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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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休戦交渉

互いの代表者が頬を張り合うという普通あり得ない出来事(本人たち曰く挨拶)が済み、それ以降は問題なく話が進んでいる。

最初にこの話し合いのセッティングを行った帝国元宰相グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵が体調不良で欠席し、代わりに自分であるヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフがこの話し合いを取り仕切る事となったという話の際もアデリナもノンナも別に文句は言わず受け入れた。

もっとも、アデリナは「『もう墓石の下で眠っていてもおかしくないはずですから、体調には十分に御自愛ください』と伝えておいてくださいな」と皮肉たっぷりの口調で伝言を頼み、ノンナはノンナで今回の横やりともいえる話に「今度から裏で動く際には、事前に連絡いただけると大変助かります。こちらも予定がございますから」と言い返している。

まぁ、本人がいないことをいい事に好き勝手言っているのである。

それでも抑えてはいるのだ。

周りの目があるから……。

だが、多分、二人共心の中では、もっとどぎつい言葉で言っている事だろう。

それは周りの者達も何となくだがわかる。

そして、本人がいなくて本当に良かったと思っているだろう。

なんせ、元宰相とは言え、敵に回すには影響力が強すぎるからである。

だが、二人も周りの者も誰も知らない。

ヤロスラーフの中にラチスールプ公爵の意思が憑依しているとは……。

そして、そんな二人の言葉と態度に、ラチスールプ公爵は心の中で苦笑するしかない。

ふむふむ。嫌われたものよと思いつつ……。

そんな事はあったが、気分を切り替えると最初にヤロスラーフが今回こういった話し合いの場を設けた理由についての説明を始める。

今は帝国、公国同士が戦う時ではない。

まずは、帝国領の最悪な癌と化している連邦を潰すことが最重要だと。

その提案は、両陣営に確かにと思わせる説得力のある内容であった。

アデリナもノンナも文句はないのだろう。

ただ黙って聞いている。

そして、最後に、期間限定の休戦を結び、共に連邦を攻撃する事を提案すると言って話を終了した。

すでにある程度の話し合いは済んでいるのだろう。

その提案に、帝国側も公国側も合意を示した。

だが、それで終わりではない。

きちんと決めておく必要がある。

それは休戦期間と侵攻ルートである。

確かに協力して連邦を攻めるのはいい。

しかし、両陣営とも連邦が滅べば、互いに戦う敵となるのだ。

だからこそ、少しでも有利になるべくしておく必要性がある。

その駆け引きが始まったのだ。

そして意外と簡単に最初に決まったのは、休戦期間である。

休戦期間の終了。

それは旧帝国首都クラーンロを奪還宣言して一週間となった。

つまり、奪還した方が休戦終了のイニシアチブを取る事となる。

また、首都を抑えるという事は、旧帝国の後継者としての大義名分を手にすることと同じであり、中央部に位置する首都は、地理的にも重要な地点の一つでもあった。

要は、天の時、地の利、人の和を満たしていると言ってもいいだろう。

つまり、それだけ首都を攻略するのは重要なのだ。

だから、自然とそう決まった後の侵攻ルートは互いにけん制し合う事となる。

「首都に関しては、我々の軍がすでに動いている。だから公国に任せてもらえればいい」

「何を言う。我々も軍を動かしている。それに我々は旧帝国の正当なる後継だ。公国に指示される覚えはない」

「誰が正当なる後継だ。そんなことは誰が決めたのだ?貴官たち以外誰も、それこそ世界も認めておらんぞ。自称しているだけではないかな」

「なんだと?アデリナ様は、前皇帝陛下の血筋の方だ。旧帝国を引き継いで当たり前ではないか」

「それを言うなら、血筋だけならノンナ様も問題ないではないと言えるのではないかな」

話は脱線していき、血筋だのなんだのといった話へと流れていく。

そして、言葉は段々と感情的になり、互いは罵り怒鳴り合う形になっていった。

そんな様子に、ヤロスラーフはちらりとアデリナとノンナを見る。

二人がどんな対応を取るか観察しているという感じで物色するかのようだ。

そんな中、まず動いたのはアデリナだった。

「静かに。ここには話し合いに来たのであり、罵詈雑言をぶつけ合うのが目的ではない。それを皆、自覚せよ」

凛とした声が辺りに響き、淡々とそして冷ややかなその言葉は、熱くなりすぎていた両陣営に冷や水をぶっかけたような形になった。

黙り込む両陣営。

そして、ノンナも続けて口を開く。

「皆やる気になっているのはうれしいが、互いの利のみを求めても何も進まない。そんな事をして喜ぶのは連邦のみだ。それにだ」

そういった後、ノンナは自信ありげにニタリと笑って言葉を続ける。

「ここで口でいろいろ言っても意味がない。要は連邦を潰した後に実力を示せばいい。そうじゃないのかな」

そう言い切って、ノンナはアデリナに視線を向ける。

その視線を挑戦と受け止めたのか、アデリナも不敵な笑みを浮かべた。

「ええ。貴方の言う通りね」

そのやり取りに、その場にいた者達は二人の間の空気が一気に下がり凍り付くような感覚に襲われる。

それは互いの事を認め慕う部分は大きいものの、それ以上に憎しみが強く、それ故に作り出されるギスギスとした空気感であった。

好意と敵意は表裏一体。

そんな言葉が浮かんできそうな雰囲気である。

沈黙が辺りを包み込む。

誰も二人の中に入っていけないとわかっているが故に……。

そして、二人の視線はテーブルに広げられている地図に落ち、思考を働かせているのかただ黙って地図を見ていた。

時より相手をちらりと見ては、ピクリと眉が動き、口角がわずかながら上下に動き、目が細くなる。

どれほど時がたったのだろうか。

実際の時間はほんの数分だったと思うが、周りの人々は、それが何時間もの間、二人の間で行われた思考の戦いのように見えていた。

そして遂にその見えない戦いは終わったのだろう。

「いいでしょう。首都攻略は公国に任せましょう」

アデリナはため息を吐き出しつつそう言った後、目を細めて言葉を続ける。

「その代わり、我々は南に向かわせていただきます」

要は、首都を譲る代わりに南部地区を抑えるという事だ。

実際、首都に向けて軍を動かしているとはいえ、一番首都に近いのは公国第一軍団であり、首都に到着したとしても第一軍団が壊滅でもしていない限り出番はないだろう。

それならば、南部を押さえ、国力と戦力増強を優先させた方がマシと言うものだ。

まさに『名を捨てて実を取る』といったところで、アデリナは敢えてその選択をしたのである。

その選択に、ノンナは心の中で舌を巻いた。

以前なら、そんな判断はしなかっただろう。

絶対に首都攻略を言い続け、話し合いは並行線で結局休戦など出来なかっただろう。

だが、今の彼女はこの休戦の意味が分かっており、その間に最大限の利を得ようと思考している。

ノンナはそんなアデリナの成長に驚くと同時に、やりにくさを感じていた。

「へ、陛下、いいのですかっ」

アデリナの幕僚の一人が慌てて聞き返す。

「ええ。構わないわ」

はっきりとそう言われ、アデリナの強い意志を感じたのか発言した幕僚は黙り込む。

そんなやり取りの後、アデリナは微笑んでノンナに視線を向けた。

微笑んでいたが、目が笑っていない。

目だけが殺気を放っている。

「で、この提案、そっちはどうするのかしら?」

その視線の強さに思わず退きそうになったが、ノンナはなんとか踏みとどまると微笑み返す。

「ええ。譲ってくれるのなら、喜んで受けますわ」

要は、

『今は預けとくけど、後でボコボコにして取り返すから覚悟しておいて』

『いいわよ。受けて立とうじゃない』

そんな副音声が聞こえてきそうな会話である。

ともかくこれで一つ問題が片付いた。

だが、もう一つ問題が残っていた。

今、戦闘が行われているクカバキリフの戦いについてである。

互いに矛先を引っ込めるのはいい。

だが、どちらがシスタニンバ攻略を行うかという点がネックになっていた。

ここは、交通の要所であり、重要拠点の一つである。

ここを公国に取られれば、帝国はかなり不利と言わざる負えない。

だから帝国としては、譲れないラインであった。

だが、それは公国とて同じことだ。

再びにらみ合う両陣営。

だが、そんな雰囲気の中、また最初に口を開いたのはアデリナだった。

「クカバキリフでの戦いは両方兵を引く。そして先にシスタニンバに到着した方が都市攻略を行う。また、都市攻略が失敗し、最初に攻撃を仕掛けた軍が撤退すればその後は、もう一つの軍が攻略する。それでいいんじゃないの?」

要は早い者勝ちという事である。

「へ、陛下っ……」

幕僚の一人がまた情けない声を上げる。

要はそこまで譲渡していいのかという事らしいが、アデリナはそんな幕僚を見てため息を吐き出す。

「しっかりなさい。要は、早く辿り着けばいいのよ」

「しかし……」

「いいから」

そう言うと、視線をノンナに向け直す。

「それでいいわね?」

公国軍としては、北部から繋がるシスタニンバへの街道を押さえている以上、クカバキリフから兵を引いて本来の侵攻をすればいいだけである。

それに対して、帝国軍は大きく回り込まなければならない。

そうなれば、いくら速度を上げようと時間のロスが生まれ、移動距離は長くなる。

どう考えても帝国の不利である。

なのに、アデリナはそれを良しとした。

どういうことだ?

確かに東部地区から帝国軍が動いているのは知っているが、その進軍速度はそれほど早くないと聞いている。

なのに……。

ノンナは考え込むが、ちらりと見たアデリナの表情にカチンとくるものがあった。

それは、相手を見下した表情だ。

格下の相手を挑発するような視線と表情。

今まで散々、ノンナ以外に向けられていたもの。

そして、今までノンナには向けられたことがないもの。

それを自分に向けてきた。

それが悔しかった。

舐めるな。

そんな感情が心の奥から沸き起こり、それは簡単に怒りとなった。

「いいわ。それで受けましょう」

ノンナは感情に揺さぶられるままそう言ってしまっていた。

いつもの冷静で物静かな彼女とは思えない激しいまでの口調で。

そんなノンナを見て、アデリナは楽し気に目を細める。

「素敵だわ、ノンナ。貴方もそんな表情をするのね」

「いいわ。アデリナ。その物言い、後悔させてやるから」

互いにけん制し合う会話。

それは互いに相手を意識するが故のものである。

その激しいまでの感情に周りは振り回されるのみだ。

ともかく、こうして休戦交渉は行われ、休戦は話し合い終了後から、首都攻略宣言が発せられだ一週間後までとなった。

そして、その決定事項は、すぐ様両国の軍に伝えられる。

勿論、クカバキリフで戦っている者達にも……。

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