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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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クカバキリフの戦い  その7

クカバキリフの山側で始まった攻防戦は戦闘開始から三日が過ぎようとしていた。

初日の勢いは止まらない公国軍第三軍団第二群と準備不足の上に兵数も劣勢の帝国軍では、いくら策を講じたところで流れを止める事は出来ない。

ましてや、その策さえも読まれ、うまくいったとしてもすぐに対応され、ロクに時間さえ稼げない有様である。

次々と防衛ラインは突破され、今や最終防衛ライン近くまで押されていた。

それでも、よく持ったというべきなのかもしれない。

今なおパーヴロヴナ大尉率いる帝国軍は何とか持ちこたえ、戦線を維持しつつ敵に被害を与え続けている。

実際、損害だけなら間違いなく自軍の受けた倍以上は与えていたが、元々の数が違い過ぎたのだ。

じりじりと追い詰められ、好転しない戦況。

気の休まる時間さえもなく、緊張しっぱなしで疲弊していく精神と肉体。

そんな有様だったから、普通ならもう戦線は崩壊してもおかしくない。

兵は恐怖に狩られ、指揮官は自分の策がすぐに対応されていく様を見れば絶望してもおかしくないだろう。

しかし、それでも崩れない。

それは互いの絆と信念の強さが彼らを支えていたからだ。

だが、それでもどうしようもない事はある。

世界は、残酷で、人の思いを踏みにじるのが大好きなのだ。


「敵、じわじわと進んできます」

その報告に、ライフル片手に応戦しつつヘンパーソン中尉は銃声に負けずに言い返す。

「踏みとどまれっ。ここを突破されれば、後はまだ未完成の最終防衛ラインのみだ。下手したら一気に突破されるぞ。ここで少しでも多くの時間を稼ぐんだ」

その言葉に、報告してきた兵はニタリと笑った。

「了解しました。踏ん張りましょう」

そう言うと前の兵士達に伝える為、低い姿勢で駆け出していく。

辺りは、兵達の叫びや悲鳴をかき消す銃声と硝煙の臭いで支配されていた。

敵の放つ銃弾が遮蔽物や地面を削り、土ぼこりが舞う。

その圧倒的な火力の差にじりじりと追い詰められていく。

だが、ここで少しでも時間稼ぎをしなければという思いが強く、それは兵も同じなのだろう。

誰一人として弱音を吐かず踏ん張っている。

部下達に感謝しつつ、必死になって足止めを行うヘンパーソン中尉の近くに兵が駆け寄ってきた。

伝令の兵だ。

「こちらにおいででしたか。大尉より命令です。部隊を後退させろという事です」

予想通りの言葉だったのだろう。

ヘンパーソン中尉は苦笑を浮かべた。

流石大尉だ、戦況をよく見ておられる。

だが、出来ればもう少し時間稼ぎしておきたい。

そう言う思いがある為だろう。

中尉は返事をせず、敵の方を睨みつけるように見る。

その様子を銃撃で聞こえなかったのかと判断したのだろう。

伝令はより大きな声で命令を伝える。

「中尉、後退命令が出ています」

「ああ、わかっている」

その伝令の声に負けずにヘンパーソン中尉は言い返す。

「なら、すぐにでも……」

その伝令の言葉に、ヘンパーソン中尉は苦笑を浮かべた。

「この有様では、早々後退できると思うか?」

その言葉を証明するかのように、すぐ側の地面に銃撃で土ぼこりが舞う。

そして、その土ぼこりを見た後、ヘンパーソン中尉は言葉を続けた。

「それにだ。まだ最終防衛ラインの陣は未完成だ。このままの勢いで突っ込まれた突破されかねん」

「ですが……」

「引かないとは言っていない。ただ、このままでは無理だという事だ。だから、もう少し粘り、敵の攻撃が落ち着いた時を見計らって引くぞ」

「了解しました。お手伝いいたします」

伝令の兵は素早くライフルを構えると物陰に滑り込み、射撃を始める。

どうやら、彼も今が踏ん張りどころと思ったのだろう。

しかし、その奮闘がより状況を困難にしてしまうとは思いもしなかったのである。



「抵抗が激しいな」

リミットフ兵曹長が木の陰から伺いつつ、そう呟く。

ほんの少しの先には、まだ帝国軍が必死の抵抗を繰り返しており、なかなか進めない状況になっていた。

すでに一時間は足止めを喰らっており、彼らがどれだけ必死になって抵抗しているのかがよくわかる。

そして、それと同時に彼らが優秀で、勇猛果敢だという事も。

彼らが味方だったら、実に頼りになるな。

そんな思いさえ生まれるほどに……。

なんで戦争なんてやってんのかね。

本当なら、彼らとは同志として一緒に国を守るというはずだったのに……。

本当に、内戦なんてくだらねぇ。

なんで仲間となるかもしれない相手と争わなきゃならねぇんだ。

だが、一介の兵士である自分にそう言った事はどうしょうもねぇ。

ただ、はっきりしている事。

自分達が成しえる事ははっきりしている。

勝たなくては意味がない。

それだけは確かなのだ。

深いため息を吐き出す。

そして、自分を見る視線に気が付いた。

トンベッタ曹長だ。

「で、どうするよ?」

その問いに、リミットフ兵曹長は答える。

「やはり当初の予定通りにやるしかない」

「了解した。では……」

「ああ。時間になれば動いてもらう。いいな?」

そう言われ、トンベッタ曹長は苦笑する。

「なんで聞き返す?命令だろうが」

「その通りなんだがな。なんかむずがゆくてよ」

この戦いの後、リミットフ兵曹長は昇級が決まっている。

なんせ、部隊を率いる上司であるラリッタ少尉が戦死したのだ。

まだ戦いが続く以上、新しい指揮官を用意するよりは以前から部隊にいた者の階級を引き上げて使った方がトラブルは少ないと司令部(うえ)は踏んだのだろう。

ただ、正式な書類はまだな為、階級はそのままで部隊を引いてることとなったのである。

「まぁ、ヘタなペーペーの知らない少尉よりは数段頼りになるからな。もっと自信をもって命令してくれよ」

そう言ってトンベッタ曹長がリミットフ兵曹長の肩を軽く叩く。

だが、すぐに何かに気か付いたのだろう。

周りを見回していう。

「どうやら左右の部隊が動き始めたようだな」

トンベッタ曹長のその言葉に頷きつつリミットフ兵曹長も口を開いた。

「ああ。みたいだな。俺らも続くぞ」

その言葉を受け、リミットフ兵曹長率いる部隊は、ゆっくりと移動を開始する。

それは抵抗の激しい帝国軍の側面から後方に回り込み、その部隊を孤立させ削り取る作戦であった。



「何っ?!ヘンパーソン中尉の隊が孤立しかかっていると?」

その報告を受け、パーヴロヴナ大尉は苦虫を潰したような顔になった。

後退命令はすでに送ってあるが、部隊の動きは遅い。

それはうまく伝令が伝わっていないか、出来ないほど敵の攻撃が激しいかだ。

さて、どうする?

そう自分に問いかける。

また伝令を送ったとしても、孤立しかかっている現状ではとてもじゃないがたどり着けるかも怪しいし、なによりもう遅い。

ならば、やるべき方法は……。

すぐに考えをまとめると声を上げた。

「各部隊は、このまま防衛ラインの構築と敵が侵攻してきたときの為の攻撃の準備を急がせろ」

その命令に、報告したきた兵が恐る恐る聞いてくる。

「それで、中尉の部隊は……」

その問いに、何を当たり前の事を聞いてくるんだという表情になってパーヴロヴナ大尉は言う。

「救助するに決まっているだろうが。今ならまだ完全に孤立したわけではない。一気に敵を突破し、中尉の隊と合流し後退する。だが、そうなると敵が勢いに乗って一気に押し寄せる可能性が高い。だから、防衛の方、しっかり頼むぞ」

その言葉に、報告してきた兵はほっとした表情になる。

だが、すぐに疑問が浮かんだのだろう。

「で、救援の指揮は誰が取るのです?」

その問いに、パーヴロヴナ大尉はニヤリと笑みを浮かべる。

もっとも、その額には汗が浮かんでいるので強がっているのは丸わかりであったが、それでも彼は言い切った。

「自分が直接指揮を執る。第三小隊に指示を出せ。すぐに出るぞ」

そんな部下を見捨てないパーヴロヴナ大尉の姿勢に、伝令の兵はただ敬礼する。

「了解しました」

たったそれだけの言葉だったが、その言葉には、大尉が指揮官でよかったという安心と誇りに満ちていた。

そして駆け出していく。

そう、今は時間との勝負なのだ。

僅かな遅れが、全てを決定してしまう恐れがあるのだから……。



公国軍は、ゆっくりと包囲網を狭めていく。

「糞ったれ。ネチネチやりやがって」

ヘンパーソン中尉が吐き捨てる様に言う。

だが、それと同時に、これでかなり時間が稼げるとも思っていた。

我々が粘れば粘るほど、最終防衛ラインの準備は進むし、敵も多くの被害を与えることが出来る。

これで少しは大尉に助けられた恩は返せただろうか。

そんな事さえも思ってしまう。

貧乏生活に苦しめられ人生の大半はロクなものではなかったが、軍に入り大尉の指揮下で戦う事になってからは本当に充実していた。

まるで無駄に費やした今までのロクでもない人生を取り戻すかのように……。

仲間が出来、友も出来た。

悪くない人生だった。

そう思えた。

ならば、最後は……。

「いいかっ。降伏する奴は降伏しても構わん。だが、少しでも大尉に恩を感じているのなら、大尉の為に最後まで戦おうじゃないか」

そうヘンパーソン中尉は叫ぶ。

「「「おおおっ」」」

その声に、幾つもの同意の声が上がる。

彼らとて似たような人生を送ってきたのだ。

だからこそ、ヘンパーソン中尉の言葉に共感し、まさに生か死かという状況であるにも拘らず、彼らの士気はとてつもなく高かった。

それは、パーヴロヴナ大尉が部下にそれだけ慕われているという証である。

その声にヘンパーソン中尉はニタリと笑う。

よし。やれるぞ。

ヘンパーソン中尉はそう確信した。

だが、その決心の矢先、後ろ側に回り込んでいた敵が混乱する。

そして、そのまま敵を突き破って進んできた味方がヘンパーソン中尉の指揮する部隊と合流した。

その味方の中には、パーヴロヴナ大尉の姿もある。

「中尉、無事だったかっ」

ヘンパーソン中尉の姿を見つけ、パーヴロヴナ大尉はまるでいつものように声を掛けてくる。

「た、大尉……なんで……」

そう言われ、パーヴロヴナ大尉は苦笑した。

「いや、味方を見捨てるのは、私のポリシーに反するからな」

ただそれだけを言う。

だが、その言葉だけで十分だった。

「本当に、貴方って人は……」

それだけしか言葉にならない。

だが、パーヴロヴナ大尉はそれだけでわかったのか、ヘンパーソン中尉の肩をポンポンと叩いた。

「よく粘った。ご苦労だった。このまま労いたいところだが、ともかく今は時間が惜しい。直ぐに後退だ。敵が立て直す前に、な」

そう言われ、ヘンパーソン中尉は崩れかかった表情を引き締め直す。

「了解しました。必ず戻りましょう」

だが、その目論見は難しくなりつつあった。

事前に救援が来ることを想定していたのだろう。

すぐに突破されて開かれた道は塞がれ、より強力な火力が帝国軍に襲い掛かる。

もう、孤立した帝国軍に残された道は二つだけだ。

降伏するか、徹底抗戦して全滅するか……。

それ以外にもう選択肢はない。

ならば腹をくくろう。

誰もがそう思った時であった。

今まで叫ぶほどの声を上げなければ聞こえなかったほどの銃声が収まったのである。

それはつまり、ぴたりと銃撃が止んだという事に他ならない。

そして、まだ響くのは味方の銃声だけだ。

おかしい。

いきなりの変化に、慌てて攻撃中止を叫ぶパーヴロヴナ大尉。

何が起こっているのか……。

待ち伏せか?

そうも思ったが、敵はゆっくりと引き始めている様子だ。

「どういう事でしょうか?」

ヘンパーソン中尉が戸惑ったように聞いてくるが、パーヴロヴナ大尉もわかるはずもない。

「わからん。だが、何かが起こっているのは確かのようだが……」

そう答えるしかない。

だが、何が起こっているかわからずとも、チャンスであることに変わりはない。

「よしっ。警戒しつつ我々も引くぞ」

「はっ」

こうしてパーヴロヴナ大尉率いる隊は、ヘンパーソン中尉の隊救出に成功する。

理由もわからずにではあるが……。

そして山側だけでなく、街道側も公国軍は引き上げていく。

その様子に、どうするか迷った帝国第十八団のリリカンベント中将だったが、時間稼ぎは十分出来たと判断し、またこれ以上被害を出すことを良しとしなかった為、手を出すことはしなかった。

そして、こうなった原因を帝国側が知るのは、翌日の本来なら公国軍がいるはずの裏の道から来た帝国本国の伝令がもたらした命令によってであった。

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