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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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連邦の現状

帝国軍と公国軍がクカバキリフで全面的な戦闘に入ったという報は、連邦の主となったティムール・フェーリクソヴィチ・フリストフォールシュカの耳にも届く。

その報告は、珍しく誤魔化しも捏造もされていない情報として上に伝えられた。

それは、捏造や誤魔化しをしなくても暴君と裏で呼ばれるようになっていたフリストフォールシュカの機嫌を損なわない内容だからだ。

つまり、それだけ連邦内では、特にフリストフォールシュカ周辺では正確な情報を得ることは難しい状況になっていた。

まぁ、誰だって不興を買って身の破滅なんてのはごめん被るといったところだろうか。

ただ、まだまだ甘い汁は吸えるので、その間は騙し騙しやっていこうというところかもしれない。

ともかくだ、その報告をフリストフォールシュカは手を叩いて喜んだ。

曖昧に誤魔化したりして報告されてはいたが、自国が不利になりつつあるというのは感じていたのだろう。

だからこそ、報告を聞き大きく声を上げて笑った。

「馬鹿共がっ!!精々馬鹿同士でつぶし合えばよい。そうなれば、弱り切った連中を我々が潰すだけだしな」

そう言い切った後、デスクに広げられている地図に視線を落とすとニタリと笑った。

「よし。連中が共食いをしているうちに、我々は東部奪還作戦を開始するぞ。確か、第三十六師団と第七師団が東部地区に近い場所に展開していたな。奴らに総攻撃を仕掛ける様に指示を出せ」

その命令に、部下の一人が「はっ。直ちに」とだけ返答し、退室していく。

その場にいる者達から反対意見は何も起こらない。

反対意見を言える雰囲気ではなかったし、下手な事をして今までうやむやにしたことがバレても困る以上、波風経たないようにするのが一番無難なのだ。

だから、現状を知っている者達は心の中でため息をつくしかない。

フリストフォールシュカの言った第三十六師団はすでに東部より侵攻している帝国の別動隊に敗北し、また第七師団は今の戦いに嫌気がさして離反者が多く出てしまい、すでに両師団とも戦力は半減以下となってしまっている為、侵攻など出来る状態ではないのである。

つまり、伝えたとしても何も出来ないだけでなく、現場を混乱させ、不協和音を大きくさせるだけなのだ。

だから、また命令を途中で握りつぶすしかない。

すでにそんな事が立て続けに起こってしまい、誰もがそれが当たり前になりつつある。

そして、そんな改ざんが行われているとはフリストフォールシュカは思ってもいなかった。

自分の目が黒いうちはそんな事は起こしていないと思い込んでいる様子で、だから未だにフリストフォールシュカの頭の中では連邦はまだ十分に戦える戦力と士気を有しており、何か流れが変わるような出来事があれば一気に何とかなると思っている様子だった。

そして、今回の報は、風向きが変わり、そういう流れになるその第一歩と思っているらしかった。

だからこそ、地図に視線を降ろしつつ、口を開く。

「そういえば、首都攻略の動きが公国にあるという話があったな。あれはどうなっておる?」

その質問に部下の一人が立ち上がると口を開く。

「はっ。防衛ラインの第十八師団が陣を築き何とか戦線を保っておりますが、敵の数も多く、苦戦しているという事です」

もっとも、実際には防衛ラインの陣はすでに崩壊し、第十八師団は損害を出しつつじりじりと後退しているのが正しいのだか……。

そんな事を言えるはずもなく、何とかそう言うのが精一杯であった。

だが、そんな煮え切らない感じの報告もフリストフォールシュカにとってみれば、圧倒的な物量の公国軍を相手に一歩も引かない勇ましい連邦軍という図式にしか感じなかったのだろう。

追及もなく、ただ短く「そうか……」と答えると考え込む。

そして、少し間が空いて「やはりここの機会に叩き潰さねばならないか」と呟き、大きく言葉を発した。

「連中に首都攻略などとてもできる状況ではないとわからせるしかあるまい。首都防衛の第一親衛師団、第二親衛師団に命令を出せ。前線の第十八師団に加勢して敵を殲滅せよとな」

そう言い切るとフリストフォールシュカはニタリと笑う。

彼の頭の中では、もう勝利している形が出来上がっているのだろう。

そんな事が垣間見える笑みであった。

だが、さすがに見かねたのか、親衛師団をまとめる親衛師団総司令が恐る恐るという感じで口を開く。

或いは、尻に火が付いたとでも感じたのかもしれない。

「しかし、両師団とも度重なる戦力引き抜きでかなり戦力は落ちております。また、新規に入れた兵も訓練が足りず、戦力として数えるにはまだまだ時間を有するかと」

その言葉に、フリストフォールシュカの眉間に皺が寄り、眉の端が跳ねあがる。

「何っ。まだ時間がかかるだと?!」

戦力引き抜きと新兵訓練を行っているという報告は聞いていたものの、もう十分すぎるほど回復しただろうとフリストフォールシュカは思っていたようだった。

だが、そう思うのは仕方ない事なのかもしれない。

内容は、何重にもオブラートに包んだ上に、話半分程度になって伝わってしまっていたからである。

だからこそ、フリストフォールシュカはそう命じたのであった。

だが、現実は違う。

恐らく今のまま立ち向かっても、簡単に瓦解し無駄に戦力を失うだけだ。

それどころか、防衛に当たっている第十八師団の足を引っ張りかねない。

そして、大きく崩れた連邦に対して、公国はより勢いづき侵攻を進めていくだろう。

そうなれば、首都にも戦火が及ぶ。

流石にそうなってしまっては隠しきれなくなる。

だからこそ、敢えて言ったのであった。

「申し訳ありません。思ったよりも補充の兵と物資の集まりが悪く……」

「ふむ。仕方ないか……」

流石に不機嫌にはなったものの、帝国と公国が戦闘に入ったという報告が大きかったのだろう。

それ以上の追及はなかった。

近衛師団総司令はほっと心の中でため息を吐き出す。

だが、それで終わりはしなかった。

フリストフォールシュカとしては、この機会に首都陥落の危機を無くしたいと思ったのだろう。

「そう言えば、首都近辺に予備の師団があったな?」

その問いに、別の部下が答える。

「はっ。第二十二師団ですな」

「それを向かわせろ」

そう言われ、答えた部下は思わず口を開きかけた。

第二十二師団。

それは、実際には、存在しない師団である。

それは陸軍の一部の上層部が作り出した人員どころか、資材も何もかもない架空の師団だ。

そしてそれに回される予算は、全てそれに関わっている上層部の懐に入る様になっている。

また、発覚しそうになれば敵にぶつけ、壊滅したことにすればいい。

そんな事を考えて作られた経緯があった。

だからこそ、一瞬どうしようかと思ったのである。

答えた隣にいる男が肘で小突く。

要はうまくやれという事だ。

それで開きかけていた口を閉じると、答えた部下はきちんと返事を返す。

「はっ。すぐに向かわせます。それでフリストフォールシュカ様にお願いがあるのですが……」

思いもかけない言葉にフリストフォールシュカは驚きつつも「なんだ?」と聞き返す。

今までそう言った言葉を言われた事はなかったから聞いてやろうと思ったのかもしれなかった。

「はっ。第二十二師団の指揮を任せていただけないかと……」

その言葉に、フリストフォールシュカは楽し気な笑みを浮かべた。

自ら進んで戦いに赴くと言い出したのは、彼が初めてだからだ。

「ほほう……。理由を聞いてもいいか?」

「はっ。第二十二師団は、予備の戦力として実戦経験はありません。それに他の部隊との連携もうまくできるかわかりません。ですから、私が指揮をすることでそういった至らない点をカバーできるかと……」

「ふむ。確かに言う通りだな。よし許可するぞ」

「はっ。ありがとうございます。ただ私一人では手が回らない事もあるかもしれません。数名人員をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「うむ。いいぞ。それでしっかり敵を叩き潰してこい。そうすれば褒美は望むままだ」

愉快そうに笑いつつフリストフォールシュカがそう言うのを神妙に聞いていたが、「ではすぐに準備をしたいと思います」というと隣の小突いた男に合図を送り立ち上がった。

「うむ。吉報を待っているぞ」

「はっ」

そして答えた男と、小突いた男の二人は退室していった。

それを他の部下達は羨ましそうに見ている。

あいつらうまくやったなと……。

そして、俺らもそろそろうまくやらねばならないなとも……。

そう、彼ら二人は、指揮を行うという名目を作ってフリストフォールシュカから逃げ出したのである。

また、そんなことがわかっている周りの者が何も言わないのは、もし指摘してしまって恨みを買いたくなかったのと下手な事に巻き込まれてしまったらロクな目に合わないという保身の為であった。

こうして、少しずつではあるが、理由を付けて部下達はフリストフォールシュカの元から姿を消していく。

要は部下から見捨てられたのである。

だが、フリストフォールシュカはその事に気が付かない。

そして彼がその現実に気付くのは、それから二週間が過ぎた後に公国の第一軍団が首都を包囲し、彼の周りにほとんど人がいなくなってしまってからであった。

それは、フリストフォールシュカの人望のなさ、連邦の未来には絶望しかないことがはっきりと形になったと言ってもいいのかもしれなかった。

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