをモンパダニア中将は感じた。
だから畳みかける様に言う。
「ダーリアはどうするんだ?」
「…………」
ビルスキーア長官の表情が苦痛に歪む。
ダーリア・ユーリエヴッチ・ドロウ。
ビルスキーア長官の長年付き合っていた法律家の恋人であり、公国がまだ独立前にはフソウ連合との密約で交渉人として動いた人物でもある。
彼女との関係は、結婚していないものの、実質結婚しているものと変らないほど親密であった。
そして、ビルスキーア長官の最も大切な人である。
その名前を持ち出され、ビルスキーア長官は黙る。
迷いと焦りが益々強くなっていくのが表情の変化でわかる。
それほどまでに迷っているのだ。
だからだろうか。
モンパダニア中将はやっぱりかという顔になった。
そして、怒りを引っ込めるとぼそりと言う。
「もう決心したのなら、迷いを持っては駄目だ。だから彼女をこの国から逃がしてはどうか?」と。
その言葉に、諦めのような表情をしてビルスキーア長官はため息を吐き出した。
「やはりそう思うか」
その言葉には確認したいという思いが籠っていた。
それだけ不安なのだろう。
そう判断したモンパダニア中将は頷く。
「ああ。俺だったらそうしている。それに国外なら巻き込まれる恐れは少ないからな」
そう言われて決心がついたのだろう。
「ありがとう」
「当てはあるのか?」
「ああ。まずはそこに当たってみる。縁がある相手だからな」
そう言い切った言葉を聞き、モンパダニア中将はほっとした表情になった。
だがすぐに顔をしかめっ面にする。
「だが、それでお前の命を粗末にしていいって訳じゃねぇ。最後まで生き残る方を選択しろよ、彼女の為によ」
「ああ、ありがとう」
二人はそう言いあうと握手を交わした。
そしてそこから立ち去る。
別々のルートを使って、時間を空けて。
共に相手の安全を考えつつ。
まだノンナの願いは達成されていないのだ。
それを達成するために。
川見大佐と三島特務大尉を載せて公国に向かったハロエ・アイローワ号は翌日の夕方前には、アレサンドラ軍港に入港した。
途中国籍、船籍確認が行われたがそれはあくまでも形式上のものであった。
特徴ある船という事やまたすでに何回も通った航路だけによく知っている警備船だったりでほとんど停船することなく到着したのである。
だが、係留作業中から港の方が騒がしくなっていた。
紫色に近い青の軍服姿の一団が停泊するのを今か今かと待っている様子だったのである。
「おい、あれは?」
怪訝そうな顔でその様子を見て川見大佐は眉の端を少し上げる。
「憲兵と言うか、査察部隊のようですね」
「いつもああいった連中がいるのですか?」
そう聞かれ、ポランドが少し考え込み「そう言えば最初の時だけでそれ以降はほとんどご無沙汰ですね」と答える。
その問いに、川見大佐の表情が益々険しくなった。
一応、武器や特殊な道具関係は隠してあるし、軍服ではない。
だから、調べられても問題ないはずではあったが、隠している武器関係を見つけられたら面倒なことになりかねないなと考えたのである。
一応、巧妙に隠してあるし、魔術による認識誤報の魔法が掛けられている。
だが、絶対ではない。
常に用心しなくてはならない。
それが川見大佐の考えだったからそう言った反応をしたのである。
そんな川見大佐の思考が判ったのだろう。
三島特務大尉はすーっと身体を寄せ川見大佐に耳打ちする。
「魔法や術式は感じませんから大丈夫かと……」
「ならいいんだが……」
そう答えつつも魔女との戦いで、魔法の厄介さを体感している為だろう。
どうしても警戒している様子だった。
そんな二人のやり取りを見てみぬふりをしつつポランドは別の事を考えていた。
今までやっていなかった事をいきなり始めたのは何故かと。
そしてそれは嫌な予想に繋がってしまう。
そしてそんな中、ノックもなしにドアが開かれる。
視線の先には、恐らくこの部隊の指揮官らしき男が立っており、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「失礼しますよ」
そう言いつつ船橋に入ってくる男。
川見大佐は、肩についている階級章から大尉と判断するとざっと観察した。
言葉はなくとも動きや態度、表情から相手の事はわかる。
たいした男ではない。
威を借る小物といったところだろうか。
だが、人を見下したような態度や三島特務大尉を見るいやらしい目つきで機会があればボコろうという判断を下す。
川見大佐が一番嫌いな部類の相手であった。
だが、今は一一般人らしく大人しくしておく必要がある。
だから黙って成り行きを見守るようだ。
そんな川見大佐の行動に内心感謝しつつ、ポランドはフレンドリーな笑みを浮かべて一歩前に出た。
「どうされたのですかな。この船はリットミン商会ものです。ちゃんと許可をいただいておりますが?」
その言葉に、大尉は三島特務大尉に向けていたいやらしそうな視線を慌てて誤魔化すとポランドに顔を向けた。
「いえいえ。わかってはおります。ですが臨検を強化しろという達しが来ましてな。仕方ないのですよ。わははは」
「そうでしたか。それはお仕事大変ですね」
「いえいえ。それで一つお聞きしたいのですが、こちらの方々は?」
「ああ、フソウ連合の商人の方です」
そう言った後、大尉に近づき耳打ちする。
「うちと密な取引のある方でね。この方々に失礼があると今後の取引に影響が出かねませんのでよろしくお願いいたしますよ」
「おお、それは……」
驚いた表情の後、大尉は恭しく頭を下げた。
一気に紳士たる態度を取るものの、先ほどの態度がある分、わざとらしさに拍車がかかる。
要はからかわれているかのような印象だ。
そして丁寧な口調で言う。
「これは失礼いたしました。ようこそ、公国へ。こちらは商談に?」
その問いに川見大佐が表情を崩さず答える。
「ああ、その通りです」
「そうでしたか。では、どこに滞在されるのですか?」
相手の心をのぞき込むような視線。
不快極まりない視線を平然と受けつつも、川見大佐はその数倍の冷たい視線を返しつつ言い返す。
「わざわざ報告しなければなりませんかね?」
それは丁寧な物言いであったが、『手前には関係ないだろうが、いい加減しろや、三下』と周りには翻訳された。
だからだろうか。
ポランドが慌てて横から口を挟む。
「いつものホテルの予定ですよ」
まさかそう言われると思っていなかった大尉は一瞬唖然とし、ぶるりと身体を震わせる。
恐怖を感じたのだろうか。
だが、それでも何とか舐められないように慌てて微笑みを浮かべる。
その時だった。
部下らしき兵が報告に来た。
「積み荷等問題ありません」
「そ、そうか」
報告を受け、大尉はそう言うと「臨検は終わりですな。では失礼します」と慌てて告げると敬礼して退室していく。
その慌てぶりに船橋に残ったポランドや乗組員は大尉が退室と同時に噴き出していた。
どうやら、この場にいた全員が大尉はいけ好かないやつという認識で一致していたらしく、そんな相手を一睨みで震え上げさせたというのはかなりツボであったようだ。
そんな中、川見大佐は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまん。少し大人気なかった」
「いやいや。恐らく臨検を口実に色々言うつもりだったのでしょう。元々、この船は臨検を免除されていますから、抗議しておきますよ」
ポランドがそう言うとまた笑った。
そして、今後の事を話す。
「今日はこのままホテルで休んでいただいて、明日か明後日に会談できるよう手配いたしましよう」
「ああ、頼む」
こうして、川見大佐と三島特務大尉は公国に降り立つ。
しかし、そんな二人に向けられる監視の目があった。




