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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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連邦解体宣言後……

フリストフォールシュカの連邦解体宣言は、あっという間に旧帝国内に広がった。

公国の最高指導者であるノンナ・エザヴェータ・ショウメリアの耳にも第一軍団の報告よりも早く届き、その報告にノンナはため息を吐き出すと空を睨みつける。

まるで天が自分のやる事に難癖をつけているかのように感じたからだ。

だがすぐに思考を切り替える。

恨み辛みは原動力にはなっても思うだけでは何も生み出さないからだ。

今はただ現状を把握し、より低規格な道を進むのみ。

そうする事で道は開ける。

良くも悪くも……。

だからその情報を受けると彼女の行動は素早かった。

まずは、今回の宣言で間違いなく発生する混乱で足の止まる陸での戦いよりも艦隊決戦を優先したのである。

「しかし、それでは帝国にこちらの動きが筒抜けになってしまいます」

その決断を聞き、彼女の懐刀であり、公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル上級大将は反対した。

確かに今の状態でも帝国に動きは洩れているかもしれないが、それでもまだバレていない可能性はある。

いや、南部や東部に派遣された敵の艦艇がまだ主港に戻ってきていない事を考えるとその可能性は高い。

なのに、それをかなぐり捨ててやっていいものだろうか。

それに急げは急ぐほど、チェックは甘くなり、ミスも増える。

恐らく帝国との一大決戦となるのは間違いない以上、万全の状態で臨みたい。

そんな思いがあるからだ。

だが、それはノンナも考えていた。

しかし、彼女はもう帝国にバレているという考えで動いていたのだ。

今の諜報戦では間違いなく、帝国が有利だ。

ならば、バレていると考えて動くべきであり、時間をかけて敵の準備が整う前に何としても戦いたかったのである。

少しでも有利に。その思いが強すぎたのかもしれない。

それはノンナが無意識のうちにアデリナを恐れているからである。

彼女の副官として常に戦場で二人は一緒であった。

それ故に、アデリナの怖さを知っているからである。

例えこっちがはるかに有利な条件でも、圧倒的な戦力でも、あの女は何かやってくる。

その思いが心に刻み込まれていた。

そして、結局、フョードル上級大将は、ノンナの意見を受け入れる。

主人を信じて最善を尽くすしかない。

そう切り替えたのである。

「わかりました。最善を尽くします」

フョードル上級大将は短くそう言うと敬礼し退室しようとくびすを返す。

だが、すぐに呼び止まられた。

「ビルスキーア、ちょっと待ってくれ。貴官に頼みがある」

ノンナの言葉に、フョードル上級大将は目を細めて再び彼女の方に顔を向けた。

ノンナの表情はさっきまでの引き締まった決意の表情ではない。

まるでよからぬ悪戯を告白する子供のような表情だ。

その表情に、フョードル上級大将は表情を緩める。

今この執務室には他の者はいない。

「なんでしょうか」

そう聞かれ、ノンナはデスクから一枚の封筒を取り出すとフョードル上級大将に手渡す。

「これは?」

「今の公国は、私というピースで繋がっているだけにしかすぎん。だから、もし何かあった時の対応を最も信頼できる貴官に託したいのだ」

その言葉に、フョードル上級大将は驚くと同時に納得した。

今度の戦いでアデリナとの決着をつけるつもりだと判ったのだ。

その強い決心に一旦躊躇したものの、フョードル上級大将はその封筒を受け取る。

フョードル上級大将の何ともいえない表情に、ノンナはクスリと笑った。

「何、保険のようなものだ。私は、あの女には負けない。絶対にな。だが、もし何かあった時、その時、一番厄介なのは……」

「アンドレイの野郎ですな」

フョードル上級大将がそう即答するとノンナは苦笑して頷く。

「あの、あの女への復讐心は買うが、それがあまりにも度を過ぎているのと、私という抑えが無くなった場合、暴走しかねないからな」

ただの一介の幕僚程度ならのだいいのだが、今のアンドレイ・トルベツコイは情報部長としてかなりの権力を持つ。

もしノンナに何かあった場合、暴走し、公国に不利益をもたらしかねないと判断したのである。

そして、それはフョードル上級大将も同じであった。

「私も同意見です。ですのでいざという時の為の準備は進めております」

そう言った後、ニタリと笑みを浮かべて言葉を続けた。

「あの男には、散々裏で煮え湯を飲まされましたからね」

「そうか。なら頼む。私は、このあとポランド殿と来月の物資の件で打ち合わせがあるからな」

「打ち合わせですか?」

「ああ。それに間違いなく艦隊の被害は大きくなるだろう。その際の修理や補給の件もあるからな」

確かにビスマルクを始めとする規格外の艦艇は、フソウ連合の修理に頼るしかない。

今の公国の造船技術の現状では、応急修理が関の山である。

つまり勝った後の算段の為にポランドと会うのだ。

さっきまで負けた場合の話をしていたのに、急に勝った時の先を見据えての話に切り替わり、フョードル上級大将は複雑そうな表情になった。

その顔を見て、ノンナはクスクスと笑う。

戸惑うフョードル上級大将の心境がわかったから。

「そんな顔をするな。私だって勝つつもりだし、恐らくそうなるだろう。だが、念のために色んな場合を準備しておかなければならんだろう?」

からかうような口調に、フョードル上級大将は苦笑を浮かべる。

「確かにそうですな。ですが、私としては勝った算段しか考えないようにいたします」

「まぁ、貴官ならそう言うだろうな」

ノンナは頷くと言葉を続ける。

「だがね、絶対に勝たなければならないと判ってはいても、何が起こるかわからない。私はね、心配性なんだよ。それに……」

そう言い切ってノンナは雰囲気を吹き飛ばすかのように笑い飛ばすと退出するように手を動かした。

それを受け、フョードル上級大将は頷くとドアに向かう

ノンナの心の中の決意をしっかりと感じて。

そして、この戦いで必ず彼女を勝たせると決心して……。



フリストフォールシュカの連邦解体宣言は、帝国皇帝アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチの元にもすぐに届いた。

「とんでもない事やったわね、あの狂人が……」

その報を聞き、そう呟くとアデリナは素早く対応に動いた。

アデリナは今回の件でノンナが少しでも有利になるように動くと予想しており、それならばと判断してすでに動かしていた南部、東部の艦艇の一部の集結を急がせたのである。

集結場所は、今や帝国の秘密港となるシクレヤーバヤーバン。

ここは、公国に知られることなく艦隊を隠すだけでなく、侵攻してくる公国艦隊を後方から牽制するのに最も適した位置にあった。

そして、艦隊戦の準備を進めると同時に、アデリナはヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフに秘密裏に接触持った。

恐らく、グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵は表には出で来ないだろう。

なんせ、帝国では彼は死んだことになっているのだから。

ならば、彼のもっとも信頼する部下と会うしかないという事になったのである。

秘密の部屋にてヤロスラーフと満開したアデリナは実に楽しげであった。

そのご機嫌な様子に、ヤロスラーフは怪訝そうな顔で聞き返す。

「陛下、なぜご機嫌なのです?」

ヤロスラーフにしてみれば、あれだけ骨を折って結んだ休戦条約がたった一人の為に無駄になってしまったのだ。

面白いはずもない。

それに今回の事からあの(ノンナ)なら間違いなく艦隊決戦を急ぐだろう。

そうなると帝国は準備が整う前に戦う事になりかねない。

なのになぜ……。

そういう思いから出た言葉であった。

「何、やっとあの女と直接戦えると思うとね……」

自分がかなり不利であるというのは自覚しているが、それ以上に直接戦うという事に喜びを感じているのだろう。

つまり、それだけ相手の事を意識しているという事でもある。

ヤロスラーフ、いや憑依しているラチスールプ公爵としては、政敵はただ潰すのみという感覚でしかない。

どんな手を使っても……。

それ故に、今までそんな感情になったことも、これからなる事もないだろう。

だからどうしても怪訝そうな表情になる。

それに気が付き、アデリナはカラカラと笑う。

「なに、今回貴公を呼んだのは他でもない。戦いに勝った後の話だ」

その言葉に、ヤロスラーフの顔が益々怪訝そうなものになった。

負ける事を考えないのか?

そう言いだげの表情に、ますますアデリナは楽しげに笑う。

「最初から負ける事を考えていたら、本当に負けそうだからな」

その表情からは、負けることを全く考えていないという事がわかる。

「それにね。負けた後の事は負けた時に考えるべきであるというポリシーなので」

そう言い切ると手を組んでヤロスラーフを凝視する。

その目には強い力が感じられた。

負ける事は考えない強者の力が。

人は誰だってもしかしたらという不安を持つ。

だが、それは人に不安と恐怖を引き起こす。

それに前と違い、彼女の肩には多くの人々の思いの重みがあった。

だからこそ、前を向いて進むことしか考えない。

そう心に決めたのである。

それに望みも生まれた。

フソウ連合の艦隊が帝国に寄った事で、夢は夢で終わることなく現実になることが分かったからだ。

だからこそ、今、彼女はヤロスラーフを秘密裏に呼んだのである。

「あなたの主人に伝えなさい。これからいう事を出来る様になりなさいと……」

そう言ってアデリナは希望を口にする。

最初はただ黙って聞いていたヤロスラーフだったが、話が進むにつれて興味津々といった態度になった。

そしてすべての話を聞いた後、ヤロスラーフは興奮気味で言う。

「実に興味深い。それが事実なら、実に実に興味深い」

「ええ。そうね。私もそう思うわ」

ニコリと微笑んでそういうアデリナの言葉に、ヤロスラーフは慌てて取り繕うように気を落ち着かせた。

彼女には、この身体に憑依しているのがラチスールプ公爵であるとは教えてもいないし、知らせるつもりもなかったからである。

「しかし、それを行うには莫大な費用と人材が……」

「ええ。わかってます。でもね、私は帝国の皇帝なの。その意味わかるわよね?」

そこにはゆるぎない決心があった。

彼女はこの希望をかなえるために、何でもするだろう。

そう感じさせる決意の言葉であった。

「なるほどわかりました。だが、そうなりますと魔術師ギルドの再建も……」

「勿論ですとも。全面的にバックアップするわ」

その言葉に、ヤロスラーフは口を開く。

「それは間違いなく?」

「ええ。だってそうしなければ、私の希望はかなえられないんでしょう?」

「はい。その通りです」

「なら、問題ないわ。約束しましょう。そうラチスールプ公爵には伝えてほしいの」

そう言い切られ、ヤロスラーフは神妙な顔で頷く。

「わかりました」

そして、言うか言わないか迷うような素振りを見せた後、我慢できなくなったのか言葉を続けた。

「それと一つお聞きしても?」

「ええ。構わないわ」

そう言われたものの、一瞬躊躇する。

その質問ですべてがないものにされるのではという不安が心を過ったのである。

だが、好奇心には勝てなかったのか、ヤロスラーフは口を開いた。

「もし、その希望がかなった時、陛下は何をされるのですか?」

その言葉に、アデリナはニタリと笑った。

その笑みは獲物を見つけた肉食獣のようだ。

そして、口を開く。

「きまっているわ。愛の為よ。それ以上でも、それ以下でもないわ」

ドロドロとした感情のうごめきを感じ、ヤロスラーフはごくりと唾を飲み込む。

そして、感じた。

この(アデリナ)は自分と似た者同士だと。

そして、納得する。

なぜ、ここまでアデリナにお膳立てをしたのかを……。

確かに、二人とも実に素晴らしい才能を待つのはわかっていた。

だが、ノンナにつけば、もっとより簡単にうまくいったのかもしれない。

だが、それをしなかったのは……。

そこまで考えて、ヤロスラーフは思考を止める。

今更過去を振り返っても何も変わらないのだから。

ならば、先を見ていくしかない。

「わかりました、陛下。主人には陛下を全面的にバックアップするように伝えておきます」

「そうか。それは頼もしい。では期待しておいてくれ。私の勝利を……」

ヤロスラーフは深々と頭を下げる。

「了解いたしました」



こうして、公国と帝国はそれぞれの艦隊戦力を動かす。

そして、三日後、両艦隊は接触し、遂に『スカンジナバトル海戦』が始まる。

帝国と公国の雌雄を決する戦いが……。

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