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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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対峙、そして……

帝国元宰相グリゴリー・エフィモヴィチ・ラチスールプ公爵からの使者に返答して二日後、ウェルドウカという無人島の沖合に艦船が集まりつつあった。

勿論、帝国艦隊と公国艦隊である。

そして左右に分かれる様に近づいていく艦隊の中央には、一隻の真っ白い船があった。

総トン数46,328トン、全長269.1 m、全幅28.2 mのフソウ連合関係以外の民間の船としては最大と言ってもいい船である。

そして、もしここに客船に詳しい人がいたら気が付いたかもしれない。

色こそ違うがその形状に……。

その客船の名は、タイタニック。

魔術師ギルドによって召喚複製された船の一隻であり、ラチスールプ公爵の秘蔵している船の一隻として秘密裏に動いていたのである。



「あの爺め、まだこんな船を持っていたのか……」

アデリナの口からそんな言葉が漏れる。

てっきり譲渡された艦船が全てと思っていたからだ。

なんて美しい船だろうか。

その姿は水面を進む白鳥のようであった。

だがすぐに彼女の視線は、別の方向に動く。

その視線の先にあるもの。

それは超弩級戦艦ビスマルクだ。

以前は自分の乗艦として頼もしさを感じていたが、敵として対峙した際、その圧倒的な存在感と大きさに恐怖を感じてしまう。

だが、それと同時に彼女の「艦を愛し、艦から愛される」という能力(ちから)の為か、いとおしさを感じるのは相変わらずだ。

そして、そんな存在のビスマルクの主人に収まっているのはノンナという事実からアデリナの心に嫉妬の炎が燃え上がる。

「いつか、きっと取り戻してやるんだから……」

そう小さく呟くと副官であるヴァシーリー・ゴリツィン大佐に命令を下す。

「公国艦隊の艦船の情報を集めなさい。いいわね」

「了解しました。陛下もそろそろ準備のほどを……」

「ええ。わかっているわ」

そう返事を返すと視線をビスマルクから外して艦内の方に向けると、そこには彼女の信頼できる部下達の姿がある。

「後の事は任せます。頼りにしているわ」

彼女はそう言って微笑むとドアの方に身体を向ける。

「はっ。陛下の為に」

代表して帝国国防軍長官ドミートリイ・ロマーヌイチ・プルシェンコ上級大将がそう返事をするとその場にいた全員が敬礼する。

その様子を満足そうに見ながらアデリナは歩き出す。

ノンナとの因縁ともいえる対決の場に向かうために……。



「あれが例の主力艦艇か……」

ノンナの視線の先には、大型の艦艇とそれに付き従う中型艦艇の姿がある。

勿論、大型艦艇と言ってもビスマルクよりは一回り小さい。

その正体は、今や帝国海軍の主力艦となったドイッチュラント級装甲艦であり、その周りに展開するのはZ-31型駆逐艦である。

「情報収集の方は?」

「只今やっております」

控えていた副官からすぐに返答が返ってくる。

「艦長の見立てだとどんな感じかしら?」

横でビスマルク艦長が熱心に双眼鏡で帝国艦隊を見ていることに気が付いたノンナはそう聞く。

すると双眼鏡を外さず、ビスマルク艦長は口を開いた。

「そうですな。あの大型艦、ドイッチュラント級ですが、主力のハンパカラナ級重戦艦以上ではありますが、ビスマルクやシャルンホルストよりも大きく劣りましょう。駆逐艦にしてもフソウ連合から購入したカイミネ型駆逐艦で十分対抗できるでしょうな」

「つまり、今戦っても十分勝てると?」

ノンナが少し楽し気に聞き返す。

その言葉には、悪戯っ子のような響きがあった。

「勝機は高いですな。本当なら絶対にと言いたいところですが、相手がいる以上、絶対とは言えないのですよ」

笑いつつ、双眼鏡から目を離すビスマルク艦長。

その顔は笑っていた。

「艦長がそう言ってくれて少し安心したわ」

ノンナはそう言うと、「後は任せます」と言って踵を返す。

その動きの時にちらりと視線に入ったもの。

それは指揮官が座る椅子である。

豪華な椅子。

それは自分には余りにも派手過ぎる椅子。

最もアデリナならば、丁度いいかもしれないが……。

そう言えば、機会を見て変えようと思っていたのを思い出す。

だから、歩き出す前に顔を艦長の方に向ける。

「艦長」

「はっ。何でしょうか?」

「今回の事が無事終わったらあの椅子を変えましょう」

そう話を振られ、艦長は視線を動かす。

そして、以前言われていた事を思い出した。

「了解しました。新しい椅子はどうしましょう?」

「こっちで用意して送るから、それに変えておいて」

「はっ」

そういった後、艦長はニタリと笑った。

「どんな椅子を用意されるか楽しみに待っています」

その言葉には、無事帰って来て欲しいという思いが滲み出ている。

「ええ。私に相応しい質素な椅子を用意しなきゃね」

楽し気にそう言うとノンナは歩き出す。

アデリナとの対談の準備をする為に。



タイタニック号の右側に帝国艦隊、左側に公国艦隊が停泊しているが、どの艦からも微かに煙が上がっている。

それはいつでも動けるという証でもあった。

つまり、下手すればそのまま戦闘となっても対応できるようにという配慮からである。

勿論、主砲は相手に向けてすでに動いている。

まさに一発即発という状況の中、それぞれの艦隊からカッターがタイタニック号に向けて進んでいく。

そして、カッターがタイタニックに辿り着き、十五分後、タイタニックでも最も豪華な客室でアデリナとノンナは久方ぶりの再会をする。

部屋に通じる左右のドアがまるで時間を合わせた様に同時に開かれ、警護の兵がまず入り、その後、代表者や幕僚、幹部が入って来た為、自然と視線は同時に入ってきた相手の方を見る事となる。

アデリナとノンナの視線が互いにぶつかりあい、火花が散ったように周りからは見えただろうか。

それぞれの陣営の警備の兵だけでなく、部下や幕僚が相手側を見て緊張する。

歩みが止まり、睨み見合う形になった。

だが、そんな緊張感漂う中、まるでそうする事が当たり前のように、自然な動きでアデリナとノンナは歩き出す。

その視線の先にあるのは互いの姿。

周りは、その場の緊張した妙な雰囲気と、自分達の主の予想外の行動に唖然として動きが遅れた。

そして、そんな周りを他所に、二人は互いの手が届く距離まで近づく。

そして、二人は微笑んだ。

美女の微笑み。

それは握手でもするのではないかと思われるほどのものを二人は浮かべていたが、その醸し出す雰囲気は刺々しいものであり、その笑顔とのギャップに周りの者達の背筋に寒気が走った。

それは美女同士だからこそ、余計にそうなったのかもしれない。

そして、二人は久方ぶりに直接対面する。

「久しいわね、ノンナ」

「ええ。アデリナ」

互いにそう声を掛け、まず動いたのはノンナだった。

バンッ。

辺りに響く甲高い音。

それはノンナがアデリナの頬を叩いた音だ。

そして、それを甘んじて受け止めたアデリナだったが、すぐに返礼をする。

バンッ。

二人の右の白い頬が赤く色づく。

そして、二人は踵を返すと離れていく。

その表情には満足げな笑みが浮かんでいた。

だが、周りの者達にとっては、目の前で起こったことが信じられなかったに違いない。

互いに頬を叩いた音で我に返った部下や幕僚達は殺気立ち、それぞれ相手を威嚇するかのような動きを見せつつ慌ててそれぞれの主の側に近寄ってくる。

それを二人は苦笑して制した後、相手の方に視線を向けた。

「これでやっと話し合いが出来そうね」

アデリナが目を細めてそう言うと、ノンナも楽し気に言い返す。

「それはこちらのセリフですわ」

そして、それぞれの名前のプレートが置かれた用意された席に向い、まずアデリナが席に座って周りを見回して口を開く。

「何をやっているの?ここには話し合いをする為に来たのでしょう?」

その言葉に、ノンナも同意を示すと席に座った。

「その通りです。皆さん、それぞれの席に座りましょう」

二人の言葉に、唖然とした表情の部下や幕僚達。

そんな中、ゴリツィン大佐が恐る恐るという感じでアデリナに聞く。

「えっと……今のは……」

「ただの挨拶よ、ねぇ、ノンナ」

「ええ。そう、ただの挨拶」

その返事に、敵同士でありながら、互いの部下や幕僚達は、敵であるはずの相手と顔を見合わせるとため息を吐き出す。

お互いに大変だな。

そんな意思疎通が出来てしまっていた。

もっとも、それは一瞬だけであり、互いの役割を再確認するとそれぞれが自分の主の行動に付き従う。

そして、その様子を見ていたヤロスラーフ・ベントン・ランハンドーフは内心楽しくて仕方なかった。

やはり帝国を任せられるのは彼女らのどちらかだと。

もっとも、部下や幕僚にしてみれば戸惑うばかりの出来事が起こってしまって混乱しているようだったが……。

そして、異様な雰囲気の中、帝国と公国の話し合いが始まる。

それは、帝国と公国、そして連邦の三つ巴が続く帝国領の流れを大きく変えるうねりであった。

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