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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第四章 帝国の胎動と現状

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第一次シマト諸島攻防戦 戦いの後に…

敵艦隊迎撃で出航した北方方面艦隊が母港である北部基地の港に戻ってきたのは、すでに夜が明けて昼近くになってからだった。

掃討戦と漂流者の救助にかなりの時間がかかり、それぞれ短時間の休憩は取ったものの、それでも疲れ切っていた艦隊の面子が港で見たものは、本部から増援として派遣された艦隊だった。

「ほぉ…準備がいいな」

野辺大尉が感心して言うと、木曽が冷ややかな目でその様子を見ながら口を開いた。

「さすがは、長官ですね。実に兵士達の事を考えていらっしゃる」

「なにがだ?破損した艦のある部隊の増援じゃないのか?あれは…」

きょとんとした顔で野辺大尉が聞き返す。

木曽は、その顔をまるで信じられないものを見るような目で見た後、ため息を吐いた。

「確かに増援もあるでしょう。あれは第九駆逐隊の駆逐艦睦月、如月、長月の三艦ですね。でも、私が言いたいのは、その後ろにいる艦です」

そう言って木曽は指を刺す。

指の先には、白い中型船と白っぽい軍艦色と普通の軍艦色の迷彩が施された中型艦があった。

「あれは…知らない艦だな…」

野辺大尉の言葉に、がくんと崩れ落ちそうになる木曽。

しかし何とか踏みとどまって野辺大尉をぎろりと睨む。

その視線に恐れをなしたのか、野辺大尉が慌てて言い訳を言う。

「ほら、支援艦って別に知らなくても問題ないじゃないか」

だが、その言葉は言い終わらないうちに木曽の怒りに満ちた言葉で塗りつぶされる。

「問題大有りです。支援艦がなければ、戦う事も出来ないのですよ。座学で習ったでしょうが!!」

「あ…そういう話だったけど…あんまし実感がなぁ…」

はぁ…。

木曽は深くため息をつくと、指差しながら説明を始めた。

「あの白いのは、最近就航した第一支援隊の病院船氷川丸、それであの軍艦色の迷彩の艦は第六支援隊の給糧艦間宮ですよ。戦った兵士達の慰安と治療の為に長官が派遣したんでしょう。さすがは、海軍の総司令長官ですよ。兵士達の事をよく考えていらっしゃる…」

木曽はそこまで言った後、今度は見下した視線を野辺大尉に向ける。

「それなのに、貴方はっ…。兵がいなければ戦えないのですよ。それとも、貴方一人で何でも出来るとでも思っているのですか?もしそう思っているのならそう言いなさい。すぐにでも私が的場少佐に掛け合って、二等兵からやり直させます」

「いや…そんな事は…」

恐る恐るそう言う野辺大尉に、木曽はニタリと笑って言う。

「そういえば、貴方と的場少佐って…すっごく仲がよくないと聞きました。私が言えば、前向きに的場少佐は検討してくれるでしょうね」

そう言われ、野辺大尉は白旗を上げた。

「すみませんでした。以後、気をつけます」

「わかればよろしい」

そう言った後、木曽は少しほっとした表情になる。

「しかし、助かりました。この基地には病院はあるものの、施設としてはまだまだでしたからね」

「まぁ…そうだな。仲間や知り合いが死ぬのは見たくないからな…」

しみじみと言う野辺大尉に、木曽はやっと微笑を見せた。

「そういう気持ちを忘れないでくださいよ」

「ああ。ありがとう…。勉強になった」

素直に野辺大尉が頭を下げる。

それに満足そうに頷いた後、木曽は「じゃあ、報告とかが終わったら行きましょうか」と言った。

「へ?どこにだ?」

野辺大尉がきょとんとして聞き返す。

「決まっています。負傷した兵士達のお見舞いですよ」

「えっ?!別に行かなくても…」

「何を言っているんですかっ」

さっきまでにこやかに成りつつあった木曽の表情がゆっくりとだが不機嫌なものになる。

「負傷した部下の見舞いをしなくてどうするんですかっ」

「でも、そういう事をするって聞いた事ないぞ。それに負傷した者達は俺の直接の部下じゃないんだし…」

恐る恐る反論する野辺大尉に、木曽は冷めた視線で睨みつける。

確かに、司令官補佐である彼に直接の部下はいない。

しかしだ…。

それは屁理屈でしかない。

だからこそ、木曽はきつい口調で言う。

「何を言うんですかっ。貴方の指揮の元で一緒に戦った仲間じゃありませんか。それに貴方がもし逆の立場ならどうですかっ」

「あ…確かに…されたらうれしいかな…」

「そうでしょう。そうでしょう。それに、海軍指令長官である鍋島長官もガサ沖海戦のときに真っ先にやったのは、部下達への苦労のねぎらいと負傷者のお見舞いだそうです」

木曽の言葉に野辺大尉が驚いた表情になる。

彼から見たら海軍司令長官で、地区の責任者であり、さらに政府の重要ポストの一角を占める上の存在の人間がそこまで気を使っているということに驚いたようだった。

「すごい人だな…」

そして、その感心した様子の野辺大尉に木曽はぼそりと言葉を付け加える。

「多分、的場少佐なら誰の助言もなくても実施されるでしょうね…」

最後の言葉の効果は抜群だった。

「よしっ。木曽っ。時間が空いたら見舞いに行くぞ。その時は付き合ってくれよ」

野辺大尉ははっきりと宣言する。

その様子を無表情に、でも目を細めて聞いた木曽は、「わかりました。お供しましょう」と答えた。

心の中で、うれしく思いながら…。



「しかし、さすがは長官ですね。手回しがよくて助かりますよね」

司令官室で報告書に目を通している的場少佐を横目に、ソファに座ってお茶をすする最上がぼそりと口を開く。

「ああ。そうだな。工作艦がいるとは言え、損傷した艦艇の修理には時間がかかるからな。予備の補充戦力は本当にありがたいし、何より病院船と給糧艦の派遣は何よりも助かるな」

報告書に目を通しながらそこまで言った後、最上の方に視線を向けて苦笑しつつ的場少佐は言葉を続けた。

「本当にすごい人だ。山本の親父さんもすごいと思ったけどさ、長官はそれ以上だよ。兵の事をすごく大事にしているのがわかる。人権がどうのだのだけ言っている似非な連中とは比べ物にならないな」

「それって…人権擁護団体の事ですか?」

「ああ。それだよ。シュウホン島にできたっていう気持ち悪い連中だ。権利ばかり主張して、何一つ義務を果たさない屑どもとしか思えんからな、連中の言い分は…」

吐き捨てるように的場少佐は言うと顔をしかめた。

心底、そう言った連中が嫌いらしい。

「まぁ、変な方向に勘違いしている連中も多いといいますしね。それはそうと、人権擁護団体とは別に人は平等だって言っている人たちが要るって知ってます?」

「ああ。それも知ってるぞ。人は皆、平等でなければならないっていう連中の事だろう?」

「ええそうです。社会主義どうのこうのっていう名前だったかな…その団体…」

最上の言葉に、的場少佐はますます嫌な顔をした。

「そいつらも屑だ。人は平等ではない。努力したものが栄え、何もしないものが落ちぶれるのは当たり前だ。それがなければ、誰も何もしなくなっていくぞ。それにだ。連中は、平等と公平を履き違えているからな。確かに公平さは絶対に必要だが、平等は絶対に必要な物ではないしな。現に人はそれぞれ持っている能力も才能の向き不向きも違うだろう?それを平等で一縛りにするから聞いてて胸糞悪い話になるってわかっていない阿呆ばかりらしいからな、やつらは…」

散々毒を吐く的場少佐に苦笑して最上が聞き返す。

「えらい悪辣な言い方ですね。何かいやな事があったんですか?」

その言葉にふんっと鼻で笑った後、読み終わった報告書から手を離してお茶をすすって口を湿らせてから的場少佐は口を開いた。

「最上は、俺の実家が海運業をやっているのは知っているな?」

「ええ。伺ってますが…」

「海運業だから、シュウホン島にも支店があってだな、そこに子供のころ親父に連れられて行ったことがあるんだ。その時にな、支店にそういった社会主義なんとかっていう思想の馬鹿どもが押しかけて大騒ぎになったことがあるんだよ。それを見てからというもの、そういった連中は屑で阿呆という認識になったんだ」

「連中、何やったんです?」

「富を分配するんだって騒いでな。店のものや金を強奪しようとしやがった。無理難題のいちゃもんつけるチンピラと変わらない存在でしかないぞ、ああなってきたら…」

その言葉を聞き、最上も露骨に嫌な顔をする。

「うわー…それはひどい…」

「連中、自分の主張が正義だと思っているからな。正義の為なら何をやってもいいって思考に固まっちまっていてな。どうみても気が狂っているとしか思えなかったよ」

「それで、連中はどうしたんです?」

「ああ、当時の治安維持組織である警邏隊に捕縛されて、聞いた話だと危険分子として離島での強制労働になったと聞いたけどな…」

「それはよかったですね」

「ああ。ああいう連中がのさばる様になっちまったら、その国はもう末期症状と言っていいかもな」

「それは言えるかもしれませんね。権利ばかり主張して、義務を果たさないものばかりになったら国は成り立ちません」

「ああ。だからこそ、そうならないようにしないとな…」

そう言うと、的場少佐は立ち上がる。

「よしっ。いい区切りだ。最上、負傷者の見舞いに行くぞ、付き合え」

的場少佐の言葉に、最上は笑いつつ答える。

「ええ。お供します」

そして二人は司令官室を出た。

その司令官のデスクには山積みの書類が残っている。

その光景は、戦う事よりも準備と後始末の方がはるかに大変なのだと物語っているようだった。

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