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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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クカバキリフの戦い  その3

無傷の前後の部隊の援護と奇襲された混乱から回復し始めた事で反撃が増していく。

その攻撃に怯んだのだろうか。

敵の銃撃が弱まる。

それを見逃すはずもなく、トンベッタ曹長が率いる数名が物陰から飛び出すと次の物陰へと姿勢を低くして駆け出す。

「援護だっ。撃てっ」

リミットフ兵曹長の命令の元、援護射撃が行われ、敵が潜むと思われる森の中に銃撃が撃ち込まれていく。

そのそれぞれの動きや援護のタイミングなど実に見事で、彼らの練度の高さを実感させるほどである。

それを何回か繰り返し、トラベッタ曹長達は遂に森の入り口ともいえる木の陰に辿り着く。

敵の気配はなく、勿論反撃はない。

敵が近くにいないことを確認すると後方に手で合図をする。

『敵の姿見えず』

それを受け、数名の兵士が物陰から飛び出すと、姿勢を低くして速足でトンベッタ曹長らに続く。

そして、警戒しつつ森の中に足を踏み入れていくのであった。

「糞ッ。逃げられたかっ」

その様子を見てリミットフ兵曹長はそう吐き捨てると部下達に周囲警戒の指示を出して被害状況の確認を急がせる。

「だいぶやられたな……」

リミットフ兵曹長はそう呟きつつ足元に転がっている元上官を見下ろす。

頭が吹き飛び、顔は歪んだ形で固まっている。

同じ部隊の仲間が死ぬのはこれが初めてではないし、付き合いもわずか数か月程度だ。

たが、リミットフ兵曹長の顔にはやるせない感情があふれ出していた。



『敵から襲撃を受ける』の第一報を受けてから二十分後。

『敵後退す』という報告が司令部に届いた。

そして、次々と被害報告が入る。

その報告に、司令部の関係者はため息を吐き出すしかなかった。

その被害が余りにも大きかったからだ。

死者三十六名、重軽傷者五十二名、軍馬十五頭死亡、破損し使用不可能な車両関係は馬車十二台、トラック八台となっている。

その中でも特に深刻なのは、トラックに積んであった弾薬と牽引されていた火砲八門が失われた事だろうか。

また、爆発した車や火砲、馬車の残骸が道を塞ぎ、部隊の侵攻の妨げになる状況も問題である。

そんな被害報告に、その場にいた誰もが考え込み、ため息を吐きたくなるのも仕方ない事なのかもしれない。

シスタニンバ攻略作戦のスタート地点に辿り着く前に被害が出てしまったのだ。

縁起を担ぐ者なら、ケチが付いたと感じる事だろう。

それにそこまで思わなくとも、誰もが嫌な予感が頭を過る。

この作戦、大丈夫か?と……。

もっとも、それで作戦中止という訳にはいかないのが現状である。

「諸君、受け止めがたいことではあるが、現実はきちんと受け止めるとして、問題はこれからどうすべきかということではないかな」

軍団の指揮を任されているカセンドルキッチ・リグベッタ中将はそう言葉を口にする。

その口調には不本意ではあるがという意思が見え見えだった。

彼もこういった横やりが途中に入るとは予想もしていなかったのである。

そんな思いが見えるリグベッタ中将の言葉に、黙り込んでいた幕僚達は口をやっと開く。

「ふむ。確かに。おっしゃる通りですな。こうなってしまった以上、惚けてばかりはいられません」

「その通りです。当初の計画にはない事ですがやらなければならんでしょう」

「それはつまり……」

「後方をかく乱させられてはたまりません。今のうちに徹底的に潰しておくべきかと」

「確かに……。兵も後ろが騒がしければ目の前の事に集中できないでしょうからな」

「それに時間稼ぎの伏兵の戦力などたかが知れています。さっさと潰しておく方がいいのではないでしょうか」

その言葉からは、後方の憂いを無くすため、今敵を潰しておくべきという意見がほとんどであった。

確かに、補給路を断たれる恐れはあるし、士気も関係する。

だが、それ以上に狙撃兵がいる事が大きかった。

つまり、放置して進めば、自分らが狙われるのはわかっていたからだ。

上を潰して混乱させる。

いくら数が多くても、戦力があったとしても烏合の衆では戦いに勝てない。

それは昔からある戦法であり、劣勢な場合は特に有効的な戦い方でもあったが、それ以上に彼らの心に沸き起こったもの、それはただ一つ。

何より自分の命が惜しい。

その思いだけであった。

だがそんな中、不満げな顔でダイトアラ・ビスクチェート大佐が反対意見を述べる。

「我々の目的はシスタニンバ攻略です。まずはそれを達成すべきかと」

「なぜそう思うのかね?」

そう幕僚の一人から明らかに余計なことを言うなと言わんばかりの口調で聞き返され、それでもビスクチェート大佐はそれに気が付かない振りをして答える。

「今回の攻撃は、あくまでも時間稼ぎです。連邦軍としては味方の援軍到着までの時間稼ぎと、こちらの戦力を削る事を考えて、今回手を出してきたと思われます。しかし、わざわざそれに付き合う必要性はないと自分は思います。なぜなら、シスタニンバを攻略してしまえば敵は引き上げるしかないからです」

「しかしだ。引き上げずにそのまま補給路を攻撃され続けられる恐れもあるぞ。それはどう思っているのかね?」

その意見に、ビスクチェート大佐は確かにという感じで頷く。

「その可能性もあります。ですが、その際は拠点(シスタニンバ)を確保しつつきちんと部隊を派遣して潰してやればいいだけなのでは?たかが時間稼ぎの伏兵ごとき戦力なのでしょう?」

皮肉を込めた言い返しに発言した幕僚は真っ赤になったが、さすがに怒鳴りつけ返さなかった。

それは、大佐の言い分ももっともだったからだ。

確かに目的を達成した後であれば、余裕をもって対処出来る。

その言葉に、何人かの幕僚が考え込む。

どうやら当初の目的である拠点を確保しての方がいいのではないかと思い始めている様子だった。

だが、そんな状況に水を差す報告が入る。

『敵は帝国軍の可能性が大きい』

その報告の波紋は大きかった。

誰もが予想外の出来事で混乱していた。

まさかこんなところで襲撃され、その上相手は帝国軍だというのである。

信じられないと思うのも無理はなかった。

だが、もし敵が帝国軍ならば、連中の目的もシスタニンバ攻略だろう。

そうなると我々は前には連邦軍、後から帝国軍という形になってしまい挟み撃ちにあう最悪の形になってしまう。

だから思わず聞き返してしまったのだろう。

幕僚の一人が「それは本当か?」と……。

伝令の兵が困ったような表情になったが、おそらく自分もそう思っていて聞き返したのだろうか。

信じられないかもしれませんがと言いだけの表情で告げる。

「はっ。その可能性が高いと……」

沈黙が辺りを満たしていく。

誰もが考え込んでいるようだった。

そして、誰かが呟く。

「やはり、後方の敵を潰して後顧の憂いを無くしておく必要があるという事か」

その呟きともとれる言葉に、誰もが頷くしかなかったのである。



「帝国軍の可能性が高いだと?」

その報告をトラベッタ曹長から受け、思わずリミットフ兵曹長は聞き返した。

ムスッとした表情のトラベッタ曹長は口を開く。

「死体は転がっていなかったが、これが転がっていた」

そう言って持っていたライフルを地面に投げ出した。

スコープ付きのライフルで、故障しているらしくボルトアクションの弾を引き込むためのシリンダー部分が引っ掛かっているのか変な方向に向いている。

多分、中身の部品が破損したのだろう。

だが、それを見たリミットフ兵曹長は目を疑った。

だがそれでも何とか一言言葉を口にする。

「おいっ、こりゃ……」

「ああ、ランカスターフだ」

ランカスターフ。

正式名称は、ランカスターフ狙撃専用ライフル。

帝国近衛隊狙撃連隊のそれもベテランと言われる者だけにしか支給されていない高性能狙撃銃だ。

「それに、破棄された装備なんかも帝国軍のものと思しきものだったよ」

「それってことは……」

「ああ、さっきの攻撃は帝国軍のものという事だ。道理で手際がいいと思ったよ」

トラベッタ曹長はそう吐き捨てると口の中にたまった唾を吐き捨てた。

ふー。

落ち着く為だろうか。

リミットフ兵曹長は何度か深い呼吸をした後、口を開く。

「司令部に報告しなければならんな」

「ああ。それでどうするよ?」

そう聞かれてリミットフ兵曹長は肩をすくめる。

「まずは、周りを警戒しつつ、補給と休息だな」

「わかった」

そう言うとトラベッタ曹長は指示を実行するために歩き出す。

その後ろ姿を見送りつつ、リミットフ兵曹長は伝令兵を呼ぶ。

「はっ。何でしょうかっ」

「司令部に報告だ。『敵は帝国軍の可能性が大きい』とな」

その言葉に、伝令兵も動きを止めて聞き返す。

「本当でありますか?」

「恐らくな。だから、絶対に伝えろ。いいな?」

「はっ。すぐに伝えます」

そして、リミットフ兵曹長は地図を広げる。

恐らく、追撃戦を指示された場合、我々も駆り出される恐れがあると思ったのだ。

ならば今のうちに地形を把握しておかねば。

そう判断したのである。

だが、その予想は外れた。

上官の死亡から、部隊を一時的にリミットフ兵曹長に任せる処置が終わっていない為、追撃戦は参加せずに残骸の撤去が命じられたのである。

だが、その命令も半日もしないうちにすぐに変更された。

追撃に向かった部隊がかなり手ひどい反撃を受けたのだ。

その為、撤去作業に動いていた部隊の一部を追撃戦に回す事になったのである。



こうして巧みな誘導によって公国第三軍団は引きずり込まれていく。

それは沼地に足を取られているかのようであった。

もがけばもがくほどずぶずぶと沈んでいく。

すぐに簡単に叩き潰せる。

そんな思いがあった戦いではあったが、その予想は直ぐにひっくり返される。

そして、戦いの場は、街道から森の中、そして帝国軍が待ち構えているクカバキリフへと移っていくのであった。

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