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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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嵐の前の静けさ その一

首都攻防が始まり五日目。

その日もノンナ・エザヴェータ・ショウメリアの元には多くの情報が集まっていた。

特に注目すべき情報は、帝国の動きと首都攻防に関してだったが、どちらも計画の予定通りという感じであった。

帝国軍は公国との戦いの場所となる要所要所の警戒は怠らずに南下して連邦軍との戦闘を継続していたし、首都攻防の方は予想以上の連邦軍の士気の高さと抵抗の強さに驚いたものの、それでも想定を超えるものではなく、恐らく三週間もかからず降服、或いは陥落するとみられていた。

また、休戦後の帝国海軍主港への奇襲作戦の方も着々と準備が進められていたが、完了するのには十日程度は必要であった。

これは一気に物資や艦隊を集めるとその動きから作戦が漏洩するという思惑があり、少しずつ行われていたためである。

だが、首都攻略を二~三週間程度と考えれば問題ない。

全ては順調に進んでいる。

報告会に参加した者は、誰もがそう思われていた。

しかし、報告会が終わろうとした時、とんでもない緊急報告が入る。

首都攻略を担当している第一軍団より届けられた緊急報告。

それは連邦の最高責任者であるティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカを捕縛したという報告であった。

伝令がその言葉を口にした時、報告会に集まっていた誰もが唖然としていた。

抵抗が激しく、短期間での攻略は不可能である以上、計画通りに二~三週間かけて攻略するしかないと決まったばかりであったからだ。

「それは間違いないのかしら?」

皆を代弁するかのようにノンナがそう聞き返す。

その問いに、伝令は頷き、再度文面を読み上げる。

「はっ、第一軍団の司令官フチュチュリス大将より直接命令を受けました。『連邦最高指導者ティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカを捕縛する。処遇及び今後の対応の指示を願う』以上です」

第一軍団の指揮官であるリスカ・ハーデンバルク・フチュチュリス大将は報告に関してはかなり慎重な人物で、余程の事がない限りはっきりしない情報に関しては、未確認ではあるがとか言った言葉を付け、確定情報ではないという事を示す。

しかし、その文面には、それらの記載は一切なかった。

ということは……。

「まさか……真実だという事か……」

フチュチュリス大将の事を知っている幕僚の一人が思わずそう口にする。

だが、それはここにいる皆が思う事だ。

そして、しばしの沈黙の後、ドンと幕僚の一人がテーブルを叩き立ち上がる。

その表情は歓喜に満ち溢れていた。

「これは我々に勝利を掴めというまさに好機ですぞ」

まずそう言い切った後、言葉を続ける。

「このことを公表し、一気に連邦を手中に収めれば……」

だがその言葉は別の人物の言葉で止められる。

「そうそううまくいくはずがなかろうが」

そう発言したのは、公国防衛隊長官のビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル上級大将だ。

その表情は苦々しく、まるで今回の事を好機というより大問題だと言わんばかりである。

そして幕僚のうちの何人かも似たような表情をしている。

「確かにそうそううまくいくはずはないと思います。これを発表し、連邦に降服を伝えればよりこちらの思い通りに動くのではないでしょうか」

「確かに、貴官の言う通りいくかもしれん。しかしだ。これはまた違う意味に取られ得られるかもしれんという事だ」

そう言われて発言した幕僚が聞き返す。

「それは……どういう事でしょうか?」

その言葉に応えたのは、だまってやり取りを聞いていたノンナだった。

「つまりだ。この事で休戦が終わるかもしれんという恐れが強いという事だ」

「ですが、休戦終了は、首都陥落宣言があって一定期間、時間をもってだと……」

「だが、連邦の最高責任者が拿捕され、降伏勧告を行った。それはその条件以上の出来事だと思わんかね?」

もし、連邦が降伏した場合、首都陥落よりも大きな変化をもたらすだろう。

なぜなら、首都陥落しても連邦との戦いはまだ続く恐れが高いが、連邦が降伏したとすれば、連邦との戦い自体が終わってしまう可能性があるのだ。

「考えてもみたまえ。逆の立場なら、どうするかな?」

「そ、そりゃ……」

そう言いかけて、幕僚は黙り込む。

自分がそういいう立場ならどうするかわかったからである。

どうせ休戦など一次的なものでしかなく、ならば言いがかりをつけても少しでも自分に有利に解釈して動くだろう。

なんせ、勝たねば意味がないのだ。

歴史は勝者によって作られていくものだからだ。

その事に気が付かなかった者達も今の会話でわかったのだろう。

皆、困ったような、苦虫を潰したような顔になる。

「確かに強力な手札という事は変わりない。しかしだ。今使うにはリスクが大きすぎる。その上、隠していたとしてもどこまで情報漏洩を防げるか……」

今の状況では、そうそう秘匿できないのではないだろうか。

それを考えれば、秘匿できないことを前提に動くべきだろう。

ノンナはそう考えて視線をビルスキーア長官に向ける。

「各軍団の侵攻状況は?」

「概ね計画通りです。しかし、やはりシスタニンバを落とせなかったのは痛手ですね。南部、東部の帝国軍が集結しやすくなっていますから、かなり入念な準備をしておかないと苦戦は免れないでしょう」

「やはりか……」

ノンナは短くそう言うとテーブルに広がっている地図に視線を落とす。

南部、東部、西部を繋ぐ大きな街道。

その三つの街道を全て公国が抑えれば、帝国軍は終結に時間がかかるだろうし、邪魔もしやすく各個撃破も出来ただろう。

しかし、そのうちの一つ。

それももっとも大きな街道とその街道の中間点にある拠点シスタニンバが帝国に占領されている為、それは無理というものだ。

つまり、陸上での戦いでは恐らく互いににらみ合う泥沼の戦いが付くと予想されるのである。

そうなれば、戦いは長引き、国土は荒れ、人の命を失うだろう。

統一したとしても、その先に待っているのは、疲弊しきった国土と人民となってしまう。

ならば、どうするか……。

ノンナは決心する。

「艦隊の準備の方はどうなっている?」

「はっ。現在、物資の三割、艦隊の集結四割といったところでしょう」

「終わるのは早くてどれくらいになる?」

そう聞かれ、ビルスキーア長官は少し考えこんだ後、口を開く。

「そうですな。今のペースでは少なくとも一週間は必要かと……」

その言葉に、ノンナは遅いと判断する。

今回の作戦の肝は奇襲による攻撃であり、敵施設と準備の出来ていない停泊している艦隊への攻撃であり、海戦よりも確実に敵に損害を与え、一気に制海権を取り帝国を海からじわじわと圧する事で戦いを有利に進める為である。

しかし、今回の情報が洩れれば、休戦の終わりを予想して準備を整えて向かってくることだろう。

正面から戦って負けるとは思わないが、それでも被害は出るだろうし、失った艦船を補充したり、修理するには金も資材も時間もかかる。

それは陸上戦が長引く結果となり、被害は増えるばかりだろう。

ならば……。

「予定を前倒しにします。艦隊の終結と準備を急がせなさい」

「し、しかし、それでは帝国に我々が艦隊戦を行う準備を進めていることがバレてしまうかもしれません」

その言葉に、ノンナはわかっていると頷いてから返答する。

「ええ。そのリスクは高いわね」

「ならば……」

「だからこそよ。今は少しでも時間が惜しいわ。下手したら明日や明後日には、帝国から休戦条約の件で問い合わせがあり破棄される恐れすらあるのですよ。ならば敵がこちらに対して準備が整う前に仕掛けられる状況にもって行くべきではないかしら」

「確かに。情報によれば、敵の艦隊戦力の何割かが南部攻略の為の支援で動いていると聞きますし、東部の方にも艦艇が派遣されたとも……」

つまり、時間が経てば、それらの艦隊戦力は集結し強大な戦力になるという事だ。

確かにビスマルクやシャルンホルストを始めとする戦艦に匹敵、対抗する艦艇は帝国にはない。

しかし、ビスマルクやシャルンホルストが無敵ではないのはフソウ連合との戦いで嫌と言うほど実感させられた。

中型艦や小型艦、敵の基準で重巡洋艦、駆逐艦で構成された艦数もこちらよりも少ない相手に負けたのだ。

旗艦テルビッツは自沈処理、他の艦艇も無傷なものは皆無であり、帝国史では引き分けとなっていたが、まさに大敗と言ってもおかしくない戦いであった。

それが頭を過ったのだろう。

「わかりました。少々リスクは伴いますが、準備を急がせましょう」

ビルスキーア長官はそう言うとふーと息を吐き出して一呼吸置き言葉を続ける。

「四日。四日頂けませんか?」

その言葉にノンナは頷く。

「わかったわ。四日で終わらせて。そして、五日目には、艦隊を出港させるわ」

そして、視線をビルスキーア長官から情報部長のアンドレイ・トルベツコイに向ける。

「もう遅いかもしれないけど、捕縛の情報をこれ以上漏洩しないように厳重にチェックするようにしておきなさい。それと艦隊の準備に関しても」

それを受けてトルベッコイ部長はニタリといやらしい笑みを浮かべた。

私の出番ですな。

そう言わんばかりに……。

「了解しました。ですが、私は別の手を進言いたします」

「別の手?」

ノンナが少し驚いたように聞き返す。

ビルスキーア長官の表情が苦虫を潰したようなものになった。

また、引っ掻き回す気かっ。

そんな意思が見て取れる。

だが、それをスルーしトルベッコイ部長は口を開く。

「はい。どうせ漏れるかもしれないのです。どうせなら流しましょう」

その言葉にビルスキーア長官が呆れたような抗議の声を上げた。

「貴官は、ノンナ様がいった事がわかっているのか?」

その抗議も何事もない表情のままトルベッコイ部長は淡々と言い返す。

「わかっております。ですが、漏洩したかもしれない情報を必死に漏洩を防いだとしても意味がありません。また、もし漏れていたら、必死になって隠そうとすればするほどその情報は正しいと相手に認識させてしまうだけではないでしょうか?」

そう言われ、ノンナの眉がピクリと動く。

「すると……わざと情報を流すことによって相手を惑わせるという事?」

「その通りでございます」

そう言うとトルベッコイ部長はビルスキーア長官を小馬鹿にしたように一瞥し、ご丁寧に鼻で笑った後、ノンナに視線を向けた。

「もちろん、そのまま垂れ流すのではなくいくつか偽の情報を一緒に垂れ流すのです。言うではありませんか。『人混みの中程目立たぬものはない』と」

要は、いろんな情報を流すことによって相手を疑心暗鬼にさせてしまうというのである。

確かに余りにも多すぎる情報に人は簡単に惑わされる。

その中に真実が実はなくても……。

その話を聞き、ノンナはニタリと笑った。

「面白いな。わかった。この件に関しては、貴官に任せよう」

「はっ。必ずや満足いく結果を示してごらんにいれます」

「うむ。期待しているぞ」

「はっ」

そう言うとトルベッコイ部長は恭しく頭を下げた。

それは、ノンナと他の者との差を現しており、彼にとって他は自分よりも格下と思っている彼らしい行動であった。

それを幕僚達は苦々しく見ていたが、何も言わなかった。

だが、そんな中、ビルスキーア長官のみがそんな芝居がかったトルベッコイ部長を冷めた目で見ている。

軽蔑とは違う視線を……。

それは、今までのビルスキーア長官ではありえなかった。

なぜなら、彼が一番トルベッコイ部長を嫌っていたからだ。

しかし、今の彼の目線は冷めているのと同時に哀れみさえ感じさせられる。

だが、その変化にトルベッコイ部長は気が付くことはなかったのである。

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