首都攻防 その1
帝国と公国が期間限定の休戦を結んでから一週間が過ぎた。
その間、完全に割り切られた結果という訳ではないだろうが、両軍の侵攻速度は以前よりもかなり早くなっている。
帝国と公国の戦闘が減ったのが大きな要因であったが、それだけではない。
連邦の抵抗をそれほど受けなかったのだ。
もちろん、連邦の抵抗がまったくなかったわけではない。
確かに連邦の抵抗はあった。
しかし、連邦軍の士気の低さと混乱、そして離反が続き、抵抗があったとしても微々たるもので、大した被害も出ずにただ戦った後の処理の為の時間がかかるという感じで足止めにもなっていないというのが現状である。
その為、予定よりもはるかに少ない損害と速い侵攻スピードで公国軍第一軍団は旧帝国首都、現ソルシャーム社会主義共和国連邦首都ソルーラムに到着した。
しかし、そこである程度距離を置き、公国軍は一旦侵攻を止める。
それは足並みをそろえる為と偵察のためにだ。
そして、偵察に向かった部隊から第一軍団の指揮官であるリスカ・ハーデンバルク・フチュチュリス大将は信じられない報告を受ける事となる。
「なんだと?!敵に警戒の様子が見られないと?」
その怒鳴りつけるような大きな声に、伝令兵はびくりと身体を震わせるも手に持っている紙に視線を移して口を開く。
「はっ。偵察部隊の報告では、『敵に警戒の動きなし。我々の接近に気が付いていない様子であった』と……」
そして、伝令は参謀に報告が書かれた紙を恐る恐るという感じで差し出す。
それを受け取り参謀が目を通した後、報告は司令官の手に渡り、間違いない事にフチュチュリス大将は信じられないという表情になった。
「偵察部隊は、チャドラム少尉の隊です。見間違いはないかと思われます」
チャドラム少尉の隊は偵察任務に特化した部隊で、秘密裏に動くことに長けており敵の情報収集に優れていた。
だからこそ、参謀がそう声を掛けたのだ。
「わかっている。だから余計に信じられないと思ってしまったんだ」
フチュチュリス大将はそう言うと紙を簡易テーブルの上に置くとふーと息を吐き出す。
「まさか、ここまで酷いとはな」
首都につくまでの接触した連邦軍の酷さがわかっている為だろう。
その口調には呆れ返った色が強い。
だが、それは仕方ない事なのかもしれない。
呆れるほど簡単に降伏する士気の低い兵士。
無意味としか思えない素人丸出しの指揮をする指揮官。
物資不足でロクに抵抗も出来ないボロボロの状態の軍。
もし自軍であれば目を覆いたくなるような末期症状と言っていい有様だろう。
以前、帝国と公国、連邦の三つ巴でにらみ合っていた頃の連邦軍の精悍さはどこに行ったのかと思いたくなる惨状であった。
だから思わずフチュチュリス大将の口からため息が漏れる。
本当なら味方にとっては不謹慎かもしれないが、敵に哀れみを感じでしまったのだ。
そんな気持ちがわかったのだろう。
いや、或いは同じように思ったのかもしれない。
参謀が苦笑を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えたのだろう。
表情を引き締めると口を開く。
「しかし、我々にとっては朗報です。すぐにでも攻撃を……」
その言葉をフチュチュリス大将は押しとどめる。
「待ちたまえ。もし罠であったらどうする?」
まず間違いなくそんな事はないと判ってはいても万が一を考えなければならない。
ここでしくじることは、帝国との休戦終了宣言が首都攻略宣言である以上、今後の展開に大きく左右する。
それがわかっているからこその慎重な言葉であった。
「確かに。ならば……」
「ああ。我々はいつも通りに進めるだけだ。ただし、敵にバレないように気を付けてな」
いつも通り……。
まずは火砲の遠距離からの砲撃戦で敵の攻撃能力や陣を削り取り、そののち歩兵による攻撃を仕掛ける。
つまり、この世界のオーソドックスな拠点攻撃である。
もっとも、それを阻止すべく敵も動くからそうならない事も多いが、まだフソウ連合以外に戦車という存在がない以上、そう言った戦い方が中心となっている。
『味方の砲撃は戦場の女神の祝福』
この世界での兵士達の言葉である。
もっとも、気まぐれな女神の祝福は、誤射という事態で自分達に襲い掛かってくるときもあるのだがそれでもなお兵士達にとって戦場でもっとも頼れる存在であった。
そして、第一軍団も首都攻略という目標の為、数多くの火砲を準備していた。
恐らくその準備と簡単な陣の為に半日はかかるだろう。
距離が離れているとはいえ、気を付けなければならない。
「了解しました。気を付けさせます」
参謀はそう言って地図に視線を落とすと確認の為に聞いてくる。
「では、配置は予定通りで?」
事前にどうすべきかかなり綿密な計画が練られており、地図にはかなりの書き込みがあった。
それを見ているのだ。
「ああ。予定通りだ」
フチュチュリス大将はそう言うと腕を組んで同じように地図に視線を落とす。
そして、まるで地図の先を凝視するかのように睨みつけている。
もちろん、ただ地図を見ているだけではない。
今の彼の頭の中では配置を終えた後の戦いの流れを思考しているのだろう。
それを邪魔してはいけないと思ったのだろう。
参謀は頭を下げると口を開いた。
「では。すぐに指示を出します。恐らく夕方には準備が終わると思いますが……」
「よし。では今のうちに偵察部隊により綿密な敵の配置などを把握するように指示を出せ。日にちが切り替わった深夜零時に砲撃を仕掛けるぞ」
その後の言葉を参謀が続ける。
「そして、早朝から総攻撃と……」
「そういう事だ。だから、準備が出来次第、警戒を残して兵士を休ませろ。ただし、火は使わせるな」
「はっ。すぐに実行させます」
こうして、遂に公国軍第一軍団による首都攻略が始まろうとしていた。
深夜零時。
戒厳令によって静まり返る首都ソルーラム。
もっとも、戒厳令とは言いつつも、軍に緊張感はない。
ただ、惰性で警戒をしていると言った感じだ。
敵が首都に向かって侵攻している。
そんな報告もあったが、士気の低さもあり、他人事のような緩さである。
だが、そんな緩さも一気に吹き飛んだ。
それは、公国軍第一軍団の砲撃が開始されたからである。
途切れ事のない風切り音と爆発が、一気に首都の静けさと緩み切った思考を一掃する。
その時、連邦の最高指導者となったティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカは愛人宅で寝入りかけていた。
三人いる愛人の内のもっともお気に入りの女の所である。
本当なら、甘い言葉と酒を楽しみ、そして快楽に酔いしれた後の脱力感で気持ちよくそのまま寝るはずであった。
だが、その日はそうはならなかった。
それをぶっ壊すほどの砲撃音と振動にたたき起こされたのだ。
攻撃は、障壁や軍施設、後は配置されている火砲陣に集中していたが、全てが必ずそこに降り注いだわけではなかった。
いくら綿密な準備をしてもうまくいかない事はある。
その為、いくつかの砲撃は、事前に調整されていとはいえ目標以外の場所に落ちていた。
そのうちの一発が近くに落ちたのだろう。
ドンという爆発音とそれによって引き起こされる振動。
強烈なそれらにたたき起こされたと言っていいだろう。
「な、何事だっ?!」
飛び起きたフリストフォールシュカは窓に駆け寄る。
そしてそこから見えたのは、火に包まれる首都の障壁部分や軍施設、そして続けざまに起こる爆発であった。
「フルストフォールシュカ様っ」
愛人が駆け寄ってしがみ付くも、それを無理やり振りほどく。
その顔には焦りと恐怖に歪んでおり、その顔を見た愛人は再びしがみ付くことを躊躇う。
「くそっ。何が起こっているのだ?」
そう叫ぶように呟くとフルストフォールシュカは服装を整え始める。
そんな様子を見つつ愛人は震えつつ口を開く。
「フルストフォールシュカ様、なにが……」
そう声を掛けられたものの、フルストフォールシュカとしても訳が分からない以上、答えようがない。
「私がわかる訳がないだろうがっ」
短くそう言うと、退室していく。
その様子を愛人はただ唖然として見送るしかできないでいた。
フルストフォールシュカが官邸に到着したのは、攻撃が始まってから実に二十分が過ぎようとしていた時であった。
建物に入ったすぐ側にいたおろおろしている士官を捕まえると怒鳴りつけるように聞く。
「どうなっている?」
だが、わかるはずもない。
わかっていれば、こんなところでおろおろしているはずもないのだから。
それがわかりフルストフォールシュカは舌打ちするもそれで状況が改善するはずもない。
「ちっ。使えん奴め。すぐに臨時作戦室に向かうぞ」
そう吐き捨てる様に言うと自分の執務室ではなく、何かあった時に使用される臨時作戦室に向かう。
緊急事態の際に軍の指揮官が集まって対処する為の部屋であった。
その間も砲撃は続いているのだろう。
振動と爆発音が途切れることなく続いている。
そして、フルストフォールシュカは臨時作戦室に入ったものの、中の現状に驚く。
確かに軍の関係者はいたものの、少尉以上の者が誰もいなかったのである。
ある意味、もぬけの殻と言ってもいいのかもしれない。
なんせ、指示を出すべき連中が誰もいないのだから……。
つまり、事前に情報を入手した連中や状況を把握した連中は、ことごとく逃げ出すか、逃げ出す準備に忙しいという事である。
その現状に、フルストフォールシュカは一瞬唖然としたものの、すぐに怒りに震えた。
「何をやっておるのだっ」
そうヒステリックに叫んだあと、怒りに震えつつ指示を出していく。
「今ここにいない者で逃げ出そうとしている者は、即刻捕らえよ。そして牢にぶち込んでおけ。戦いが終わり次第、処罰を行う。それと現状の情報を集めさせろ。何もわからんでは話にならん」
その指示を受け、残っていた者達は慌てて動き出す。
特に逃げ出そうとするものを捉えよと言われた者は、怒りに震えつつ頷いていた。
ふざけるな。自分ばかり逃げ出しやがって。
そんな思いがある為である。
そして、次々と指示を出していき、最初に捕まえた士官だけが残った。
その士官と目が合うとフルストフォールシュカは少し考えこんだ後、近くに寄る様にジェスチャーをする。
何事かと思いつつも士官が側によるとフルストフォールシュカはちらりと周りに誰もいないことを再度確認すると口を開く。
「貴官は首都について詳しいか?」
「はっ?」
一瞬何を聞かれたのかと思ったのだろう。
そんな言葉が出たものの、すぐに返事を返す。
「はっ。ある程度は詳しいと思います」
「そうか。ならば貴官に特別命令を下す。他の者には気づかれず用意せよ」
そう前置きすると、フルストフォールシュカは士官の耳に口を近づけて囁くように言う。
最初は怪訝そうな表情であった士官であったが、その言葉に目を見張り、驚いたような表情になった。
そして、その表情に一瞬、怒りと呆れた色が見えたものの、すぐに無表情になる。
「よろしいのですか?」
「何をだ?」
そう言い返されて、士官は一瞬何か言いたげなように口を開けたものの黙り込む。
そして、再び口を開いた。
「いえ、何も。了解しました。すぐに準備に取り掛かります」
そう言った後、士官は伺うように聞き返す。
「それで、その際、私は……」
その言葉に怪訝そうな表情になったものの、フルストフォールシュカは直ぐに言い返した。
「連れていくに決まっておろうが」
そう言い切られて、士官は敬礼する。
「了解いたしました。すぐに準備いたします」
「ああ。急げよ」
その言葉を聞き、士官は駆け出していく。
それを見つつ、フルストフォールシュカは心の中で呟く。
盾ぐらいにはなるだろうからな……と。




