首都攻防 その2
日付が変わる零時過ぎから始まった公国軍の砲撃は途切れることなく早朝まで続いた。
その砲撃は事前に準備して調整されていたものではあったが、決して正確無比ではない。
それはそうだろう。
現代のようにコンピューターがあらゆるデータを計算し時間をかけて調節するのと違い、人の目で測定し判断するのだ。
空気抵抗、湿度、風、あらゆるデータを判断するわけではないし、結局は長年経験した人の知識と勘に頼る部分は大きい。
そんな状況で一発で目標に当たる訳がない。
それこそ、確率と幸運の女神が微笑んで抱きついた後、熱いキスをくれなければ無理といったところだ。
だからこそ、実際の戦闘の際は何度も撃って微調整しつつ命中させるのである。
だが、砲撃は深夜、戒厳令が引かれて明かりの少ない目標に向かって行われる。
そんな着弾観測も難しい有様で砲撃しつつ微調整などしてもかえって精度はばらけるだけだ。
それに今回の戦いは、被害を与えるという事もだが兵に与える心理的なものも大きい。
首都防衛の連中も、今まで戦ってきた連邦軍と同様に士気も低く、簡単に総崩れとなるだろう。
深夜から六時間近く砲撃して恐怖を煽ってやれば簡単に降伏すると踏んだのである。
それは余りにも楽観しすぎる予想であったが、そう考えてしまうほど途中の連邦軍の抵抗が酷すぎた。
だが、精度の低い砲撃は目標以外のものにも被害を与えていく。
しかし、それでも首都にいた民間人は政府からの指示も命令もない中で混乱せず避難をしていた。
前回の首都攻撃と陥落により、政府は当てにならないと誰もが理解したのだ。
ましてや、士気が低い上に民度も高くない連中が多かった連邦に期待できないとほとんどの者が密かに判断していたのである。
その為、彼らは自分らで情報を集め、何かあった時は区画単位で目標となっている軍事施設や城壁から離れた場所に避難したり、事前に用意していた地下室へと自らの身を守るために行うよう取り決めていたのであった。
しかし、それでも被害が皆無ではない。
だが、それでも、連邦軍よりは遥かにマシであった。
反対に、連邦軍では、情報を得ていた上層部は逃走或いは逃走を企て責任を放棄し決して戦おうとしなかった。
そして見捨てられた者達に襲い掛かるのは恐怖と混乱である。
いきなりの敵の奇襲。
そして、夜通し行われる砲撃。
混乱しない方がおかしかった。
だがそれでも、フルストフォールシュカの出した命令とそれを受けた残った士官たちの踏ん張りで混乱による総崩れだけは何とか抑えることが出来た。
その上、逃げ出した或いは逃走しようとした上層部に対して何をしてもよいというお墨付きを与えたことが大きかった。
普段から上層部に対して不満を持っている者達が多かった為か、彼らには恐怖や不安よりも日頃の恨みを晴らすための怒りという感情が強く作用した。
その結果、混乱はある程度収まり、軍としての機能を取り戻したのである。
そして、そんな中、朝日が昇ろうとした瞬間に公国軍歩兵による突撃が敢行された。
砲撃が収まり、先ほどまで響き渡った砲撃音の代わりに歩兵の叫び声と銃撃音が辺りを支配した。
事前に隠れていた物陰から次々と公国軍歩兵が飛び出し城壁に取りつこうとする。
目標は、砲撃によって崩れた場所だ。
余りにも早すぎる歩兵による突撃。
それは、どうせ今までの連邦と同じで士気も低く、六時間による砲撃で敵は混乱していると公国軍が判断したためだ。
しかし、そうはならなかった。
秩序を取り戻した連邦軍の激しい反撃を受ける事となったのである。
上層部に対しての怒りと追い詰められたという認識がより強い抵抗を生み出したと言っていい。
だが、それでもなお状況は連邦軍にとって不利であった。
公国軍は朝日を背に受けて攻撃を仕掛けているのに対して、防御側の連邦軍は朝日に向かって攻撃しなければならないからである。
「ええいっ。ともかく撃って撃って撃ちまくれ」
現場の士官たちがそう叫び、兵達はただ人影に向かって銃をぶっ放す。
その思った以上に激しい反撃に、これは今までと違うと判断した公国軍の現場指揮官は早々に司令部に報告。
それを受け、歩兵による突撃はまだ早すぎると判断した司令部は直ぐに突撃を中止し、早朝の攻撃はあっけないほど簡単に終了してしまったのであった。
「思った以上に混乱も総崩れもしていなかったか……」
報告を受けて作戦中止の命令を出した後、公国軍第一軍団の最高指揮官であるフチュチュリス大将は息を吐き出すとそう呟く。
そして、視線の先にあるのは首都周辺の地図である。
「ええ。まさかあそこまで強い反撃がされるとは予想外でした」
参謀の一人がそう言うと、周りの幕僚からも同意の声が漏れた。
「やはり首都防衛という事で精鋭が揃っているという事なのでしょうね」
そう発言したのは、軍団再編の際に新しくフチュチュリス大将の貴下に配属されたリベリアムス・トラビスキー中佐である。
その物言いは、彼が事前に油断できませんと苦言を呈していただけに、他の幕僚達からは皮肉にも聞こえただろう。
彼はどちらかと言うと前からいた幕僚達がフチュチュリス大将の意見に同意する事が多いのと違い、常に反対の意見や別の視点で話すことが多く、どちらかと言うと第一軍団の上層部の中では浮いた存在であった。
だが、フチュチュリス大将としては、イエスマンばかりになりつつある幕僚の中で全く違う意見を言う彼に一目置いていた。
だからこそ聞き返す。
「貴官の事前に言っていた事が的中したな。それで、どうすればいいと思うかね?」
そう聞き返されて、トラビスキー中佐は驚いた表情になる。
まさかそう聞き返されるとは思っていなかったのだろう。
だがすぐに真剣な表情になると口を開いた。
「確かに敵兵は今まで戦った連中と違い精鋭で追い詰められ死に物狂いとなるでしょう。ですが……」
そこまでいった後、笑みを浮かべた。
「上層部はどうでしょうね」
その言葉に、フチュチュリス大将はニタリと笑った。
「なるほど。兵は踏ん張るだろうが上が逃げだすという事か……」
今まで戦ってきた連邦軍の事を思い出し、合点がいったのだろう。
幕僚達からも同意の為か頷いたり納得したりした表情を浮かべる者達が出た。
その反応に満足そうな表情をうかべるとトラビスキー中佐は口を開く。
「ええ。ですから、暫くは昼夜問わず砲撃を続け、敵の恐怖を煽りましょう。また、それに合わせてわざと逃げ道を用意しておくんです。獲物がそこに逃げ出してくるように……」
その言葉を受けフチュチュリス大将は益々楽し気に言い返す。
「まるで狩りだな」
「ええ。似たようなものですよ。それに我々の戦う本当の相手は帝国ですから。連邦など前哨戦でしかありません」
「確かにな。ここで戦力を削るのは愚の骨頂といったところかな」
笑いつつそう言うフチュチュリス大将に、トラビスキー中佐は困ったような表情を浮かべた。
そこまでは言ってませんと不満なのだろう。
それが益々面白かったのか、フチュチュリス大将はカラカラと笑う。
そして、命令を下した。
「よし。中佐の助言通りの策で行くぞ。各自、意見をそれぞれ出してくれ」
こうして、公国軍は初期の早期決着の為の強硬策から長期戦に移るかのように動きつつ、罠を仕掛ける形に移行するのであった。
早朝から始まった公国軍の突撃は一時間もしないうちに終了した。
その報告を受け、フルストフォールシュカは満足に頷くと口を開いた。
「どうやら我らの力を知り、怖気づいたようだな」
その言葉に、その場にいた多くの者が満足げに頷く。
「流石でございます、フルストフォールシュカ様」
そう言ったのは、ランカジッド・リベンスキー大佐だ。
今やこの作戦室内では、彼が一番高位の者である。
他はそれ以下の階級の者達ばかりだ。
では、リベンスキー大佐以上の高い階級の者達はどうなったか。
一部の者は運が良かったのか、或いは事前に情報を得ていたのか、ともかくうまく逃げ出すことに成功したが、残りのその大半は逃げ遅れて怒り狂った兵士達の不満で酷い目にあって牢にぶち込まれている。
もっとも、命がある分マシかもしれない。
余りにも恨みを買いすぎた者は、板に括り付けられ公国軍の突撃の際に肉の壁として使われたり、私刑によって殺されたのだから……。
もっとも、それ故に士気はある程度回復し、戦えたのである。
「うむ。それでこれからどうすべきだと思うかね?」
そう言われ、その場にいた者達は黙り込む。
確かに初戦を防ぎきり勝利したと言っていい結果ではあったが、先の事は考えていなかったのだろう。
その様子に、フルストフォールシュカは内心ため息を吐き出す。
逃げ出す時間と機会を得る為には、そう簡単につぶれてしまっては困るのだ。
だから思いつくことを口にした。
「そう言えば予備兵力をまとめた部隊はどうしたというのだ?それに前線を防衛する部隊は何をやっていたというのだ?こうも簡単に敵の接近を許すとは……」
その言葉に、リベンスキー大佐が恐る恐る口を開いた。
「予備兵力も前線の部隊も……」
本当は存在しないのです。
彼はここにいるメンバーの中で唯一、次々と上がっていた戦力のほとんどが架空の戦力であるという事を知っていた。
だからこそ、それを告げようと思ったのだ。
現実を知ってもらわねばならないと……。
だが、もし言ってしまったらどうなるだろうか。
自分が処罰されるだけならいい。
折角勝利しあがった士気を落としてしまってもいいのかと思ってしまったのだ。
その心の迷いが態度に出てしまったのである。
だが、フルストフォールシュカは別の意味で判断した。
「そうか。全滅したか……。だが、彼らは無駄死にではない。職務を全うしたのだ。連邦の為に」
その言葉に、事情を知らない何人かがグッと涙をこらえているのだろう。
身体を震わせている。
その様子にフルストフォールシュカは残念そうな表情で頷くも心の中ではどうでもいいと思っていた。
彼にとって、予備の戦力がどうこうというのが問題ではない。
自分が逃げ出す為の機会と時間稼ぎを行ってもらわねばならない以上、ここで総崩れしてもらっても困るというだけである。
もちろん、そんなフルストフォールシュカの思考が判るはずもなく、リベンスキー大佐は開きかけた口を閉じた。
全滅した。
それでいいではないかと。
「それで、これからどうなさいますか?」
だから代わりにそう聞き返す。
「ふむ。敵の手薄な場所を調べよ。それと敵の戦力もだ」
「では、敵の戦力の手薄なところをついて攻撃を仕掛けると?」
その言葉に、フルストフォールシュカは首を振る。
「いや、まずは援軍を呼ぶために伝令を送り出す。それが先決だ」
「なるほど。援軍で一気に逆転するのですな」
士官の一人が納得したという顔で頷きつつそう言う。
それを受けて、フルストフォールシュカも満足そうな笑みを浮かべた。
「その通りよ。よって当面は、敵の砲撃、突撃に対しての反撃以外は手を出すな。敵の出方を伺う」
「「「了解いたしました」」」
その場にいた士官たちは頷くとそう返事を返すのであった。
こうして首都攻防戦は互いの出方を伺う消極的な長期戦という感じの流れへと移ると一部を除きそう思っていた。
しかし、それはあっけないほど簡単にひっくり返される。
それは、互いに牽制のような砲撃戦が繰り広げられる中、戦闘が始まって二日後、フルストフォールシュカの元に一人の士官が報告に来るところから始まった。
その士官は、初日に密かに脱出路を確保するようにフルストフォールシュカに指示を受けた士官であった。
そして、報告を聞いたフルストフォールシュカは直ぐに決断した。
今がチャンスだ。逃げたすぞと。
そして戦闘が三日目に突入した深夜、事態は大きく動き出す事となるのである。




