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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第三十二章 帝国対公国

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クカバキリフの戦い  その1

「先行した偵察部隊から報告がありました。予想通り、公国軍と思しき部隊が南下しております」

その報告を聞き、ムマンナ・パラスルト・リリカンベント中将は、報告者から横で少し考えこんでいる様子のヴェネジクト・レオニードヴィチ・パーヴロヴナ大尉に視線を移す。

元々は街道の警備をする部隊の指揮官でしかなかったが、今や彼はリリカンベント中将の幕僚の一人となっていた。

もっとも、それは仕方ないのかもしれない。

フォーミリアン攻防戦以降、彼の進言のおかげでここまで生き残れたのだ。

その上、ファーミリアン攻防戦の戦果を知り興味を持ったアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチ陛下との謁見で、降伏した連邦の軍を再編成して帝国に貢献したいと進言したのである。

その余りにも失礼な態度に、皇帝の周りの人間は、眉を顰めたり睨みつけたりといった反発的な反応が多かった。

捕虜のくせに……。

そんな言葉が聞こえそうな雰囲気であったが、その進言にアデリナ自身は楽し気な表情になる。

久々に面白いものを見た。

そんな感じだ。

だからからかう口調で言葉が発せられた。

「面白いことを言う。貴方らは連邦に忠誠心も思いもないのかな?」

その発言に、パーヴロヴナ大尉は真剣な表情で答える。

「そんなものがありましたら、今頃ここにおりません。我々は、信じることが出来る相手以外の為に命を投げ出したくないだけです」

パーヴロヴナ大尉のその発言に、アデリナは益々機嫌がよさそうな表情になった。

彼女にとって、この余りにも正直な発言に好意を持ったのである。

「面白い。では、大尉の言う通りにした場合、どんなメリットがある?」

「我々は元連邦の軍です。ですから連邦の状況はよくわかっていますし、軍の多くが今の政府に嫌気がさしております。それらをうまく取り込むことが出来るかもしれません。また、構築された陣の弱点なども把握しております。それを生かし、陛下に貢献出来るのではないかと思っております」

「ふむ。しかし、君たちがまた裏切らないとも限らない。なんせ、一度裏切っているのだかにら……」

そう言われてもパーヴロヴナ大尉は他人事のような表情だ。

そして、しれっとした表情で口を開く。

「ですね。我々はすでに連邦を裏切っております。ですからそれを心配されるのは当たり前です。ですが、今の現状で、帝国を我々が裏切ることはほぼあり得ません」

そう言い切ったパーヴロヴナ大尉の発言にアデリナは無言で目を細めて微笑む。

それを発言を続けよと取ったパーヴロヴナ大尉は言葉を続けた。

「なぜなら、他に選択がないからです。今更、公国に寝返ったとしてもファーミリアン攻防戦の事があり、恐らくタダでは済まないでしょうし、また連邦に戻るのは愚の骨頂です。我々は裏切り者としてつるし上げを喰らうでしょうね」

そう言ってパーヴロヴナ大尉は首を掻き切るジェスチャーをして苦笑を漏らす。

その様子を見て、アデリナは満足げな表情になった。

「ふむ。思った以上の逸材のようだ。ゴリツィン大佐」

「はっ。陛下」

そう返事はしたものの、副官であるゴリツィン大佐の表情は渋い顔だ。

その表情にアデリナは気が付くとくすくすと笑った。

「そんな顔をするな」

「ですが……」

「なに、貴官が心配するようなことは起こらん。それに私はこの男が気に入った。すぐにでも手配をして対応せよ」

そこまで言われ、ゴリツィン大佐は頷くしかない。

「はっ。了解いたしました」

「うむ。任せたぞ」

そういった後、アデリナはパーヴロヴナ大尉に視線を向けるとニタリと笑みを浮かべる。

「言った以上は失望させるなよ?」

「勿論でございます」

こういう流れで降伏した連邦軍を中心に構成されたのが、帝国第十八団であった。

中には、余計なことをと思っている者もいるだろうが、ここで手柄を立てれば、捕虜としてではなく、帝国軍として手柄を立てて地位と名誉を得られるのである。

反対するはずもなかった。

そして、そんな対応をしたパーヴロヴナ大尉が一目置かれるようになるのは当たり前と言えた。

「で、大尉の読み通りだったが、これからどうする?」

リリカンベント中将がそう話を振ると、パーヴロヴナ大尉は組んでいた手をほどくとじっと地図を見つつ口を開いた。

「恐らくその公国軍はこのまま南下して流通の要所であるシスタニンバを抑えるつもりでしょうね」

シスタニンバ。

大陸にある三つの四方を結ぶ流通の要所の一つであり、また、都市自身が城塞都市でさらに周りの地形から防御に入られれば制圧はかなり厳しい。

つまり、攻めるに難しく、守るに易い拠点の一つと言えた。

だが、この地を守る連邦の軍は士気が低く、恐らく攻撃されればあっけなく降伏する恐れすらある。

それはつまり、ほとんど無傷の要塞を公国が手に入れ、東から進軍してくる帝国軍ににらみを利かせることが出来るという事だ。

恐らく、ここを公国に抑えられれば、東部地区に展開する帝国軍はここで足止めを喰らい、突破するにはかなりの損害を受ける事となるだろう。

「なら攻撃を仕掛け、敵の足止めを実行するべきだな」

幕僚の中からそんな意見が出る。

「ふむ。確かに。今なら奇襲が出来る。連中は我々がここまで進軍してきているのには気がついていまい」

「その通りだ。油断しているだろうから、混乱を引き起こし、勝利は間違いない」

それぞれ同意の意見が続けざまに出る。

そんな意見を聞きつつ、リリカンベント中将は口を開く。

「大尉はどう思うかね?」

その言葉に、幕僚達の口が閉じ、視線がパーヴロヴナ大尉に向けられた。

新参者であるが、彼らとてパーヴロヴナ大尉の有能さは認めている。

だからこその反応であった。

「そうですね。足止めは必要だと思います」

その言葉に、攻撃を進言した幕僚が得意げな表情になった。

だが、パーヴロヴナ大尉の発言はそれで終わらなかった。

「ですが、考えなしに攻撃するのはどうかと思います」

「どういう意味だ?」

そう聞かれて、帝国が進軍しているという報告のあった場所をトントンと指先で叩きつつパーヴロヴナ大尉は答える。

「ここは余りにも地形が悪すぎる。攻撃を仕掛けて最初はいいかもしれませんが、こうも開かれた場所では敵の体制が立て直された場合、数で劣勢の我々は逆に追い詰められる恐れがある」

「ならば、攻撃しないという事か?」

その質問にパーヴロヴナ大尉は首を横に振る。

「いや、足止めしなければ不味いのは事実です。ですから……」

そう言いつつ、トントンと叩いていた指をすーっととある場所まで動かす。

「一部の部隊に攻撃させ、敵をこの地に引きずり込み戦いましょう。そうすれば、我々の戦力だけでも足止めと時間稼ぎは十分できます」

そう言って、移動させた場所をトントンと指先で叩く。

その地の名は、クカバキリフという。

元々は小さな村であったが、連邦軍がシスタニンバに進撃してくる敵に対して攻撃を仕掛ける為に、秘密裏にシンプルではあるが陣と基地を構築していた。

ここを守る連邦の軍は、パーヴロヴナ大尉の同期であるガミング・セスタベンナ大尉であり、プリチャフルニア派である。

その為、それを知っていたパーヴロヴナ大尉は先行し、セスタベンナ大尉を説得。

今や彼らは帝国第十八団に降服し、共に戦う仲間となっていた。

「なるほど……。確かに。しかし、敵は喰いついてくると思うかね?」

そう聞き返され、パーヴロヴナ大尉は苦笑した。

「絶対という訳ではないですが……」

そういった後、「恐らくですが喰いついてくると思われます。まさかこんな場所で敵と遭遇、それも相手は帝国軍です。下手したら補給路を遮断されるかもしれないと考え、潰しておきたいと考えるでしょうね」

その発言を聞き、リリカンベント中将が意地悪そうな笑みを浮かべた。

「もし喰いついてこなかったら?」

「その時は、仕方ありませんから、連中がちょっかいかけてくるようになるまで補給部隊辺りを潰すだけです」

そういった後、ため息を吐き出した。

「もっとも、その時は、シスタニンバは敵によって陥落していると思いますけどね」

その言葉に、リリカンベント中将も苦笑する。

そうなると確かに当初の予定のシスタニンバ攻略の足止めという目的は達成できないかと。

「なら、敵がこっちにちょっかい出してくるように精々手を尽くしていくか」

リリカンベント中将がそう言うと幕僚達からも苦笑ともとれる笑いが漏れる。

要は、やってみなければわからない以上、やるしか選択がないという事なのだ。

「なら、ちょっかいかけるのは我々がやりましょう」

そう言ったのは、アクカベンタ・フラッペール・リチモナ大尉である。

彼の率いる第三八六歩兵部隊は、第十八団の中でもかなりの手練れの部隊である。

「やってくれるか?」

恐らくリリカンベント中将も頼もうと思っていたのだろう。

言葉の節々からその思いが見え隠れしていた。

「お任せください。精々観客をうまく舞台まで誘導いたしましょう」

「頼むぞ」

「はっ」

リチモナ大尉が敬礼し、命令を受けると、リリカンベント中将は他の者達に視線を向けつつ口を開く。

「残りは、リチモナ大尉の部隊が動きやすいように逃走路を用意しつつ、クカバキリフに向かうぞ」

「「「了解しました」」」



こうしてクカバキリフの戦いが始まる。

それは、自然と休戦状態になっていた帝国と公国の戦いの再開の狼煙でもあった。

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