クカバキリフの戦い その2
シスタニンバ攻略に向かうのは、公国第八師団と第十二師団、さらに第三十八騎馬連隊、最近編成されたトラックや車を使った部隊である第一機械化連隊等によって構成された第三軍団である。
その戦力は、実に四万を超えていた。
規模としては、首都攻略の第一軍団、帝国の足止め、或いは侵攻を任されている西部方面の第二軍団につぐ戦力である。
また、シスタニンバは重要拠点の一つであり、難攻不落とまで言われる為、かなりの火砲も用意されていた。
つまり、出来立ての機械化連隊が第三軍団に回されたのは、火砲の運搬の為という事が大きかったのである。
そして、軍団は進む。
シスタニンバに繋がるパラガンパ街道を……。
「しかし、のんびりしてるよなぁ」
馬車に揺られのんびりとした雰囲気を堪能しつつハントブリク・リミットフ兵曹長はそんな事を口にする。
「まぁ、その分、この先が大変だけどよ」
そう言って苦笑して答えたのは、リミットフ兵曹長の友人であるリンスペン・トンベッタ曹長だ。
二人は、年は違うが同じ年に入隊し苦楽を共にした仲間である。
親友、戦友と言ってもいいだろう。
この辺りに敵がいないという事は、この先、つまりシスタニンバに連邦軍は集結しているという事になる。
はぁ……。
リミットフ兵曹長は嫌そうな顔をしてため息を吐き出す。
「それを言うなよ。気が重くなっちまう」
連邦軍の士気はかなり落ちているとはいえその兵力はかなりのものであり、噂で聞いたシスタニンバの防御の高さと備蓄された物資の事を考えれば一筋縄ではいかないのは現場ではいつくばって戦っている自分達だってわかってしまう。
だからこそ、そんな言葉が漏れたのだ。
そんな二人をハンター・ラリッタ少尉がしかめっ面でギラリと睨みつける。
その視線に気が付いて二人は互いの顔を見合わせると肩をすくめた。
もっとも、その顔に浮かぶのは苦笑であり、心の中ではそんな少尉を嘲笑していた。
士官学校を卒業したばかりの指揮官様はピリピリとしてますな。
そんな事だと、この先持ちませんよ。
二人はそんな事を思っていた。
実際、ラリッタ少尉の部隊での評判は良くない。
現場の意見を聞かず、独りよがりな指示が多いのと、階級をかさに着て威張り散らすことが多いからである。
もっとも、本人としては、士官学校を優秀で卒業した誇りがあるのだが部下となった者達のほとんどが年上で馬鹿にされているのではないかという気持ちが最初から強く出てしまっており、またやる気が空回りしすぎてしまい、結局、階級で押さえつけるという事でしか威厳を保てなくなってしまっていたのである。
二人も、まぁ、頭でっかちで融通が利かない優等生で、もう少し世間にもまれれば少しはマシになるかなという判断をしていた。
だから、口を閉じると身体の力を抜く。
ガタガタと揺れる馬車の振動が中々心地よい。
どうやら街道という事だけあって、きちんと整備されているといったところだろう。
この調子なら、今日の進軍は予定通りに進むか……。
そんな事をリミットフ兵曹長が思った時である。
銃撃音と爆発音が響き、馬車が止まった。
先ほどまでリラックしていた身体に緊張が走り、思考がせわしく回転する。
銃撃音と爆発音が再度響く。
叫ぶ兵士の声と悲鳴。
敵襲だ。
「全員、馬車から降りろっ。敵襲だっ」
リミットフ兵曹長が叫ぶとトンベッタ曹長が続けざまに叫んだ。
「各自、馬車から降りたら物陰に隠れろ。そして、敵の位置確認を急げ。それと装備を忘れるな」
その指示を受け、兵士達は次々と馬車から降り、指示された通り動く。
その様子を唖然として立ったまま見ているラリッタ少尉。
初めての実戦でテンパってしまっているのか、或いは思考が止まっているのか。
ともかく、このままでは不味いと判断したリミットフ兵曹長がしゃがみつつ近づくと少尉をしゃがませ、叫ぶ。
「少尉、しっかりしてください。敵襲です。ここは危険ですから、ともかく下車しますよ」
肩を揺さぶられそう言われてハッとした表情になるラリッタ少尉。
「そ、そうだな」
それだけ言うと先に少尉を降ろし、馬車内に何も残っていないのを確認するとリミットフ兵曹長も下車した。
物陰に隠れつつ状況を確認しようとしていたら、先に降りていたトラベッタ曹長が近づき報告する。
「右の森から攻撃を受けています。かなり手練れのようですね。馬車やトラックにかなりの被害が出ています」
「火砲もか?」
「ええ。恐らく狙っていたんでしょう。現に……」
そう言いかけた時に、少し前方に止まっていたトラックが大きく爆発した。
付近に隠れていた兵士達が吹き飛ばされ転がる。
いや、転がるだけならまだいい。
飛んできた破片で負傷する者。
肉体を引きち切られる者。
死傷者が一気に増える。
「くそっ。兵に弾薬を積んでいる可能性のある馬車トラックからは離れる様に伝えろ」
「もちろん。それはもう伝えてある。うちの隊は、多分大丈夫だ」
「そうか、助かる」
「しかし、横合いからとはな……」
そう呟くとリミットフ兵曹長は舌打ちをする。
完全にこの辺りの連邦軍はシスタニンバに集結していると思っていた。
確か、先行している部隊からもそう報告が来ていたはずである。
なのに攻撃を受けた。
引っ掛けられたか。
その為実際周りはかなりの混乱状態になっている。
無防備な兵や軍馬は次々と銃弾に倒れ、トラックや馬車も被害を受けていた。
特に弾薬や火砲を運んでいた連中は、慌てふためていている。
油断しすぎだ。
指揮官は的確な指示を出せよ。
そんな事を思いつつも、自分の隊もそうも言ってられんかと思考をまとめて心の中で苦笑する。
なぜなら、部隊を指揮すべき少尉ではなく、トラベッタ曹長や自分の指示で部隊はそれほど被害を受けなかったのだから。
しっかりしてくださいよ。
そんな事を思いつつ指揮官であるラリッタ少尉を見ると、何を思ったのかいきなり立ち上がって森を指さしながら叫ぶ。
「いいかっ。敵は森の中だ。撃ち返せっ。我々公国の力をっ」
しかし、叫びはそこまでだった。
「危ないですっ。しゃがんでください」
そう言いかけたリミットフ兵曹長の前で、無謀な行動をしたラリッタ少尉の頭が吹き飛ぶ。
肉片と脳髄、それに血や体液をまき散らしてラリッタ少尉だったものはその場に地面に崩れ落ちた。
指揮官があっけないほど簡単に死ぬ瞬間を見せつけられ、兵士達に動揺が走る。
評判が悪いとはいえ、指揮官が真っ先に戦死したというのは、大きく士気に影響する。
特に、上から命令が来てそれを実行する形の命令系統の公国は上が先に死んでしまうと命令が滞りがちになってしまう。
「糞ったれがっ」
そう叫ぶとリミットフ兵曹長は叫ぶ。
「狙撃兵がいるっ。各自注意して反撃しろっ」
その命令を受けて、兵士達は素早く対応する。
物陰に隠れ狙撃されにくいようにしつつ反撃を開始した。
何故なら対応しなければ、自分の死あるのみだとわかっているからだ。
人を殺すという事は道徳に反する事である。
だが、それは自分の命が問題ない場合だけだ。
人は生き残る為、戦うのである。
だが、それは実戦経験をした者や意志が強い者だけだ。
いきなりという事も大きいのだろう。
新兵の多くは、怯えてパニックになりガタガタと震えていたり、狂ったように銃を撃ったり、或いは武器を捨て逃げ出している。
「反撃しつつ手の空いている者は使えない新兵の世話をしてやれっ。いい加減、オムツをとってもいい頃間だ」
リミットフ兵曹長はそう指示を出す。
ともかく、パニックを収めて部隊の秩序を保たなければならない。
周りの自分達の隊以外の部隊の混乱ぶりを見てそう判断したのである。
トラベッタ曹長が近づいてくる。
「完全に裏をかかれたな。連邦にも出来るやつがいるようだ」
「うれしくはないがな」
そう言葉を返した後、トラベッタ曹長に指示を出す。
「ともかく、敵を黙らせなきゃならん。頼めるか?」
「ああ、任せておけ」
トラベッタ曹長はニタリと笑うとリミットフ兵曹長はから離れる。
「ランパー、リッカン、ドッチェ、スイトン、ついて来い。仕掛けるぞ」
「了解です」
「ウィ」
「お任せを」
「やりますか」
それぞれがそれぞれの返事を返す。
その返事を聞き、トラベッタ曹長は満足そうに頷くと彼らを率いて身を隠しつつ移動を始める。
その様子は手練れており、際立っている。
その様子を頼もしげに見た後、リミットフ兵曹長は別の兵を呼ぶ。
「今すぐ、本部に報告だ。『敵の横あいからの攻撃を受け反撃中。指示を』とな」
「はっ」
「あと、敵には狙撃兵もいるという事も伝えておけ」
「了解しました」
命令を受け、兵士はリミットフ兵曹長から離れていく。
それを見送った後、リミットフ兵曹長は森の方を睨みつける。
どうやら、周りの部隊も混乱から回復しつつあるようだ。
所々から反撃の狼煙である銃撃の音が響く。
もっとも、最初に受けた攻撃はかなりのもので、街道には、破損したトラックや馬車、火砲が置物のように頓挫し、軍馬や兵の死体が転がっている。
勿論、まだ息のある者はいるのだろう。
転がった兵や軍馬のうちいくつかは苦しそうな悲痛な声を上げうごめいていた。
彼らを何とかしようと無事な兵が物陰に引きずろうとして狙撃される。
そして被害が増えていく。
だが無傷の前後の部隊も援護で動き始めたのだろう。
徐々に味方側の銃撃が増えていく。
そして、それは体制が整いつつあるという証であった。
「今度はこっちからやり返させてもらうぞ」
リミットフ兵曹長はそう呟く。
そう、まだ戦いは始まったばかりであった。




