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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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後始末  その2

それはいきなりであった。

今まで難しそうな顔で話をしていた男性三人組が、カウンターで食事をとっていた客たちが、バックや懐から銃を取り出して一斉にこちら側に向けたのは……。

それはあまりにも信じられない光景だった。

まるで目の前で別の世界で行われている事を感じる感覚。

そう、夢と思える光景が繰り広げられたのである。

もっとも、夢は夢でも悪夢の類ではあったが。

勿論、トイレに行った男以外の部下達も驚き固まっていた。

そして鳴り響く銃撃の音。

吹き飛ぶテーブルや椅子。

その上に乗っていた皿やコップが砕け、トルベッコイ部長と残っていた彼の部下は蜂の巣になった。

飛び散る血と肉片。

まさに惨劇と言っていい光景だった。

そして床に倒れ込み、トルベッコイ部長はなぜこうなったのかと考える。

うまくやっていたはずだ。

確かに自分を恨む相手はいたし、反対勢力もいた。

しかし、ノンナ様は私を、私の能力を、そして私の作った組織を必要としていた。

あの方さえいれば、どんな事態になろうともこうはならなかったはずだ。

なのに……。

なぜ……。

死ねない。

死ねないのだ。

あの(アデリナ)に……。

あの皇帝(アデリナ)の一族を皆殺しにするまでは……。

血の海と化した床でトルベッコイ部長はもぞもぞともがく。

水たまりに落ちた醜い芋虫のように。

本当ならもう死亡してもいいはずの傷だ。

なのに、それでも彼は動こうとした。

それは意志のなせる業だ。

だが、それも限界がある。

血か失われ、そして意志さえも闇の中に沈み込んでいく。

なぜだっ。

なぜ私はここで死ななければならないのか。

そんな思いを抱いてアンドレイ・トルベツコイは動きを、思考を止めていった。

こうして、ノンナ・エザヴェータ・ショウメリアの片翼であり、公国において対外的な諜報を牛耳る人物は死ぬ。

そして、それと同じ頃、軍の一部によって強襲を受けたトルベッコイ部長の息のかかった部下達は、そのほとんどが死亡する事となったのである。

まるでこれからの公国は対外に対しての諜報が必要ないと言わんばかりに……。



「作戦成功いたしました。トルベッコイ部長を含め、主な彼の部下は死亡が確認されております」

副官からの報告に、公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル上級大将は、ただ「そうか」と短く返事を返したのみであった。

その表情には皺が深く刻まれ、まるで苦行に耐え忍ぶ僧侶のようであった。

そんな上官を見かねたのだろう。

副官が口を開く。

「長官は正しい事を、ノンナ様の指示を実行しただけです」

その言葉に、フョードル上級大将は苦笑を漏らした。

「ありがとう。だがな、いくら憎んでいたとしても同じ釜の飯を食った仲間だったからな」

その言葉に、自分の上官の責任感と情の強さに副官も苦笑した。

あれ程憎んで嫌悪していたはずなのに。

なのに、この人はそれでもなお、やってしまった事に対しての責任と憎んでいた相手への情を持ち合わせているのだと。

だが、それでも今はまだ終わってはいない。

だからこそ、心を鬼にする。

「ですが、彼らが生きていれば、間違いなくノンナ様の希望通りにはならない要因になったのは間違いありません。それは長官もそう思われていたからこそ、計画にゴーサインを出されていたのでしょう?」

「ああ。彼らはノンナ様がいてこそ公国の役に立てる存在だった。もしそれが無くなったらどうなってしまうかは……」

「それがわかっているのなら、公国の為、ノンナ様の最後の命令を遂行するため、躊躇することなくご命令を」

そう言い切られ、フョードル上級大将は益々苦笑する。

部下に心配されている事に気が付いたからだ。

そして困ったような表情をして頭を掻く。

それは自分の不甲斐なさを誤魔化すかのようだ。

だが、すぐに真剣な表情に戻るとふーと息を吐き出して命令を下す。

「わかった。これで第一段階は終了とす。すぐに第二段階に進め。あと、この動きは、旧連邦勢力や帝国、それに事情を知らない公国軍には気取られるな」

「はっ。了解しました」

そう言うと副官は退室していく。

その後姿を見送った後、フョードル上級大将は立ち上がって窓際に立った。

すでにかなり遅い時間帯で、間もなく日付が変わろうとしている。

そんな闇の中、まるで生命の火のように光る街の灯り。

その光景を眺めつつ、フョードル上級大将は呟く。

「閣下……」

そのたった一言。

それだけでフョードル上級大将がノンナに対して絶対的な忠誠を誓っているのがわかる。

それ程に意思が感じられる呟きであった。

そして、ため息が漏れ、表情が変わる。

さっきまでの真剣な表情から、苦笑が混じった困ったような顔だ。

「トルベッコイ、地獄で待ってろ、俺も行くからな」

それは、嫌悪するほど憎んでいた仲間への手向けの言葉のようであった。



翌日、公国軍全軍に進軍停止と現状維持の命令が下される。

それは余りにも急な命令であり、各軍団の上層部は驚き、抗議と理由説明を求めた。

その問いに対して、行われた返答は、軍内部に入り込んでいる他勢力の工作員を洗い出す為と返されたのであった。

実際、対外的な諜報戦で押されていると薄々感じ始めていたものが多かったのだろう。

その言葉に、ほとんどの者は納得したが、それでも反発はあった。

旧連邦の支配地域を手に入れる絶好のチャンスを逃すのかと。

だが、そうは言っても命令である。

反発しつつも結局は従うしかなかったのであった。

たが、そういう名目で行われたのは、トルベッコイ長官の息のかかった者達の排除である。

次々と連れていかれる仲間たちに、何も知らない他の者達は誰も彼もが驚き不安になっていき、それに比例するかのように上層部に対しての不信は大きくなっていく。

そして、決定的になったのは、艦隊が港に戻り、ノンナの負傷としばらくの指揮をフョードル上級大将が行うと発表されてからだった。

各軍団ともその発表に不信感を増したが、特に第一軍団のリスカ・ハーデンバルク・フチュチュリス大将は憤慨していた。

「やはりあの男がやったか」

そう吐き捨てるとテーブルを強く叩きつけた。

陸軍出身の彼にとって、海軍のそれもノンナの寵愛を受けて一気に階級が上がり一気に軍のトップに立ったフョードル上級大将にいい印象は持っていなかった。

それどころか敵対心が強かった。

だが、だからトルベッコイ長官と手を組む気にはならなかった。

なぜなら、トルベッコイ長官も彼にしてみれば、どこのどいつかわからない人物であり、自分の敵対者と思っていたからだ。

だが、それを出せば潰される。

そう警戒し、表面上は友好的な態度で対応していた。

しかし、今回の事はそんな我慢強い彼の忍耐を突き破っていた。

「ふざけるな。これはれっきとしたクーデーターではないか。許せん」

その言葉に、副官が頷きつつ口を開く。

「それならば、今回命令された進軍停止と現状維持も他勢力の調査というよりは……」

「要は、自分達に反抗する連中をつるし上げる為という事か」

「恐らくは……」

がんっ。

フチュチュリス大将はテーブルを再度強く叩く。

先ほど以上の音が響き、それは怒りがどれほど高いかを示していた。

「あの野郎がっ」

そんなフチュチュリス大将に副官が囁く。

「ならば、今こそノンナ様に忠義を示す時ではありませんか」

その言葉に、フチュチュリス大将の動きが止まった。

「何?どういうことだ?!」

「連中は、まだこちらの思惑をわかってはおりません。ですから、現状維持の命令に従う振りをして……」

そこで副官が言いたいことが分かったのだろう。

「なるほど……。で、どうする?」

その問いに、副官がニタリと笑った。

その言葉を待っていたと言わんばかりに。

「他の軍団の指揮官と連絡を取ります。それと軍司令部のモンパダニア中将にも……」

モンパダニア中将という名前に、一瞬ムッとした表情になったが、それでも副官がなぜその名前を出したかすぐに理解したフチュチュリス大将は何も言わずに黙っていた。

モンパダニア中将は、元々海軍出身だったが、上位である自分を差し置いて総司令官になったフョードル上級大将に対して恨みを持っていたのだ。

だからこそ、彼を倒すとなれば協力は惜しまないだろう。

そう判断したのである。

「なるほど。それで一気にか?」

「はい。彼らは海軍主体ですから、陸の事は我々の方が一枚上手かと」

「わかった。貴官に任せよう。すぐに動きたまえ」

そう言うとフチュチュリス大将は満足そうに頷いて椅子に座った。

彼にしてみれば、ノンナは海軍の連中に騙されてしまっているとしか考えていなかったのである。

それ故に、今回の件も、ノンナ負傷をいい事に海軍関係者が好き勝手にやり始めたとしか彼の目には映らなかったのであった。

こうして、ノンナが表舞台から姿を消した途端、不協和音が鳴り始める。

それは公国という国が、いかにノンナという唯一無二の存在で繋ぎ留められていた歪な国であったという証でもあった。

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