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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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クカバキリフの戦い  その5

「敵の攻撃いったん収まりました。どうやら後退したようです」

今や日に何回もあり恒例となりつつある敵の攻撃を撃退したという報告に、リリカンベント中将は満足そうに頷きつつ口を開く。

「うむ。ご苦労だった。ただ、いつ攻撃が再開してもおかしくないからな。速やかに部隊を交代させ、陣の修復、補給を急がせろ」

そう命じつつも、ニタリと笑みを浮かべる辺り、かなり余裕があるというところだろう。

それはそうかもしれない。

あくまで敵を叩き潰す必要はない。

敵の注意を引き付け、時間稼ぎをすればいいのだ。

防御に徹しつつ、時々連中の気が反れないようにちょっかいを出す。

その上、公国の時に比べれば、戦力も火力もまだまだ余裕があるし、補給物資も潤沢とまでは言えないものの問題ないのだから少しは精神的な余裕が生まれるというものだ。

それは中将だけではない。

彼の幕僚のほとんどがに似たり寄ったりという状況であった。

そんな中、一人気難しい顔で考え込んでいる人物がいた。

パーヴロヴナ大尉である。

その様子に気が付いたのだろう。

リリカンベント中将が声を掛ける。

「どうしたのかね、大尉?」

その言葉に、パーヴロヴナ大尉は組んでいた腕をほどくと視線をちらりと中将に向けた後、地図をのぞき込む。

「いえ。うまくいっているなと……」

「うむ。実に大尉の作戦通り事は進んでいる。しかしだ、何か気になる事でもあるのかね?」

「そんな顔に見えましたか?」

少し驚いた顔でそう聞かれ、リリカンベント中将は苦笑した。

相変わらず、感情を隠すことは下手なのだなと思いつつ……。

だからこそ、この男は憎めないのかもしれん。

そんな事を思って「ああ、そんな顔に見えたぞ」と言い返す。

それを受けて、パーヴロヴナ大尉困ったような顔になった。

「そんなにわかってしまいますか……」

そう言いつつ自分の顔を右手で触って確かめている。

「ああ、そうだな。大尉は、嘘がつくのが下手な部類だな」

リリカンベント中将としては褒めたつもりだが、本人はそう思わなかったのだろう。

益々困ったような顔になっている。

その様子に、周りにいた幕僚達も苦笑を浮かべた。

「で、何か気になる事があるのなら、話を聞こうじゃないか」

そう言われ、「あくまで自分の感じた印象なのですが……」と前置きを置いた後、パーヴロヴナ大尉は言葉を続けた。

「敵の動きに覇気が感じられないのです」

「覇気……かね?」

「はい。我々を潰そうという気迫と言っていいでしようか。そう言ったものがここ数日の戦いで感じられないのです」

あくまでも、個人が感じた印象だ。

だから、言い出しにくくて考えていたのだろう。

だが、印象は大事だ。

リリカンベント中将も、些細な変化に気が付き生き残ったこともある。

だからこそ、頷くと言葉を促す。

それを受け、パーヴロヴナ大尉は続けて言う。

「敵の動きからは、ここの陣を占領し我々を潰すというよりも、ただ時間稼ぎに徹している。そうとしか思えないのですよ」

その会話に、ここ数日の戦いの様子を思い出して今の話に納得する者が数名いたのだろう。

同意の声を上げる。

「ふむ。作戦が順調で時間稼ぎがうまくいっているからあまり気にしていなかったが……」

「確かに。敵の被害はここ数日の戦闘ではかなり低くなっているな」

それらの声を聞きつつ、リリカンベント中将は聞き返す。

「ならば、敵が時間稼ぎをしているとしてだ。何か理由があると?」

「はい。それを考えていました」

そう言った後、近づいてじっと地図を見ていたパーヴロヴナ大尉だったが、視点を変える為だろうか、一歩後ろに下がって地図を再度見た時に何かに気が付く。

「まさか……」

「何か気が付いたかね?」

「もしかしたらですが……」

そう言いつつ、パーヴロヴナ大尉はクカバキリフの裏に続く道を指さす。

「連中、周り込んでくるつもりなのかもしれません」

その言葉に、幕僚の一人が「まさか……」と言いつつも強く否定できない。

可能性はゼロではないからだ。

またそこを押さえられてしまった場合、補給路が絶たれ、袋のネズミとなるのは目に見えている。

それに何より後方にはまだ陣が用意できていない。

毎日何度もの襲撃に対応するため、どうしても後回しになってしまっていた。

不安が大きくなったためだろう。

まさかという思いが幕僚の一人の口から言葉となって漏れる。

「し、しかしだ。森の部隊からは、敵の大きな動きは報告されていないぞ」

その言葉に、パーヴロヴナ大尉は淡々と答える。

「もし、動かすなら、バレないようにするでしょうね。それをする為には、大きく迂回するしかないが、連中の部隊にはトラックや馬車がまだ結構残っていました」

「要は、それらを使って街道を遡り……」

「ええ。そういう事です」

沈黙が辺りを包み込み、それを破る様にリリカンベント中将は聞き返す。

「しかし、それは大尉の予想でしかないという事だな?」

「はい。あくまでも……」

「ふむ……」

リリカンベント中将は腕を組んで考えこむ。

だが、大尉への信頼が厚い中将は、すぐに結論に行きついた。

組んでいた腕を解くと口を開く。

「念には念をだ。すぐに後方に一部の部隊を展開させ警戒に当たらせよう。それと陣の準備も急がせろ」

そう全員に言った後、リリカンベント中将はパーヴロヴナ大尉に聞き返す。

「後は何かやっておくべきか、あるかね?」

「そうですね。念のためにこの辺りと途中にある小さな廃村にトラップを用意しましょう」

そう言って道沿いをすーっと指でなぞる。

「なるほど。少しでも敵の動きを鈍らせるためだな」

「はっ」

「よし。各自すぐに準備に当たれ」



そして、二日後、大尉の予想は当たる。

ビスクチェート大佐率いる公国軍第三軍団の一部の部隊を警戒していた部隊が発見したのである。

その報に、リリカンベント中将はパーヴロヴナ大尉の方に視線を動かした。

その視線を受け、パーヴロヴナ大尉は苦笑を浮かべる。

「当たって欲しくはなかったですけどね」

そして、敬礼した。

「自分が後方の指揮を執ります」

作業を進めていたとはいえ準備不足で陣はまだ完成していない。

そして、後方を突かれれば一気に部隊は混乱し、壊滅的な被害を受ける恐れが強い。

そうならない為には確実に敵を止めなければならず、それには敵の攻撃に対して臨機応変の対応が必要となり、ここで指揮するのは無理だと判断したのだ。

それに、こんな作戦を考え実行するのだ。

一筋縄でいく相手ではない。

そう言った考えもあったのだろう。

リリカンベント中将は頷くと「わかった。大尉、君に後方を任す。頼むぞ」と言って、大尉の肩をポンポンと叩く。

それを受けて少し表情を引き締めるパーヴロヴナ大尉。

「はっ。善処します」

大抵の軍人は、死んでも任務を遂行しますだの、必ず完遂しますと言った感じの言葉を口にするが、彼は出来る範囲で頑張りますという言葉を口にする。

その言葉に、リリカンベント中将は苦笑を漏らす。

相変わらずだと。

だが、それ故に信頼できるとも思う。

「死ぬなよ。貴官の知恵を我々はまだ必要としているからな」

「ありがとうございます」

そう言って敬礼するとパーヴロヴナ大尉は司令部から退出する。

最前線で指揮を執る為に……。

そして、恐らくそうなるかもしれないと思っていたのだろう。

後方の警戒に先行している部隊は、彼が連邦時代に指揮を執っていた部隊が中心になって構成された部隊であった。

部隊に向かうため車に向かう大尉の側にすぐに一人の軍人が近づいてくる。

二人は歩きつつ言葉を交わす。

「やはり予想通りになりましたね」

近づいてきた軍人。

彼は元パーヴロヴナ大尉が率いる部隊の副官であり、先行して警戒している部隊の隊長でもあった。

そして彼は、今回の指揮を大尉が取ると読んでいたのだろう。

ニタリと笑うと言葉を続ける。

「皆、喜びますよ。大尉と戦えて」

その言葉に、パーヴロヴナ大尉は嬉しそうな表情になった。

「それならこちらとしてもうれしい限りだな。また頼らせてもらうよ」

「何言ってるんですか。こっちの方こそ頼みますよ」

隊長はそう言って笑う。

それを受け、パーヴロヴナ大尉も笑った。

「で、準備の方は?」

「ええ。出来る限りやってます」

「そうか。まずは敵の足止めをして、被害を与えつつじりじり下がるぞ。そして、最終防衛ラインで防ぐ。連中とてそれほど多くの部隊を回しているわけではないはずだからな。被害が大きくなれば、無理もしてこないだろう」

「了解しました」

隊長はそう言うと、少し先に進み車のドアを開けた。

「では前線近くまでご案内いたします」

「ああ。行こうか」

その言葉には、強い意志が感じられたのであった。



くそっ。こんなところにトラップだと?!

敵に発見されるリスクを減らす為、途中から森の中を進んでいたのだが、間もなく第一目標としていた廃村につくと思った瞬間に先行していた部隊から報告が入ったのだ。

トラップがある為、被害が出ており、その為に思ったように進めないと。

「仕方ない。各自トラップに注意し慎重に進め」

ビスクチェート大佐はそう命令すると同時に心の中で舌打ちした。

しかし、これでは侵攻速度はかなり落ちる。

その上、トラップを用意しているという事は、敵の監視もある可能性が高い。

つまり、敵に発見されやすくなるということだ。

そして、それは当たっていた。

すぐに「敵の部隊と接触」と報告が入ったのである。

やはりこっちの動きを予想している奴がいたか。

「敵の規模は?」

「今の所は小隊規模だそうです」

恐らく警戒していた部隊とみていいだろう。

なら、そこまで戦力がこちらに回されているとは思えない。

一気に仕掛ければいけるのでは……。

そう言う考えが浮かんだが、待てよと踏みとどまる。

トラップを用意し、警戒しているのだ。

何か用意されているのではと警戒したのである。

「よし。周りに警戒しつつ攻撃を仕掛けよ。ここまで用意周到なやつらだ。何かしかけられていてもおかしくはない」

その命令を受け、部隊はじわじわと進む。

それは少しずつ浸透していくかのような攻撃である。

その攻撃を受け、帝国の警戒部隊は無理せず手際よく引いていく。

それが益々公国側を警戒させた。

「敵部隊、引き上げていきます」

「よし。もう隠れる必要はないな。恐らく敵戦力はいないとは思うがまずは本日中に第一地点の廃村を確保だ。ただし、警戒を怠るなよ」

「了解しました」

しかし、そんな警戒する公国軍を嘲笑うかのように第一地点はあっけないほど簡単に確保できた。

もちろん、帝国側もその廃村の重要性はわかってはいたが、戦力を小出しにして各個撃破されるのを恐れて敢えて兵力を温存する策に出たのだ。

勿論、ブービートラップなどは仕掛けられていた為、完全に廃村を掌握するにはある程度時間がかかる。

その間に、帝国側は隠密の偵察部隊を派遣し公国の部隊の戦力の把握に努めていた。

そして、得られた情報は、すぐに後方部隊に合流したパーヴロヴナ大尉に届けられる。

「結構な数だな。それにかなり警戒しているか……」

報告を聞き、大尉はそう判断すると地図に視線を落とす。

仕掛けるなら、廃村の先にある谷の部分だろう。

ここなら、伏兵が活用できるし、防御にはうってつけだ。

だが、敵もそれは考えよう。ならばどうするか……。

恐らく、一部部隊を迂回させつつ待ち伏せしている部隊を叩くつもりだろう。

そうなると、それらを防ぐにはこことここに狙撃兵と奇襲の部隊を用意して……。

地図を前に、パーヴロヴナ大尉はブツブツと言いつつ、地図に印をつけていく。

恐らく、今日はあの廃村を拠点にすべく、トラップ等の掃除に専念するだろうから動きはないだろう。

ならば、今夜中に準備しなくては……。

そう考えつつ、パーヴロヴナ大尉は思考を進めていく。

相手の思考を読み、手を打っていく。

それはまるで詰将棋のようだ。

だが、明日以降パーヴロヴナ大尉は知ることになる。

相手もまた思考し手を打っているという事を……。

こうして、クカバキリフの戦いは新たな局面を迎える事となるのである。

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